1-3
「風よ、刃となりて我が敵を切り裂けぇ!」
そういえば、大きく変わったことがある。
私は先輩の身体と一緒に、先輩の魔法適性を受け継いだらしい。
「三重詠唱・『風刃』!」
緑に色づいた風が集結し、巨大な刃になる。一直線に飛んでいった風の刃はしかし、弾かれて土煙をあげるだけだった。
ヒュン
土煙の中から銀色の矢が現れる。四方に打たれたはずの矢は、どんな原理なのか私を集合場所に決めているようだ。矢の雨というには小雨だけど、十分死ねる。
うーん、避けるか。
「……雷よ」
確か魔力の動かし方は、こう。身体への負担が大きいと先輩が言っていたから、ほどほどの距離にしておこう。
「『雷鳴瞬動』!」
体の周りに電気が走ったかと思った瞬間、視界が切り替わる。んむ、詠唱を面倒くさがったから行き過ぎてしまった。難しい。さすが雷魔法最高位なだけある。
二年も経たないんだから、使えるだけほめてほしいものだけど。
「見つけたぞ!」
「おっ、と!」
同じ魔法を使ったのか、行き過ぎた私の背を剣先が掠める。転がって避けた目の前に、両腕を振り上げた影が覆いかぶさった。
「おら、これで、どうだ!」
二撃、三撃と素早い連撃が迫る。身をよじって何とか避けれたけど、あからさまに不利な状況だ。このままじゃ体勢を立て直す暇もなく、負ける。
……風と雷の練習をしたかったけど、仕方ない。
練習できないことよりも、負ける方が嫌いだ。
「せいっ」
「っぶね!」
相手が剣を振り終えたタイミングを狙って炎弾を投げつける。咄嗟に盾で防いだのはさすがだ。完全に不意打ちの騙し打ちだったのに。
「おい! 今日は雷と風しか使わないんじゃ、」
「予定は予定っす。現実はいつも変わりゆくもんなんっすよ」
「んな、いいことみたいに言われてもだな!」
素早く距離をとりながらも文句は欠かさない。剣を両手で持ち直したところを見ると、戦闘は続行ということだろう。そのつもりでいてくれるなら助かる。私も白黒は大事にしたい人間だ。
ちなみに姑息な手段は悪い先輩の影響だ。
私の本意じゃないと、言い訳しておこう。
「七重詠唱『迅速の風』、『豪力の炎』!」
訓練着から伸びた手足に緑と赤の紋様が走る。最近はこれに頼りすぎないようにしていたけど、やっぱり体に馴染んでいるものだ。無意識に口の端が吊り上げる。
「四重詠唱『創銀・大盾』!」
避けれないと悟ったのだろう。相手は持っていた剣を捨てて、鈍い銀色の盾を創り出した。身の丈よりも大きいそれは、後方に回り込めれば簡単に無視することができる。
でもそんなの、
「面白く、ないっすよねぇぇぇぇぇぇ!」
強く踏みしめて、一蹴り。
狙い通り盾の目の前に着地する。
ぐっと拳を握り、腕を振り上げ、そして。
「貫けぇぇぇぇぇぇ!」
盾に向かって拳を打ち込む。
「くっ……、五重詠唱『創銀・大盾』ぇ!」
ひび割れた盾の裏側に、更にもう一枚の盾が現れる。なるほど、一枚目は威力を抑えるためだけのものか。敢えて薄く作ったことにも、今更気づく。
先輩ならそんなことも予測し、裏の裏をかいて倒すのだろう。
私もそうなりたいと思っていた。
だから戦略の勉強もしたし、苦手だった学術も頑張った。
でもやっぱり、私にはこっちの方が向いている。
考えても思いつかないなら、バカのままでいい。
きっとその方が、いいことだってあるだろう。
「うおぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!」
威力が殺された拳を、身体の捻りで更に押し込む。粉々に砕けた一枚目が視界に舞った。銀の表面が触れた骨を冷やす。力を込めすぎた腕は自然と震えた。
ここが限界、そんな感触。
しかし私だって、いつまでもそんなものに囚われていられない。
私の鎖なんて、過去だけで十分だ、
「はぁちぃじゅうぅぅ、えいしょぉぉぉぉぉぉ!」
だから越えてやろう。
今できないことが次の瞬間もできないなんて、そんなことありえない。
「『豪力の炎』ぉぉぉぉぉ!」
喉がちぎれそう。
でも叫んだ方が力入りやすいって言うっしょ?
ぴしっ
何かが砕ける音がする。それが骨か盾かなんてどうでもいいこと。その先に勝利があるのなら、骨ぐらいくれてやろう。
「っおぉぉおお!?」
視界が霞む中、がむしゃらに拳を振りぬく。遠ざかる間抜けな声は、主が吹っ飛んだことを教えてくれているようだ。
盾は?
別に盾を割ることが勝利条件じゃない。でもいつだって勝ちはわかりやすいほうがいい。それに今後のことを考えると、あんな盾一枚割れないと困る。だからあの盾に勝敗を託すことにした。
「いって……。八重詠唱までできるなんて聞いてねぇぞ……」
「私も知らなかったっすからね」
情けない声が、もうもうとたちのぼる土煙から聞こえる。しばらく晴れないと思ったそれだけど、瞬きの後には散り散りになっていた。風魔法でも使ったのだろう。あいつは一応、どんな属性魔法だって使えることになっている。
「これが万年二位と一位の差ってわけか……。さすがの天才ぶりって感じだな」
背中を払いながら立ち上がる相手の周りには、巨大な盾もその破片もない。腕についているやけに豪華な盾は魔導武具だし……、じゃあどこに?
「……盾は消したんっすか?」
「あ? さっきからお前の周りにあるだろ?」
周り?
見渡すけど、やはり何もない。あるとしたら空気だ。空気の盾? そりゃ強そうだけど。そんな空想を聞きたいわけじゃない。
「いや、んな不思議そうな顔すんなよ。お前の仕業だろ?」
爽やかな青年面が軽く私の頭を叩く。私の仕業? 吹っ飛ばされた仕返しに責任転嫁しようってか図々しい。何の責任かもわからんけど。
「土煙。ここ訓練場なんだから、こんなに上がるわけないだろ」
「え、あ、これっすか?」
「ああ。文字通り粉砕ってわけだな」
苦笑いの後、相手はふっと息を吐き出す。巻き込まれた土煙は確かにキラキラと輝いていた。それなら確かに私の仕業だ。
『――訓練終了。勝者ヒナタ・スタシア・ランサグロリア。敗者マイル・コートシールド。タダチニ魔導武具ヲ格納シ、訓練ヲ終了シテクダサイ』
機械の声が改めて私の勝利を宣言した。訓練場での勝ち負けはダメージの蓄積によって決まる。どこかで限界が来ていたということだろう。全然意識していなかったけど。
まあ盾も割ったことだし、これで名実ともに私の勝ちというわけだ。
「はいはい、言われなくてもわかってるよ……」
相手の、マイルの腕から魔導武具の盾が消える。「あれはズルみたいなものだよ」と先輩が言っていたそれは、本当にズルい。あと先輩に一目おかれていたのもズルい。
マイル・コートシールド。
さっき自分で言っていた通り、「万年二位」。
つまり先輩がいた時は「万年三位」、ノースヘヴン魔法騎士学園の同期だ。今も選抜騎士団の同じ師団に所属していて、何かと繋がりがある。
短い茶髪に、青がかった緑の眼。歯をくっきりと見せる笑い方は好青年と評さざるをえない。ちなみに先輩は百歩譲っても好青年ではなかった。でも私は先輩が好きだ。万人受けのマイル、私受けの先輩といったところだろう。
マイル・コートシールド、か。この世界の主人公といったところだね。
ユーリ先輩のひとことが、マイルを紹介するのに最も簡単な言葉。見た目も性格も、その生い立ちも。何をとってもマイルは主人公にふさわしい。
マイルは「製銀魔法」という特殊な魔法と簡単な身体強化しか使えない。詳しくは知らないけど、そのことで過去辛い経験をしてきたらしかった。
「製銀魔法」はアークフィールド一族のみが使える異色魔法「白銀」の元。しかしいつからか「白銀」が真であり「製銀」は偽であるような風潮が、この国には流れていたらしい。だから「製銀魔法」しか使えないマイルは幼いころから迫害を受けてきた。理由の通った、理不尽な話だ。
でもマイルはその不条理に抗い、数々の壁を乗り越え、ついには選抜騎士団になった。
マイルのこれまでの人生を文字に起こすだけで、立派な小説になるだろう。そしてその時マイルは正真正銘の主人公となる。正に絵に描いたような、文字で表されたような主人公だ。
「ま、お前の訓練になったならいいか。反則があったような気がしたけどな」
ちょうどよく歯が見える笑い方は、やはりわざとやっているようにしか思えない。しかしこれがわざとではないのだから、こいつは只者じゃないのだ。
……ああ、ちなみに私がマイルについて詳しいのには理由がある。自慢ではないけど、私は先輩以外の男にまるで興味がない。だから知っているからには意味がある。私は登場人物のことを全員知っている、万能で記憶力のいい主人公ではない。
「……あ、そうだ。この後なんだけど、よ……」
それまで明解に話していたマイルの口調が、急にたどたどしくなる。
始まってしまったことは面倒だけど、説明する手間が省けたのはいいことだ。
「じ、時間空いてたら、飯でもどうだ?」
「……ふむ」
今日はご飯の誘いだったか。なるほど、こいつにしては手堅い手段。訓練後でもあるし、時間も丁度昼ごろだ。寧ろ断るほうが難しいといって過言ではない。
しかし、
「いや、遠慮しとくっす」
今は食欲がない。少し前だったらそんな感覚理解できなかったけど、最近ではよくある話だ。楽しくない食事ほど辛いものはない。だから、断る。
「お、おう、そうか! わかった、じゃあまた別の機会にでも、な!」
反応が目に見えてわかるのは便利でもあり不便でもある。こいつの場合はわかりやすすぎるのだ。関心がない私でも、察してしまうぐらいに。
何にでも鈍感で、いつだって聞いていなかったことにできる。そんな主人公になりたかった。
断られた時の痛みが、心の傷がわかるから、目を逸らすしかなくなるのだ。
私は今でも、誰より恋する乙女なのだから。
「訓練、感謝するっす。またいつかお願いするっすね」
傷の責任をとれるほど、こちら側の経験はない。私はいつだってあちら側だったのだから。きっと先輩だったら誠実に、時間をかけて一つ一つの傷を癒してくれるのだろう。でも私はそれほど繊細に他人のことを扱えない。
だから逃げるしかないのだ。
その傷が乾いて、勝手に傷跡になることを願って。
「……っと」
訓練場から出てすぐ何かとぶつかった。他のことを考えていたので、かなりふらついてしまう。何だろう結構な勢いでぶつかったぞ?
「ふんっ」
振り返ると、こちらを睨む黄色の瞳と眼があった。鳴らされた鼻は明らかに謝罪の意味ではない。彼女が駈け出した方向に、その感情の意味はある。
主人公には、ヒロインがいてなんぼか。
そりゃ私だって肩をぶつける。深く納得したので悪役は立ち去ることにした。
「……我ながら、嫌な役っすね」
マイルが私に話しかけてくるようになったのは、先輩がいなくなった丁度その時からだ。ユーリ先輩は「白銀の忘風」の影響だろうと言っていたけど、本心は知らない。元々声をかけようとしていたのか、記憶の穴埋めか。それはもう本人にもわからないことだ。
厄介じゃない、といえば嘘になる。私にはもう心に決めた人がいるのだ。例えこの先の人生で何があったとしても、人の想いに応えることはない。
なら、私も訓練なんかに誘わなければいい。
応えられない気持ちは見ないふりをして、近付かなければいいんだ。
それぐらい私にもわかっている。実らない気持ちを揺らされるほど辛いものはない。だから私のやることは最初から決まっている。それなのに。
「……そういうわけにも、いかないんっすよね」
マイルとの訓練ほど有意義なものはない。同期であったことは運命だといってもいい。あいつとの訓練を避けることは、目の前で眠っている敵をわざわざ起こすようなものだ。この例えはよくわからんけど。
つまり絶好のチャンス、運命の恵み。
私は私のために、マイルの好意を無下にするしかない。
「どーせ嫌な役になるんなら、」
心まで悪役になれればよかった。
そしたらこんなに傷つくことも、傷つけることもない。
私の心はきっと、中途半端に壊れているのだ。




