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ノースヘヴンに向かう車中、僕たちの間に会話はなかった。アイラは毛布を被ったまま表情さえ見せないし、運転してくれているグラスさんも口を開かない。走り書きの手帳を眺めていた僕も敢えて言葉を発そうという気にはなれず、魔動車の駆動音のみが僕たちの鼓膜を震わせていた。
「もう少しでノースヘヴンに入ります」
「わかりました」
ヒナタをノースヘヴンに送り届けた後、グラスさんはしばらくユーリの元にいたらしい。内縁騎士団の装備やエストシオの設備のことでユーリが引き留めたようだが、今思えばヒナタが『魔女病』であることを察していたのかもしれない。わざわざグラスさんの私物である魔動車を改造しておき、僕たちを迎えに来させたことからもそれは確実性を増してくる。
ノースヘヴンに入ってから僕たちが住んでいる寮まではそう遠くない。長く息を吐き出した僕は隣に座るアイラの方へ視線を向け、彼女の頭に手を置いた。
「少し話があるんだ」
アイラは返事を返さなかった。しかしそれは予想通りのことだ、気にせずに再び口を開く。
「この前、出会った時の話をしたよね」
それに、もう彼女の想いは聞いている。
寧ろあの時返事を返さなかったのは、想いを告げなかったのは僕の方だ。
「僕は最初、アイラとペアになるつもりはなかったんだ。だからあれは本当に偶然だった」
こんなことを言ったらアイラは傷つくだろうか。しかしこんな時まで僕は嘘をつきたくない。一度沈黙を破ったなら、もう怯んでいても仕方ないだろう。
「でも僕はあの時の偶然がアイラで良かったと、心の底から思っている。最初はぶつかることも多かったけど、君とのペアを解消しようと思ったことなんて一度もなかった」
アイラは僕に持っていないものをたくさん持っていた。それは僕たちが違う人間である以上、当たり前のことなのかもしれない。でも僕は彼女からたくさんのことを学び、今日に至るまで成長し続けられた。
もしあの時の僕が他の人を選んでいたら、ここに「僕」はいなかっただろう。
「だから、ありがとうアイラ。僕の傍にいてくれて」
黙って聞いていたアイラが、ゆっくりと顔を出した。
涙で濡れたその表情からは、彼女の本心を読み取ることができない。
「君と一緒にいれて、僕は本当に幸せだった」
嬉しそうな、悲しそうな、恥ずかしそうな、辛そうな。
「な……、んで」
幾つもの感情の間で逡巡していた彼女は、やがてその内の一つを瞳に宿す。
「何でそれを、今……。何でそれを今、私に伝えたんですか?」
それは確かな、悲しみ。
拭いきれない疑念と困惑の色だ。
「……ごめんね、アイラ」
小さく呟いた僕は、彼女の眼前に手を伸ばす。
「『睡魔の誘牙』」
そして二本の指を、高らかに打ち鳴らした。
「クロ、ア、君?」
僕に詰め寄ろうとしていたアイラの体が、大きく傾ぐ。
「どうし、て……?」
伸ばした白い指は僕に触れることのないまま、魔動車の座席に倒れ伏した。頭をぶつける直前でその体を支えた僕は、元々彼女が座っていた席に彼女を預ける。
ごめん……、アイラ。
心の中でもう一度謝った僕は、彼女から逃げるように窓の外へ視線を移した。先ほどまで緑が多かった景色はその中に段々と建造物を描き、見慣れたものへと変わりつつある。かなり遠くにではあるが時計塔も目に映った。その瞬間、目の前を今までの記憶が横切っていく。
一人だった僕はいつの間にか二人に慣れ、そして三人でいることが自然になっていた。
しかしきっとそれは当然ではなく、奇跡のような可能性がもたらした不安定な幸福だったのだろう。
そのことに気づくのは手遅れになった後で、何でもなかった日常は今更輝いているように見えてきて、もがいて足掻いて伸ばした手は当たり前のように虚空を掻いて。
魔法も、科学も、僕も。
結局無力なのだと、思い知らされるだけだった。




