35.故郷と家族
「だから、僕が採ってくるよ」
そんな男前なロア君と、私は湖にやってきた。
ロアだって泳いだことが無いと言ってたから、最初は反対したし、潜るのは私のつもりだったのに・・・。
そう反論したら「泳いだことは無いけど、泳げるよ。今まではその必要が無かっただけ」と言われて押し切られるように、ここに来たのです。
最近の彼は、見た目だけでなく言動までカッコよくなっちゃって、ちょっと困っている私です。
いや本当は困らなくていいんだけど・・・ここは歓迎すべきところなのだけど・・・でもやっぱりちょっと困る。なんでだ。
幸い今日は風もそこまでないから、肌寒いまではいかないけど・・・やっぱり湖を見ると、水が冷たそうだ。
「お水は冷たそうだし、やっぱり今日はやめておかない?」
「大丈夫だから、任せてよ」
そう言って、ザブザブと湖の中に入っていってしまう。
あああ、もう泳ぎ始めてる・・・でも本当にちゃんと泳げたんだな、と遅ればせながら安心した。
「ロアー、本当に気をつけて!」
湖岸から20メートルは泳いだだろうか。
ちゃぽん、と水の中にロアが消える。
この湖の透明度は抜群だから、アワワの実もよく見えるとは思うのだけど、見えていても採取がしやすいかどうかは別だよね。
簡単には手で引きちぎれないだろうから、ナイフ持って行ってたけど・・・うまく扱えただろうか。
ただでさえ水中なんて、色々と動きが制限されてしまうのに。
しばらくして潜っていたロアが水面に顔をだした時はホッとした。
どうやら上手くいったようだ。
岸まで泳いで戻ってきたその手には沢山のアワワの実があった。水中に潜って採るのは大変だったろうに・・・。
「ロアだいじょうぶだった? どうもありがとう!」
戻ってきたロアを抱きしめようとしたら「濡れちゃうからダメだよ」って・・・。
うぅ、初めて拒絶された・・・なんて、そんなショックを受けている場合じゃなかった! 今すぐ我が家でお風呂に入って、温まってもらわなくちゃ。
急いで我が家を呼び出し、ロアがお風呂に入っているその間に、私は机の上に乗せたアワワの実を見ていた。
それは見れば見るほどに不思議な実だった。
蔓のような茎に沢山の実がスズランのように・・・というよりは葡萄のごとく生っているのだけど・・・今も実は泡をぷくぷくと出しているのだ。
それにちょっと爽やかな石けんみたいな香りまでする、不思議な植物。
我が家には植物油としてオリーブオイルがあるし、灰は海藻じゃないけど落ち葉の灰なら手に入る。これで一応材料が揃ったので、石けん作りにチャレンジ出来そうだ。
ロアがお風呂から出てきたので、ソファに座ってもらう。
ドライヤーで髪の毛を乾かしてあげると、相変わらず気持ちよさそうにして目をつぶっている。最近カッコイイ事言っちゃうロアも、こういう所は相変わらず可愛いままだね。
わしゃわしゃと髪の毛を乾かすフリをして頭を撫でる。心の中で「いいこ、いいこ」とつぶやきながら。
この世界で一番最初に出会ったのがこの子で本当によかったなぁ・・・彼に出会えた私は幸運だったと思う。
さて、お風呂の後はお疲れ様の労いを込めて、ホットココアにバターとメープルシロップたっぷりのパンケーキを。
「わぁ、豪華だね! これみんな食べていいの!?」
「もちろん。さっきはご苦労様でした。たくさん食べてね」
「ありがとう! いただきまーす!」
お行儀よく椅子に座って、それは美味しそうに食べている。
最近は肉付きが少し良くなってきたかな?あばら骨が目立たなくなってきてる気がするし、”痩せすぎ”だったのが”痩せ気味”までになってきたように思えるのが嬉しい。
顔も頬がこけたような感じはもうないし、このままスクスクと成長していって欲しい。
もともと美少年のロアだもの、将来はきっと皆が振り返るようなカッコイイ男の人になるんだろうな・・・。
この国は美男美女が多いけど、きっとその中でも人目を惹く男性になるに違いない。今から楽しみだ。
「あのね、アワワの実だけど水の中にまだまだ沢山あったよ。茎もナイフでサクッと切れたし、カゴを背負っていけば、もっと一度に採ってこられると思う」
パンケーキを頬張りながらもロアが一生懸命に説明してくれ、また湖の中に入って採ってくると言う。
働き者すぎてお姉さんは心配だよ。
「ありがとう。でも今はこの採ってきてくれた分で十分だと思う。必要になったらその時はまたお願いするね」
「うん。任せて―」
あぁ、本当にロアは良い子だなぁ・・・。
最近、どうしても考えてしまう事がある。
それはロアの本当の家族について。
彼のご両親はどうしたのだろう? とか、兄弟姉妹は? とか・・・。
そもそも彼の故郷はどこにあるのだろう。少なくともこの人族ばかりの国では無さそうだけど。
獣人というのは非常に愛情深く、家族やその一族を大切にすると聞いた。
そんな獣人の中でも、狼は仲間を、家族を、とても大切にする一族だという。
ひょっとしたら今でも彼を探している人がいるのではないだろうか。もし本当の家族がいたらその家族と一緒の方が幸せなのでは・・・? などと、色々な事を考えてしまうのだ。
「・・・ねぇ、ロア」
「なぁに?」
パンケーキをもぐもぐ食べている彼は、いつもよりちょっとだけ幼く見える。
「ロアは自分のご両親や兄弟のことを知りたいと思う・・・?」
「・・・どうしたの? 突然」
首をこてん、と傾けて見つめてくるロアが可愛い。
可愛いけど・・・それには惑わされちゃだめだ。
「もしかしたら、どこかにロアのご家族がいるんじゃないかって。探せたらいいなって思ったの」
「・・・たぶんだけど、それは無理だ思うよ」
「どうして?」
「僕が銀狼族だから」
私がよく分かっていないのを察したロアが、さらに説明をしてくれた。
「銀狼族はね、とっくの昔に絶滅したと言われている一族なんだよ」
それは想像もしていなかった答えだった。
ロアの説明によると、銀狼族というのは聖獣フェンリルの血をひく一族らしく、遠く離れていても互いの存在がわかると言われているくらい絆が強く、血が近ければ念話ができると言われている特殊な一族なのだそう。
だからロアが今のいままで何も感じなかったという事は、他に仲間はもういないと悟ったのだと。
「だから、僕が銀狼族の最後の生き残りなのかもしれないね。僕もこの間ギルドで自分の種族を知ってすごい驚いたんだよ」
あぁ、そういえばエランドさんもロアが銀狼族だと知ってすごい驚いていたっけ。
あの時もう少し詳しく話を聞いておけば良かった・・・。
「ごめんね、私・・・」
あぁ、やっぱり私が聞くことでは無かった・・・? こういう事はもっと慎重にすべきだったと後悔した。
「別に平気だよ。もともと親兄弟なんて最初から居るなんて思ってなかったし。・・・それに僕の家族はリサでしょう?」
うん。私はロアの家族だよ。
これからもそれは変わらない。
そう思っているのに、うまく言葉に出来なくて・・・、私はただ精一杯ロアを抱きしめた。
私も両親の記憶はほとんどない。でもその分を補うように愛情を注いでくれた祖父母がいてくれた。
それがどれだけ心強かったか、ありがたかったか・・・。
失った今ではそれがどれだけ幸せだったかが分かる。
でもロアにはそんな家族が幼いころからすでに居なかったのだと思うと、胸が苦しくなってしまった。
だけど、これからは私が愛情を注げるだけ注いであげたい・・・。
それこそ、もう十分だよ! とロアがギブアップしちゃうくらいに。




