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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
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1-8


「そういえばニナちゃん、昼の中継見たわよ」


 食事を終え、ニナ先輩とコーヒー談義に花を咲かせていた僕の隣に、エプロン姿のマリーテさんが腰を下ろした。机の上にティーセット一式を並べたところを見ると、彼女も一仕事終えてティータイムに入るらしい。


「……クロアも見たのか?」


「ええ、まあ」


 特段見る予定ではなかったので「見てしまった」という表現が正しいが、目にしたことに変わりはない。マリーテさんが紅茶を淹れるのを手伝いながら、素直に頷く。


「…………はぁぁ」


 僕の返事を聞いたニナ先輩はしばらく黙って頭を抱えていたが、やがて盛大なため息を吐き出した。何だ、僕は見ない方が良かったのか。


「いや、二人とも見てくれたのは嬉しいんだが……、素を知っている人間に見られるのは如何せん恥ずかしい」


 普段もあの態度で生活しているのだから今更じゃないだろうか?


 疑問には思うが、ニナ先輩が頬を赤らめている姿も珍しい。どうやら彼女の中では相当恥ずかしいことにあたるようだ。


「あらそう? 相変わらずとっても可愛らしかったわよ?」


「……あざます」


 恥ずかしそうに視線を落としたニナ先輩は落ち着きなくコーヒーを啜った。僕もそれにつられてコーヒーカップに口をつける。深い苦みとその奥にあるコクは僕の期待にしっかりと応えていた。口の中に残っていた焼き菓子の甘みともよく合う。


「それでどうだった? 今年の白銀祭」


「どうもこうも、例年通りーって感じですよ」


 コーヒーを飲んで元気を取り戻したのか、ニナ先輩が大げさに肩をすくめた。あの時の潤んだ瞳が馬鹿馬鹿しく思えるほどその口調は皮肉めいている。


「ただの国を挙げた宴会、騎士王の自己満足パーティーってとこですね。大陸の人間は高いチケット買って数時間といれませんから、貴族様の道楽もいいところですよ」


 短い間に悪口が三つも飛び出してきた。この国に住んでいてここまで白銀祭を袋叩きにする人は稀有だろう。昼間見た通り、モニター越しでさえもあの熱狂ぶりなのだから。


「あらあら、そんなこと言っちゃ失礼よ」


「いいんですよ、本当のことですから」


 やんわりと注意したマリーテさんの言葉はあっさりと一蹴される。確かに彼女の発言には刺々しさがあったけど、言っていることは的を射ていた。寧ろ上手くまとめられていると評価してしまいそうでもある。


 それからニナ先輩は浮遊島での出来事を皮肉交じりに説明してくれた。大陸から派遣されたニナ先輩たちは雑な対応を受けたこと、浮遊島へ上るための航空券や白銀祭の入場料を差し引かれたためほとんどノーギャラだったこと、渡された炭酸水が全くおいしくなかったことなどなど。


 こういう話の総称を愚痴と言うのだと、みなさんには覚えておいてほしい。


「あーあー、私も早く浮遊島に上がりたいもんだよ」


 話の締めくくりにそう言ったニナ先輩は、伸びきったゴムのような体勢で机に突っ伏した。その振動で空のコーヒーカップたちがカラカラと音をたてて揺れる。


「この調子でいけば余裕なんじゃないですか?」


「まあそうだけどな? できるなら過程も楽して貴族になりたかった」


 そのままの体勢で焼き菓子を齧った彼女は心底面倒そうな表情を浮かべていた。適切な言葉を見つけられなかった僕は苦笑いを返すことしかできない。


 浮遊島に住んでいるのは王族である騎士王の親族を除いては貴族階級のみであり、それは裏を返すと浮遊島に住む権利を得れば貴族階級を得ることができるということでもある。


 ではどうすれば浮遊島に住む権利を得ることができるのか。それを説明するにはまずこの国の学園制度について話をしなければならない。


 アークエディン騎士王国には大きく分けて二種類の学園がある。一つは一般的な学問や生活常識を学ぶ学園、そしてもう一つは将来騎士になる人材を育てるための「魔法騎士学園」だ。どちらに入学するかは子供が四歳になった時に受ける「騎士適正検査」によって決められ、各年の上位千名までの子供が「魔法騎士学園・初等部」に入学することとなる。


 初等部に入学後六年間一般教と魔法について学び、さらには実戦を見据えた訓練を受けた生徒たちには、その全ての成績を加味した上で「学術」と「実技」、二つの項目に分かれた順位がつけられる。その二つの総合点数を位階というのだが、この位階が卒業時に五百位以内でないと中等部に進学できず、一般の学園への編入を余儀なくされるのだ。


 中等部に進学した後も基本的なシステムは変わらないが、卒業時に決められるのは進学の是非ではなく高等部の「科」だ。上位二百名が「内縁警備科」、下位三百名が「外縁警備科」に進学することになる。


 「内縁警備科」では「狭間の魔物」、「外縁警備科」では「外縁の魔物」と戦うための人材を育成するカリキュラムが組まれており、高等部卒業後五年間はそれぞれの任地で警備にあたることを義務付けられている。その後の進路は基本的に自由とされているが、警備隊として一生を過ごす者も少なくない。


 さて、ここまでがアークエディン騎士王国の学園制度概要だ。


 「魔法騎士学園」に入学した生徒たちは随時変動する位階に一喜一憂を繰り返しながら日々を過ごす。少しでも「自分の位階を上げるため」に鍛錬を重ね、教養を身に着けていくのだ。努力の目的はそこにあり、決して将来人々を守るためなどではない。全員が全員そうだとは言わないが、この国ではもう長い間その風潮が蔓延っていた。


 では何故生徒たちは自分の位階にそこまで執着するのか。


 それは高等部「内縁警備科」卒業時、位階十位以内に入っていることが、貴族階級を得るための唯一の条件であるからだ。


 詳しく説明すると、その条件を満たした者には「選抜騎士」として浮遊島及びアークエディン騎士王国全体の安全を守るための任務が与えられ、浮遊島に住む権利、つまり貴族階級を手にすることができるというわけである。


 魔法騎士学園に入学した生徒たちは「内縁警備科」に進学するため、「内縁警備科」に進学した後は上位十位以内に入るための努力を重ねる。本末転倒のように見えるのも事実だが、それが生徒のモチベーションに繋がっているのもまた事実だ。


「一位でい続けるのも楽じゃないんだ。 お前ならわかるだろ、クロア」


 ニナ先輩は一つ上の代の位階一位だ。高等部に進学してからは一度もその座を譲ったことがない。その目的はやはり貴族階級を得るためであるが、彼女の場合はその先に「浮遊島と大陸を自由に飛び回れるレポーターになりたい」という目的がある。特権階級を得て安穏とした生活を送るのではなく、その特権をフルに利用するというのが何とも彼女らしい。


「僕は万年二位ですから、わかりませんね」


 少し皮肉を込めた僕の発言にニナ先輩はつまらなそうな表情を浮かべた。その様子を見ていたマリーテさんがクスクスと笑う。


 ちなみに僕の代の一位はヒナタだ。飛び級制度で同学年になってからは一度も彼女に勝てたことがない。学術と実技二つの項目に分かれるといったがその点数比は異なり、噂によると実技の点数には上限がないらしい。学術分野において学年半分以下の成績をとり続けているヒナタが、圧倒的な身体能力と魔法の才で一位の座を守っていることがその証拠だ。


「そもそもクロアが私と同学年であれば苦労することもなかったんだ。何故飛び級制度を使わなかった?」


「……何で僕が同学年ならニナ先輩が楽になるんですか?」


 質問に対する答は「十四年間しっかり勉強と訓練がしたかったから」だが、言わなくても伝わるだろう。それより今は僕にかけられたいわれのない罪状の方が気になった。


「同学年なら、クロアは私がもらっていたからな?」


 ……よくもまあ、そんな自信満々に。


 一切恥じらいのないその様子に言葉を失ってしまう。


 実は貴族階級を得るための手段はもう一つある。高等部「内縁警備科」十位以内の者と親族になる、もしくは将来的に親族となる確約を得ることだ。


 「選抜騎士」に任命され浮遊島に渡る際、その親族と恋人にも共に浮遊島に移住する権利が与えられる。その制度を利用すれば自身が十位以内に入らずとも貴族階級を得ることが可能だ。よって高等部卒業が迫った折には十位以内の生徒たちを巡る争奪戦が伝統的に起こっている。かつて死者がでたという噂もあるが、そんな恐ろしい話信じたくもない。


「……ニナ先輩にはもっといい人がいますよ」


 第一彼女ほどの女性であれば同学年の生徒からも引く手数多だろう。それこそ位階十位を捕まえるぐらい造作もないはずだ。


「いや、私はお前よりいい男に出会ったことがない」


 だから、何でそこまできっぱりと言い切るんですかあなたは……!


 真っ直ぐな瞳と視線を合わせるのが辛くなり、手に触れたコーヒーカップをひったくるようにして口元まで運んだ。先程空になったばかりのそれはほんの一瞬しか僕を匿ってくれない。


「まあ一年も待ってられんから諦めるがな……。来年以降もぐずぐずしているようだったら覚悟しておけ」


「……別にぐずぐずしていた記憶はないんですが」


「どうだか」


 嘲るように肩をすくめたニナ先輩が最後の焼き菓子に手を伸ばす。お土産と言っていたが、今日ここで食べきってしまうつもりらしい。やられっぱなしの僕にはそれを咎める元気さえも残っていなかった。


「お下げします」


「……ああ、ありがとうございます」


 いつまでも空のコーヒーカップを持っている僕を見かねたのか、ミスリエさんが横から声をかけてくれる。ニナ先輩の姉御肌と豪快さは非常に魅力的であるが、少しぐらいミスリエさんの御淑やかさも見習ってほしいものだ。


「ニナちゃんじゃないけど……、クロア君がもう二年早く生まれてくれればねぇ」


「……生まれてくれば、何でしょうか」


「喜んで孫を差し上げたのだけど」


「お婆様!?」


 マリーテさんの孫娘、つまりミスリエさんは僕より二つ年上だ。二年と聞いた段階で何となく読めていたが、よくもまあ本人がいる前でそんな話をするものだ。珍しく焦った様子のミスリエさんがコーヒーカップを取り落としそうになる。


「いやいや、ごめんなさいねぇ。私もミスリエにはいい人と結婚してほしいから……」


「よけいなお節介です!」


 頬を膨らませたミスリエさんは足早に厨房の方へと歩き去ってしまった。三年前に体調を崩して内縁警備科を中退した彼女は、「魔法騎士学園」史上最強の魔導武具使いだったらしい。今は祖母のマリーテさんと同じく寮長となるためにこうして手伝いをしているが、体調さえ万全であれば「選抜騎士」に選ばれることは間違いなかっただろう。


 そんな孫を心配する祖母の気持ちがわからないでもないが、今の話はあまりにも突飛すぎだ。


「今からでもどうかしらねぇ、クロア君。ああは言うけどミスリエもあなたのこと気に入ってるのよ?」


「クロア「様」だもんな」


 小さく囁くマリーテさんに、にやけ面のニナ先輩が続く。


「いえいえ、僕なんかにはもったいないですよ……」


 ニナ先輩もそうだがマリーテさんも僕のことを過大評価しすぎだ。首を横に振った僕を見て、主犯二人は露骨に口を尖らせる。


「……やっぱりあの二人がいますから」


「そうねぇ……。ああ、本当に何でもっと早く生まれてくれなかったのかしら……」


「…………部屋に帰りますね」


 あまり好ましくない話の展開になってきたので、この辺で退却するのが得策だろう。厨房のミスリエさんに軽く頭を下げ、逃げるように扉へと歩みを進める。


「それにユーリちゃんもいるでしょう? 何て手強い年代なのかしら……」


「まあ、あいつがぐずぐずしてるのも悪いんですけどね」


 廊下に出ても尚、元気な二人の声が耳に入ってくる。ニナ先輩に関しては誰かに聞かれたらまずいと思うのだが、気にするつもりはないようだ。一度ため息をついてから、すぐ横の階段を上っていく。


 ぐずぐず、ねぇ……。


 自分でも意外なほど刺さった言葉を、心の中で反芻する。


 しかし何度繰り返しても、それに対する反論を見つけることはできなかった。

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