4.ロアン
「うわっ!」
シャワーからお湯を出したらロアン君が驚き、素早い動きで飛びのいた。
おかげで側に居た私がぐっしょりと濡れてしまった。
「ほら、じっとしててね」
お湯をかけるとビクビクしてる。見慣れぬシャワーにおっかなびっくりのようだ。
さっき彼は大丈夫だと言っていたが、実際はあちこちにアザもあるし、手足以外も傷だらけだった。
これではシャンプーや石鹸が沁みて痛いだろうから、手早く洗ってあげなくちゃ。
まず頭から洗おうとシャンプーを泡立てようとしたけど、予想通り一度目はまったく泡立たなかった。二度目のシャンプーで髪の毛の絡まりがほどけてきたが、やはりほとんど泡立たず・・・なかなか手ごわい。
三度目のシャンプーで、ようやく普通に洗えたのだった。
シャンプーを洗い流していると、彼の額にあった文字のようなものが滲んでいる事に気づいた。
これって何だろう?
一見すると入れ墨のようで、文字っぽいけど何かのマークにも見える。
もしかしたら誰かにイタズラで書かれたものだろうか。石鹸をつけて指で何回か擦ったらすぐに消えたから、ただの汚れだったのかも。
それにしてもこの首輪は苦しくないのかしら。やっぱり邪魔よねぇ・・・なんて思ってちょっと触ったら、首輪が突然ガシャンと音を立てて床に落ちてしまった。
「あっ・・・落ちちゃった・・・」
洗う時に首輪がちょっと邪魔と思ったけど、まさか触っただけで外れるとは思わなかった。
思わずロアン君の顔を見ると、彼は首を手で押さえたまま硬直していた。
「ごめんね、もしかして痛かった?」
彼は声が出ないのか、首をフルフルと横に振った。
「・・・首輪が・・・」
ロアン君が目を瞠り、信じられないというように呆然としている。
もしかして何かまずかったのだろうか。
「・・・額の印は奴隷から解放されない限り消えないし、首輪だって一生はずせないと聞いていたのに・・・」
彼は鏡に映った自分を見て、信じられないという顔をしていた。
それって奴隷として魔法の契約とかでもあったのかしら。首輪はいわゆる魔法具だったとか?
でも奴隷の首輪なんて外れてくれて、万々歳じゃないかな?
「じゃぁロアン君はもう奴隷じゃないってことだね?」
「・・・もう、奴隷じゃない・・・?」
彼はこの状況に戸惑っているようで、まだ少しうつろな眼をしていた。
「奴隷の首輪がはずれたのなら、もう自由の身という事で良いんじゃないかしら」
とりあえず、まだぎごちなく固まっている彼を石けんで洗ってあげた。
洗い終わる頃には彼も落ち着いてきたので、湯舟に入って温まってもらう。
次第にうとうと気持ちよさそうにしているのを見て、ようやく大丈夫だと安堵した。
「身体が温まったら適当に出て、声をかけてくれる? あ、気持ち良くてもそこで寝たらダメだからね」
ひと仕事を終えた私はそう言いつつ先に出て、濡れてしまった服を着替えに自分の部屋に戻ったのだった。
う~ん・・・
見間違いかと思ったけど・・・どうやらそうじゃない。
鏡の前の私がものすごく若い。いや、ちょっと若すぎる気がする。
さっきロアン君をお風呂に入れてた時、実は私も鏡に映った自分に驚いてしまったのだ。
まぁ彼の首輪のことでその事を気にするどころでは無かったのだけど。
・・・やっぱりどう見ても学生だった頃の自分に見えてしまう。若い。若すぎる・・・。
さっきは見間違いかと思ったけど、そうじゃなかった。
これも女神様からの恩恵のひとつなのだろうけど、今日まで全く気がつかなかった。
女神様には、この世界に合うよう身体を変化させたとか言われたけど・・・ひょっとして今も変化途中なのだろうか。
「・・・お姉さん、あの、オフロでました」
ロアン君の声がしたので我に返る。
急いでお風呂場に戻ると、彼は血色もよくなってピカピカになっていた。
でもあばら骨が浮き出てて、少し痛々しい。食生活もそうだが、いままでの彼の厳しい生活が垣間見えてしまう。
あとシャンプーして判明したのだけど、彼の髪の毛は灰色ではなく、とても美しい銀髪だった。
よく見ると、彼は子供ながらとても整った顔立ちをしていて、サラサラの銀髪がとても似合っている。
身体をバスタオルに包みながら髪の毛を拭いてあげていると「気持ちよかったです」とウトウトしながら私にくっついてくる。
なにこの可愛い生き物は・・・! いやもう、めちゃくちゃ可愛いんですけど!
リビングに戻ると、ロアン君をソファに座らせてドライヤーで髪を乾かす。
最初はドライヤーの音にびっくりしていたけど、私が髪の毛を手櫛ですくように触っていると、されるがままになっていた。
髪が乾いた頃には、ロアン君は完全に眠りこんでしまっていた。慣れないお風呂に疲れちゃったのかもしれないね。
毛布をかけてあげると気持ちよさそうにむにゅむにゅ言ってて、ホント可愛い。
子供って見てるだけで癒されるな・・・。
でもこれからロアン君をどうしたら良いだろう。
彼には家族がいないそうだし、かと言って奴隷商人の元には帰したくない。何より魔獣のいる森には彼を放り出したくは無いし・・・。
我が家の結界を抜けた彼は、私に対する害意は無いはず。つまり、ここに泊めてあげたって全く問題ないよね。
そんな事を考えながら、私はお夕飯の準備に取り掛かった。
気になったことがあったので、ロアン君が寝てる間に女神様の【知識】で獣人について調べてみる。
彼は狼獣人らしいので、子犬だと思ってた姿はどうやら子狼だったようだ。わんこ扱いしてゴメン・・・。
ちなみに完全に人型に変身できるのは獣人の中でも限られた種族だけらしい。
普通はケモ耳があったり尻尾があったり、身体中が毛で覆われてモフモフだったりするそうだ。モフモフ・・・良いなぁ、モフモフ・・・。
脱線したけど、今回調べたかったのは食事のタブーについてだったんだけど、食べてはいけない食材が無かったようで安心した。
犬だと玉ねぎがダメとかあるから、ちょっと心配だったの。しかも異世界産の食材だしね。
食べた後にアレルギーとかに思い当ってちょっと慌てたけど、問題が無くて良かった。
さて、お夕飯は気に入ってくれるかな?