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「――次に当日の配置について説明する。まず第一師団については周辺警備担当とし、北及び東エリアの見回りを中心に――」
やはりお偉いさんの話というものはつまらない。大きいスクリーンに配置図が映し出されているからまだマシだけれども、話だけだったらとっくに離反していた。今日は耐えなければならなかったから、スクリーンには敬意の念を表する。
ちなみにだけれど私は第三師団、ニナ先輩、マイルと同じ所属になっている。当日何をするかはまだ伝えられていないけど、正直何でもいい。どうせ当日は真面目に仕事をしないつもりだから。だから肝心な部分までは早送りをしたいところである。
選抜騎士団に所属してからというもの、ちゃんと仕事をしたと思えたのは一回きりだ。それも私が勝手に戦場に向かっただけ。だから本当の意味ではゼロ、ということになる。祭の運営や意味のない警備なんて仕事の内に入らない。
唯一の仕事、所謂「レイドルフの涙」については、誰かがいつか話してくれるはずだ。だから私は詳しく語らないけど、先輩が嘆いていた選抜騎士団の腐敗を初めて肌身に実感した出来事でもある。今思えば懐かしいけど、もう少しで世界を変える前に滅んでしまうところだったのだ。それでも選抜騎士団には通達一つ来なかった。たった数行で世界の腐敗がわかる、簡単な例題だ。
「次に第四師団についてだが、当日配布される酒の管理と配布を担当してもらう。アークフィールド広場にて行われるのが例年だが、本年はエリアを拡大し――」
あれ、まだ第四師団? かなり別のことを考えていたはずだけれども。こんな経験みなさんにもないだろうか。つまらない時間ほど長く感じるこの現象を、誰か科学的に証明して欲しいものである。選抜騎士団は第八師団まであるから、まだまだ時間がかかりそうだ。
えっと、この一週間。レイちゃんと遊んだのを除いては、私は結局訓練に明け暮れていた。他にやることがもうなかったとも言える。連日のようにマイルを誘ったので、また取り巻きを刺激してしまったかもしれない。私も計画が完了したらマイルに用事はないので、それまで我慢してもらうしかないのだけれど。
おかげで風と雷の扱いもかなり上達した。私には常人には理解できないほどの才能がある。加えて先輩の魔法適正を受け継いでいるのだから、やってできないはずがないのだ。完璧に使いこなせるわけではないけれど、実践級にはなったからそれでいい。風と雷は使えさえすればいいのだから。
……私が思い当たる準備はしてきた。そもそも私がやるべきことは単純なのだから、一度きりの本番で間違いさえしなければいい。前後の細かい調整は全部ユーリ先輩が担ってくれる。先輩がやろうとしたことに比べればほんの些細なことなのだ。
私はただスタートラインに立って、主役のように振舞うだけ。
私にとっての主人公は私じゃない、先輩だ。だから私は先輩が踏むだったはずのステップを、舞うはずだった振付をまねるだけ。
それなのに緊張している。今日だって実際に動いているのはユーリ先輩だ。私は何もしていない。ここに立っていればいいのだ。なのに手はじっとりと湿って、奥歯はカチカチと震えている。
頭のネジが三本ぐらい飛んでいると昔から先輩に言われてきた。そんな私でも緊張はするんだと、自分でも驚く。きっと愛の告白だとしてもこんなに緊張はしない。他人の夢を自分が担うという重さか、それとも自分の手ではないものに委ねる不安か。前者は今更で、後者は失礼な話だ。だからこの緊張は無駄でしかない。
「――以上が当日の配置だ。各師団ごとに演習を徹底し、白銀祭成功のため尽力してほしい」
おっ、やっと終わったか。このままだと主人公が延々と一人語りし続ける妄想小説になってしまうところだった。最近の若者は長文が苦手だと聞く。長話をするならテンポが大事だぞ、お偉いさん。
「そして次の話に移るが……、今年も例年通り白銀決闘を開催する」
会場がざわめき始める。私の心も同じだ。なんせこの瞬間を待っていたのだから。今までの話をただのバックミュージック、今からが本番。
「なあ、ヒナタは申し込んだのか?」
「ほ? ああ、申し込んだっすよ。楽しみは大事っすからね」
横から話しかけてきたのはマイル、今までいたことに全然気が付かなかった。本当にこいつとは様々な場面で顔を合わせる。もしマイルが主人公の小説を書くとして、仮に私をヒロインとするなら、こんなにわかりやすい物語はない。どこまでいってもこいつは主人公だ。
「えー、みなからの応募を以前より募っておったが、今年も昨年に引き続き多くの応募があった。このことについて騎士王様も大変喜ばれており、諸君らの積極的な参加姿勢には感謝の一言に尽きる。今年も作為が加わらぬよう徹底的な管理の下、今この場で白銀決闘に参加する一名を選びたいと思う」
「マイルは申し込んだんっすか?」
「まあな。でも一人だけだろ。当たる気がしねーや」
この催しは大抵の場合ほとんどの選抜騎士団員が申し込む。だから競争率は選抜騎士団総数倍だと思っていい。通常の考えを持っていたら当たるなんて冗談でも思わない。本気で当選していると思っているのは頭のネジがとんだやつぐらいだ。
「この催しは騎士王様が直々に参加される行事であり、当選者には相応の覚悟をもって取り組んでもらいたい。日頃から鍛錬を欠かさなかった者、国防への思いが深い者こそが立つべき舞台であることを努々忘れぬよう」
だから私は当たると思っている。
私は頭のネジが飛んだ人間だから。
「それではこれより抽選を始める。結果はモニターに表示されるので確認するように」
会場のざわつきはピークに達した。今まで厳粛な雰囲気を保っていた講堂は、いきなり学校の体育館に変わる。偉そうな偉いおっさんたちもこればかりは咎める気がないようだ。それはそうだ、この催しは無礼講を許すほどの魅力がある。
会場が薄暗くなり、つまらない図を映し出していたモニターが黒一色になる。ざわつきも相まって講堂内は異様な雰囲気に包まれた。私の胸の高鳴りも音が聞こえてくるほど大きくなる。
「もし当たったら何を願うんっすか?」
「あー、いまいち実感がないから考えてないんだけどな。どうだろう、学校への転属とか魅力的だとは思ってるな」
マイルに話しかけて時間を潰す。しかし話は一切耳に入ってこない。どうせかっこいいことを言ったんだろう。でもどうでもいい。どうせそれは叶わない願いなのだから。
「それで、ヒナタは何を願うんだ?」
「私っすか?」
「今年の白銀決闘、その栄えある対戦相手として選ばれたのは、」
すっと会場が静かになる。マイクを通したおっさんの呼気さえ鮮明に聞こえてきた。視界が涙でぼやける。きっと二度と感じないだろうこの高揚と緊張を、私は全身で噛みしめていた。
モニターが黒一色から白に切り替わる。
そして何かの文字を映し出そうとした、その瞬間。
『何を緊張しているんだい? 僕が失敗するわけないじゃないか』
いつも通り飄々と、あくまで平然とした声が聞こえた。
「第三師団所属、ヒナタ・スタシア・ランサグロリア!」
堂々と宣言された名前は、先輩から勝手に受け継いだ私の名前。
「私は、世界をもらうつもりっすよ」
つまり私は、スタートラインに立つことができたのだ。




