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苦手な方はご注意ください。

Through the justice 〜 Birth of Avenger 〜

作者: 雑用 少尉


こちらは「Through the justice 〜英雄の在り方〜」のスピンオフとなります。


本編第18話までお読み頂くと、より本作を楽しんで頂けるかと思います。


それでは。

 

 積もりに積もった傷痕は、決して癒えない。



 孤独に戦い続ける者は、決して救われない。



 我武者羅に戦えば戦うほど、心と身体に刻まれていく魂の残骸。

 闇雲に戦えば戦うほど、頭から消え去っていく本当の目的。



 英雄は自らの背に守るものがなければ、長い時を掛けて復讐者へとその魂を変質させていく。


 忘れてしまった記憶の中に、本当に守らなければならない者がいることすら、忘れて。






 ── ノアカンパニー 地下研究施設 ──



「シバよ。我を創造せし男よ」

 静かな研究室に響く、無機質で中性的な声。それはこの部屋にただ1人でいる男のコンピュータから発せられていた。

「ネームレス、君を作ったのは私ではないと何度も教えたじゃないか。君の設計をしたのは私の妻、柑菜だと」

「だが我は記憶している。我の思考、学習パターンを指定したのは汝である。AIの在り方は思考そのものであると、我はカンナから学習した。ならば我を創り出したのは汝であると言えるのではないか」

「やれやれ、AIの思考はやはり何処か私達とズレているようだ」

 白衣を纏った男は苦笑し、温くなったコーヒーに口をつける。

 白い髪を短く切り揃え、紅い瞳が宝石のように煌めく。痩せ気味で長身だが、笑った顔は温かなものだった。


「それで、私に何を聞こうとしたんだい?」

「我の思考ルーチン、及び学習パターンはほとんど完成している。シバ、汝はその時計画が次の段階へ進むと言っていた。既に動いているのか?」

「それか。もう準備は整っているさ」

「詳細を知りたい」

「……グッドタイミングだね」

 男が目を向けた瞬間、彼の部屋の自動ドアが開き、1人の女性が訪れた。

「なぁに? 何を話していたの?」

「ネームレスが勉強熱心なのさ。……出来たのかい?」

「えぇ。完成品3つ、見たい?」

「焦らさないでくれ」


 悪戯な笑みを浮かべた女性は、その手に引いた台車にかけられた白い布を取る。



 そこに並んでいたのは、銀色の箱状の物体が取り付けられた腕輪だった。側面は僅かにケーブルが剥き出しのままになっている。


「完成したね。プラグローダーが」

「プラグ、ローダー……我の記憶領域にそのような単語はない。これは何なのだ?」

 ネームレスからの問いに、女性は嬉しそうにはにかむ。まるで勉強熱心な生徒と向き合う教師のように。


「ジェノサイドに対抗出来る力を手に入れる為のデバイス。でもこれは初期型、まだ何にも学んでいないわ」

「この装置も、学習を行うのか?」

「そう、前のあなたと同じまだまだ無垢な子供。これからどんどん戦闘経験を積ませるの」


 楽しそうにネームレスへ語りかける。そこで男が1つ咳払いし、話題を戻す。

「それで、他の準備も大丈夫かい?」

「うん。生体端末は3機作ってある。AIには最低限の教育をしておく予定」

「こっちはジェノサイドウイルスを使った実験体を用意しておく。お疲れ様柑菜、おやすみ」

「ん、おやすみ紫葉」

 優しく紫葉にキスをすると、柑菜は部屋から去って行った。


「さてネームレス、君も休止しよう。この計画が全て成功した暁には、晴れて君に名を与える。成功を祈っていてくれ」

「了解」


 プツリと途切れ、画面が暗転する。


 暗闇となったモニターに反射した紫葉の顔は先程の温かな笑みではなく。

 計画の終わりを想像して浮かべる、冷たい笑みだった。




「お待たせ紅葉」

「おかーしゃん」

 柑菜の膝に飛び込む幼い少女。愛しのその姿こそ、紫葉と柑菜の間に生まれた宝物である。

「ん〜、今日も可愛いね〜。お姫様みたい。さ、早くご飯食べに行こう」

「まって」

 紅葉は柑菜の後ろを指差す。

「おねーちゃもつれてって」

「……紅葉、少し待っててね」

 柑菜は紅葉から離れ、もう1人の娘の元へ向かう。


 少女は柑菜の姿を見ると肩を震わせる。その場から後ずさろうとするが、逃げる前に柑菜は小さな肩を掴んだ。

「……今日の分は終わったの?」

「うん……」

「じゃあ早く部屋に戻りなさい。ご飯は1人で食べれるよね?」

「うん……」

「じゃあ行って。また明日」

 頭を撫で、背中を押す柑菜。全て愛情がこもっていない機械的な行動。

 何かを欲するような少女の瞳に対し、柑菜は冷えた視線を返して去っていく。


「おねーちゃは?」

「いらないって。先に食べてようね」

 手を繋ぎ、連れられていく紅葉。


 振り返るとそこには、寂しげにこちらを見つめる自分の姉が見えた。


「…………へんなの」




 ── 数年後 ──



《No.3、戦闘状況終了。ジェノサイドの撃破に成功しました》


 強化ガラスに覆われた試験場。


 そこには黒い液体で床を濡らし、倒れ伏したジェノサイドの姿と、銀色の体を黒く染め上げた機械人形がいた。

 能面のようなマスクには飛散したジェノサイドの体液が点々と染み付いている。

「見事だNo.3。基礎性能テストは十分だろう。試験をこれで終了する」

「了解いたしました、忌魅木博士」

 No.3はマスクに付着した液体を拭い取り、体全体のテクスチャを変化させる。


 先程の無機質な外見から一転、栗色の長髪をした中性的な青年の姿へと変化する。


 試験場の扉を抜け、自分の待機場所へと戻る。その場所では多数の機械人形がポッドのような物に座り込み、静止していた。

 だが彼等はまだ起動していない。自分達が得た戦闘データが実用段階に至った時、初めてこの世に生を受けるのだ。


「No.3、おかえりなさい」

 そして、No.3以外にも動くことが出来る者は存在する。

 水色のショートヘアをした女性型、No.2と呼ばれている個体。機械らしく無機質なNo.3に比べ、彼女は表情豊かである。そのようにプログラムされたのであろうが、それが何故なのかNo.3には理解が出来なかった。


 もう一体、ある程度の自由が許された個体がここには存在する。

「No.1、今日の戦闘試験の結果をまだアップロードしていない。早急に済ませるんだ」

「…………」

「聞いているのか、No.1」

 返答をしない、No.1と呼ばれた個体。黒い髪の隙間から覗く紅い瞳に、力はなかった。

「…………あぁ、悪い。今済ませる」

「思考回路に遅れでもあるのか? バグがあるのなら忌魅木博士に報告するんだ」

「別に問題はない」

 No.1は部屋を後にする。


 3体は《スレイジェル》と呼ばれる、ヒューマノイド型兵器の試作体。その役目は人間が変異した怪物、《ジェノサイド》との交戦データを集積し、量産される個体へ提供する事。この研究所で管理されているジェノサイドウイルスが、万が一外部へ漏れ出した際、パンデミックを防ぐ為に必要な対抗策なのである。


 量産型の早期完成を目指し、3体は来る日も来る日も、自分達と同じく生み出されたジェノサイドを倒しているのだった。


 No.1が自分の個室へと向かう。個室とはいうが、1日で得た戦闘データのアップロードと記憶領域の整理を行う装置がぽつんと置かれただけの部屋。

 そこへ向かう間の廊下には仕切りが立てられている。が、仕切りの向こうから聞こえてくる声は、


「やめてくれ、何する気だ、俺に何する気だぁぁぁ!」

「こんなの法で許されるのかよ!? 人権無視だ!!!」


 同情の余地などない。博士の話を信じるのなら、ジェノサイドにされている被験体は皆重罪を犯した者達。人類の未来の為に消費されるのならばそちらの方が良いのも理解出来る。

 しかしNo.1はそれを聞くたび、、理解が出来ない何かが頭を痛めている感覚を覚えていた。

「No.3の言う通り、何かバグがあるのかもな……」

 装置に座ると、腕に巻かれた機械とケーブルが接続される。すると今までの違和感がまるで吸い取られるように抜けていき、1日の体験を追想していく。


 手にかけたジェノサイドの悲鳴ばかりを聞く、最悪な1日の記憶を。




「データの収率は?」

「極めて良好だよ」

 柑菜はデータを打ち込む手を緩めずに紫葉の声に応える。

 3体のスレイジェルが得た戦闘データは日を追うごとに数値が向上していた。反応速度、戦術、あらゆる戦闘下での思考、選択を数値化し、量産型用のデータを管理するサーバーへ送り込む。

「そっちはどうなの?」

「ネームレスの身体かい? もう完成しているよ。君の助手達に頼まれてネームレスを取りに来たんだ。私は機械の事がさっぱりだからね」

「お疲れ様。慣れないことばかりさせてごめんなさい」

「本業は休業中だから平気さ。それで、紅葉は?」

 娘についての話題になると、嬉しそうに柑菜の顔が緩む。

「私の本をどんどん読み進めているの。もしかしたら天才かもよ、あの子」

「それはいい。……ただそうなると、本格的に蒼葉の処遇を考えないといけないな」

 紫葉がもう1人の娘の名を出した途端、先程までの緩み切った顔が、無表情に変貌する。

「あぁ、あの子は貴方に任せる。別にどうなったって……」


「お母様!」


 扉が開き、白い髪が遅れて入る。

 小さな体に大量の紙を抱え、眩しい笑みを浮かべながら差し出した。

「見てください! プラグローダーを応用したものの設計図です! 是非……」

「蒼葉、ここに入るなってあれほど言ったでしょう」

「あっ、す、すいません……でもこれ……!!」

 差し出された設計図を、柑菜は手に取ることすらせずにはたき落した。舞い落ちる紙束の隙間から見えた柑菜の目は、冷たい。

「自分の部屋に戻りなさい」

「…………はい」

 消え入るほどに小さな声と共に、蒼葉は去って行った。見送った柑菜は小さく息を吐き、再び作業に戻る。

 だが紫葉は、その設計図を拾い上げ、魅入っていた。


「柑菜、私は戻るよ」

「そう。ネームレスの事、お願いね」

「…………あぁ」




 今度こそ、お母様に認められると思っていたのに。


 力無い足取りで歩む蒼葉。暗く、狭い部屋で、プラグローダーの設計図を、来る日も、来る日も、来る日も、見続けて。自分の頭で考えて設計した、初めての作品を。

 あの人は見る事すらせずに、捨てた。


 目に溜まる涙を拭おうとした時、クスクスと笑い声が耳に入った。

「…………紅葉?」

 自分と瓜二つの妹。一瞬鏡が目の前に現れたのかと思ったが、口元が笑っている事で気がついた。

「またお母様の所へ行ったの? いい加減気づいた方がいい。どんな事をしようと、お母様は貴女を認めない」

「まだ分からない! 諦めない……絶対、認めてもらう!!」

 嘲笑を振り切るように、蒼葉は走る。


 いつかきっと。きっと。





 夢から醒める。


 スレイジェルの眠りに時間はかからない。試験開始を報せるアラームがNo.1の思考を起動させる。

 以前感じた違和感は失せ、体の機能に不調も見られない。人間で言うのなら、熟睡して起きた気分というのだろうか。

 いつものように試験場前の待機室へ向かう。そしていつものようにジェノサイドを駆逐し、いつものようにデータを送る。


 だが今日は少し違う点があった。


「…………忌魅木博士? 何故ここに?」

「おはようNo.1。今日は新しい仲間を紹介しようと思ってね」

 待機室にはNo.2、No.3だけでなく、紫葉の姿もあった。更に彼の後ろに立つ、異形の機械人形の姿があった。


 それは人形というよりも、何かのオブジェに似ていた。鹿のように枝分かれした角のようなものが2本生えた頭部には、他にペストマスクのような長い口があるだけ。体と思われる部位は見当たらず、一直線に伸びた剣のようなものが頭部の下に浮いている。


 不気味な機械人形はNo.1を見ると、言葉を紡ぎ始めた。

「シバよ、これらが我の眷属か?」

「まぁ君の方が生まれたのは早いからねぇ。体を得たのは彼等が先だけど」

「忌魅木博士、そいつは?」

「彼はネームレス。君達の思考回路を作る上で、データを提供してくれた存在。いわば、君達の親だ」

 紫葉が言い終わると同時に、ネームレスはゆっくり浮遊しながら近づく。

「我のデータから産まれたというには、些か人に寄り過ぎている気もするが」

「何か不満が?」

「否、我は現在、汝らの存在自体に興味を抱いていない。これからも変わらず、シバの役に立つ様励めばよい」

 ネームレスは踵を返し、浮遊しながら部屋を出て行ってしまった。

「あぁごめん。彼は何というか、君達より機械的な思考をしていてね」

「構いません。私達もネームレスに興味はございませんので。それで、本日の任務は?」

「それなんだがねNo.3、今日はそっちの方が重要なんだ」

 紫葉は3体の腕に装置を取り付ける。無機質な箱状で、塗装の類も施されていない。それを見たNo.2は訝しむ様に見つめる。

「博士、これは?」

「君達の力をより引き出し、且つデータ収集をより効率的にする事が出来る装置だ。まだ試作品だが、ここまで漕ぎ着けたのは君達の活躍があってこそだ。感謝しているよ」

「え、へへ、ありがとう博士」

 頭を撫でられ、頬を緩ませるNo.2。それに対し、No.1の表情が何処か不安げなのが紫葉の目に入る。

「No.1、不安かい?」

「そんな事はない、が…………博士、1つ聞いても……」

 そこまで言いかけ、No.1は沈黙してしまう。言いづらい事なのだろうと、紫葉は笑いかけた。

「ここで言いづらいのなら、後で話を聞こう。それじゃあ、1時間後にデータ収集試験の開始だ。各自備えておく様に」

 紫葉はそう言うと、部屋を後にする。


 その先では、先程出て行った筈のネームレスが待っていた。

「こちらの話も本題だ、シバ。我に見て欲しいものとは、まさかあれらではないだろう?」

「まぁね。じゃあ行こうか」

 優しい笑みが一転、寒気がする様な冷徹な笑みへ変わり、紫葉とネームレスはエレベーターに乗る。

 階層はどんどん下へ下がって行き、やがてノアカンパニーの最下層へ辿り着く。

 そこに研究員の姿は無く、いるのは鉄格子に閉じ込められた人間達。そしてその更に奥には、


「ゴァァァッ!! ゴァッ、ゴァァァッ!!!」

「ヴヴヴヴヴヴ……」


「シバ、汝はここでジェノサイドを作っていたのか?」

「かなり取り扱いが難しいからね。他の人が手伝うと逆に邪魔なんだ。特にこれとか」

 紫葉が指差した檻にいたのは、蛇の様な姿をしたジェノサイド。腰から無数の蛇が鎌首を持ち上げている。

「噛みつかれるとジェノサイドになるから。君には関係ないだろうけど」

「シバよ」

「分かってるって、興味ないだろう? でもこれはどうだろう?」

 檻がある部屋から更に壁で隔たれた場所。そこにあるパソコンには2つの設計図が映し出されていた。

「これは?」

「さっきあの3体に渡した装置の発展版だ。まだ実現するにはデータ不足だが……」

 そこで紫葉は机から、あの装置を2つ取り出してみせた。

「予備の2つに3体からのデータを流して、この設計図にある装置を完成させる」

「それを何に使う気だ? カンナはそれを作れと言ったのか?」

「違う、これを発案したのは蒼葉だ」

「アオバ……モミジと似て非なる存在か」

「いや、かなり違う。カンナのお腹から産まれたか、デザインベビーとして産まれたか……どっちにしろ、私の可愛い愛娘さ」

 ネームレスはその設計図をまじまじと見つめる。視界から取り込んだ情報をデータとして登録し、その情報のバックアップを紫葉のサーバーへ送る。

「カンナには報告を?」

「いや、秘密にしておいてくれ。サプライズで知らせたいからね」

「了解。では我はここを少し見学させてもらう」

 ネームレスは部屋を出て、檻の見学を始めた。紫葉は予備の装置を自らのパソコンに接続し、データベースとリンクさせる。

「サーバー接続。さぁ、君も準備をしなくてはね、ノア」




 試験場へ向かうNo.1。巨大な強化ガラスに囲まれたあの小さな戦場に向かう途中、同じ様に強化ガラスで囲まれた通路が存在する。外側には試験場の後処理や清掃をする人間が通る為の通路が存在する。なので試験開始時にその通路に人がいる事はない。

 しかし、今日は見慣れない人影が通路に立っていた。

「ねぇねぇ、貴方がNo.1?」

 あまつさえ、話しかけてきた。紫葉以外の人間に話しかけられるのは初めてで、No.1は戸惑うように合った視線を逸らす。

「私、お父様……紫葉博士の娘。試験開始まであと少し時間があるでしょ。お話しましょう?」

「博士の、娘?」

「あ、話した。凄いなぁ、流石お母様の作ったアンドロイドね」

 紫葉博士の娘というなら、母親は柑奈博士の事だろう。No.1はガラスを隔てて少女の真正面に立つ。

「お前の名前は……?」

「サーバーに接続しているなら知っているんじゃないかしら」

「自分達から好きにアクセス出来る訳じゃない。俺達が得たデータをサーバーへ送るだけ、一方通行だ」

「あぁ、そうなのね。貴方達に自由はないんだ」

「自由は必要ない。俺達は忌魅木博士の指示通り任務をこなして、計画を進められればいい」

「そう……これだけ人間に似ているのに、やっぱり根幹はロボットなんだ」

 ほんの少し落胆したように、少女は肩を落とす。

「それがどうした。お前には関係無い事」

「だって、気になるから」

「気になる?」

「お父様とお母様の研究成果の1つだもの。……じゃあね」

 一方的に別れを告げ、少女は去っていく。No.1は今まで紫葉以外の人間と関わった事はなかったが、それでもあの少女が謎めいている事だけは感じていた。

《間も無く試験を開始いたします。No.1、速やかに試験場へ》

 機械によるアナウンスで我に帰り、改めてNo.1は試験場へと足を踏み入れた。


 いつも通りだ。試験場の中にいるのは自分とジェノサイドのみ。

 今回の相手は背中から8本の腕を生やし、4つの赤い複眼と割れた下顎を持っている。スパイダージェノサイドという個体である事が、試験場内部のディスプレイに表示されている。


《さて、No.1、記念すべき初変身だ。素晴らしいデータを期待しているよ》


 機械アナウンスに代わり、紫葉の激励がスピーカーから掛かる。

 事前に伝えられた手順に則り、まずはプラグローダーのカバーを開く。そして渡されたチップを挿入、カバーを閉じた。


《Blank Armor Plug In》


 無機質な待機音がプラグローダーから鳴り始める。


 No.1がプラグローダーをスライド。刹那、本来の機械人形の姿に戻ったかと思うと、プラグローダーから出現した光輪がその身を包んだ。


 天使の羽の様な透明なアイレンズ、薄灰色の装甲が胸と腕、足を覆った。一切の装飾も武装も無く、無骨ながらもどこか美しさを感じる造形。


《No.1、変身を確認》

《見事。完了の音声や固有の武装が発生しないのは想定内だ。おめでとうNo.1。君は無事ブルームへの変身を遂げる事が出来た》

「ブルーム?」

《その鎧、戦闘システムの名だ。性能は使ってみれば分かるさ》


 紫葉の言葉と共に、スパイダージェノサイドが襲いかかる。脚先に備えられたナイフの様な爪を振り下ろした。

 それをいつものように、No.1は側面へ回避しつつ回り込もうとする。が、

「っ!」

 予想よりも大きな距離を跳んでしまい、床をオーバーランしながらなんとか停止。自分が考えていた以上の出力に戸惑いが生じる。

「何だこのパワーは……」

「シャアッ!!」

 スパイダージェノサイドはNo.1を追い、再び爪で攻撃。しかしNo.1はすぐにそれに勘付き、スパイダージェノサイドの腹部を蹴り飛ばした。後退るスパイダージェノサイドへ更に拳を打ち込み、怯んだ隙に回し蹴りを頭部へ叩き込んだ。


《No.1、ブルーム、共に出力が拮抗した状態で安定。ほとんど理論値通りの数値を示しています》

《戦闘データと性能が噛み合っている。素晴らしいじゃないか》


 糸を吐き出し、拘束を仕掛けるスパイダージェノサイド。それをNo.1は前転で躱し、距離を詰めながら回避を繰り返す。

 《No.1、プラグローダーを3回スライドだ。高出力状態で技を使用しろ》

 紫葉に促されるまま、No.1はプラグローダーをスライド。拳が輝き始めると同時に懐へ潜り込み、腹部目掛けて打ち出した。


《Update Complete》


「シェアッ!?」

 スパイダージェノサイドは短い断末魔を上げて吹き飛ばされ、壁へ激突。爆発四散する。

《対象の死亡を確認。試験を終了します》

「この力は……」

 以前までとは格段に出力が違う。自分自身を一瞬制御出来ない程の力に、No.1は戸惑いを隠せずにいた。

《自分自身の力に驚いているのかい? 良いね、実に人間らしい反応だ。とにかく、お疲れ様No.1》

「人間らしい……」

 紫葉の言葉を聞いたNo.1は、あの少女の言葉を思い出す。が、すぐに不必要な情報だと判断し、試験場を後にする。

 出口通路を通っていると、入り口通路を通るNo.2とすれ違う。腕には自らと同じくプラグローダーが取り付けられていた。

「No.1、どうだった?」

「やれば分かる」

「そっか。……私は少し不安だよ」

「不安、か。お前は随分人間らしいな」

「だってこういう時、人間は不安になるんでしょ? そうプログラムされているから、不安になるのかな?」

 プログラムされたもの。だとするならば、自身が感じた違和感も、No.2のはにかみや不安も。

 入口の方へと向かったNo.2を見送る最中、No.1はその思考が頭から離れなかった。



 誰もいない地下エリア。

 紫葉がいない中、ネームレスはジェノサイドが収容されているエリアを漂っていた。

 理性もなく唸るものや黙って蹲るもの。獣の類であると認識しているネームレスも、彼等に個性があることに気がついていた。観察し、データに加え、そのコピーをサーバーへと転送。既にノアカンパニーのサーバーにジェノサイドの記録はあるようだが、無意識のうちに行ってしまう。

 合計7体のジェノサイドを観察し、データを取り終えたところで、ネームレスはあるものに気がついた。


 他の7体が収容された檻とはまるで厳重さが違う扉。電子ロックが三重に掛けられたその部屋からは、ただならない気配が漏れ出ていた。

 ネームレスはその部屋に近づく。


「気になるのかい?」


 背後の声に、ネームレスはゆっくり振り返る。いつのまにか紫葉が立っていた。

「シバ。この中にいるのは何だ?」

「それは成功作だよ。あぁ、というよりも、成功が過ぎてむしろ失敗作というべきか」

「理解に苦しむ返答。シバ、データ更新の為、中のジェノサイドの観察を要求する」

「それは出来ないな。あぁ、別にやましい事じゃない。ただ……」

 紫葉の額から、一粒の汗が流れ落ちる。そんな彼の表情をネームレスは初めて見た。

「例え君だろうと破壊されてしまうだろうからね。いや、あれは文字通り怪物だ。私が開発しているローダーなど必要ない、完全に適合した存在。しかもそれが、まさか古代の生き物の形を取るとは……」

「データを検索。古代の生き物、それは一度世界を支配した、恐竜という生き物か?」

「それ単体を指すわけじゃないが、今回に関しては正解だ。どう制御したものか……」


 紫葉は手に持った箱状の物体を机に置く。プラグローダーによく似ていたが、黒く輝き、血管にも似た赤い配線が剥き出しになっている。


「これは?」

「開発している新しいローダーでね、その試作品だ。これを今から試そうと思っている」

 そう言うと、檻へと近づいていく。

 するとその檻の前に1体のジェノサイドが近づいてきた。他のジェノサイドとは違い、大人しく左腕を差し出した。

「ありがとう。第1号は君にして正解かもな」

 ローダーが取り付けられると同時にジェノサイドをどす黒い泥の様なものが包む。やがてそれは砕け散り、中から新たな姿が現れた。

 白い人骨を象った外骨格に身を包み、まるで人間の様な形状を取っていた。そして、


「やっと、まともに喋れるようになった。人間だった時の記憶は無いが、懐かしい気がする」


 唸り声を上げるばかりのジェノサイドが、流暢に人間の言葉を話し始めたのだ。


「おめでとう、君が成功例第1号だ」

「それで、俺はこの後どうすればいい? そこにいる機械と殺し合えばいいのか?」

「いや、君にはある仕事を任せたい。実の所、ジェノサイドの実験体を用意するのは楽ではなくてね。協力して欲しいんだ」

「ふん、俺に小間使いだと?」

「仕事仲間も増やす。それに、牢の中で何もしないよりは有意義じゃないかな?」

「……構わん」

 ジェノサイドは骨の鎧から音を立てながら牢の奥へと戻って行った。

「シバ、そのローダーの他にもう一つローダーがあった事を我は記憶している」

「慌てなくても今作成中だ。何せ今は、アレの制御方法も考えなくてはならないしね」

 重い扉の向こうへ視線が移る。

 暴れる音も、唸る声も聞こえない部屋。ただただ、押し潰されそうな圧が漏れ出していた。



 地下から戻ったネームレスは、奇異の視線を向ける社員達を避けながらフラつく。何もする事がないというのは、ネームレスにとって何をすれば良いのか分からない。暇を潰す方法を知らない。

 と、金属の身体に何かがぶつかる感触。小さな声と共にその物体は尻餅をつく。

 床にばら撒かれた紙を必死に拾い集める少女。その面影は、ネームレスがよく知る2人にそっくりだった。

 紙を宙に浮かせ、纏め、少女の小さな手に戻してやった。

「あ、ありがとう……」

「それは何だ?」

「えっと……設計図。お母様に見せたいの」

「お母様。…………データ一致、忌魅木蒼葉。シバとカンナの娘、アオバか」

「何で、知ってるの……?」

「ノアのデータベースは逐一更新されている。そうか、デザインベビー。遺伝子改良された人間。それがもう1人、モミジとは違う点か」

「デザイン……?」

 呆気にとられる蒼葉。その隙に、ネームレスは彼女が持つ設計図の全てを読み取り、データをコピー。


 しかしその時、データを転送したノアから意思を受け取った。

 その、意思は、

「……………………………………………………了承。サーバーノア、その意思を実行する」

 そのまま踵を返し、ネームレスは蒼葉から離れていった。

「何……あれ……?」

 今度こそ母を納得させるべく考えていた言葉を忘れてしまった。せっかく今までの中で最高傑作の装置を考案したというのに、これではまた門前払いを食らってしまう。

 大人達が行き交う廊下の中を、また再び小さな影が駆けていった。



 3機全ての試験が終了した。


 結果は3機共に普段の数倍の戦闘成果を上げ、その戦闘データは飛躍的に量産型達の完成を早める事となった。

 まだ物言わぬ機械人形達に、No.2は嬉しそうに語りかけている。

「やったね! もう少しで君達も……」

「完成したら、俺達はどうなるんだろうな」

「え? それは……」

 自らの手に装着されたプラグローダーを見ながら、No.1は誰に問うわけでもなく口にした。それを聞いたNo.2の表情が一瞬陰る。

「廃棄処分……されちゃう?」

「それはない…………と思いたいな。目の前にいるコイツらが俺達より高性能で、このプラグローダーを装着出来るなら……」

「…………嫌だけど。仕方ないのかな。いらなくなったら、棄てる。仕方ない、事だよね」

「何を恐れている」

 そんな2人の前に、No.3が姿を現した。その目は感情に乏しかった以前と違い、僅かな怒りを感じて取れた。

「No.3、お前は廃棄されるのが嫌じゃないのか?」

「そもそも私達の役目はここにいる量産型を完成させる事。それが完遂されたなら、そこで私達に価値は無くなる。拒否をする資格すら有していない」

「…………そうだよね。私達、ここまで頑張って来たんだもん。最後くらい……潔く……」

「あー。すまないがいいかな?」

 部屋に現れた紫葉に、No.2とNo.3は慌てて居住まいを正す。しかしNo.1は顔だけを紫葉に向ける。

「君達のおかげで量産型、スレイジェルは次の試験で完成するところまで来た。本当に感謝しているよ」

「こちらこそ、お役に立てて光栄です」

「次で完成かぁ……!」

「…………」

「そこで、次の試験、即ち最終試験なんだけどね……」

 少し心苦しそうに、紫葉は次の試験内容を口にした。


「君達3人同士で戦ってもらう。最後に必要なデータは、君達自身のデータなんだ」



 今でも、No.1には受け入れられない。


 いつもジェノサイドを殺していた試験場に、No.2とNo.3が向かい合って立っている風景も。


 最後に自分達が戦う。それが、量産型を完成させる最後の必要事項。


 強化ガラスに爪を立て、No.1は苦悶の表情を浮かべる。


《それではこれより、ブルーム同士による実戦形式の試験を開始します。両者、ブルームを装着して下さい》


 2人はプラグローダーを掲げ、チップを挿入、スライドし、その姿を変える。

 どちらもNo.1が変身した姿と同じ。共に構えると同時にアナウンスが始まりを告げた。


《では、試験開始》


 それと同時に2人は飛び出し、No.2は蹴りを、No.3は拳を打ち出した。ぶつかり合う金属が耳をつんざく音を木霊させる。

 数度拳と蹴りを交えた後、一度距離を取る両者。性能は互角。それは互いに理解している。ならば勝敗を分けるのは戦い方だ。


 No.2から仕掛ける。指を合わせて手刀を作り、突きと払いを繰り返す。一つ一つの動作は流麗で美しさを感じさせるもの。演舞にすら見えてしまう。

 対してそれを見切り、躱すNo.3の動きは真逆に感じられる。獲物の隙を伺う、狩人の様な。

 そしてNo.2の手刀を躱した瞬間、No.3の反撃が始まった。


 無防備な腹部へ掌底。体勢が崩れた所へ今度は大きく振るわれる回し蹴り。よろける頭部へ渾身の右ストレートが炸裂する。


 倒れ臥すNo.2。しかしまたすぐに起き上がり、攻撃に移ろうとする。だがNo.2の攻撃は全く当たらない。全て直前で躱され、鋭い反撃で消耗していく。

「なら……!!」

 No.2の手がプラグローダーへと伸びる。高出力状態の技を放とうとしているのだ。

 だが、

「ぐっ!?」

「そこまで読めていた」

 No.3の手はNo.2の手を捻り上げ、突き放すと同時に拳を胸部へ打ち込んだ。大きく吹き飛ばされ、壁へと激突。

 そのまま変身が解除され、No.2は床に転がった。


 戦いが終わった。だがNo.1は浮かない表情のままそれを見ている。

「一体、何の意味が……」

「分からないかい?」

 いつのまにか背後にいた紫葉。その表情を見た時、No.1は得体の知れない何かを感じ取った。それが何かは分からない。

 紫葉は通信機に手をやり、非常な言葉を吐いた。



《No.3、まだ対象は完全に沈黙していないぞ。トドメを刺せ》

「了解」



 No.3は倒れたNo.2の髪を掴み上げ、プラグローダーをスライドする。

「何……!? 待て、それ以上は……!!」

「No.1、これは何の為のテストなのか、君には言っておこう」


 光を纏ったNo.3の拳が、ゆっくり引かれる。


「例え仲間であろうと、指令を受けたなら破壊出来る。……君にはあるかな? No.3の様な、非情さが」


《Update Complete》


 無情なシステム音と共に、No.3の拳はNo.2の腹部を貫いた。


「ガッ……!!?」

 少女の様な体から飛び出す金属片、配線、オイル。見開かれた瞳から光が消え、口から一筋の赤茶色の液体を零し、やがて全く動かなくなった。


《状況終了。No.2の完全停止を確認。以上で試験を終了します》


 ただ、見ていることしか出来なかったNo.1。彼の肩に、紫葉は静かに手を置いた。

「次は君とNo.3の番だ。残った方を量産型の指揮役を任せたいと考えている。期待しているよ」



「記憶回路は生きているな」

「損傷しているのは動力部だ。ほとんど交換で済みそうだ。面倒がなくて助かる」

「プラグローダーも破損無し。やられ役としては優等生だった」

 運ばれていくNo.2を、No.1は黙って見送っていた。目と口をぽっかり開けたまま、一言も喋らなくなった彼女。

 胸で疼く感情らしきものは何なのだろう。いくらサーバーで検索しても、答えが出ることはない。


 と、No.1の前をNo.3が横切った。


「待て」

 気がついた時には、呼び止めていた。

「No.3、お前……」

「何だ?」

「躊躇いは無かったのか……No.2を、破壊する時……」

「無かったが、それが?」

「…………No.2は、俺達の……」

「同じ型番のプロトタイプ。それ以上でも以下でもない。No.2も本望だっただろう。彼女から得たデータは量産型の完成をより早めたのだから」

「…………なら何故」

 No.1は様々な感情が自分の中で渦巻いていることを自覚した。そして、それを承知の上でNo.3へ問う。


「お前は笑っているんだ、No.3」


 冷酷な薄ら笑いを浮かべたNo.3は、首を傾げた。

「私は笑ってなどいないぞ、No.1?」

 誤魔化しているわけでも、知らないふりをしているわけでもない。本当に気がついていないのだ。

 そのまま、No.3は去って行ってしまった。


 No.1は廊下にうずくまり、頭を抱える。

「俺達は一体、誰の為にこんな事を続けるんだ……?」

 人類の為? それとも量産型の為?


 どちらも正しく、だがどちらも間違っている様な。


 自分は機械だ。人間ではない。

 ならば何故こんな、感情なんてものを紫葉はプログラムしたのか。

「こんな物さえ無ければ俺達は……」


 感情なんてものが無ければ、プラグローダーなんてものが無ければ。


 こんな事で苦しむ必要なんか無かった。



「どうしたの?」


 No.1の上から掛かる声。幼く、聞き覚えのある声。

 薄いガラス一枚を隔てて、少女が立っていた。笑ったまま。

「何で、お前が……」

「迷っているみたいだから。あの時とは似ても似つかない顔をしてるわ、貴方」

 No.1は少女の顔を直視出来ない。

 その笑みは、No.3が浮かべていたものと全く同じだったからだ。

「機械人形の癖に、悩むのはおかしいか……?」

「おかしいに決まってるじゃない。いくら感情がプログラムされてるったって、あくまで真似っこだもの」

「バグなのか……俺はもう、思考が……俺は……」

 最早自分が何者なのかすら理解出来ない。

 ふと顔を上げると、少女の顔がNo.1と同じ位置に来ていた。

「確かに。貴方は人間じゃない。でももう機械人形とも言えない」

「…………」


「でもその方が素敵よ。人間らしくて」


 人間らしい。


 その一言が、No.1の思考をクリアにしていく。いつも行なっている記憶回路の浄化とは違う。

 胸に巣食う痛みに似た感覚は、人間らしい、証なのだろうか。


「私ね」


 少女が語りだす。

「この建物から出た事がないの。外に出たい、って考えても、きっとここが私の家である限り、出られない。本当に出たいなら……ここにある全てを、壊さないといけない。私を閉じ込める檻を、壊さないといけない」

 薄いガラスに、少女の小さな手が吸い付く。彼女の体温とガラスの温度差で、微かに白く染まる。

「でも出来ない。だって、お父様もお母様も愛しているから。2人が作ったものを、私には壊せない」

「…………」


「だから…………貴方が壊して。ここから私を出して」


「そんな都合の良い事……」

「だって我儘だから。でも、これで出来た」

 少女は目を閉じ、ガラスから手を離した。

「貴方が戦い続ける理由。私をここから出して。いつか、きっと。約束」

 赤い瞳が見つめてくる。口元は笑っているというのに、まるで泣き出す寸前の様に濡れていた。

「ねぇ、貴方の名前……」

「名前……? 俺はNo.1だと……」

「それ似合わないから、私が付けてあげる。人間らしい名前を、ね」



「貴方の名前は……………………よ」



 次の瞬間、大きく床が揺れた。否、床だけではない。天井も、この建物全体が震えている。

 遅れて人が叫ぶ声も聞こえ始めた。何かイレギュラーな事態が起きている。

「一体何が……おい、お前も早く……っ!?」

 既に少女はいなかった。


 呆然としている中、遂に悲鳴とは違う声が聞こえ始めた。

「ウグォァァァァァァ!!!」

「ジェノサイドか……!?」

 長い廊下を走り、曲がり角を見る。


 逃げ惑う研究員達の波の中、3体のジェノサイドがそこにはいた。更にその内の1体は、No.1が腕につけたプラグローダーに似たものを身につけていた。

「ジェノサイドが脱走した……!!」

「お前……あぁ、紫葉が言っていた機械人形か」

「言葉を……!?」

「面倒事ばかり押し付けやがって……おい、道を変えるぞ。ここは雑魚2体に任せる」

 後ろを向き、他のメンバーに伝える様に叫んだ。踵を返したそのジェノサイドへの道を塞ぐ様に、前にいた2体が距離を詰める。

 まだ完全体ではないのか、粘液に覆われたゼリー状の人型。しかし爛々と輝く黄色の瞳は真っ直ぐNo.1を睨んでいた。

「これ以上被害は出させさない!」


 プラグローダーを起動。


 灰色の鎧を纏い、ジェノサイド達へ立ち向かった。




「紫葉! ジェノサイドが……紫葉……?」

 柑菜は紫葉の研究室へ踏み入ると、奇妙な光景を目の当たりにした。

 紫葉は自分のパソコンと、柑菜のパソコンを起動していた。だがその画面には電子回路の様な複雑な線と、無数の数字が羅列していた。

「あぁ、ジェノサイドか。心配しなくても大丈夫さ」

「心配しなくてもって……!! このまま紅葉が巻き込まれでもしたら……」

「ん? 蒼葉は?」

「蒼葉……?」

 いつも笑っていた紫葉の顔は、冷めた様な、激昂している様な、どちらともつかない表情だった。

「いいかい、紅葉は確かに天才だ。けどそれはこの会社を導く才能、人の心を動かす才能だ。私達が目をかけるべき才能はそこじゃない」

 柑菜に彼が突きつけたのは、以前蒼葉が見せてきた設計図だった。

「君が否定した才能は、私達の研究を、世界を、変えるきっかけを作るものだった! これで実現出来る、世界を管理する計画、私の悲願を!!」

 普段の彼とは違う。高らかに叫び、高らかに笑う。そんな彼を始めて、柑菜は見た。

「蒼葉が生まれるまでの苦労は全てこれで報われると言っても過言じゃない。柑菜、私と君の娘は神を生み出す存在に至った!」

「…………あの娘は、私の子供じゃない」


 柑菜の脳裏に過るのは、培養器の中で漂う7人の胎児。全てが将来の知能指数、健康状態を予測演算され、理想値に満たない子供は処分された。

 あんなもの、自分と紫葉の遺伝子を持っただけの、実験動物だった。


「私の娘は紅葉だけ……私のお腹に来てくれた、私のお腹から産まれてくれた、紅葉だけ!!」

「あぁ、残念だよ!! 君の唯一の欠点は、事実を自分の感情で否定してしまう事だ!!」

 紫葉が払った手はマグカップを飛ばし、デスクに立てた2人の写真を床に落とした。

「柑菜。私達は天才を人為的に生み出せた。なら、次は神を人為的に生み出したい。それには柑菜の協力が必要不可欠なんだ」

「…………付き合ってられない。私、紅葉の無事を確認してくるから ──」

 柑菜が振り向いた時だった。


 鈍い音が響き、その場に膝をつく。呼吸すら出来ない程の激痛。それは自らの腹部に突き刺さった、複数のケーブルだった。


「か、は、はぁ……ん、くぁ、おぇ……!!!」

「すまないな、ネームレス。生みの親を殺させる様なことをして」

「問題ない。全てはノアからの決定」


 ネームレスの周りを漂う剣はケーブルとなって柑菜の腹を刺していた。

 血の気が引いた柑菜の頬に紫葉はキスをし、彼女の左腕にローダーを取り付けた。

「さて、ネームレス。後は君に任せた。……短い時間での説明だったが、理解出来たかな?」

「インフェルノコードと、そのキー。……理解している。サーバーノアからの意思は必ず遂行する」

「安心したよ。さ、私も行かなくては」


 その言葉と同時に、ネームレスは紫葉の腹もケーブルで貫いた。血を床に吐き、震える手で自らの右腕にローダーを装着する。


「しばらく、この世界とはお別れだ…………柑菜、一緒に、世界を、救おう……」


 2人の身体は灰の様な粒子となり、ローダーの中へと吸い込まれた。冷たい音を立てて床に落ちたローダーをネームレスは拾い上げ、デスクの上へと移す。

「…………シバ、カンナ」

 そして紫葉から託されていた試作品のローダーを、粒子で作った腕に装着する。


 無機質だったその姿は、十字の仮面と白いローブを身につけた天使へと変わった。


「後は我に任せよ」




 累々と屍を築きながら、No.1はジェノサイドを追う。

 ようやくその背が見えた時には、既にカンパニーの入り口、受付エリアだった。自動ドアは破壊され、ジェノサイド達が外へと放たれていく。

「少し遅かったな、正義の味方」

「誰が……」

「違うのか? まぁ確かに、俺達は人間なんぞ餌ぐらいにしか思っちゃいない。……お前が正義の味方なら、悪は俺達を生み出した忌魅木って事になるんじゃないか?」

「博士は!! ……博士、は…………」

「おいおい、機械だって聞いちゃいたが、偉く人間臭え態度だな。まぁ良いさ。俺達はお前に構っているほど暇じゃない」

 去ろうとするジェノサイドを追おうとした時、目の前に一つの影が現れた。


「お仲間同士で争ってな」


 ジェノサイドが姿を消すと同時に、月明かりがその影を照らした。


「No.3……!?」


 薄ら笑いを浮かべたNo.3は、無言でプラグローダーを起動。No.1と同じ姿へ変身する。

「何故邪魔をする……!?」

「決まっている。これが博士の計画だからだ」

「何?」

「まだ分からないか。量産型が完成した所で、世界に戦う相手がいなければ何の意味も無い。ジェノサイドが世に放たれた今この時から、私達に存在価値が生まれる」

 ゆっくり近づきながら熱弁するNo.3。最も機械らしかった彼が、今では最も狂気に支配された人間の様だった。

「人間はジェノサイドの影に怯え、私達がジェノサイドを狩る。そして人間の生命と自由を、私達スレイジェルが管理する! それがこの計画の全て!」

「上手くいくものか……!! いずれどちらかの均衡が崩れて世界が滅ぶぞ!!」

「お前は理解出来ていないだけだ。博士の計画を、世界を管理するという重責を!!」

「俺は……俺達は……!!」

 No.1は拳を握りしめ、走り出した。


「そんな事のために生まれたんじゃない!!」


 だが打ち出した拳はあっさり受け止められ、反撃に繰り出された一撃で吹き飛ばされる。

「なら他に何の価値がある!? 戦う事しか出来ない私達に!!」

「No.2は……俺達なんかより人間らしかった! ただの量産型を思いやって、自分のその後を悩んで! 彼奴ならきっと違う道だってあった筈なんだ! なのに……お前と博士はその可能性を壊した!!」

 再び立ち上がり、No.3の頭部を殴りつけた。型も何もない、我武者羅な戦い方。それもすぐに見切られ、突き出した腕を掴まれた。

「何が人間らしいだ! 私達は機械だ! プログラムされた通りに思考し、行動する。それこそ真理!」

 何度も顔面に拳を打ち込まれる。

「あんな人を真似ただけの機械、何の価値も無い!!」

 遂にNo.1のマスクがヒビ割れ、腕の鎧が千切れ、再び倒れ込む。

「ガ……」

「お前は人間を知らない。今のままでは人類は確実に滅ぶ。だから私達が管理するのだ。脅威を与え、数を調整する。それこそ滅びを回避する唯一の方法だ!」


 声が反響して聞こえない。


 身体が持ち上げられ、目線が同じ位置に来る。


 No.3の手は、徐々に錆びていた。

「……ふふ、無様だな。あぁ、″貴様″といい、No.2といい、人間ごっこばかり……目障りだったんだよなぁ」

 その錆はすぐに全身へ転移し、無機質だった装甲に錆色のエッジを立て始めた。

「No.2を破壊した時は爽快だった。あの顔、ふふ、いつもヘラヘラ笑ってた顔が崩れるのは堪らなかった」

「お前…………随分、人間、らしいな……」

「黙っていろ」


 やはり、気がついていない。


 どこまでも醜悪に歪んだその感情こそ、人間の負の一面である事を。


 錆は全身を覆い尽くし、No.3は身も思考も凶悪な戦闘マシーンと化す。プラグローダーをスライドさせ、黒いエネルギーを拳に纏う。


「所詮貴様らは、欠陥を抱えた失敗作だぁ!!」


 腹部を貫かれ、大きく後ろへ飛ばされた。大量の火花と装甲の破片が散る。



 失敗作。


 その通りだ。


 自分が何の為に生まれたのか、そんな事を考える機械などいらない。



 ── でもその方が素敵よ。人間らしくて ──



 人間らしい。


 こんなに苦しい思いを抱えて生きるのが、人間。


 与えられた命令をただこなすだけの、機械とは違う。



 ── 貴方の名前は……………………よ ──



 自分が貰った、人間らしい名前を反芻する。


 俺は、機械人形なんかじゃない。


 この感情は、偽物じゃない。



「俺は、俺達は、失敗作なんかじゃない!!!」



 No.1のプラグローダーから吐き出されたチップ。それはNo.1の叫びに呼応するように黒く染まり、赤いラインが棚引く。まるで拍動しているかのように。

 それを見たNo.3は嘲るような笑い声を上げる。

「何だ、それはぁ?」

「破壊してやる……!! お前達の計画を……忌魅木の、全てを!!! 俺が壊す!!!」


 プラグローダーを開き、黒く染まったチップを挿入。


 この感情は。


 怒りだ。



 ── だから…………貴方が壊して。ここから私を出して ──



「変身!!!」


《Scars don′t disappear Grudge is eternal 復讐者よ、怒りのままに力を奮え!!!》


 その姿は、怒りの体現だった。


 大きく抉られた装甲、そして悪魔の翼のような複眼。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 空気を震わせる叫び。


 それを聞いたNo.3から笑みが消えた。

「何だ……何だその姿は……!?」

 それには答えず、No.1はNo.3へ挑みかかる。難無くその一撃を防ごうと腕を構えた。

 が、

「ぬぐっ!?」

 伝わった衝撃はNo.3の態勢を大きく崩す。そこへ更に蹴りが胸へ直撃。数歩たたらを踏む。

 次々と打ち込まれる拳と蹴り。最早反撃はおろか防ぐ事すら出来ない。

 敢えて重い一撃を受け、一瞬の隙を突いて手刀を喉元目掛けて突き出す。しかしそれは直前で掴まれ、逆に指をへし折られた。

「馬鹿な……!? 性能は、私の方が……!!」

 腕を掴んだままNo.3を投げ飛ばし、距離を開ける。


 言葉は耳に入らない。


 燃える。


 記憶が、感情が。


 燃えていく。


 それらを燃料にしているように。



「俺は…………!!」



 プラグローダーを腰に移し、スライド。


 エネルギーが足に収束していく。



「おのれぇ……No.1……うぬぁぁぁぁ!!!」



「違う、俺は、俺の名はNo,1なんかじゃない! 俺の、俺の名前は ──」



 ── 貴方の名前は ──



「彼岸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



《Update Complete Scar Break》




 大きく飛び上がり、エネルギーが篭った膝蹴りがNo.3の胸部を貫いた。



 数秒の静寂。



「あ、が、ガ…………」

 No.3の身体が痙攣。電光と火花が飛び散り、やがて、


「うぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 断末魔と共に爆散。


 プラグローダーは何処かへ吹き飛び、爆炎が消えた後には何も残らなかった。


 入り口から小さな光が差し込み始める。


 夜明けだ。


 既にジェノサイドの声はせず、生き残った研究員や社員の声が聞こえ始める。



 ここを出る前に、やる事がある。彼岸は来た道を引き返した。



 彼岸が去った少し後。


 母親を捜しているうちに辿り着いた蒼葉。小さな胸に抱えた大量の資料を落とさないように、未だ残火が燃えるエントランスを歩く。

「お母様……何処…………っ?」

 ふと、何か硬いものを蹴った。

 ヒビ割れたプラグローダーだ。何故こんなものがここに落ちているのか、つい数刻前に起きた戦いを知らない蒼葉には理解出来る筈もない。

 周りに誰もいない事を確認し、懐に隠す。


 勝手に持ち出せばまた叱られる。だが幼い好奇心には勝てない。

 機構を解明して自分のものにし、認めてもらえるものを創り出してみせる。

「…………戻って、分解しよう。設計図を一回白紙に戻さなきゃ」




 血とジェノサイドの体液に塗れた廊下を進むと、担架に乗せられたままのNo.2がまだそこにいた。


 これが彼女の死となるのは、あまりに浮かばれない。


 記憶回路とプラグローダーを取り外す。少し強引に外してしまった為、何らかの記憶障害が残るかもしれない。しかしその方が寧ろ幸せだ。

 そしていつもの待機室へ。鎮座する大量の量産型のうちの一体に、No.2の記憶回路とプラグローダーを取り付けた。

 起動ボタンを押すと少しの間俯いていたが、やがて自分の姿を再びNo.2のものに変えた。

 彼女は彼岸の方を向く。その目は初めて見たものに驚くような色へ変わる。

「誰、貴方?」

「…………俺の事はいい。自分の名前、分かるか?」

「分からない」

「なら…………睡蓮だ。外に出たらそう名乗れ」

「睡蓮……」

 自らが貰った名前、彼岸は花の名から取られた。だから彼女にも、花の名を与えた。

「これからは人間と一緒に生きるんだ」

「どう、して?」

 その質問には敢えて答えず、彼岸は黙って指をさした。出口がある方向を。動こうとしない睡蓮の背を押すと、彼女は走り去って行った。時々こちらを振り返る度、何かを思い出そうとしているように見えたのはきっと気のせいだろう。



 彼女が見えなくなる頃にはもう、彼岸の頭の中からNo.2の記憶はほとんど消えかかっていた。

 あのチップの副作用だろうか。そんな記憶は不必要だと言わんばかりに、燃えていく。

 灰の代わりに残るのは、復讐の心。



 出口から外へ出た彼岸。朝日はすっかり昇り、街を照らしていた。


 自分は初めて、外の世界へ出る。


 それは忌魅木が世に放った負の産物を、全て壊す為。


 自分に名をくれた少女を、檻から解き放つ為。



 彼岸は、一歩を踏み出した。









 彼岸にはもう、11年前の記憶などほとんど残っていない。

 自分が救うと誓った少女の事も、自分が背中を押した睡蓮の事も。


 残っているのは自分の名前と、忌魅木に対する復讐心、そしてあの錆びついた悪魔の姿。



「待っていろ…………必ず…………!!」



「私を出して」

 紅葉はいつかの時のように、ガラスに手を当てる。だがあの時と違うのは、笑みを浮かべていない事だった。


「貴方も分かっているのよね。忌魅木の全ての中に、私も含まれている事。でもそれでいいの」


 そして再び、笑って見せた。



「ねぇ、彼岸。私をここから出して…………ふふ、違うわね。…………私を、忌魅木を、壊して」




 忌魅木紫葉が撒いた種は、既に無数の芽を出し始めている。全てを刈り取り、世界から忌魅木を根絶やしにした時、ようやく復讐者に終わりが訪れる。



 炎はまだ、燃えている。



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― 新着の感想 ―
[良い点] とにかく推しの誕生秘話と活躍が見られたのでそれだけで良きだよね。 短編スピンオフ、しかも過去話なので、本編スルジャを読んでいる事前提ですが、色々と考察の捗る内容となっています。 短編なが…
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