海の子
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ある、とても寒い冬の日のことでした。
海辺の小さな村に、大きな音と揺れがありました。地面がごごごと鳴って、みんなびっくりしました。
そしてしばらくすると、海の神様が迎えに来ました。
ざざざぁぁぁん…
一人の小さな子は、大好きなお母さんと離れたくありませんでした。
「お母さん、お母さん…!」
でも、海の神様の大きな手は優しく、でも強くて、子をそっと抱き上げてしまいました。
冷たい海の中で、子はだんだん眠くなってきました。
不思議なことに、怖くはありませんでした。ただ、とても静かでした。
「ああ、お母さん…お父さん…さようなら…」
そう思ったとき、子の体は小さな光になりました。キラキラと輝く、温かな光です。
光になった子は、海の中をふわふわと漂いました。
「あれ?僕、光になっちゃった」
すると、どこからか声がしました。
「こっちだよ。こっち」
見ると、同じような光がたくさん集まってきました。大きな光、小さな光。みんな優しく輝いていました。
「君も一緒に来る?」
一つの光が聞きました。
「どこへ行くの?」
「空の上。新しい世界だよ」
「お母さんは?」
光たちは少し悲しそうに揺れました。
「お母さんたちは、この世界に残るんだ。でも大丈夫。僕たちの光は、いつかきっと届くから」
海の子は少し迷いましたが、他の光たちの温かさに包まれて、一緒に旅をすることにしました。
光たちは、寒い海を抜けて、空へと昇っていきました。雲を越え、星を越え、どこまでもどこまでも…
「わぁ、きれい!」
海の子は、初めて見る景色に目を輝かせました。星たちがキラキラと瞬いて、まるで歓迎してくれているようでした。
やがて、光たちは温かな場所に辿り着きました。
そこには、とても優しい顔をした神様がいました。神様は一つ一つの光に、丁寧に話しかけていました。
「よく来たね。辛かったね。寒かったね。でも、もう大丈夫だよ」
神様の声は、お母さんの声のように優しくて、海の子はほっとしました。
「君たちは、もう一度生きてみたいかい?別の世界で、新しい人生を始めることができるよ」
海の子は答えました。
「はい、もう一度生きてみたいです。でも…お母さんとお父さんは、今頃泣いているかな…僕がいなくなって、とても悲しんでいるかな…」
神様は優しく微笑みました。
「そうだね。お母さんもお父さんも、今はとても悲しんでいるよ。でもね、君が新しい場所で幸せに生きることが、いつか彼らの慰めになるんだ」
「どうして?」
「君が新しい命として笑うとき、その笑顔は、風に乗って、光に乗って、巡り巡って彼らのもとにも届くんだよ。そして、彼らは感じるんだ。『ああ、あの子はどこかで生きているんだ』って」
海の子は、少し考えてから言いました。
「じゃあ、今度は温かい場所で生まれたいです。もう寒い思いはしたくないから」
神様は頷きました。
「わかった。遠い南の国に、君を送ろう」
「それから…」
海の子は続けました。
「いつか大きくなったら、海で悲しい思いをした人たちを助けられる人になりたいです。僕みたいに寒くて怖い思いをする人が、もういないように」
神様の目が、少し潤んだように見えました。
「なんて素晴らしい願いなんだろう。じゃあ、その願いも一緒に持っていきなさい。きっと叶うよ」
海の子の光は、だんだんと強く輝き始めました。まるで小さな太陽のように。
「行ってらっしゃい。そして、たくさん幸せになりなさい」
光は、温かな南の国へと旅立ちました。
それから何年か経ったある日。
日本の海辺で、一人の母親が、今日も海を見つめていました。失った我が子を想いながら。
波の音を聞きながら、母親は毎日、海に話しかけていました。
「元気にしてる?寒くない?」
すると、その母親のもとに、不思議な手紙が届きました。それは、遠い南の国に住む、ある家族からの手紙でした。
「私たちの息子は、今3歳です。とても元気で、よく笑う子です。でも、不思議なことを言うのです」
「『前は寒い海の近くにいた』『お母さんとお父さんがいた』と。そして、日本の海の写真を見ると、いつも泣くのです」
「最初は子どもの空想だと思っていました。でも、あまりにも詳しく話すので、インターネットで調べてみました。すると、あなたのことを知りました」
「もしかしたら、あなたのお子さんは、今、私たちの息子として生きているのかもしれません」
「彼はとても優しい子です。海の生き物が大好きで、『大きくなったら、海を守る人になりたい』と言います。そして時々、こう言うのです。『ぼくが幸せになったら、前のお母さんも笑ってくれるかな』と」
母親は、手紙を何度も何度も読み返しました。
涙が溢れました。でも、それは少しだけ、温かい涙でした。
「ああ、あなたは生きているのね。遠い温かな場所で、幸せに生きているのね」
母親は、初めて少しだけ、笑顔になれました。
海の子は今日も、南の国で元気に遊んでいます。
前世の記憶は、少しずつ薄れていきますが、心の奥底には残っています。
「寒い海から、温かい場所へ旅をしてきたこと」
「愛されていたこと」
「そして、また愛されていること」
海の子は、新しいお母さんに聞きました。
「ねえ、お母さん。人って、何回も生まれ変われるの?」
「そうね。そういう話もあるわね」
「じゃあ、前のお母さんにも、また会えるかな?」
新しいお母さんは、優しく子の頭を撫でました。
「きっと会えるわ。いつか、どこかで」
キラキラと輝く太陽の下で、子は笑います。
その笑顔は、海を越え、空を越え、遠い日本の海辺にも、きっと届いているのです。
そして、日本の海辺の母親も、今日は少しだけ笑顔でした。
温かな風が吹いて、まるで誰かが「大丈夫だよ」と言っているようでした。




