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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
44/66

6-3


「赤髪がやつの体に入ったことによって、魔法が解除されたのではないか?」 


 ………………。


「と、いうと?」


「……赤髪は相変わらず頭が弱いね」


 嘲りを隠さない口調でそう言ったユーリ先輩は、ぴんと立てた人差し指を回す。彼女は一連のやり取りを楽しんでいるようにも見えた。


「『白銀の忘風』の効果には例外がある、それは自分自身だ。自分が自分のことを忘れてしまっては意味がないからね」


 確かにそれはそうだ。


 とても理に適った機能だと思う。


「…………今のでわからないか?」


「え、今のでわかるもんなんっすか?」


 今のどこにヒントがあったと言うのだろう。思い返して何度も再生してみるけど、答えに行きつく気がしない。


「いや……、もういいよ」


 頭を抱えたユーリ先輩は大きなため息をついた。


 何だかとても嫌われてしまいそうだ。


「君はやつの体に入ることによって命を長らえた。つまり見た目こそ変わっているが、その体はやつの体だということだ。『白銀の忘風』の有効範囲が体であると仮定すれば、やつの体に入った赤髪はその効果から逃れたことになる」


 丁寧な説明のおかげで、私はようやく自分の身に起きた現象を理解することができた。


 つまりこの体は私の見た目をしていながらも、本質は先輩の体であるということだ。


「この説が正しければ、赤髪は一度記憶を失った後、それを取り戻しているはずだが?」


「その通り……、っす」


 しかし今はそのことよりも、ユーリ先輩に対しての驚きを隠せなかった。


 さすがは天才、ヴィオレッタの一族ということか。


「ふむ……、やはりか。そんな現象が起きたこと自体は面白いが、しかし問題ではあるな」


「問題、っすか?」


 私に説明をし終えたユーリ先輩は、再びモニターの方に向き直る。しかし彼女は特に作業をせず、何やら考え込んでいる様子だった。やがてもう一度椅子を回したユーリ先輩は、感情をなくしたような表情で口を開く。


「そもそも何故やつはあんな魔法を使ったのだと思う?」


「……私の手を止めるため、っすか?」


「赤髪が自死しようとしたなら、それもあるだろうね。だけどそれだけなら別の魔法でも済んだはずだ。しかしやつはわざわざ『白銀の忘風』を唱えた。それもアークエディン全域にね」


 言葉を長く続けているユーリ先輩だけど、やはりその表情に変化はない。


「それは、何故だと思う?」


 先輩が魔法を唱えた、国中から自分の記憶を失わせた、理由。


「……」


 しばらく考えた後、私は黙って首を横に振る。


 馬鹿な私には、大切な人を自分のために死なせてしまった愚かな私には、そんなことわかるはずもなかった。


「赤髪に何も、背負わせないためだよ」


 ユーリ先輩は射抜くような視線を私へと向ける。


 感情のなかった表情に、僅かな悲しみと苛立ちがよぎった。


「やつは体を渡した後、赤髪がとる行動を予想していた。だからそうならないよう、用意周到にも国中から記憶を消したのさ。赤髪が何も知らないまま、のうのうと生きていけるようにね。つまりやつにとって、赤髪が記憶を取り戻すのは予定外だったということさ」


 朗々と紡がれたユーリ先輩の言葉で、全ての謎が解決する。


 先輩は私と何でもない会話をしながらも、そんなことを考えていたのか。


 その時の彼の感情を、彼がその結論に至った経緯を、私なんかが計り知ることはできない。


「さて、赤髪。ここまで話したところで君に聞きたいことがある」


 呆然としている私にそう言ったユーリ先輩は、一度言葉を切る。


「それでも君は、このイヤリングを必要とするか?」


 そして話は、ふりだしに戻った。


 訪れた静寂に、軽い金属の音だけが響き渡る。


「…………」


 長い沈黙の後、ユーリ先輩はイヤリングを放ってきた。俯いたままそれを受け取った私は、必要以上の力で冷たい石を握りしめる。


 ここで魔導武具を起動し、それを一度振りぬきさえすれば、私は押し付けられた生から逃げ出すことができるだろう。


 それはとても安易で、簡単な結論だ。


「………………そん、なの」


 先輩が私の死を望んでいないことぐらい、知っていた。


 それでも尚、私は死を選ぼうとしていたのだ。


「そんなの、」


 そのはず、だった。


 そのはず、だったのに。


「ずるい、っすよ……!」


 私は握っていたイヤリングを、目前にした最も楽な選択肢を、床に落とす。


 そんな話を聞いてそれでも死を選べるほど、私は先輩のことを嫌いになれなかった。


「僕もそう思うよ」


 私の選択肢を奪う手伝いをしたユーリ先輩は、悪びれる様子もなくそう言った。


 止められなかった涙が赤い石に弾けると同時に、私の心の中に激しい感情が湧いてくる。


「でも、じゃあ……、それ、なら!」


 それは怒り。


 燃えるように弾ける怒りと、もう一つ。


「私にこれから、どう生きろって言うんっすか!」


 どこまでも底が見えない穴へ突き落とされたような、絶望感だった。


 先輩にとって私の記憶が戻ることは、確かに不測の事態だったのかもしれない。


 でも、それでも結果として、私の記憶は今ここにあるのだ。


 それなのにまだ、無責任に「生きろ」と言うのか。


「私は……、私は、何のために、」


 生きる理由を失ったと張り裂けそうなほど思い知ったのに、それでも、まだ、


「生きていけば、いいんっすか……!」


 生きる希望を、見出せと言うのか。


「知らないよ、そんなのは君自身が決めることだ」


 喚き散らす私をおいて、ユーリ先輩はモニターの方へと向き直る。


 確かに彼女の言うとおりだった。


 自分の生き方なんて、自分で決めるもの。


 他人に決めてもらうような、決められていいようなものじゃない。


 それぐらい、私にだってわかっている。


「…………くっ、っ、」


 でも、前を向けない。


「っふ……、っくぅ」


 結局私は死ぬことさえも選べないまま、ただ泣くことしかできなかった。


 枯れ果てたはずの涙は延々と流れ続け、私はぐちゃぐちゃになる。

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