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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
30/66

4-5


 昼は比較的温暖なシュダリアだが、その分夜の寒さは身に染みる。暖炉に灯った猛々しい炎は、疲れた体を柔らかい温かさで包み込んだ。


「今日はお疲れ様。大丈夫?」


「はい……、かなり楽になりました」


 マグカップを受け取ったアイラが微笑んだ。近頃彼女が魔力欠乏に陥る姿をよく見るが、その痛々しい様子には毎回心が痛む。できるだけそうならないよう心がけているつもりだが、これからはもっと気を付けなければならない。


「クロア君こそ、大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ。大掛かりなことはしなかったから」


 アイラが座っているベッドの横、自分のベッドに腰掛けて一息つく。初日から部屋を変更していなかったので今日辺り手続きをしようと思っていたのだが、それはもう少し後の話になりそうだ。


「でも驚きました。本当に作戦通りでしたね」


 僕の作戦、そう聞くと一か月前のことを思い返してしまう。指示を出すことが嫌いだったくせに、僕も随分と偉くなったものだ。純粋なアイラの視線に耐えかねた僕は、苦笑いで目を逸らす。


 豪快で勇猛なアルグレオさんが攻撃の手を止めた。それが何か巨大な攻撃を仕掛けてくる合図であることは、彼と知り合って間もない僕にでもわかる。


 水龍にあわせて攻撃を仕掛けてこなかった時点で、メロフェロさんの目論みも予想できた。僕が『雷鳴瞬動』を使えることは一撃目でばれている。ならば下手に攻撃を仕掛けず、分身でおびき寄せた僕を確実に攻撃すればいい。同時に一つのものしか造形できない黄岩魔法の性質を知っていれば、その考えを読み取ることはそう難しくない。


 二人がどんな行動を取るか、それがわかっているなら後は簡単だ。


 まずアルグレオさんの一撃は「触れたものを全て凍らせる」氷属性最高位魔法『絶対零度』を使って防げばいい。あの大きさには驚いたが、水でありさえすれば関係ないことだ。


 次にメロフェロさんだが、敢えて彼女の作戦に引っかかってみることにした。何故ならどちらが分身体であるか、最後まで判断できなかったからだ。可能性が高いアルグレオさんの背後に僕の分身を向かわせ、本命であるメロフェロさんの背後に僕自身が行く。


 あとは隙だらけの背後に『雷光一閃』を打ってしまえば、それで終わりだ。


「……偶然だよ。何となくそうかなって、思っただけ」


 自信満々に予想したはいいが、予想はあくまで予想だ。彼らと知り合って間もない以上、過信しない方がいい。現にアルグレオさんが炎魔法でも繰り出したものなら、僕の作戦なんて一瞬で灰燼と化していただろう。今回の勝利は偶然が生み出した産物であるに違いなかった。


「それでもすごいです。私一人だったら絶対に勝てませんでした」


「それは僕もだよ。アイラがいてくれてよかった」


 実際一人で戦ってあの二人に勝てるかと聞かれたら答えはノーだ。白銀と黒雷が使えるならまだしも、「表向きの」僕では勝てなかっただろう。


 今回の作戦は二人だったからこそできたもの、今回の勝利はアイラがいてくれたからこそ得られたものだ。


「ん? どうしたの、アイラ?」


 何か気に障ったのだろうか、俯いたアイラは睨むような視線をこちらに向けてきた。膨らんだ頬は赤く上気しているようにも見える。


「……クロア君は、少しずるいです」


「ずるい?」


「いいえ、なんでもありません!」


 確かに決闘ではだまし討ちのような作戦をとってしまったが、それがずるいということだろうか。理由は一向にわからないが、さらに怒らせてしまったようである。戦闘や魔法については師匠から厳しく教わってきたが、こういう時にどうすればいいか僕には全く知識がない。


「どうせ期待しすぎな私が悪いんです……。いつもそうだもん……」


 しとしとと降り始めた雨の音でよく聞こえなかったが、アイラの怒りは悲嘆に変わってしまったらしい。口を尖らせたその様子はいじけた子供の姿を連想させる。ヒナタの不機嫌ほどではないが、こうなってしまったアイラも案外長い。


 ……話を変えた方が、良さそうだな。


「……そう、いえば――」


 さわらぬ神には何とやらとよく言ったものだが、無意識のまま逆鱗に触れてしまうのが一番怖い。コーヒーを飲んで心を落ち着かせた僕は、本当に当たり障りのない話を始めた。


 最初は聞いているのかいないのか、立てた膝に顔を埋めて黙っていたアイラだったが、時間が経つにつれ言葉を返すようになってきた。お互いのカップが空になるころには笑顔も零れ、強くなる雨と反比例するように元気を取り戻していく。こういう時は大抵の場合上手くいかないのだが、今回は地雷を避けることができたようだ。


「――なんだか、懐かしいですね」


 マグカップを片づけるために立ち上がった僕を見て、アイラがそう呟いた。特に思い当たる節のなかった僕は小さく首を傾げる。窓の外へと向けられたエメラルドグリーンの瞳には、穏やかに泣き続ける漆黒の夜空が映っていた。


「こうして二人で話していると、何年か前を思い出します」


「ああ……、そういうこと」


 納得した僕は再びベッドに腰掛ける。時代を感じる木製の枠組みは悲鳴のような音をたてながらも、しっかりと僕の体重を支えた。


「確かに、懐かしいね」


 ヒナタが僕たちと同学年になる前、つまり僕たちが初等部にいたころ、僕とアイラはいつも二人でいた。


 いつもと言ったら語弊はあるかもしれない。あのころはまだ師匠と暮らしていたし、幼馴染で家が近かったユーリと過ごす時間も短くはなかった。だけどそれらを遥かに凌駕する時間、僕はアイラと二人で過ごしていたのだ。


「クロア君は私たちが出会った時のこと、「あの時」のこと、覚えていますか?」


 微笑んだアイラは恥ずかしそうに頬をかいた。なんだか居心地の悪くなった僕も、窓の方へと視線を移す。


 変わらない過去を、変わってしまった後に振り返るのは、存外に恥ずかしいものだ。


「……うん、覚えてるよ」


 残念ながら記憶力には多少自信がある。どうやらそれはアイラも同じなようで、気まずさを孕んだ沈黙が二人の間を横切った。それを嫌ってどちらともなく口を開いた僕たちは、「あの時」の話を始める。

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