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2-4


「……ん?」


 いつの間にか寝ていたみたいだ。カーテンを閉め忘れていたので、日光が容赦なく顔面に襲い掛かる。今日は非番だ、カーテンを閉めてもう一寝入りといこう。


「もうすぐ一年になるんっすね……」


 白銀祭は毎年同じ日付に開催される。昨日白銀祭が近いと言っていたのだから、一つのラインはもう間近に迫っていた。カーテンレールの陳腐な音は私を励ましてくれない。


 ご存じの通り、今日の今に至るまでアイラ先輩は見つかっていない。


 あれからあらゆる手段を使ってアイラ先輩を探した。ユーリ先輩は改変されたカメラ映像の修復を続け、私はアークエディン全域を飛び回った。映像の断片から早朝に一人で寮を出たところまではわかったけど、それ以上の手掛かりはない。そのままの状態が一年経った今でも続いている。


 色んな人の力も借りた。先輩の代わりになっていたマイル、エストシオのグラスさん、シュダリアの生徒会長たち。アイラ先輩の知り合いや、私の数少ない人脈を活用しても、足跡さえ掴めない。そこで辿り着いたのがカオルコだ。


 サイラスの位階一位は、不思議な力を持っているらしい。


 当時の私はそんな根も葉もない噂話にさえも、縋るしかなかった。


 ……しかし蓋を開けてみるとただの変人。見た目と言動こそ不思議に違いないけど、隠された力はいつになっても隠されたままだ。カオルコなりに手伝ってくれたのはありがたいけど、期待していた活躍には遠く及ばない。


 加えてあの性格である。


 そもそも人嫌いな私が邪険にするのも当然といったところだろう。


「……ぬあぁぁぁ!」


 カオルコのことを考えていたら眠くなくなった。せっかくの非番なのに気分が悪い。かけていた布団を蹴り飛ばし、体を思いっきり伸ばした。腿をくすぐる髪の毛はさすがに鬱陶しい。


 カオルコ……、ね。


 必然と思い出されるのは昨日の出来事。あれが普段の生活だったら気に掛けることさえない。しかしあまりにも特殊な状況、特異なタイミングだ。気にならない方がおかしい。


 ユーリ先輩は任せろと言ってくれた。でも本人から直接聞けるならそれが一番手っ取り早い。変なことに巻き込まれるかもしれないけど、相手がカオルコであれば何とでもなるような気がする。次に会った時にでも聞いてみるか。


「おはよう、ヒナタ。随分早いな」


「おはよっす、ニナ先輩。変に目が覚めちゃったんっすよねー」


「朝飯食うか? 私は今から食うところだが」


「んー、あーいや、コーヒーだけにしとくっす」


 味覚を失ってからというもの自然と食べる量も減った。体を動かすことも頭を使うことも遥かに増えたというのに、食事量だけどんどん減っていく。人間の感情というのは不思議なものだ。


「わかった。ついでに淹れてやろう」


「ありがとっす」


 朝食を抜くことに最初は否定的だったニナ先輩だけど、最近はすんなり受け入れてくれる。一日ずっと一緒にいるような日もあるから薄々感付かれているかもしれない。まあ困ることではないから別にいいけど。どうせどうにもならないのだから、できるだけ心配はかけたくないものだ。


 しかし昨日はさすがに魔力を使いすぎた。体中にのしかかる倦怠感は間違いなく魔力不足。慣れない風と雷、『紅蓮絶華』に黒雷魔法ときた。今日は激しい訓練は避けよう。選抜騎士団になってからというもの、休日に訓練以外の予定をいれたことがないので困ってしまう。


「ああ、そういえばお前宛に通信があったみたいだぞ? ノースヘヴンからだったみたいだが、遂にお前にも男ができたか?」


「んなわけないじゃないっすか。私には心に決めた人がいるんっすから」


「いつ聞いてもそのセリフはかっこいいな。男は冗談だが通信は本当だぞ? 何か心当たりはあるか?」


「ノースヘヴンからっすか……? ん、ああ、あるっすよ」


 にしても昨日の今日か。今度は直近すぎて逆に思い出せなかった。ちょっとまめすぎるような気もするけれど、世の中の老若男女はそんなもんなのかね。


 私はこんなこと初めてなので、よくわからない。


「友達ができたんっすよ」


「へえ……、それも冗談か?」


「だとしたら笑うっすか?」


「いや? 別に面白い話じゃないな」


 できるはずのない男の話と友達の話を一緒にしないでほしい。私にだって仲の良い人の一人や二人はいる。それが今までほとんど年上だっただけだ。


「ただ珍しくはあるな。お前はいつも……、いつも、何を言おうとしたんだ、私は」


 後に続くはずだったのは、失われてしまった記憶。アイラ先輩ほどじゃないけどニナ先輩に開いてしまった記憶の穴も大きい。大きな齟齬こそないけれど、時折話しづらそうにしている姿は心が痛い。それは私のせいで開いた穴だから。


「いつも年上に囲まれてるっすからね、私は」


「……ああ、そうだな。私もきっとそう言いたかったんだ」


 罪滅ぼしにできるのは、尤もらしい言い訳で穴を埋めることだけ。それで少しでも気が休まってしまうのは罪深いことだ。その言い訳がいつの間にか人を傷つけ、最後には取返しのつかないことになっているのだから。


「ま、本当に本当だとしたらめでたいことだ。寮のみんなも喜んでくれるだろうよ」


 ここで具体的な名前を出さなかったのはニナ先輩の優しさだろう。彼女の脳裏に浮かんでいるのは黒髪ロングの眼鏡なはずだ。でもニナ先輩は決してその名前を口にしない。


「そっすかね? ニナ先輩も嬉しいっすか?」


「そうだな。何というか、荷が一つ降りたような気分だ」


 ならばやはり昨日の選択は間違えていなかった。先輩だけでなくニナ先輩も喜んでくれたなら、また私の人生に意味が付加される。残りかすの、消えるはずだったこの虚しい余生に。


 世界を変える。


 そんな先輩の夢だけを追いかけて二年間走り続けてきた。もうそれしか生きる意味がないと思っていたし、今でも思っているから。ひたすらに訓練し、準備に時間をかけ。私が思う私のできることは、全部やってきた。


 そして変革は目前に迫っている。私の役割はもう終ろうとしているのだ。準備をすることももうあまりなく、あとは時が来るのを待つだけ。


 だから私は、少しでもこの人生に意味を持たせたい。もう私が望んだ人生を送ることはできないけれど。先輩からもらった命で少しでも他人の役に立てたなら、それはとても有意義なことに思える。先輩は一瞬悲しがるだろうけど、その後すぐに褒めてくれるだろう。


 その程度には先を見れるようになっただけ、私も大人になったということだ。すぐに命を絶とうとしたあの時とは違う。先輩が押し付けた命の意味を私は過小評価していたみたいだ。今はきっと多くの人の役に立てた先輩の代わりに、少しでも爪痕を残したい。


 私が生きたいわけではない。


 あくまでも、先輩の命を生かしたいだけだ。


「そんで? 今日はその友達と出かけるのか?」


 コトッ、とマグカップが目の前に置かれる。


「そっすね。限りなく暇なんっすよ」


 レイちゃんには感謝している。無駄になるはずの暇が彼女の役に立てるなら私も嬉しい。それに友達と遊ぶという体験をしてみたかったのも事実だ。一挙両得というやつである。


 優しく苦い湯気を燻らせるコーヒーを啜る。味を感じることができるのは、この身体が先輩の身体だったからだろうか。髪の色といい、目の色といい。病気の考えることなんてやっぱりわからない。


 もし魔女病にならなかったら、とつい考えてしまう。きっと私の人生はまるで違ったものになっていた。感じる味も、見える景色も全く別物。魔女病になって良かったと思うことなんて一度もない。だからこう考えた時は、いつも惨めな気持ちになって終わる。


 でもなってしまったものは仕方ないと、最近では思う。


 仕方のないことをいつまでも嘆き、先輩の命を粗末にするほど私はもう愚かではない。


 だって運命は変えられない。私はこの世界に愛されていなかっただけなのだ。だから今を生きれる。私はほとんどを諦めて、ようやく今を生きているのだ。


 だから、せめて今日ぐらいは楽しもう。


 もしかしたらまともな暇は今日で最後かもしれないのだから。


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