未来メガネ returns
以前書いた「未来メガネ(N2110A)」を加筆修正しました。どうぞごゆっくりとお楽しみ下さい。
「やったぞ! ついに完成した」
春の宵。日付が変わって間もないの研究室に、歓喜の声が響き渡る。
「この『未来メガネ』さえあれば、私は大金持ちだ!」
老齢の研究者は、早速、発明仕立てのメガネをかけてみた。メガネをかけた彼は最初に競馬新聞を見る。
この老人が発明した機械――未来メガネ。この未来メガネの最大の能力は、かけると二十四時間後の世界を見ることが出来るのだ。つまり二十四時間後に起きることを予見することができるメガネなのである。また、テレビや新聞といった情報媒体をこのメガネを通して見ると、二十四時間後の情報を得ることが出来るのだ。
「うおっ! 明日のレースは四−八−三の一点買いだな」
競馬新聞には、本来今日のレースの結果が掲載されていたのだが、未来メガネを通して見た彼の視界には、翌日のレースの結果が見えていた。
欄には、その日勝った馬と配当金が掲載されていたが、中でも目を見張るのはとんでもない万馬券が出た、という記事である。一番人気の馬がゴール直前で転倒し、それによって最後尾をトロトロ走っていたカツゾーボイルが一着、その後を走っていたツカイッパカズーが二着。更に、転倒劇のおり、思いきり外側を走っていたダンユーシンヤが三着となった。それにより、配当金二八〇六五〇〇円という結果が出た、という物だった。紙面の隅には、大穴を見事当てた人物の写真が載っていた。
彼は桁外れの配当金に驚き感嘆の声を漏らすと、メモ用紙を取り出して鉛筆を走らせる。
「四月九日のレース……三単四−八−三。よし」
書いた内容に間違いがないか何度も競馬新聞と照らし合わせ、声に出して確認してから、今度は普通の新聞に手を伸ばした。
「どれ、発明ついでに、未来の事件でも見るか」
彼は新聞を読み続ける。
有名な海外の俳優が来日したというニュース。大手銀行のトップと、財務省の官僚が裏で繋がっていたというスキャンダル。春休みの宿題に嘆く四コマ漫画。記事の一つひとつが新鮮で、まだ誰も知らないという事に優越感を覚える。
「……」
そのおり、気になる記事でも見つけたのであろうか、彼の眉毛がピクリと動き、皺だらけの瞼が大きく開いた。
直後、彼の胸に強烈な痛みが走る。杭を打ち込まれたかのような鋭さと、岩がのし掛かる様な圧迫感。次第に呼吸もままならなくなり、意識が遠のき視界が歪む。
「くそう……。金儲けも楽じゃないな……」
途切れ途切れの間隔の中で彼はそう言い、それきり動く事はなかった。
老人が事切れた翌日の新聞――彼が最後まで見ていた新聞である。
『元東大教授、発明品とともに臨終』
その日の新聞の隅には、小さい見出しでそう書かれていた。
『今日早朝、東京都練馬区に住む冴川吉彦さん(七八)が心臓麻痺で亡くなっているところを新聞配達の男性が発見した。
冴川さんは生前、東大の教授をしていたが、研究分野の荒唐無稽さに大学側が愛想をつかし、二十年前に大学を解雇され、それからは、独力で研究を続けていたという。
冴川さんの研究していた分野は時間工学といい、冴川さんは未来学科を専攻していた。
冴川さんの遺体が発見されたとき、冴川さんは発明したてと思われる発明品未来メガネをかけていたという。
生前の冴川さんのことを知る人物に話を伺ったところ、
「彼は昔から変わってましたからね。日本が沈む夢を見たとか、カンフー物の映画に出たとか、動物の声が聞けるとか、とにかくしょーもない人でしたから。仏様となった今では、冥福を祈りますがね」
と、話している』
とあった。
世間が他愛も無い死亡記事を読んでいるかいないかといった時、競馬場でどよめきが発生する。
一位確実と期待されていた馬がゴール直前で転倒。後続の馬を巻き込んで、凄まじい落馬事故が発生したのだ。それにより、一番不人気だった馬が一着、その馬の後続だった馬が二着、やる気無くあさっての方向を走っていた馬が三着という大番狂わせが発生し、破格の配当金が生まれたのだ。
冴川老人の死体を発見し、彼の最期のメモ書きも見つけた新聞配達の青年は、ポケットの中の小銭が大金に化けた事に驚きを隠せない。
「金儲けって……、案外楽なもんだなあ……」
彼はその後、競馬新聞の記者からの取材を受けた。