異世界美少女エリス<リリース・シールの魔法>
佐藤翔太は、地方都市の不動産会社で働く平凡な営業マンだった。彼の人生はつまらない日常の連続で、特筆すべきことといえば、数年前に婚約していた彼女、麻美との破局くらいだった。麻美は職場の上司と浮気し、そのまま結婚してしまったのだ。
ある晩、残業で疲れ切った体を引きずり、夜道を歩いていると、路地の暗がりで光る何かに気づいた。近寄ってみると、銀髪の少女が微笑みながら座っていた。
「あなたが、佐藤翔太さんね?」
突然名前を呼ばれた翔太は驚いた。
「誰だお前! 俺に何の用だ?」
「私はエリス。この世界とは違う場所から来たの。あなたに『リリース・シール』という力を授けるためにね。」
「リリース…シール?」
エリスは何も答えず、翔太の手に小さな箱を渡した。
「使い方は簡単よ。あなたが心の中で『封じたい』と思った対象にこのシールを貼れば、その対象を動かせなくなるわ。でも注意して。あなたの心がこれをどう使うか、私は見守るから。」
エリスはふっと姿を消し、翔太は独り立ち尽くした。
翌日、彼はエリスの言葉を半信半疑で思い出しながら、そのシールを試してみた。手始めに冷蔵庫のドアに貼ってみると、驚いたことにドアは完全に動かなくなった。
「本当に使えるのか…?」
翔太はその力の可能性に興味を覚えた。何度か試した後、この能力が「物や人の動きを止める」魔法であることを理解した。日常生活で使う分には面白いだけだったが、ある日、思わぬ状況で役立つことを知る。
その日は朝から雨が降っており、翔太はいつも以上にイライラしていた。駅に向かう途中、目の前で車が水たまりを勢いよく通り過ぎ、泥水を彼に浴びせた。怒りに任せてシールを貼ると、その車は急に動きを止め、運転手は車から降りてきて平謝りした。
「これ、案外便利かもしれないな…」
翔太はそれ以来、シールを生活の中で使うようになった。電車で足を踏まれたとき、迷惑な隣人が騒いでいるとき、嫌な状況を「封じて」解決していった。
そんなある日、翔太は麻美の名前を耳にした。元彼女が幸せそうに新婚生活を送っているという話だ。
「幸せそうでいいご身分だな…」
抑えきれない怒りが湧き上がり、翔太は麻美の家へ向かった。そして、浮気相手だった夫の車にシールを貼り、動けなくしてやった。さらに、麻美が使っている化粧品や日常品にも次々とシールを貼り付けた。
「これで少しは俺の気持ちを思い知るだろう!」
だが、それで満足するどころか、翔太の行動は次第にエスカレートしていった。職場の嫌な上司の椅子を封じ、ライバルの営業マンが使うパソコンを動かなくし、気に入らない人々の生活を徹底的に「封じる」ようになった。
ある日、翔太が帰宅すると、部屋の中が異様な光景に変わっていた。家具が動かず、電化製品も反応しない。全てが静止した空間に変わっていたのだ。
「何が…どうして?」
困惑する彼の前に、再びエリスが現れた。
「あなたがその力をどう使うか、ずっと見ていたわ。」
「お前か! この状況を元に戻せ!」
「いいえ。これは、あなたが自分の欲望を満たすために力を使い続けた結果よ。力には代償があることを忘れてはいけないわ。」
エリスが指を鳴らすと、部屋全体が真っ白になり、翔太は無の空間に放り出された。
「力に頼らずに生きることの大切さを学びなさい。それができるまでは、この封じられた空間で過ごしてもらうわ。」
エリスの声だけが響き、彼女の姿は消えた。翔太は一人、動くことも許されない静止した世界で、力の使い方を後悔し続けた。
やがて、翔太がその空間でどれだけの時間を過ごしたか分からないが、彼は自分の過ちを認めるようになった。そしてある日、ふっと周囲の空間が元に戻った。
エリスはもう現れなかったが、翔太はそれ以来、二度と他人を傷つけることを考えなくなった。日常の中で、地道に努力することの価値をようやく理解したのだった。
エリスの微笑みは、翔太の心に今も焼き付いている。そしてその微笑みを思い出すたびに、彼は今の自分の生き方を振り返るのだった。