序章 うすっぺらな正義と、鏡合わせの無関心と、幽煙と闇の悪意と
創作大賞2025用の投稿作品。
応募条件1万文字5000以上の執筆をするか否かは、漫画雑誌の不人気作品を打ち切るように、株で損切りするように、不評で儲けの少ない商品が店頭から姿を消すように、作品に対する評価と結果次第で判断します。
ここはルミナシティ―──眩い光が夜を飲み込み、摩天楼のネオンが星明かりすら霞ませる近未来の大都市である。
だがその輝きの裏には、影よりも濃い闇が潜んでいた。
世界は十数年前、ある転機を迎えたのだ。
突如として人間に動物や無機物、概念に由来した異能が少数の人物に顕現し始め、彼らは瞬く間に異能を悪用。
警察、軍隊、法律といった、旧来の法と秩序は次第に無力化していった。
犯罪は増加の一途をたどり、警察組織や軍で対処しきれなくなった末、市民感情に応え、民間の〝異能所持者〟だけで構成された治安維持組織──《ラージェスティス》が設立される。
だがその正義の理念とは裏腹に犯罪はさほど減らず、人々の生活が守られるかは、資金とスポンサーに依存していた。
ヒーローの派遣数すら地域差が激しく、治安格差は広がるばかり。
見せかけの正義にすがる都市で、秩序は既に幻想と化した。
この街では正義すらも金で買われるサービスであり、ヒーローは富と権力の象徴でしかなかった。
ルミナシティ8番地区にて
光の街の主に中流層が住む8番地区は、今宵も血と混沌に飲まれていた。
悪の異能組織が放った鼠頭の怪人たちが人々を蹂躙し、街を破壊し、それを《ラージェスティス》の構成員たちが応戦している。
爆破音がどこかで鳴り響くと、辺りは地鳴りのように揺らされた。
また見知らぬ誰かが、あっけなく命を落としただろう。
だがそれは、もうありふれた日常の一部でしかない。
人間の悲鳴、絶叫、暴力を愉しむ高笑い……それらがないまぜになった繁華街の、年季の入った中華料理屋。
1人の男が椅子にもたれかかり、これまた長年に渡って店を支えたであろう、よれよれの漫画雑誌をめくっていた。
灰色の髪を揺らし、全身を金属光沢のように鈍く光らせた男の名はミラーガイ。
銀の肉体は周囲の目を惹いたが、彼の雰囲気はどこか街の喧騒とは隔絶されている。
外の騒動をものともせず油の染み込んだテーブルに膝をつき、割箸で器用にラーメンを啜り、餃子をつつく姿は、まったく外には興味のない様子だった。
そんな彼に逃げ込んできた街の人間は、必死に頼み込んだ。
「異能所持者なんだろ?! なら助けてくれよ! 外は地獄なんだ!」
必死の呼びかけにもミラーガイは、漫画から視線も上げずになんとも気の抜けた声で
「熱いシーンなんだよな、今は。主人公の覚醒する場面なの」
とだけ言い、軽く聞き流してしまうのだった。
「頼むよ、兄ちゃん。ウチの店を助けると思って」
店主の願いにも
「ハッキリいってラーメン、あんま旨くねぇよ、オヤジ。壊れたら諦めて店仕舞いして、やり直した方がいいっ」
「なんだと、コラァ! ケンカ売ってんのか!」
そのとき怒りを顕にした店主と客たちの騒ぎを聞きつけ、1人のヒーローが中華屋に飛び込んだ。
「正義と市民の平和と正義に寄り添うラージェスティスのヒーロー、イルミネーター! 市民のみなさん、もう大丈夫です」
「……鬱陶しい正義マンがきたよ。やれやれ」
全身を光に包まれた青年の口上に、呆れたミラーガイが溜息をつくと
「こんな危険な場所で平然としているとは! もしや貴様が元凶か!」
彼はミラーガイの姿を見るなり敵と誤認し、腕を突き出して攻撃を放った―――しかし
「なぁ、知ってるか? 鏡はな、光を跳ね返すんだよ。つまりは……身をもって知った方が早いか?」
瞬間ミラーガイの体を覆う銀色の鏡面が光を反射し、言い終えると同時に、イルミネーターは勢いよく壁に叩きつけられた。
息を切らし、よろめきながらも立ち上がる彼に、周囲は彼に惜しみない声援を送る。
「まだだ、正義は……屈しないのだから……」
「熱血ヒーローだねぇ。いつか高騰するかもだし、今の内にサインもらおっか?」
軽口を叩いてから間もなく、ミラーガイの知人にして正義の象徴たる男ジョン・スミスが現れた。
白髪碧眼に、昔の貴族が羽織っていた真紅のジュストコール。
左腕と右脚の半分が機械に置き換わった姿。
そして企業のロゴが燦然と輝く白マント──ヒーローの中でも屈指の実力を持つ、正義の味方の鑑のような男である。
「イルミネーターくん、〝今日の彼〟は我々の敵ではなさそうだ」
ジョンは倒れた新米を掴んで軽く持ち上げ、放り出すように助け起こす。
「ハッ! ちゃんとしつけておけよ、ジョン」
鼻を鳴らすミラーガイに、ジョンは険しい表情で問うた。
「民衆の助けを求める声が聞こえているはずだ。何故に君は無関心でいられる?」
次の瞬間ミラーガイは、突如地面に四つん這いになる。
突然の奇行に動揺した店内の衆目は
「ワン、ワン、ワン!」
さらにミラーガイの犬真似で、困惑の顔を浮かべた。
それが《ラージェスティス》―――企業に仕える忠犬への露骨な皮肉だとわかり、ジョンの眉間に皺が寄り、憤りに顔をしかめた。
「どうやら君の心に正義はないようだな」
ミラーガイはふっと鼻で笑い、冷たく言い放つ。
「だからどうした。おまえらのその〝崇高な正義の心〟とやらも、結局は金持ちやスポンサーの連中に向けた、善人気取りにすぎない。タダでは助けない正義の味方様……ハハッ、最高のジョークだ。かなわねぇよ」
ジョンはミラーガイに歩み寄り、神妙な面持ちで説いた。
「私はかつて多くの〝無辜で善良な人々〟に助けられ、ここにいる。だから人を助けたいと本心から願った。君も誰かの親切があったから大きくなれたはず。私は君にもそうあってほしい」
ジョンの呼びかけにもミラーガイの視線は、どこまでも冷淡だ。
「つまりジョン。君は助けられた恩があるから、他人を助けてる……逆に言えば恩を感じないヤツは、助ける価値もない、ってコトだろう? 俺はほとんど誰にも助けられた覚えがない。だから助けない。俺に授けられた異能は俺のためにあるのさ」
彼は間を置いて
「君が言う〝無辜で善良な市民〟ってのは、他人の痛みに無関心だ。俺もその善意に期待したり、助けを求めた挙げ句、無関心や悪意に踏み躙られたさ。だからこそ俺も無関係な他人の生き死にに興味なぞない。人を動かすのは利だ。資本に飼い慣らされた犬と同じさ」
ミラーガイに怒りを滲ませたジョンは、義手を獣の爪のごとく変形させ、臨戦態勢に入る。
しかしミラーガイは後退しつつ、彼に釘を刺した。
「〝無関心が罪〟か? それは法か? それともジョン・スミスの個人的な道徳か?」
冷笑した彼は
「言っとくが、俺は俺を傷つけようとするヤツに容赦しない。これは街の〝正当防衛〟という名の正義に則った行為だが……今、君の行おうとした暴力には正当性はあるのか?」
ジョンはその言葉に平静を取り戻すと、外の戦場へと踵を返した。
去り際に彼は振り返って、ミラーガイの瞳を見据え告げた。
「一時的な契約でなく、君が我々ラージェスティスの仲間になれば、もっと多くの命を救えるだろうに……」
それを耳にした彼は口許を歪ませ、吐き捨てた。
「ご主人様にしか尻尾を振らない犬が、ずいぶん大きな口を利くもんだな……オヤジ、勘定だ」
紙幣での決済を済ませると、彼はすぐさま都会の闇に溶けて消えた。
ミラーガイには正義も悪も、ただの自分勝手で歪んだ像に過ぎず、そこに彼の持つ信念の拠り所は存在しなかった。
・アンチヒーロー・ミラーガイの華麗なる日常(難易度EASY)
0:00〜7:00
起床して夢の内容を思い出そうと試みるが、特に意味もないと気がついてやめる。
7:00〜7:35
しっかり栄養を摂るため、ダチョウの卵とワニ肉、馬油を使った朝食を食べる。
7:35〜7:50
食後に鏡の肉体を保つために銀とガラスを一気飲みする。
7:50〜10:00
他人の家のガラスに現れて変顔したり、踊る。
人の驚く間抜け顔、寝起き姿の阿呆面、風呂場から上がったばかりの女の人の裸を覗いて英気を養う。
10:00〜12:00
ラージャスティスorホープレスのどちらかに出勤。
正義の味方で働きすぎるとジョンみたいな堅物の善人に、ホープレスで働きすぎれば人を人とも思えなくなる悪人になってしまう。
これぞワークライフバランスだな。
12:00〜13:00
昼食は軽く済ませるため、近くのコンビニにあるサンドイッチとタピオカドリンクで済ます。
気分だけは昭和のJK。
余った時間は他人の家のガラスに現れて変顔したり、踊るのに費やす。
13:00〜17:00
組織の会議と業務時間。
業務中は誰がより飛ぶ紙飛行機や面白いパラパラ漫画を描けるか、とても真剣だ。
17:00〜19:00
帰りに雑貨や日用品の購入を済まし、洗濯や洗い物を片付ける。
余った時間は他人の家のガラスに現れて変顔したり、踊るのに費やす。
19:00〜20:00
ネットサーフィン中、SNSにいる俺のアンチ2人と壮絶なレスバを繰り広げる。
アカウント名
『偶像英雄J・S』
『†闇と煙を愛する者† @工作員募集』
……なんて手強い相手なんだ! 妙に俺に詳しすぎる!
20:00〜23:00
いざいかん! アルミホイルマン! のアニメ視聴。
全身が銀色の姿に共感し、涙が抑えられない。
23:00〜0:00
他人の家のガラスに現れて変顔したり、踊る。
満足したら就寝。
誰にでも真似できるよう日常生活難易度Lv1のものを掲載したぞ。
良い子も悪い子もこの俺、ミラーガイの生活を真似して健康的で文化的な生活をしてみよう!