起
――もう、消えてしまいたい。
湖に映る僕の間抜けな泣き顔が、滴り落ちた涙の粒で歪む。
卒業旅行に来ているっていうのに、こんな誰も来ないペンションの裏手でひとり泣いているなんて……十五にもなって情けないと自分でも思うけれど、染みついてしまったこのクセは、もうどうにも治らないんじゃないかと思う。
人付き合いが上手くいかなくて、いつもいつもこうやって逃げてしまう。さっきだって、きっと彼らには悪気がなかったんだろう。僕の受け取り方が悪かっただけ。僕が上手くパスを受け取れないから。会話だってバスケットボールだって、僕はいつもそこで棒立ちになってしまうんだ。
「お高く止まってる」とか「ナルシストだ」とか、ぜんぜんそんなことはないのに、なぜか周囲は僕を遠巻きにして、置き去りにしていってしまう。興味本位で話しかけてくる人もあるけど、僕が戸惑っている間にみんないなくなってしまうんだ。
そんな僕を見てくれて、話しかけてくれるのは幼馴染の健一だけ。
明るい性格でスポーツ万能で、成績も優秀。受験だって高い倍率を見事に勝ち抜いて、県の中でも有数の公立上位校に進学が決まってる。お情けで私立に滑り込んだ僕とは大違いだ。
そうとも、優しい健一が自分の勉強時間を削ってまで受験対策に付き合ってくれたっていうのに、僕ときたら健一の受かった高校にすべて落ちてしまったんだ。選択肢のない中で僕は、せめて健一と同じ駅を使えるようにっていう下心から高校を選んだ。登校くらいは、一緒にできるようにって。
……この恋心を、打ち明けるつもりなんてなかった。
僕はただ、健一の側にいられれば幸せだったんだ。報われなくとも。認めてもらえなくとも。
けど僕は、彼らの言葉に咄嗟に反応できなかった。
「健一、佐伯さんと付き合うんだって? やっとかよ」
「何で知ってるんだよ、お前。……ほら、ようやく受験も終わったし、同じ高校に行くわけだし、さ」
友達のひとりにそう言われて、最初怒ったように見せていた健一は、すぐに照れたように表情を崩した。囃し立てられて、幸せそうに笑って、「羨ましいだろ」なんて。
僕、知らなかったよ。
健一が佐伯さんとそんなに仲が良かったなんて。だって、健一、何も言わなかったじゃないか。
でも、僕以外は知ってたんだ。気づいていなかったのは、僕だけ。健一のこと、ずっと見てきていたはずなのに、そう思っていたのに、実は何も見えていなかったなんて。ショックだった。
彼らは笑いながら健一を祝福し、そして僕に言ったんだ。
「これからは綾瀬もひとり立ちしないとな」
「あんまり健一にベッタリじゃダメだぜ? なんたってカノジョ持ちなんだから」
「おい、よせよ」
……僕は非難されていたわけじゃない。でも、心臓がドキリとして、反応が遅れた。上手くないながらも笑顔を作って、「そうだね」なんて相槌を打って。誤魔化せたつもりでいたのに、涙が、こぼれてしまった。
呆気に取られた、驚いた表情。
しんと静まり返る空気に耐えられなくて、僕は踵を返して逃げた。
「純!」
健一の僕を呼ぶ声さえ、今は心に痛くて。僕はきっと人生で一番、真剣に走った。
こうして、僕はひとり湖を覗き込んでは自責の涙を流して自分を慰めていたんだ。誰もいない方へと逃れて、背の高い草を掻き分けて、湖までやって来た。ここに湖があることも知らなかったけれど。三月も半ばを過ぎてとっくに時期が終わったと思っていた水仙が、そっと数株生き残っていた。
今頃、みんな僕を探しているんだろうか?
それとも、予定通り草スキーに出かけていっただろうか。……いっそ、そうしていてほしい。ここまで来て迷惑をかけるだなんて、本当に情けないもの。できれば僕を置き去りにして、先に家に帰ってほしい。
そこまで考えて、それも無理だということに気づく。今日はペンションに一泊する予定だし、そもそも保護者に何度も頼み込んで許してもらった子どもだけの連泊だもの、いくら厄介者だからって僕を置いて帰れるわけがない。それに、あの優しい健一がそれを許すはずもない。
ああ、僕は!
こんな事態になっても僕は、健一が僕を探しに来てくれないかと願っている!
いや、それも違う。
健一なら絶対に僕を探しに来るとわかっていて、こんな子ども染みた真似をしているんだ。僕の名を呼びながら、僕を探して、そして見つけて抱きしめてくれるのを待っているんだ。だって健一はいつもそうしてくれた。健一なら……。
なんて……なんてあさましい!
恥ずかしくてたまらない。いっそ本当に、死んでしまいたい! 消えてなくなりたい!
――誰か、この場から僕をさらって……隠して……
『本当に?』
「純!」
「けんい……」
僕を呼ぶ声に立ち上がろうとした瞬間、何かが僕の手を引っ張った。バランスを崩して僕は湖に倒れ込む。
ぬるりとした生暖かい水が僕を包み込んだのが分かった。