7.とりあえず到着
歩き出して10日目で、ようやく森を抜けた。
思ったよりも良いペースで来れたのは、その後の道のりがすごく順調だったからだ。
初日はくたくたになって、あまり距離が歩けなかったけど、翌日からは嘘のように順調だった。天候に恵まれた事と、魔獣に遭わなかったのが順調に進んだ主な理由だ。
あれは2日目だったか・・・歩いていて偶然、とても美しい湖の畔に出た。
そこは水面が美しく真珠のような光を放っており、思わず息をのんでしまったくらい素敵な場所だった。
穏やかな陽光にも誘われ、そこで薬草が群生していたので採取したりして過ごした。
その薬草はポーションの材料だったので、積極的に採取したかったというのもある。
女神様の【知識】でポーションのレシピについて記述があり、モノづくりが好きな私は挑戦したくなってしまったのだ。
その湖を後にしてからも【鑑定】をしながら歩いていたので、すでに必要な薬草は採取できている。
材料は揃ったし、落ち着いたらポーション作りに挑戦してみたいところ。
話が逸れてしまったけど、そうやって色々と寄り道をしつつも、無事に森を抜けられた事に安堵した。
大きい虫たちは最後まで慣れる事はなかったけど、魔獣に遭遇せず森を抜けられたのは何よりだった。
ロア君は魔獣と一度も遭遇しなかったのを、ものすごく不思議がっていたけど。
森を抜けてしばらくすると、背の高い草がたくさん生えている草原の開けた場所に出た。
その先にある広い道は馬車が通るほど広くて、町に続いている。
「町まであと少しだね、もう向こうに町の入り口が見えてきたよ」
ロア君がそう言うけど、私にはまだ壁っぽいのがぼやぁっと見えるだけで、門とか入り口とやらまでは分らない。
これって視力の差なんだろうな・・・獣人さんは目が素晴らしく良いみたいで羨ましい。
しばらく歩き続けていると、確かに町の壁に門らしきものが見えてきた。遠目からも立派な感じだ。
それにしても、森を出るまで他の人にまったく会わなかったなぁ。草原の道に入ってようやく人を見かけるようになったけど。
やはりあの森は人が生活するような場所ではなかったのだろう。
でもどうして女神様はあんな人里から離れた場所に私を呼んだのか・・・。何か意味はあるのだろうか。
ロア君が、あの森は魔獣が多い場所と言ってたし、もし身一つで異世界に来てたら、無力な私は確実にアウトだった。
つくづく、お家ごと招かれて本当に良かった・・・。
ようやく町の入り口付近まで来ると、だんだん人通りも多くなってきた。
この分だったら日が高いうちに町中に入れそうだ。
「ここまでが長かったね。ロア君、足の遅い私にペースを合わせてくれて、ありがとう」
「僕は一緒に旅が出来て、楽しかったです。それに毎日ずっと美味しいご飯をご馳走してもらってばかりだから、むしろ申し訳なくて・・・」
「何を言ってるの。こうして道案内をしてくれてるんだから、食事くらい当然よ。私だけだったら町になんて来れなかったもの。むしろ案内料を払わなくっちゃと思ってるんだから」
仕事に対しての報酬は当然ですからね。
「ご馳走になってばかりなのに、案内料なんて貰えないです!」
そう言って慌てるロア君。
でも、何かでお礼くらいしたいんだけどなぁ・・・。
「ところで・・・町に入ったらどうするんですか? 人の目があると、あの家は人前で気軽に出し入れできないでしょう?」
報酬の話はこれでお終い、とばかりに話の方向を変えられてしまう。
・・・あれ? わたし、なにか大切な事を忘れているような・・・。でもその思考は形にならないうちに、別の考えに気を取られてそのまま記憶の中に沈んでいってしまう。
「・・・確かに家を出し入れしているところを人に見られたらマズイよね」
今まで何もなかった場所に、とつぜん家が建ったら怪しすぎる・・・というか、誰の土地かもわからないのに、そんな勝手をしたら駄目だろう。
「もっとも、あの家は普通の人には見えないと思いますが・・・」
・・・え? どういうこと?
「僕がリサさんに助けてもらった時ですが、あの時・・・森の中に家なんてどこにもありませんでした。だからあの家は他の人間からは見えないのではないでしょうか」
どうやら彼も初めは森の中にある我が家は見えていなかったそうだ。
我が家の中に一度入ってからは、結界の外に出ても家を認識できたそうだけど・・・それって通常は結界で家が隠蔽されてるってことなのかしら。
「じゃぁ、この草原で一度家を出してみようか。通りがかった人がどう反応するかで他の人に家が見えているかどうか分かるよね」
「何もなかった草原にとつぜん家が建ってたら、皆さぞかし驚くでしょうね」
・・・さて、どうなるかなぁ。
結果、何台かの馬車や冒険者らしき人達が目の前を通ったけど、彼らから見られている感じはなかった。
視線さえも家には向かなかったので、ロア君の言う通り他からは全く見えていないのだろう。
まぁ見えていたら間違いなく大騒ぎになるよね・・・。
あとこの旅をしている時に気がついたのだけど、木々が生い茂っていても岩がゴロゴロしている場所でも、我が家は問題なく呼び出せた。
もしかするとあの家は、呼び出しても別空間にあるのではないだろうか。それで他人の目にも映る事がないのでは・・?
女神様のチートが凄すぎる!!
「でもリサさんは、町に入る前に服を変えた方がいいと思います。その服だと町でかなり目立つと思うので・・・」
あ、そうかも。目立つのは困るなぁ。
確かにこの服は違和感があるよね。さっき通りすぎた人達とは服のデザインからして違ったし・・・。
ロア君の勧めもあって町に入る支度をする。
町の散策用にリュックに色々詰め込んでいたら、いずれ町で服やバッグも買った方が良いとアドバイスされた。
どうも私の着ている服やリュックは、かなり目立つのだそうだ。生地や縫製が高級品に見えるらしいので、とりあえず手持ちの服の中からロア君に選んでもらい、できるだけ目立たないような服に着替えた。
町に近づくにつれ、馬車とか冒険者みたいな人達とすれ違うことが多くなってきたが、確かにちょっと視線が気になるので、やはり服は早々に買わなくちゃダメかもしれない。
「それで、リサさんはあの町では何をするんですか?」
「まずは仕事を探したいと思ってるんだけど・・・」
私にはどんな仕事が出来るかなぁ・・・。
いくつか考えていることはあるんだけど、まずは町の様子を見てみないと。
ようやくと言うか、何とか町に着くことが出来た。
ここはベルナール領の中でも一番大きい、メルデスという町だそう。
町の入り口には衛兵さんらしき二人が立っていた。鎧を身に着け、背より長い槍を持っているのを見ると、ちょっと緊張してしまう。
「初めて見る顔だな。この町には何の目的で来たんだ?」
ちょっとぶっきらぼうな感じのコワモテの衛兵さんに声をかけられた。
西洋風な顔立ちで、年齢は30代前半くらいかな?
「あの・・・ここへは仕事を探しに来ました」
緊張しつつも正直に答える。
そんな目的では通さん!とか言われちゃったら、どうしよう・・・。
「そうか。いい仕事があるといいな」
そう言って通してくれた衛兵さんは第一印象とは違い、笑顔が優しいひとだった。
無事に通過できてホッとした。もっと色々聞かれたり、身分証を出すように言われるとか、構えていたんだけど・・・。
ロア君にそう言ったら、「そういうのは入国する時だけですよ。あと王都に入る時は身分証が必要かもしれませんけど」と言っていた。
王都の城下町に入るには、どうやらそれなりの身分証が必要らしい。
そのために商人達や冒険者など移動が多い人たちは、身分証になるギルド発行のカードを携帯しているそうだ。
門をくぐると、そこは中世ヨーロッパみたいな可愛らしい街並みだった。
町の壁がレンガ造りだったから、建物もきっと洋風だろうとは思っていたけど、想像以上に可愛らしい感じだ。
「あそこが冒険者ギルドです。この町にはギルドが三つあって、成人したら皆どこかしらのギルドに登録してますよ」
「ギルド・・・!本当にあるんだ・・・!」
思わず目をキラキラさせて建物を見つめてしまう。ファンタジー世界では当たり前のように存在するギルドがここにも・・・!
「ギルドは初めてですか? 登録すると色々と売り買いが出来るようになるんですよ」
「その三つあるギルドって、どう違うの?」
なんでもこの町にあるギルドは、冒険者ギルド・商業ギルド・薬師ギルドとあるらしく、どこかに登録しておけば身分証をもらえ、色々と便利なのだという。
登録は成人した15歳から出来るそうだけど・・・私はこの世界でいま何歳なのだろうか。ちょっと不安だ。
「これからギルドに登録しに行ってみますか?」
「登録するとしたら、やっぱり商業ギルドが良いのかしら。いま仕事として考えているのは、お弁当屋さんなんだけど・・・」
「オベントウ?」
そう、私が考えていたお仕事はお弁当売りだ。町でお弁当を売る屋台なぞどうだろうか。
うちの畑の野菜をそのまま売っても良いのだけど、知らない野菜は受け入れられるかどうか分からないし、だったら調理したものの方が受け入れられ易いのでは、と思ったのだけど。
ロア君もおいしいと食べてくれたし、そこそこ需要はあるのではないだろうか。
それに元手も掛からないから、少しでも売れたらそれだけで御の字だ。
でもその前にこの国のお料理がどんな味かリサーチしたいから、まずは色々と食べ歩きをしたいのだけど・・・。