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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
33/66

5-2


 『魔女病』。


 その名の由来は、初代「六色の魔女」全員がこの病で命を落としたことによる。


 アークエディン騎士王国とほぼ同じ分だけ歴史を持つ『魔女病』であるが、原因や感染ルート等何一つとして解明されていない。


 わかっているのはその症状と、数年に一度の割合で誰かがかかり、なす術もないまま命を落とすということだけ。


 病気というより、一種「呪い」に近いものでもあった。


 初期症状としてはまさに数日前のヒナタが表した通り、突然の魔力欠乏と風邪のような発熱。しかしこの二つは日常的に起こり得るものだ、初期症状の時点で『魔女病』と断定されることはまずない。本当に『魔女病』であるかを判断されるのは、数日後にある症状が現れてからだ。


 数日後に現れる、ある症状。


 それは魔力と身体の「結晶化」。


 魔力が詰まってしまう病、体が石になってしまう呪い、近しい症状を示すものは幾つかあるが、全身が黒い結晶に覆われる「結晶化」は『魔女病』にしか現れない症状だ。だから体のどこかに「結晶化」が見られた時点でその患者は『魔女病』だと認定され、他者との接触を禁止される。


 隔離の理由は感染ルートが判明していないことも関係しているが、本当の理由は『魔女病』が持つもう一つの特徴にあった。


「結晶化」が進みそれが全身に及んだ時、一つの宝石になった体は跡形もなく砕け散る。それが『魔女病』患者が迎える最期であるが、この時『魔女病』は望んでもいない「恩恵」を患者に押し付ける。その「恩恵」が『魔女病』患者を隔離しなければならない本当の理由であり、『魔女病』を「呪い」とさえ呼ばせる、あまりにも不可解な特徴なのだ。


 身体が完全に「結晶化」し砕け散る直前、『魔女病』は患者の肉体と精神を乖離する。そして肉体から分離された精神はその時半径十メートル以内にいる一番近い「生きた人間の体」に押し込められ、強制的にその体を乗っ取ってしまうのだ。だから『魔女病』と認定された患者は「魔女の祭壇」と呼ばれる別室へと隔離され、その体が砕け散るまで一人で最期の時を待つことになる。


 身体を殺しながらも、精神は生かそうとする。


 『魔女病』とはそんな、大きな矛盾を孕んだ病なのだ。


『――赤髪の場合は進行が遅くてね。一応寮で待機ということにはなっているが、キミが帰ってくるころにはもうわからないよ』


「…………そうか」


 グラスさんが届けてくれた反重力装置に耳を当てたまま、曇天の空にため息を吐き出す。深い白に染まった呼気はしかし、最初からそこになかったかのように消え去った。


 数日前のヒナタの様子。


 アークエディンに住んでいる者で『魔女病』の可能性に思い当たらない者はいない。もちろん僕も気づいてはいたし、留学中隙を見つけては関連する資料を探してはいた。


 しかし、推測と事実は全く異なるものだ。


 実際に目の前に突き付けられると、それは突然重みと痛みを孕む。


「ヒナタの様子は?」


『足はほとんど「結晶化」してしまったが、赤髪自体は元気そうにしているよ。退屈だと毎日喚いているぐらいだ』


 まだ元気だというその報告も「『魔女病』にしては」という枕詞が省略されている以上、手放しに喜べるものではない。表面上は冗談めいているが、声にいつもの軽薄さがなかった。


『黒髪には報告したかい?』


「うん……、さっきね」


 ショックを受けることは分かっていたが、だからといって隠しておくわけにもいかない。ユーリから通信が入る前、騒ぎを聞きつけて目を覚ましたアイラにも説明はしておいた。話さなければならないことはまだたくさんあるが、泣き崩れてしまった彼女に切り出せるほど僕は強くない。


『それで、キミはどうする?』


「……どうする、か」


 正直、今後のことを考えられるような精神状態ではなかった。


 しかしアイラが取り乱している今、僕が決断する以外の選択肢はない。


 留学の日程、アイラの状態、グラスさんの回復……。


 様々な事象を脳内へぶちまけた僕は、それらを乱雑にまとめ、口を開いた。


「もう一日、こっちに残るよ。もしかしたらまだ資料があるかもしれないから」


 交換留学は全ての学園が協同して行う一大行事だ。一人の欠席ならまだしも、全員が途中で離脱するとなると複雑な手続きをこなさなければならない。そんなことに時間を費やすぐらいなら、図書館で資料を探した方が幾分か建設的だ。


『いいのかい? そんなもの、役に立つとは思えないけど』


 さっきも説明した通り、『魔女病』は長い歴史を持つ不治の病だ。一学園の図書館にその治療法があるとは考えづらい。ユーリに言われなくともそんなことはわかっているし、悪あがきの域を脱しないことも承知済みだ。


 でも、


「うん。今の僕が帰っても、何の役にも立たないから」


 諦めるわけには、いかなかった。


 例え少しでも、僅かでもヒナタが助かる可能性があるなら、僕はそれに縋りたい。


『……わかった。赤髪にもそう伝えておくよ』


 呟くようにそう言ったユーリは、静かに通信を切った。


 後には空虚な機械音だけが続く。


 宿の出入り口、階段になっている場所に腰かけていた僕は、前髪を掻き上げながらゆっくりと立ち上がった。


 これからやらなければならないことが、考えなければならないことがたくさんある。


 だけど、とりあえず、今は。


「……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 激情を乗せた咆哮は、早朝のシュダリアを駆け抜けていく。


 やはり僕は、この世界が嫌いだ。

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