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「先手必勝! 行け、メロ!」
開始の合図と共にアルグレオさんの咆哮が響いた。その声に黙って頷いたメロフェロさんは、笑いながら彼の前方へと躍り出る。
そして彼女は、何故か地面に向かって両手を突きだした。
あの動き、は?
「黄金の岩石よ、我に操傀の腕甲を」
メロフェロさんの体に、黄金の紋様が走る。
「『黄岩の操甲」
それは彼女が「最強の力」を持っている、証だった。
「……上に逃げるんだ!」
「上ですか!?」
驚きが勝ってしまったことによって、判断が遅れてしまう。僕とアイラが身構えた時には、既に周りの地面が隆起を始めていた。
「はさん……、じゃえ!」
メロフェロさんの指示と共に、僕たちを押しつぶそうと一組の岩壁がせり上がる。
これは……、まずい。
上に逃げろとは言ったものの、反重力装置がない以上そう高くは逃げられない。僕一人だけなら「雷鳴瞬動」でどうにでもなるが、アイラをおいて行くことなんてできるはずもなかった。
かと言って走って逃げるにはもう時間がないし……、仕方ない。
本当はあまり得意じゃない、けど、
「大地を蝕む豪風よ、今我が手に宿りて立ちはだかる者を薙ぎ倒せ」
せめて時間稼ぎに、なってくれ!
「四重詠唱・『風龍双牙』!」
大きく伸ばした両腕から、竜の頭を模った二つの竜巻が現れる。凄まじい勢いで迫り来る岩壁にぶつかったそれらは、破壊することは敵わずともかなり速度を落としてくれた。これでアイラが逃げる分の時間は稼げる。
「後ろに逃げて、アイラ!」
「は、はい!」
戸惑っていたアイラだったが、簡単な身体強化を施して岩壁の範囲外へと抜け出した。それを確認した僕は過労死寸前の竜巻を収める。瞬間勢いを取り戻した土壁は、圧倒的な質量差で僕を呑みこみにかかった。
しかしその食欲が、満たされることはない。
「『雷鳴瞬動』」
呟くと同時に僕の視界は切り替わる。少し遠くで口を閉じた岩壁は、標的を失ったことに気づいてもいない様子だ。それは決して目の前の広い背中も例外ではないだろう。
悪いけど……、一瞬で決めさせてもらいます。
「『雷電閃』!」
雷を纏わせた右手を、アルグレオさんの背中に伸ばす。
それが触れた瞬間、バリアの破壊とともに魔法が打ち消される、
はずだった。
「…………え?」
しかし鋭利に輝いた閃光は、逞しい肉体を悉く貫く。
バリアが、起動していない?
もしかして僕は、
今、
人を、
「はっはっはっ! 引っかかったのぉ留学生!」
思考が停止しそうになった僕の背後から、豪快な笑い声が鳴り響く。それは今目の前にいる人の声で、しかし彼は僕の手に貫かれていて、しかし、それは、つまり、
……なるほど、まんまと罠にかかったわけか。
一瞬の安堵は、絶望的な窮地へと切り替わる。
「水流よ、我が槍となれぇ!」
腕を引き抜きながら振り返った僕は、ここでようやく本物の彼と相対する。
その周りに浮かぶ夥しい水の槍には、思わず笑いがもれてしまった。
「『水神の怒り』ぃぃぃぃ!」
アルグレオさんの叫びを合図に、槍は一斉にこちらへと向かってくる。
『雷鳴瞬動』で避けることはできそうだが、あれは体を雷に変える魔法だ。しばらく間を空けて使わなければ体に影響が出てしまう。かと言って身体強化を使う余裕もない、僕はこの圧倒的な質量を生身で受けきらなければならなかった。そうなってしまうと僕が得意としている雷魔法は何の意味もなさなくなる。
……今日は風魔法の出番が多いな。
心の中でため息をつきながら、僕はその場に屈みこんだ。
「三重詠唱・『風帝の領域』」
地面につけた右手を中心に三つの魔方陣が現れる。そこから生まれた緑の風たちは周囲を囲む壁となり、水の槍を片端から吹き散らしていった。しかしそれらは命を散らす直前に風の勢いを殺していく。水と風の鍔迫り合いは、いつの間にか根競べの体を成していた。
魔力か集中力を切らした方が負けてしまう、言うなれば気合のぶつかり合い。
アルグレオさんが相手ではかなり僕の分が悪いが、
「『一斉掃射』!」
彼女の準備も、整ってきたころだろう。
「アル、下がって!」
アルグレオさんが後方へ飛び退き、彼と僕の間に巨大な岩壁が立ち上がった。それにぶつかった複数の氷塊は幾度か回転をした後、虚しい音と共に地面へと落下する。『風帝の領域』を解除した僕は開始位置まで後退し、土煙が収まるのを待った。
「無事ですか、クロア君!」
「援護してくれなかったら危なかったよ。ありがとね」
駆け寄って来た救世主に感謝の言葉を述べる。僕の顔を見て安堵の息をもらした彼女だったが、それはすぐに鋭い眼つきへと切り替わった。きっと目に見えない複数の銃口は土煙の向こうへ向けられたままなのだろう。
「一体何があったんですか? クロア君が会長さんを貫いたように見えましたが……」
「分身を作る魔法だよ。ほら、属性魔法の初期段階で習ったやつ」
最初に僕が貫いたアルグレオさん。
あれは魔法によって生み出された、彼の分身体だ。
そんな魔法があること自体は学園でも習っていた。しかしあまり使う機会がなく、すっかり忘れてしまっていたのだ。きっとメロフェロさんが攻撃を仕掛けている間にすり替わっていたのだろう。彼の背後に水たまりがあったことに、僕はもっと警戒するべきだったのだ。
「なるほど……。クロア君が人殺しにならなくて良かったです」
「……ほんとにね」
アイラなりの冗談だったのかもしれないが、実際に体験した身としてはあまり笑えたものじゃない。水なので手ごたえが少なかったからいいものの、トラウマになるぞあんなもの。今後同じことをしないよう、アルグレオさんには後できつく言っておかなければならない。
「それよりアイラ、「黄岩の魔女」については知ってるよね」
「はい、教科書で読んだことがあります」
「黄岩の魔女」。
「六色の魔女」の中でも少し変わった特徴を持つ彼女たちの魔法は「最強の力」と称されていた。その理由は唯一の黄岩魔法にして圧倒的な威力を誇る『黄岩の操甲』にある。
『黄岩の操甲』自体は両腕に黄岩の手甲を纏わせるという単純な魔法なのだが、それは単なる防具ではない。手甲を通して地面に魔力を流し込むことによって、それらを自在に操ることができるという代物だ。
無尽蔵にある「地の利」を使い、圧倒的な力で敵をねじ伏せる。
まさに「最強の力」の名を冠するに、ふさわしい魔法だと言えるだろう。
……まあ、まさかメロフェロさんがそんなものを使ってくるとは思ってもいなかったが。
人を見た目で判断するなとは、よく言ったものである。
「さすがだね。じゃあこれからなんだけど――」
二人が仕掛けてこないのをいいことに、これからの作戦を話し合う。一発で終わらせることができなかったのは痛手だが、おかげで二人の手の内を知ることができた。そう考えれば悪くない前半戦だったと言える。
「――って、ところかな」
かなりややこしいことを話したつもりだが、アイラは躊躇うことなく頷いた。しかしその表情には不安の色が残っている。
「……わかりました。けど、そんなに上手くいくでしょうか?」
「まあ作戦は作戦だよ。駄目だった時は臨機応変にいこう」
我ながら無責任だと思うがアイラは納得してくれたようだ。もう一度頷いた後、早速準備を始めてくれる。それを確認した僕は小さく息を吐き、ようやく収まりつつある土煙の方へと目を向けた。
さて……、あとはあの二人がどう動いてくるか。
かなり長い時間が経過しているので、綿密な作戦会議が行われたか幾重にも罠が張られているかのどちらかだが、あの二人のことだ。そんな定石を打ってくるとは到底思えない。あまりに予定外のことをされると作戦が意味を成さなくなるが、果たしてどう来るか。
「はっはっは! 待たせたのぉ、留学生!」
快活な笑い声と共に、土煙が晴れる。
その中にいたのは腕を組んだアルグレオさん、不敵な笑みのメロフェロさんと、
「これがわしの、」
水でできた、巨大な龍。
「全力じゃぁぁぁぁぁぁ!」
大きく口を開いたそれは、轟音を上げながらこちらへと向かってくる。
「…………これは完全に、予想外」
あまりにも壮大な光景に圧巻されてしまったが、このままではバリアが破壊されるどころの騒ぎじゃない。急造の防御魔法では到底役に立ちそうもないし、今すぐにでも回避の手段を模索しなければならなかった。
しかし、僕たちはその場から動かない。
何故なら、
「でも、予定の範囲内」
僕たちはもう既に、策を打っているからだ。
「頼んだよ、アイラ!」
「おまかせください!」
頼んでいた魔法の詠唱が終わったようだ。突き出されたアイラの右手に、精巧かつ複雑な魔方陣が現れる。
「『絶対……零度』!」
そしてその中心から、小さく白い氷の花が放たれた。
それは迫り来る絶大な脅威を迎え撃つには、あまりにも儚く弱々しい。
しかし僕たちは先ほど学んだ。
物事は見た目じゃ、決まらないんだと。
氷の花が、水龍に触れる。
その瞬間、破壊の進行は止まった。
凍りついた水龍は、ただのオブジェと化す。
「クロア君……、あとは!」
大役を務めたアイラがその場に膝をつく。魔力欠乏を心配する気持ちも芽生えたが、ここで引き下がっては彼女が身を削った意味がなくなる。いつかの光景と重なるその姿から目を逸らし、僕は氷の向こうを睨んだ。
そして、呟く。
「『雷鳴瞬動』」
切り替わった視界、その目の前には立ち尽くす一つの背中があった。
大きく腕を振りかぶった僕は、眼前の敵めがけてそれを伸ばす。
「ひっかかった、ね」
しかし止めの一撃は再び体を貫き、形が乱れた水はその場に崩れ落ちた。
「握り、つぶしちゃえ!」
無様に空ぶった僕を、足元から立ち上がった巨大な拳が握りつぶす。
それと同時に、終了のベルが会場に響き渡る、
「わけには、いかないんですよ」
銃の形を作った右手を目の前の背中、メロフェロさんの背中に突きつける。首だけでこちらを振り返った彼女は、伸びた前髪の後ろで驚愕の表情を浮かべていた。
「なんで、だって、あなたは、メロが……」
恐る恐る開かれた岩の拳、その中に敗北した僕の姿はない。
「同じことをした、」
飛び散った雷は、作戦の成功を祝うかのようにパチパチと音をたてた。
「ただ、それだけですよ」
「メロぉ!」
水たまりから飛び出てきたアルグレオさんが、叫び声を上げながらこちらに走り寄る。それと同時に岩の拳は崩壊し、僕の足元の地面が新たに蠢き始めた。予想外の出来事に対するリカバリー、その早急さにはさすがと言わざるを得ない。
でも、もう遅い。
「貫け」
僕の指先に、白い雷が集まる。
「『雷光、一閃』」」
そして僕たちの決闘は、幕を閉じるのだった。




