1-5
「お待たせ、アイラ。順調?」
「ああ、クロア君……」
訓練室の真ん中で座り込んでいたアイラが振り返る。疲れ切った表情と返ってこない答えが、僕の問いへの返事なのだろう。
「……上手くいってない?」
「…………はい」
アイラの隣に座り、外で買ってきたスポーツドリンクを手渡す。小さく会釈しながら受け取った彼女だったが、口をつけることなく小さなため息をついた。
……これは相当落ち込んでるな。
一人でここに残してしまったことを、今更ながら後悔する。
本来ならば今日の放課後は三人で訓練をすることになっていたのだが、訓練を初める直前にヒナタが一騎打ちを申し込んできたのだ。何度も言うようで悪いが彼女は言い出したらそれをやり遂げるまで諦めない性分である。よって断ることもできず、広くて空虚なこの空間にアイラを一人残してしまう結果となった。
反省と後悔が何よりも嫌いなヒナタとは正反対に、アイラは自分を責めてしまう傾向がある。それを承知の上で、しかも彼女が苦手とする「魔導武具」訓練の最中に一人にしてしまったことは、昔からの友人である身として許されざる行為だ。
強い罪悪感に駆られたが、謝ってもアイラに気を遣わせてしまうだけ。ここでの謝罪は罪から逃れるための、傲慢で自己中心的な行為に他ならない。だから僕にはこの罪悪感を押し潰し、別の言葉を探す必要があった。
「……よければ、僕にも一度見せてくれないかな」
ようやく絞り出した提案だったが、アイラは首を横に振る。震えるようなその動きは雨に濡れた小動物を連想させた。
「駄目です……。まだ、こんなんじゃ……」
「アイラ、僕は君の力になりたいんだ。アドバイスできることがあるなら、できるだけ伝えたい。だから魔導武具を起動してみてくれない?」
しばらく困ったような表情を浮かべていたアイラだったが、決心したのか首を深く縦に振った。ようやく口をつけたペットボトルを傍らに置き、ゆっくりと立ち上がる。
「わかりました……。そこまで言ってくださるなら、一度だけ」
「ありがとう。でも無理はしなくても、」
「いえ、大丈夫です。私もこのままじゃいけないと思っていたので」
僕の言葉を遮るように口元へ手を伸ばしたアイラが、自虐的な笑みを浮かべる。いつも一人で抱え込んでしまう彼女が心を開いてくれたならそれは嬉しいことだ。しかし誘導をしたのも事実なので、素直に喜ぶわけにもいかない。
複雑な感情を抱いたまま立ち上がり、彼女が外した眼鏡を受け取る。
「一応下がっていてもらえますか? もしかしたら危ないかもしれないので……」
どこまでも自信のない指示に従って数歩後ろに下がる。僕が立ち止まったことを確認したアイラは目を閉じ、大きく深呼吸をした。
再び開かれた彼女の瞳は緊張に震えていたが、しっかりと前を見据えている。
「それでは、いきます」
宣言したアイラが首元に下がっているペンダントを掴んだ。
それに呼応するように、ペンダントにはめ込まれている石が緑色の光を放つ。
「我が魔力を糧として、ここにその力を示せ」
やがてその光は空中に分散し、まるで蛍のようにアイラの周りを飛び交った。
「魔導武具起動、撃ち滅ぼせ『見えない銃騎士団』!」
アイラが魔導武具の名を呼ぶと、光はたちまち消えてなくなる。
そのあとには何もない空間が残るのみ。
しかしそれはあくまで視覚が捉えた情報であり、本当は違う。
実際には、彼女の魔導武具が浮かんでいるのだ。
「『一斉掃射』!」
アイラの号令と共に現れた幾つもの氷塊が、僕とは反対方向に放たれる。一斉に壁にぶつかったそれらはせめぎ合いを続けていたが、一つ二つと時間差で床に落ちていった。全ての氷塊が敗北を認めたのを見届け、僕はゆっくりと口を開く。
「…………バラバラ、だね」
「……はい」
僕の方を振り返ったアイラは再び自虐的な笑みを浮かべていた。背景に積み重なった形も大きさも不揃いな氷塊たちが、囃し立てるようにがらがらと崩れ落ちる。
魔導武具とは、魔力を持つ人間が一度だけ使用することができる魔法『魔導創造』によって創り出される各人専用の武具のことだ。魔導武具はその人に一番適した性能をもっているとされておりこの世に二つとして同じものはない。血の繋がりを持った者には継承することも可能だが、基本的には一人一つ。平常時は何かしらのアクセサリーに形を変えて持ち歩いている。
アイラの魔導武具『見えない銃騎士団』はその名が表す通り「目には見えない魔法銃」なのだが、他の魔導武具にはない特徴を持っている。それは起動時に注ぎ込む魔力の量によって、出現する魔法銃の数が異なるということだ。
一般的ものであれば、詠唱を行うことで魔力が自動で消費され魔導武具を起動することができる。しかし『見えない銃騎士団』のように不定数の魔導武具を起動する際は複雑かつ繊細な魔力の調整を要求されるのだ。
「威力を一定にしようと心掛けてはいるのですが……」
アイラは細かい魔力の調整が得意じゃない。専用の武器であるはずの魔導武具だけど、彼女の場合は相性が悪いとさえ思えてくる。『魔導創造』による判断は絶対的なものだとよく言われるが、僕は絶対という言葉があまり好きじゃない。
「数は随分出せるようになったね。いくつだったの?」
「十七丁です」
氷塊の数で何となくの推測はできるが、『見えない銃騎士団』を黙視することができるのは使役者である彼女だけだ。実際の数を聞き改めて驚嘆する。初めて魔導武具の起動に成功してからその数を二つにするまで数年間を要した初等部の頃が懐かしい。
「でも数を意識すると今みたいに調整が難しくて……」
完全に置物と化してしまった氷塊を眺めながら、アイラが深いため息をつく。
不定数魔導武具の魅力は制限のないその数にこそある。一定以上の数が生み出せないのであれば本来の威力を発揮できないのは確かだ。しかし数が多くなればなるほど起動に要する魔力の調整は複雑になる。任意の魔力量を複数回、それも高速で注ぎ込むという作業は並外れた才能がなければ行えない。
「……」
今の方法は決して間違えではない。
アイラもこの方法で何年間も訓練を重ねてきたはずだ。
しかし、今のまま続けていても……。
一度目を閉じ、思考を巡らせる。
確立された方法の継続はいつか実を結ぶかもしれないが、目を見張る革新には繋がらない。
ならばアイラにとって最良で最善な、新しい方法を。
凝り固まった概念さえ解きほぐしてしまえば、答えを出すのはそう難しくないはずだ。