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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
43/66

6-2


 死のう。


 一しきり泣き。


 叫び。


 喚き散らして。


 出した結論はそれだった。


 確かに死ぬ運命から逃れることはできたのかもしれない。


 しかし生きる理由を失って得た生を、笑って過ごせる自信が私にはなかった。


「……魔導、武具」


 先輩は私に生きてほしかった、そんなことはわかっている。


 でも私が死んだように生きることを、優しい彼は望まないだろう。


「どこに、やったっけ?」


 震えながら耳元に伸ばした手は、しかし空気を掴む。魔導武具のイヤリングがついていないことに気づいたのは、それからしばらく経ってのことだった。きっと体が砕け散った時に落としてしまったのだろう。


また涙ぐみそうになる感情を必死に抑えながら、私はふらふらと立ち上がる。今の私には自分で死ぬための生気さえなかった。あまりにも自分が情けなくなった私は、引きつったような笑みを零す。鏡に映った顔は、ひどく不細工だ。


「…………ティア?」


 ふらつきながら廊下に出た私を待っていたのは、黒猫のティアだった。先ほど部屋から出て行ったはずの彼はしかし、ずっとそこにいたかのように悠然と座っている。その口元で光った何かに、私は涙で霞む目を凝らした。


「あれ、それ……、」


 ティアが咥えている二つの赤。電灯を反射して艶めかしく輝いているそれは、


 私が死ぬために探していた、お母さんの魔導武具だった。


 んなぁ。


「……えっ!?」


 私がそのことに気づいた瞬間、ティアは扉へ向かって一目散に駆けだした。器用にドアノブを掴んだ彼は、難なく廊下へと脱出する。


「ちょ、え、待つっす!」


 ようやく目の前で起こった一部始終を理解した私は、ティアの後を追って扉の方へ向かった。


別に魔導武具で死ぬことに拘っているわけではない。


しかし何故かその時の私は、迷わずそうすることを選んだのだ。


「一体、どこに……」


 私が部屋を出た頃にはもう、廊下にティアの姿はなかった。その代わり、隣の部屋の扉が僅かに開いていることに気づく。


「……」


そこが誰の住んでいる、住んでいた部屋だったかを思い出した私の足は一瞬だけ止まったが、他に可能性のある場所は思いつかない。涙と弱音を飲み干した私は一歩、また一歩と錆びたように重い足を進めていった。


冬の寒さにあてられた廊下は、裸足の私を遠慮なく嘲笑う。


しかし私は、足を止めない。


永遠のような十歩を歩ききった私は、人工的な光のもれる扉を掴む。


そして、自分の持てる精一杯の力でそれを開いた。


「…………何だい、猫の次は赤髪か。今日は騒がしい客が多いねぇ」


 部屋の主はさも迷惑そうに首を傾げる。会ったのはかなり久しぶりのような気もするけど、今はそんなこと気にしている場合じゃない。


「ティアの持ってるイヤリング、返してほしいっす」


今用があるのは彼女ではなく、彼女の隣で大きな欠伸を零している黒猫なのだ。


「……イヤリング? ああ、魔導武具のことか」


 複数のモニターの前に座る小柄な女性、ユーリ先輩は、ティアの足元に落ちているイヤリングを手に取る。しかしそれを私に投げ渡す直前、彼女は訝しげな表情を浮かべた。


「………………待てよ。赤髪、今何て言った?」


「え、いや、だからそのイヤリングを、」


「そうじゃない」


 ユーリ先輩は驚いたような、不思議そうな目で私のことを見つめる。


「君は今、黒猫のことをティアと呼んだか?」


 そして意図の全くわからない質問をぶつけてきた。


「呼んだ、っすけど」


 名前が違うとか、そういうことだろうか。確かに少し前までは忘れていたけれど、戻った記憶が本物ならば先輩は黒猫のことをそう呼んでいたはずだ。私の記憶違いということもあるけれど、どちらにせよ重要な問題ではないように思える。


「……しかし、そんなことは。いや待てよ、もしかしたら……」


 何かぶつぶつと呟き始めたユーリ先輩は、イヤリングを机に投げ出して何やらモニターを操作し始める。


彼女は今まで見たことがないほど無邪気に、


そして明るく、


「なるほど、そうなったか」


 笑っていた。


「……ユーリ、先輩?」


 天才の考えていることはよくわからない。


声をかけた私に、ユーリ先輩はくるっと椅子を回して視線を合わせた。……私はどうもこの人のことを好きになれない。


「僕の幼馴染が君に体を渡す直前に唱えた魔法、それは『白銀の忘風』というものだ」


「…………ほ?」


 先輩が唱えた……、魔法?


 突然始まった説明会についていけない私を無視して、ユーリ先輩は話を続ける。覚えが全くないというわけではなかったが、ほとんど結晶化していた時のことなので記憶は曖昧だ。


「効果は単純、風に当てられた者の中にある「使用者に関する記憶」を全て消し去るというものだ」


 しかしユーリ先輩の話は、やがて私の体験に近いものへと変わっていく。


 使用者に関する記憶を、全て消し去る。


「……ユーリ先輩!」


「まあ落ち着け。話はこれからだ」


 思わず叫んでしまった私を、ユーリ先輩は片手で静止する。ほとんど跳びかかるような姿勢をとっていた私は、止められたことでその場に膝をついてしまった。溢れ出そうになる感情と言葉を、私は再び胃の奥底へと抑え込む。


「やつはその魔法をアークエディン全域に行き渡るようにした。自分がこの世から去った後発生するだろう「後腐れ」をなくすために」


 後腐れ。


その言葉には多少引っかかったが、私には他にもっと気になることがあった。


「全域にって、でも、私もユーリ先輩も……」


 それは先輩の魔法の効果と、現状の間にある、矛盾。


 本当に先輩の記憶を失っているなら、この会話さえ最初から成立しなかったはずだ。


「ああ、僕は関係ないよ。記憶は失ったが、記録が残っているからね」


 先輩に関する記憶を全て記録化していたということだろうか。ユーリ先輩は背後にそびえ立つモニターの群れを指して見せた。その答えによって矛盾は半分解消されたものの、もう半分は未だに謎のまま私の頭の中を回り続けている。


ユーリ先輩とは違って、私は先輩の記憶を記録してなどいない。


 私は先輩の記憶を一度失い、そして再び思い出している。


 その現象に、天才はどんな結論を出すのか。


「『白銀の忘風』はやつの固有魔法だ。使用例も少なければ、その特質上記録にもしづらい。だからこれはあくまでも仮説だが、」


 そう前置きして、ユーリ先輩は一度息を吸い込む。


 そして勢いよく、言い放った。

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