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ようやくお腹が空いてきたのは夕方ごろ、どちらかといえば晩ごはんに近い時間だった。
選抜騎士団の居住区にはいくつか食堂がある。こだわりのある人は決まった場所に通うみたいだけど、私は特に気にしたことがない。一番近くて、まだ開いている店に入る。
「なんでもいーっすね」
浮遊島の施設はハイテクだ。注文も機械を操作するだけで完了してしまう。しかし文字だけが書かれたそれは何だか虚しい。一番手軽で早そうなサンドイッチのボタンを押し、たった数人の列に並んだ。
あれから、マイルと別れてからもずっと訓練を続けていたので、体がずしっと重い。慣れない雷と風ばかり使っていたからだろう、魔力もだいぶ使ってしまった。先輩は魔法「適性」を譲ってくれたけど、何故か魔力「量」まではそのままくれなかったのだ。多分総量は増えているんだけど、先輩の膨大な魔力が上乗せされているとはとても思えない。
私は元々人間離れした量の魔力を持っていた。今の感覚としては、それに少し毛が生えた程度である。「足して二分割した量なんじゃないかな」とユーリ先輩は推測していたけど、分割する意味が不明だ。身体と一緒にもっていかれたとか? 病気の考えることなんてわかりゃしない。
「んん? 愚か者にしては難しい顔をしているね、ヒナタ君」
面倒な声に絡まれた。
控えめに言って最悪だ。
「……うるせーっす。話しかけてくんなっす」
「んん、酷い言い草だ。孤独に苦しんでいる君を救ってあげようと思ったのに」
「頼んでないっすよ」
私には友達がいない。先輩は作った方がいいと言っていたけど、別に必要だと思ったことないし、先輩だけいればそれでよかったから。だから私に気安く話しかけてくる人は限られている。
その中でもこいつは最悪だ。マイルよりもよっぽど性質が悪い。どれだけ無下にしても、こいつに罪悪感を抱くことは今後一生ないだろう。
「私の崇高な親切心だよ、ヒナタ君。ありがたく受け取るがいいさ」
「いらねーっすよ、カオルコ」
カオルコ。
カオルコ・デルタ・ヴィオレッタ。
この変人もユーリ先輩と同じ「天才」ヴィオレッタ一族の一人。サイラス出身で、ユーリ先輩とはかなり遠い親戚にあたる。どうでもいい情報だけれど、覚えてしまっているものは仕方ない。
「んん、ヒナタ君は何にしたんだい? 受け取り手不在の食事があるようだが」
「……何だったっすかね」
完成品を表示するモニターにはサンドイッチと出ている。そういえばサンドイッチを頼んだような気もするし、はっきりと覚えていない。食事なんて何を食べても同じなんだから、正直どうでもいいけれど。
取りに行ってみたところ反応はなかったので、私のもののようだ。水をコップに注いで適当な席に座る。跳ねた水滴がトレイに落ちて、小さな傷に滲んだ。
「相席失礼するよ。断られても座るがね」
前の席に座ったカオルコの手元には、積み上げられたパンケーキが鎮座している。何ご飯か知らないけど、少し前の私が見たら喜びそうだ。言葉を出すのも面倒だったので、黙々とサンドイッチを食べ進める。
「んん、ヒナタ君。今日のサンドイッチは随分と変わった中身だね。その緑は何の緑だい?」
緑?
サンドイッチなんだから緑の一つや二つあるだろう。そう思ったけどパンの間からはどろっとしたペースト状の何かが溢れ出ていた。何だこりゃ。
「野菜じゃないっすか?」
「んん? そうは見えないがね」
お皿に落ちた緑を、フォークですくって口に運ぶ。
「甘い。フルーツペーストのようだよ、ヒナタ君。どうやら舌も愚かなようだね」
「……そっすか」
それは何ら間違いではない。毒でさえなければどうでもいいのだ。何なら毒だって構わない。食べれて、お腹が満たされるものなら。味なんてなくてもいい。
だって、何も感じやしないのだから。
「それはそうと聞き給えよ、ヒナタ君。私の偉大なる功績の数々を……、」
いつから、というのは明確に覚えていない。気づいたらというのが適切な答だ。先輩がいなくなって、日常が壊れて、周りが全部変わっていって……。いつの間にか、ほとんど味を感じなくなってしまっていた。
最初は辛かった。私は食べることが好きだった。三人でテーブルを囲んで食べる甘いものが、先輩の次に好きなものだったから。
でも、すぐどうでもよくなった。食事よりもやることがいくらでもあったから。幸い味を感じるものも少しはある。だからこんなもの、何の苦でもない。
「――んん? 聞いているのかねヒナタ君。私の何よりもありがたい話を」
「聞いてないっすよ。早く食べたらどうっすか?」
「んん、そうだね。パンケーキが冷めるのは悲劇だ。早くいただいてしまおう」
扱いやすいのはカオルコ唯一のいいところ。包帯が巻かれた左手にナイフを持ち、手早くパンケーキを分断していく。普通は痛々しく見えるその光景が馬鹿馬鹿しく見える。
「包帯外さないんっすか? 汚れるっすよ」
「これは外そうとして外せるものではないのだよ、ヒナタ君。我が左目と左腕には呪われし力が宿っているからね」
……ほら、馬鹿馬鹿しい。
私も馬鹿ではあるけれど、もういい大人だ。ましてや「天才」の一族が聞いて呆れる。左目の白い包帯が、栗色の隙間から覗いた。
しかし「呪われし力」ってやつを信じた私もいるのだから、やるせない。何であの時の私はそんな胡散臭いものを信じてしまったのだろう。隙間があったら入ってしまいたいとはこのことだ。
ん……、何か違うか。
「んん。その話をしたいところではあるが、聞きたいことがあってね。今朝は何かの集会だったのかい? いやに人が少なかったのだが」
「来てないんっすか? 全員参加だったはずっすけど」
「んん、招集はかかっていなかったが」
だとしたら除け者にされているとしか。
さすがの私も口にできない真実だ。
「我等が騎士団は別動のことが多いからか。何事もなければ別に良いのだよ」
我等が騎士団?
選抜騎士団って一つの括りだったような気がするけど。私の思い違い?
「……ん? その服見たことあるっすね」
「んん、話したはずだがね。私は特別なのだよ」
大きなフードがついた、紫のローブ。今日同じようなものを見た気がする。いつだったっけ……。今日は色んなことを思い出していたから、忘れてしまった。
「私は同期唯一の紫氷騎士団所属なのだよ。所謂出世コースというやつかな。生まれながらの特権さ」
そう、紫氷騎士団だ。今朝の集会で見た、ご婦人とローブの二人組。欠片でも覚えていたのだから上出来というべきだろう。
「紫氷騎士団って何してんっすか?」
選抜騎士団が何をしているか。そう聞かれたら答えられないけど。ろくなことをしていない、が正解か。
「騎士王様と紫氷教団の防衛が主な任務さ。紫氷教に関わる祭事の障害を取り除く、そう言うと愚かな君でも理解ができるかな」
「ふーん、そうなんっすか」
じゃあ選抜騎士団と大した変わらない。違う名前と衣を被っているだけ。この国の一番偉い人があれだ、二番目も同じということだろう。
カオルコと話した割には良い情報を得られた。食事も済んだしこれ以上付き合う意味はない。さっさと退散してしまおう。
「んん、行ってしまうのかい。急かしい人間だ」
片手を大きく広げて眼鏡を直す。それがカオルコの癖だ。左手に巻かれた包帯が目立つように。最初から最後まで徹底した女だ。
「そうだ、最後にもう一つ」
「なんっすか?」
「人探しは順調かね?」
「……全然っすよ」
やっぱりカオルコとなんて話すんじゃなかった。よくも一言だけで人の気分を害せるものだ。乱暴にトレイを引っ掴んで、洗剤の溜まった水に放り込む。盛大に打ちあがった水飛沫は、すぐに流れに消えていった。
……体を動かそう。
気分が悪い時は何も考えないに限る。涙と汗と、何なら血でも流せば少しはすっきりするだろう。
世界を変えることは、案外簡単じゃない。
多くのことを、本当に多くのことを諦めなければならないのだ。
まだ健全な少年たちには決しておすすめしない、
些細な日常さえも捨てなければならない、本当に愚かな夢だ。




