3-2
「少しは落ち着いたか?」
「……うん」
黒髪の女子に手を引かれて向かった先は、恐らくその女子の部屋。シャワーを借りて、着替えも借りて。すっかり奇麗になった私はベッドに座らされていた。
「本当に医務室に行かなくていいの? できるだけは手当てするけど……」
「あ、うん……。ダメだから」
魔法で治らなかった傷に包帯が巻かれていく。これも断ったのだけど、さっきからされるがままだ。私より泣いた跡がひどい女子は、一体どんな気持ちで泣いたのだろう。自分のことに精いっぱいの私とは、きっと根本が違っているのだ。
「ダメが多いな……。何だ、口留めでもされてんのか?」
男子が扉の外から問いかけてくる。
口留め……、なのかなぁ。
返事ができないままでいると、別の足音が聞こえてきた。
自然とびくつく体は刻み込まれた痛み。
全てが敵に見えてしまう、それもまた「ぜつぼう」だ。
「ほら調べてきたよ。僕をこんなことでこき使うものじゃないね」
「ああ、ありがとうユーリ。厄介なやつらだったら面倒だからね」
話し方は変わっているけれど多分女子だろう。紙の擦れる音がしたので、何かを受け渡しているのか。もう一つの声はこちらに顔を見せることのないまま去っていった。
「親が貴族の二回生に、四回生の兄か。あともう一人は……、何だただの取り巻きか。典型的だな。しかし教師は対応しづらい、か」
「あ……、それ」
男子が読み上げたのは間違いない、あの三人組の特徴だ。何で、という疑問の前に底知れぬ恐怖が湧いてくる。
一瞬対峙しただけの三人組のことを、何故こんなすぐに把握することができたのか。
一体この人たちは、何者なのか。
「はい、これでとりあえず終わったよ。ごめんね、お家に帰ったらちゃんと手当てしてもらうんだよ?」
「もう入っていいか?」
「うん。ごめんね、待たせて」
ずっと謝っている女子がベッドを立つ。同時に何枚かの髪を持った男子が部屋に入ってきた。二人並んだ黒髪の彼らは、よく見るとどこかで見たことがあるような気がする。
「ん、あ、自己紹介もしてないな。僕はクロア、クロア・ランサグロリア。三回生だ」
「私はアイラ・バレットシード。さっきは突然ごめんね」
クロアと、アイラ。
……ああ、見覚えがあると思ったら、一つ上の位階一位コンビだ。私はいつの間にかとんでもない二人組と関わってしまったらしい。狼狽える私に困ったような笑顔を見せた男子、クロアがしゃがんで視線を合わせる。
「ほら、名前教えてくれ。お前も赤髪って呼ばれたくないだろ?」
……この人たちは私の敵じゃない、のかな?
得体の知れない恐怖を覚えながらも、私は私を疑い始めた。
たまには信じてみてもいいかなと。
時には希望を持ってみてもいいのかな、と。
不器用ながら私に合わせようとするクロアと、ずっと泣きながら謝り続けるアイラを見て、私はふとそう思った。
「……ヒナタ」
じゃあ、もうこれっきりにしよう。
この人たちを信じてみて、また裏切られたらそれで終わりにしよう。
例えこの人たちに裏切られても「ぜつぼう」は「ぜつぼう」のまま、変わることなんてない。
これからも心を閉ざして、目を瞑って、死んだように生きていけばいいのだから。
「ヒナタ・スタシア・レッドソード」
私の目からは、また涙が零れ落ちていた。
それが一体何の涙だったのか。
私にはいつまで経っても、わからないままだった。




