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「ヒナタ・スタシア・ランサグロリア及びニナ・スルガウィッシュ。王妃様より許可が出た。速やかに入城せよ」
なんて考えている内に豪奢な服を着たおっさんが私たちを呼んだ。ニナ先輩に服装を直してもらい、おっさんの後ろに続く。
人口密度の高い浮遊島の雰囲気とは違い、門の先にはほとんど人がいなかった。鳥のさえずりが妙に大きく聞こえる。整えられた花は奇麗すぎて作り物みたいだ。周りに誰もいない噴水は誰の為に水を打ち上げるのだろう。
ここからは別の国ですとか言われても信じそうな、異質感。
目の前に聳え立つ城と取り囲む庭園からはそんな空気感が漂っていた。前を歩くニナ先輩はどんな思いでいるのだろう。聞いてみたいけれど、声を出すことさえ憚られるような圧がここにはある。
どれくらい歩いたか、門をくぐってからはわからなくなっていた。しばらく歩いたとも、あっという間だったとも表現できる時間。毎日ここに住んでいたら慣れてしまうのだろうか。少なくとも私だったら気が狂ってしまいそうだ。
「王妃様、白銀決闘の当選者をお連れしました。本当にご自室でよろしかったのでしょうか……?」
扉の前で立ち止まったおっさんは、深々と頭を下げながらそう問いかけた。
「くどいぞ。構わんと一度行ったら構わん。早うせぇ」
「はっ、申し訳ありません……。それではお通しいたします」
振り返ったおっさんが早く入れと合図する。余程信頼されていないのか、ニナ先輩が扉をノックした。何だ扉を吹き飛ばすとでも思われたのか? そうだとしたら嬉しい評価だ。
「よいぞ、二人だけで入れ」
「かしこまりました。失礼いたします」
ニナ先輩が厳かに扉を開けて、私を待つ。
なるほど私から入るのね?
そりゃそうか私の用なんだし。
心の中で頷きながら部屋に入る。何だろう、やっぱり緊張しないな。
「当選者ヒナタ・スタシア・ランサグロリア。付き添いとしてニナ・スルガウィッシュ。只今参上いたしました。この度はご挨拶の機会を賜り、大変ありがたく存じます」
ニナ先輩が床に膝をつき、これまで聞いたことないような言葉で挨拶をする。最近色んな勉強をしているけど私は敬語が苦手だ。動作だけ真似て、様子を見ることにしよう。
「それほどでもない。余も暇なのじゃ。顔を上げぇ」
横目でニナ先輩の様子を確認し、顔を上げる。
「余の名はアルマリン。アルマリン・アークフィールドじゃ。しばらく前から王妃をしておる。今日はよく来たのぉ」
妖艶、という言葉を使うのは恐らく人生で一度だけ、今だけだ。
水色の瞳に、隅々まで手入れされた白髪。精巧な刺繍が為された下着一枚という恰好は、健全な男の子たちが何かに目覚めてしまいそうだ。ベッドに足を延ばして笑う姿は王妃という言葉にふさわしい。私たちなんて歯牙にもかけない余裕を醸し出している。
「人目のつく場だと話せぬこともあってのぉ。今日は自室まで来てもらった。どれ、そう固くなるな。余も四六時中王妃でいたいわけではない」
たまにはただのアルマリンとして、若き女子と話したい気分になったのじゃ。
「どれ、久しぶりに茶でも淹れてみよう」
「い、いえ、王妃様それは私が、」
「王妃と呼ぶな王妃と。今日はアルマリンと呼ぶがいい。それと余の行いにケチをつけるでない。今日の余は余のしたいことをする」
何だろう、イメージ通りではないな。
ふと思ったのはそんなことだ。王妃と言えば騎士王の横で静かに微笑んでいる、そんな印象しかなかった。よく喋り客にお茶を淹れる。そんな姿少なくとも私は見たことがない。
「さて水は入れたぞ。あとは火を点けて……、はてこれはどう使うんじゃ? ニナ、教えてくれ。おっと手は出すでないぞ。お主らは客人じゃからな」
「は、はぁ……。わかりました」
ニナ先輩が振り回されている。余所行きの顔があるという点では似ている二人だけど、ニナ先輩も戸惑っているみたいだ。私でさえ予想外だったんだ、この国に詳しい彼女にとっては衝撃的な出来事かもしれない。いつか自伝にでも書いてくれたら、その時は笑い話にでもしよう。
「なるほど、そうして点けるんじゃな? で、いつ湯になるのじゃ? もういいのか?」
「いえお……、アルマリン様。しばらく時間がかかるものなんですよ。ぶくぶくと泡が出るまで待ちましょう」
「ふむ、そうなのか。ニナは博識じゃのぉ。ヒナタ、お主は座って待っておれ。主賓じゃからな、どかっと構えておれ」
「りょ、りょーかいっす」
動きと口調、そして見た目も相まって年齢がわからないけど、あの人先輩のお母さんと同い年だったよね? 私と同い年とか言われてもちょっとしか疑わないけど。ニナ先輩が手を焼いている姿は姉妹に見えなくもない。
ニナ先輩は童顔なのでどう見ても妹だが。
なんじゃ、すぐ注げばよいではないか。
お、お茶は蒸らすものなんですよ。その方がおいしくできますから。
そうなのか? 久方過ぎたかのぉ。これからはちと料理もしてみねばならんなぁ。
右往左往しているニナ先輩と、余裕だけど何もできない王妃。飾りとしてつけられた感満載の金色のキッチンは、こんな二人に何を思うだろう。案外使われて喜んでいるかもしれない。そんなどうでもいいことを考えながら、私は大人しく待っていた。
「待たせたのぉ、ヒナタ。紅茶じゃ。余は詳しくないが、うまい葉らしいぞ」
「ありがとうございますっす」
かちゃっと甲高い音をたてた食器は、小さく飛沫の涙を零した。逆の立場だったら首が飛んでしまうような状況だ、比喩なしで。
「いやあ、しかしニナの説明はわかりやすい。どうじゃ、余の直属とならんか?」
「素敵なお誘いですが遠慮いたします。大変そうなので」
「そうか。なら友人としてやっていこう。たまには遊びに来るがいい」
「……考えておきます」
かなりキッチンで暴れていたけど、王妃の髪は一切乱れていない。これが本当の気品かぁと思いながら湯気の立つお茶を啜る。でもどうせ例の通り味が、
「ん……、おいしいっすね」
「そうじゃろう? 素直で可愛いらしいのぉ、ヒナタも」
相当いい茶葉を使っているのか私の調子がいいのか。こんなことは今までになかった。選ばれたことで少し肩が軽くなったのかな? あとでニナ先輩にこの紅茶のことを聞いておこう。きっと怒っているだろうけど。
「茶を飲みながらでいい、本題に入ろう。つまらない話はとっとと済ませて、余は女子会なるものをしたいのじゃ。フレギールの余興にいちいち付き合う趣味はない」
「「……」」
ニナ先輩と一瞬目が合う。二人とも困惑しているのは同じだけど、理由は違った。表面的なギャップもそうだけど、私は先輩のお母さんの昔話を知っている。
だからもっと狡猾な、悪い女のイメージだったのだ。
「余はヒナタ・スタシア・ランサグロリア、お主と騎士王フレギール・アークフィールドとの決闘を許可する。書類にはとっくに判を押しておいた。ああ、お主の願いなどはどうでもいい、せいぜい面白い願いを突き付けてやれ」
余には娯楽が少ないからな。
「たまには腹から笑いたい。王妃も窮屈でな。フレギールが困れば困るほどそれで良い」
それが実際に会ってみると、どうだ。
狡猾というより豪快で、悪いというより気前のいい。
この人が本当に先輩のお母さんの敵なのだろうか。
「ん? どうしたヒナタ、余の顔に何かついておるか?」
「……いえ、何でもないっすけど。一つ聞いていいっすか?」
許可はもらったのだから余計なことをしないほうがいい。それはわかっているけれど、どうしても聞かずにはいられなかった。
そうでなければ私はあの世で先輩に会った時にこの人のことを正しく伝えられない。
誤解が誤解のまま終わってしまうのは気持ち悪いから。
「どうしてアルマリン様は、騎士王様と結婚したんっすか?」




