3.出会い
目の前で子犬が・・・人間の男の子に変身した。
あまりの出来事に今度はこちらの方が固まってしまう。
もしかして、この世界の人はみんな変身できるとか?! いやそんな事ある?!
しかも男の子は裸だったが、よく見ると首にはまだ金属の輪がついていた。
そこだけちょっと違和感というか、異様な感じがする。
「大丈夫? 怪我は無いかな?・・・あの、私の言葉は分かるかしら・・・?」
「・・・・分かります。助けてくれて、ありがとうございます」
良かった、言葉が通じた!
思えば、彼はこの世界で私が初めて会った人になるのね。第一村人ならぬ、第一異世界人を発見だ。嬉しい!
わんこ少年はロアン君というらしい。
お互いに簡単な自己紹介をしたものの、彼が裸のままだったので、目のやり場に困ってしまう為とりあえず私のシャツを着てもらっている。
椅子をすすめ、ようやく落ち着いたところ。
でも彼は最初、頑なに床で良いと言ってなかなか椅子に座ってもらえなかった。
・・・その理由は後で判明したのだけど。
喉が渇いているだろうから、お茶を入れている間にとりあえずお水を出したのだけど、私が蛇口から水を出すのを見てビックリしてたから、この世界の家と我が家では仕組みがかなり違うのだろう。
ちなみに我が家のお水は、主な水源が富士山麓から湧き出るとても美味しいお水だ。
異世界でもこの美味しい水が飲めるのはすごく嬉しい。
「ロアン君、君のお家はここから近いの? ご家族は心配していないかな?」
「・・・あの、僕は家族がいないので・・・」
ポツリと言った彼の一言に、ああ彼は私と一緒なんだと思ってしまう。
・・・でもこんな小さい子に親がいないと聞くと、色々と気になってしまう。
「じゃぁ、どこで誰と暮らしているの?」
「いままでは奴隷として商人に使われていたので、町を転々としていました」
「ど、奴隷!?」
こくりと彼が頷くが・・・ちょっと信じられない。ここは奴隷制度があるところなの・・・?
もしかしたら、彼のその首輪は奴隷の印なんだろうか。
先ほど床に座ろうとしていたのも、そういう境遇のせいだったのかと思い当たった。
「さっき君が追いかけられていた黒いのは、魔獣・・・よね?」
まるで「魔獣を見たことがない!?」と驚く少年に何と言ったら良いか悩んでしまうが、この国に来たばかりだからと話を濁した。
・・・ぶっちゃけ、この国というか、この世界に来たばかりだけどね。
正確には3日前なんだけど・・・。
「ここ一帯は“原始の森”とか、“古の森”と言われていて、森の奥に行くほど魔獣は多いんです。でも森でも街道近くはあまり危険はないはずなのに、荷馬車が魔獣におそわれて・・・」
「それで他の人とはぐれちゃったの?」
「いえ、その・・・僕は魔獣から逃げるのために、囮として馬車から落とされてしまって・・・」
嘘でしょう・・・?
子供を犠牲にしようとしたわけ!? 信じられない・・・。
この世界の常識はまだ知らないけど、それがやってはダメな事はわかる。
「ぼくは獣人なので足が速いから・・・囮にできると思われたのかと」
そう諦めたような目で呟く彼。
それにしたって子供を囮に逃げるなんて、有り得ない。
「馬車から落とされた後、夢中で走って魔獣から逃げているうちにいつのまにか森の奥に来てしまったんです。でも森の奥に人が住んでいるとは思わなかったので、すごく驚きました」
確かにここは森の深いところに違いない。見渡す限り周囲は木と草しか無いし。
あぁ、この分だと近くの町までかなり距離がありそうだわ・・・。
その話の最中に、きゅるるるーと彼のお腹が可愛くも盛大に鳴った。
「ちょっと待っててね」
その音を聞いて、私はお茶を入れるつもりでお湯を沸かしていたキッチンへと向かった。
パンとオムレツだけじゃ足りなさそうだったので、厚切りのベーコンも焼いて出すと彼は目を輝かせた。
それでも最初のうちは遠慮して手をつけなかったが、何度か勧めると空腹には勝てなかったのか勢いよく食べ始めた。
やはり空腹はつらいよね。
「おいしい・・・! こんなの今まで食べたことないです! この黄色いのは何ですか?」
オムレツとベーコンを頬張りながらロアン君はとても嬉しそうだ。
「その黄色いのはオムレツね。卵を焼いたものだけど、こちらでは無いお料理なのかしら。ロアン君は普段どんなご飯を食べてるの?」
「たいていはパンとスープです。スープの具はあまり入っていませんけど・・・。肉などはめったに食べられないご馳走です」
そう言って嬉しそうにベーコンを食べているロアン君は、年齢は10歳と聞いた割に身体が小さい気がする。
この世界で他の人間を見てないから基準がいまいち分からないけど、あばら骨が浮いているのは痩せすぎだと思う。
しかもこんな子供がパンとスープだけって・・・育ちざかりなのに。
こちらの世界と私の居た世界では食文化だって色々違うとは思うけど、そもそもの食糧事情はどうなんだろう。
機会があれば食べ歩きとかしてみたかったけど、それだって出来るかどうか・・・。
慢性的な食糧不足とかでなければ良いけど、もしかしたら魔獣に荒らされて食料が不足しているのかもしれないよね・・・。
・・・あぁこの世界が、食べ歩きが出来るような平和な世の中だったら良いのに。
戦争は私の居た世界でも、決して絶えることは無かった。たとえ自国で戦争がなくとも、地球上では必ずどこかで争いはあった・・・悲しい事に。
もしかしたら、ここでは魔獣に対抗するために人類同志の戦争は無いのかもしれない。確か魔獣を退けるのに人は手いっぱいだと女神様からも聞いたから。
でも、どんな争いも無ければ良いと・・・心からそう思う。
「ね、ロアン君。ご飯を食べおわったら、お風呂に入らない?」
「オフロ・・・ですか?」
やっぱりこの世界はお風呂ってないのかな?
ロアン君がきょとりと首をかしげてる。うぅ、可愛い・・・。
「えーと、お風呂っていうのは体とか洗うことね。そのあとに傷の手当てをしましょう」
彼の灰色の髪の毛が、ところどころ汚れで絡まっているし、手足は傷だらけで痛々しい。
バイキンが入ったら大変だし、ここはお風呂に入ってもらおう。
あとで分かったのだけど、この世界にもお風呂のようなものはあるけど、一般的には湯舟に浸かるというスタイルではないみたい。水浴びか、良くて蒸し風呂のようだ。
飲み水も豊富でない場所もあるだろうし、砂漠とかでなくとも水がとても貴重なのかもしれない。
ちなみにロアン君の話だと、商人の家ではたまに水で拭くだけだったそう。
旅の途中などで川に行った時は、水浴びをしていたようだけど。
この際です。せっかくだから日本式のお風呂に入ってもらいましょう!