2.異世界転移は引越しでした
異世界で今までと同じ暮らしができるなんて、普通はありえないと思う。
だって不安要素しかない異世界暮らし。
それが結界で守られている安全な家があって、食べ物が尽きる心配もないなんて。
暖かい寝床にお風呂だって入れるんだもん。もうこの家だけあれば生きてゆけるよね。
下手をしたら、この異世界で簡単にひきこもりにだってなれちゃう・・・!
まぁそれだと女神様に招かれた意味が無いけれど。
『貴方のここでの人生が、よきものとなりますように』
最後にそう言って、女神様の声は消えてしまった。
その後はいつも通りお風呂に入って、ベッドで眠って・・・やっぱり夢じゃなかった!と実感したのは朝になってからだった。
「ぐっすり眠れちゃった。さすが我が家・・・」
カーテンの向こうからの日差しで目が覚めたので、寝室の窓を開け放つ。
昨日は夜だったのであまりよく見えなかったけど、ここが深い森の中だというのが良くわかる。
どこまでも樹木しか見えないよ・・・。
「夢じゃないんだ・・・ここが、私がこれから住む異世界なんだ」
現実味がなかった昨日の出来事は、しっかりと現実だった。
でもお風呂にも入れて、ベッドでも眠れて・・・異世界とは到底思えない好待遇だけど。
そういえば・・・
『この家はいつでも、あなたの望む場所に移動ができますよ』
女神様にそう言われたものの、考えてみたら家の移動ってどうやるんだろう。
具体的にどうやるのか、聞きそびれちゃったな。
そうだ、こういう時こそ女神様の【知識】の出番なのでは?!
これは脳内で考えるだけで、まるでパソコンのように知りたいことが検索できる、ものすごい機能なのだ。
だけど実際に調べたことが出来るかどうかというのは別の話なのだけど。
たとえば魔法の使い方は調べられても、それを行使できるかはわからない。そこは才能と努力次第・・・という事らしい。
・・・ふむふむ。ほうほう。
これは収納魔法・・・になるのかな?
どうやら私は家をどこかの空間に収納できるみたい。
もしやこれが俗に言うアイテムボックスってやつかしら。
これは私が使えそうなスキルだったのが嬉しい!
出し入れ自由で、かつ容量の制限が無さそうなのがまた最高に嬉しい。
こんなに素晴らチートな能力を貰ったのだし、これからは色々な事に挑戦してみよう。
旅行気分で色々な国に引越しするのも良いかな。
もうホテル要らずだしね。
ついでに調べてみたところ、ここはグラニスタ王国という名前だった。
他にはエルフの国やドワーフの国などもあるらしいよ。
そのエルフさんなど亜人といわれる人達とも言葉が通じるといいなぁ。
もともとが小心者のくせにあまり深く考えない性格の私。気がつけばこれといったパニックもなく、異世界という現実を受け入れていた。
そんな簡単に受け入れて良いのか自分、と思わない事もないけど。
幸いなことに前の世界での未練もさほど無いし、これからはここで前向きに生きていこうと思う。
ちなみに、元の世界に帰れる確率は0.000015%らしい。どんだけ無理めなの・・・もうこれはゼロだよね、この数字。
さて、お腹が空いたことだし朝ごはんを作ろうかな。
冷蔵庫から卵や野菜を取り出して、オムレツとサラダを作った。
気になって食後に冷蔵庫をのぞいてみたら、やはり使った分の卵や野菜は元通りになっていた。
一体どういう仕組みなんだろうか・・・。
異世界に来て早くも3日目。
今日は何をしよう。そろそろ散歩がてら家の周囲を歩いてみようかな。
家の外はまだちょっとハードルが高くって、まだ庭にしか出ていなかったのだ。
いや、庭があると気づいた時には、かなり驚いたけどね・・・。
異世界に一緒に来たのは家だけかと思ってたら、まさかの庭付き一戸建てでした。
昨日は祖父母が大切にしていた家庭菜園・・・というか畑がある。お水を撒いたり野菜を収穫したりして過ごしたのだけど・・・不思議なことにここでは夏野菜とか冬野菜とかあらゆるお野菜が季節に関係なく実っていた。
これって異世界に来た影響だろうか・・・。
それにしても気になるのが、この家の結界はどこまでなのか問題。
その結界は私の目にも目視できたりするんだろうか。今のところ全く見えないけれど・・・。その為にどこまで結界があるのかがわからず不安なのだ。
意を決して、そろりそろりと家の敷地から出てみる。
なんとなく守られてる感じがここらへんまである・・・と、数歩ずつ歩いて確認しては戻ってを繰り返す。
答え。
どうやら我が家の敷地から一歩でも出ると結界の外になるっぽい。
目には見えないんだけど、なぜか纏う空気が違うので分かるというか・・・ちょっと不確定だけど、一応はわかる。
そういえば、この辺りで人が住んでる場所ってあるの?
一番ちかくの村や町はどの辺りにあるんだろう。ここは周囲が深い森のようだし、どうも人が住む場所には思えないんだけど・・・。
家の周囲をぐるっと見回したその時、遠くで何かの声が聞こえて体が固まった。
まだ距離がありそうだが、段々こちらに近づいてきている足音もする。
「ギャウウウウゥ!」
「キャンッ」
鳴き声が聞こえる。もしかしたら、動物同士の争い?
それともあれは女神様が言っていた魔獣だろうか・・・?
あわてて家の敷地内に戻って、外の様子を窺う。
あっ、あっ、木の陰から子犬が!
懸命に走っているが、後ろから大きな黒い獣に追われているみたいだった。
「おいで! こっちよ!」
思わず声をかけたけど、まだ距離があるし、子犬に言葉が分かるはずもない。
でも子犬は私の声に気がついたのか、こちらに向きを変えて走ってきた。魔獣をうまく躱して私の方に逃げてくる。
「もう少しよ、がんばって!」
魔獣はとても恐ろしく怯みそうになったが、家の敷地は安全だという女神様の言葉を信じ、子犬を待つ。
その我が家の敷地に子犬が入ったその瞬間、結界がふわっと現れ、私の目にも見ることが出来た。
そして子犬は結界に弾かれることなく、無事に私の腕の中に納まったのだった。
だが続いた魔獣は結界に弾かれたようだ。
ドン!! という音に続き、叫び声をあげた魔獣は目の前でどさりと倒れ、そのまま動かなくなってしまった。
「・・・まさか結界に触れて死んじゃった? それとも気を失っただけ・・・?」
魔獣のことが気にはなったが、恐ろしくて近寄る事も、生死を確認する事もできない。
クゥ~ンと鳴いた腕の中の声に我に返る。子犬がこちらをうるうるとした眼で見上げていた。
この子、ご近所さんの飼い犬とかかしら。首輪もあるし、額に黒い文字みたいなものが書いてあるのよね。
・・・そのご近所さんが、本当に近所だったら良いのだけど。
「怖かったよね、ここは安全だからもう大丈夫よ。・・・取りあえずお家に入ろうか」
私の心臓はまだバクバクしていたが、魔獣に関してはどうにも出来ないので、そちらを見ないようにして家の中に戻る。
子犬は足を拭いてから家の中に入れてあげたのだが、さっきから固まったように動かなくなってしまった。
「どうしたの? あ、もしかしておトイレかな?」
子犬に声をかけるも、やはり微動だにしない。
だが暫くすると、子犬がようやく動き出した。キョロキョロ周りを見回すと、こちらをジッと見上げている。
その直後だった。
ぶわり、とその姿が滲んだ。
「ひゃあっ」
思わずへんな悲鳴が出てしまったが、許してほしい。
――――だって目の前で子犬が、突然人間の男の子になっちゃったんだもの。