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「――殿! クロア殿はいらっしゃいますか!」
聞き覚えのある叫びで僕が目を覚ましたのは交換留学の九日目、ようやく日が昇り始めたころだった。開ききらない瞼と結露した窓を乱暴に拭った僕の目に、想定外で予想通りの緑髪が映る。立てつけの良くない窓を開けた僕は大きく息を吸い込み、彼女に向かって手を振った。
「グラスさん! 何かあったんですか!」
僕の声に気づいた様子のグラスさんだったが、その次に続く言葉はなかなか出てこなかった。他の客を気にしているのであればそれは常識的な判断だが、大声で僕を呼んだ時点でその線はないだろう。
だとすると、何か言い淀むような内容を、僕に伝えに来たのか。
「待っててください! すぐ向かいます!」
そもそもエストシオ所属のグラスさんがシュダリアにいる時点でおかしい。
妙な焦燥感に駆られた僕は、窓を開け放したまま部屋を出た。早朝ということもあって電灯すら点いていない宿屋の廊下は、刺すような冷たさと言い知れぬ不気味さを漂わせている。その雰囲気に耐えかねた僕は段々歩調を早め、最後にはほとんど走るようにして宿屋の外に出た。
「クロア殿……。朝早く、申し訳ありません」
白い息を吐いた僕を見て、グラスさんが深々と頭を下げる。その声にいつもの迫力はなく、どこか弱々しい印象を覚えた。
「いえ、それはいいんですけど……。どうかしましたか?」
先ほども言ったがグラスさんはエストシオの所属だ。それがシュダリアに来ているということは、何かしら良くないことが起こったということだろう。
「昨日、判明したことですが……」
こんな早朝に僕を訪ねてきたこと、そしてエストシオで彼女に頼んだこと。
その関連性に気づき、そして少し前の出来事を思い出した僕は、また嫌な予感に苛まれた。
「ヒナタ、殿は、」
外れてしまえばいい。
そんな心からの願いはしかし、
「『魔女病』、なのだそうで、あります……」
いとも簡単に、打ち砕かれてしまうのであった。




