表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/66

2-2


 そこで私は、目を覚ました。


「……え、私は、いつから寝て?」


 アイラ先輩の手を握って、ベッドの横に座って。どうやらそのまま眠っていたらしい。どこまでが現実の出来事だったのか、区別がつかなくなってしまう。


 強めに自分の頬を叩く。


 鈍くはないこの痛みは、確かに現実らしい。


「アイラ先輩すみません、寝ちゃってたみたいっす」


 ベッドに頭を乗せて寝ていたのだから、当然頭を起こせばそこにはアイラ先輩がいる。それが常識だ。何の揺るぎようもない、信用のおける日常だ。


「……アイラ先輩?」


 しかしベッドはもぬけの殻だった。アイラ先輩どころか、彼女のいたぬくもりさえも残っていない。丁寧に施されたベッドメイクが妙に不気味だった。


「先に起きたんっすか? 学校には……、まだ早いっすけど」


 部屋を歩き回りながら呼びかけ続ける。時刻はまだ早朝と呼べるぐらいの時間だ。早起きが苦手なアイラ先輩が出歩くような時間には思えない。


 しかし部屋には他の人影はなかった。代わりにきれいに洗われたティーカップが二つ、キッチンに並んでいる。


 ……朝の散歩に出た、なんて可能性もある。


 精神状態が不安定だからといって、何もアイラ先輩を監禁しているわけではない。調子の良い日は普通に学校にも行くし、昨日も茶葉を買うためにミスリエさんと出かけていた。


 だから、まだ焦る段階ではない。


 寮から出たというなら、必ずあの人が把握しているはずだから。


「ユーリ先輩!」


 足早に部屋を出て、隣の部屋の扉を開け放つ。いつでも薄暗いはずのこの部屋が、今日に限って何故か完全に暗かった。煌々と輝いているモニターは暗闇へと姿を隠し、廊下から差す光だけが室内を照らしている。


「え、あ、寝てるんっすか? だとしたら申し訳ないんっすけど、少し聞きたいことが……?」


 声量は抑えながらも、ここで退くわけにはいかない。今はまだ大事と日常の狭間にいる。ここで諦めてしまえば一生後悔することになるかもしれないのだ。ユーリ先輩に多少嫌われるぐらい、今更何ともない。


「ユーリ先輩?」


 どこにも姿が見えない。一度部屋の入口まで戻って電気を点けた。少し間を置いた後、暗闇は光にかき消される。闇に慣れていた目が一瞬だけ機能を失った。


「……ん、誰だい勝手に電気を点けたのは。僕は妙に明るいのが嫌いなんだ」


 いつもの憎まれ口と共に椅子が回る。どうやら大きい椅子に隠れていて見えなかっただけみたいだ。よかった、ユーリ先輩までいなくなっていたらもうわけがわからない。


「寝てたんっすか? 珍しいっすね」


「いや……、眠るつもりではなかったんだけどね。突然睡魔に襲われて……」


 あくびを漏らしながら背伸びするユーリ先輩の姿は珍しい。この人でも人間らしいところはあるんだな、と気持ちが少し和んだ。これで落ち着いて話をすることができそうだ。


「突然申し訳ないっすけど、少し聞きたいことが、」


「ん、待て赤髪。モニターの電源を落としたかい?」


「ほ? いや、そんなことしてないっすよ。何より消し方も知らないっす」


 機械を触るのは苦手な方だ。ユーリ先輩が使っているような高度な機械に関しては、一体何するものなのかもわからない。だからこれは濡れ衣である。


「そうか……。まあ、そうだね。しかし僕が寝惚けて消すなんてことがあるか……?」


 ぶつぶつ呟きながら、ユーリ先輩が足元の何かをいじる。すると沈黙していたモニターが一つずつ起動し始めた。


「まあいい。可能性を考え始めればきりがないからね。それで要件はなんだい?」


「ああ、そうっすね。実は今アイラ先輩が――、」


 昨夜のことから一つずつ事情を話していく。


 体調を崩していたこと、精神状態が不安定だったこと、ユーリ先輩から薬をもらって眠っていたこと、今朝目を覚ましたらいなかったこと。


「……薬、か。昨夜薬をねぇ……」


 最後まで聞き終えたユーリ先輩は不思議そうに首を傾げた。


「どうしたんっすか?」


「いや確かに渡したんだ、僕も覚えているよ。ただその後の記憶が曖昧でね。気づいたら赤髪が目の前にいた。つまりさっきまで僕は寝ていたんだよ」


「……そう、なんっすか」


 確かにそれは不思議な出来事だ。


 私も同じような状況に陥っていたのだから。


「そして今調べてみたんだが、モニターも同じような時刻で電源が落ちている。ただの偶然ではないかもしれないね」


 これはまずいことになっているのかもしれないよ?


「嫌な予感がする。とにかく今は黒髪の所在を探すことが先決だ。その時刻から今までの監視カメラ映像全てにアクセスする。君も確認を手伝ってくれ」


 そう言ったユーリ先輩はぐいっと前髪をかきあげた。彼女がこんなに焦っている姿はこれまで見たことがない。その真剣さが逆に不安感を煽ってくる。


 ……でも全ての監視カメラにアクセスするんだ。これで何かしらの情報は掴めるはず。


 ユーリ先輩が狂ったように机を指で叩く。その動き一つ一つでモニターの映像は目まぐるしく変わっていった。


「……おかしい。いや、これはやられた。見てみろ赤髪」


 椅子に深く腰掛けたユーリ先輩が反笑いでこちらを振り返った。何だろう、あっさり見つかったとか? そんなオチだったら笑い話にできるのだけれど。


「……監視カメラって、こういうものっすか?」


「そんなはずないだろう? 肉眼が捉える、そのままを映すのがカメラの役目だよ」


 だとしたら、確かにおかしい。


 暗かった映像は突然明るくなり、横切った人が一瞬でいなくなる。地面が空になり、雪が下から上へと降っていた。カメラのことは詳しくないからわからないけど、何かしら不具合が起きていることは私の目にも明らかだった。


「時間も向きも彩度も明度も全て滅茶苦茶だ。こんなのただの故障じゃない、誰かが意図してこうなるように仕組んだんだよ」


 しかも悪いことに、後から細工したんじゃない。


「元々こう録画するようにカメラの設定を変えていたんだ。こんなのデータを消されるより厄介だよ」


 ただの故障じゃなくて、誰かが細工した?


 細かいことはわからなかったけど、それぐらいの単語はわかる。


「直せないんっすか? その映像」


「可能か不可能かで言えば可能さ。でも現実的ではない。この映像は「元々」こうなるように撮られたんだ。しかも丁度僕たちが眠っている時間分、全てのカメラ映像をね。直すまでにどれだけの時間を費やすか、想像もつかないよ。これはもう、直すという概念じゃない」


 よくわからないけど、言葉で表せないほどの時間が必要なら、まだ無鉄砲に国中を探し回った方がいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ