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3-1


「ぜつぼう」、それは人それぞれにある感情だと思う。


 外からどう見えたって自分が「ぜつぼう」を感じていれば、それは間違いなく「ぜつぼう」なのだ。


 だから誰がなんと言おうと、私は今「ぜつぼう」の中にいる。


 救われない暗闇の中に、出口のない深い穴の中に。


 私は一体いつになったら、しあわせになれるんだろう。


 おい、逃げてんじゃねぇ!


 こっち来て練習台になれよ!


 髪を引っ張られる。痛いとももう感じなくなっていた。地面に叩きつけられても何とも思わない。ただただ流れる涙だけが、私の気持ちを表していた。


 何もしなければいつかは終わる、気まぐれの「ぜつぼう」。


 心をできるだけなくして、何の希望を願わなければ、そこまで苦しくはない。


 だから今の私は死体と変わらない。


 死体をいたぶって楽しんでいるのだから、悪趣味の極みだ。


 魔法の威力を試すから、ちゃんと立てよ!


 仕方ねぇな、立たせてやるよ。


 腕を持って無理やり立たされる。目の前の顔はよく見えなかった。長々しい詠唱が遠くから聞こえてくる。多分炎の魔法だ。


 ああ、この距離で当たったらまずいなぁ。


 まるで他人事。死んでしまった心では逃げようとも思えない。別にこんな顔傷がついたって誰も悲しまない。何の価値もない、泣いてしかいない顔なんて。


 早く終わらないかな……。


 あの魔法が直撃して、騒ぎになって終わりになるなら。それでもいいと思った。今日一日静かに暮らせるなら、悪くないんじゃないかと。


「……下手な詠唱だなぁ」


 だから聞こえてきた声が何なのか、考えることさえなかった。諦めってそんなものだ。どうせ私に向けられたものじゃない。叶わない救いなんて「ぜつぼう」と同じだ。


 あ、なんだお前は?


 下級生じゃねえか、やっちまおうぜ。


「く、クロア君……」


「危ないから下がってろ。あれでも年上らしいからな」


 腕を掴んでいた力が離れる。無力な私は地面に寝転ぶしかなかった。ぼやける視界に新しい二つの足が映る。こんなところに何の用事だろう。また新しい「ぜつぼう」かなぁ。


 お前を実験台にしてやる!


「じゃあお返しするぜ、先輩」


 ……いや、年上は敬わなくちゃな。


「お返しするっすよ、先輩さん」


 さすがに状況がおかしい。少しだけ感情を取り戻して、顔だけを上げる。色んな痛みが一気に全身を襲ってきた。


 でも、見たいと。


 見ていなければならないと、私は何故か思ってしまった。


 炎よ、我が手に集まりて、


「あー、長いっすよ。待てないから、先打ちますね」


 後から現れた黒髪の男子が手を伸ばす。後ろに隠れている女子はおどおどと何かに怯えているみたいだ。魔法を詠唱している三人の男子が迎えているのだから、それが正しい反応だと思う。


 しかし黒髪の男子はあくまで余裕の表情で、馬鹿にしたように笑って、ただ一度だけ口を開いた。


「『風刃』」


 伸ばされた手から二枚の風の刃が吹き抜ける。


 三人の間をすり抜けたそれは私の背後の壁にぶつかって、消えた。


 一瞬その場が静かになる。


 男子たちの詠唱も怯える女子の声も、何もかも耳に届かなくなった。


「あー、やっぱ風魔法は得意じゃねぇな。次は当ててしまいそうだ」


 ただ一つ、平然とした男子の声だけが鼓膜を揺らす。


 手を伸ばしたままの彼は、わざとらしく笑った。


「逃げた方がいいかもしれないっすね、先輩方。怪我したくないでしょう、こんなところで」


 再び無音。ぎこちない動きで顔を見合わせた三人組は、何の感情かわからない表情を浮かべる。私を見て、黒髪の二人組を見て、そして最後にもう一度顔を見合わせて。


 覚えてろよ!


 忘れないからな、お前たちの顔!


 次会った時はぼこぼこにしてやるからな!


 口々に暴言を吐いて、立ち去って行った。地面に倒れたままの私をおいて。


 ……ああ、これで今日の「ぜつぼう」は終わったのか。


 二人組が誰かとか、本当に助かったのかとか。考えるべきことはいくらでもあった。


 でもその時の私は一時の安心だけを、ただただ噛みしめていた。


「明らかな雑魚だったな……」


「だ、大丈夫?」


 二人組の内の一人、女子の方が駆け寄ってくる。自然とびくついた体を彼女は優しく抱きしめた。涙と汗でぐちゃぐちゃな私を、何の躊躇いもなく抱きしめたのだ。


「治癒魔法は使えるか? 僕には適性がないんだ」


「簡単なものなら……。ごめんね、ごめんね……」


 淡い光が体を包む。少しずつ、本当に少しずつ体から痛みが引いていった。


 ああ、この人たちは助けてくれたんだ。そこでようやく私は実感する。落ち続ける涙が一体何のためのものか、やはりわからないままだった。


「あー、まー、何だ。僕が言っても怖いだけかもだけど」


 黒髪の男子は気まずそうに笑いながら私の頭に手を伸ばした。そこに先ほどまでの余裕はない。何か壊れ物に触るかのように、恐る恐る髪を撫でる。


「大丈夫か、赤髪」


 恐怖が、安心が、不安が入り交じり、私は言葉を出せないまま。


 ただただ涙が溢れるばかりの、泣き虫だけがここにいた。


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