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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
28/66

4-3


「……何でこんなことになったのでしょうか」


「……僕にもわからないよ」


 シュダリアに到着して二日目の午後。


早めの昼食をとった僕たちは広い訓練室の中央に立っていた。決闘用に作られたのであろう客席付の訓練室には、シュダリアらしく深い水たまりや荒々しい岩石が配置されている。床も自然の地形をそのまま使っているという徹底ぶりだ。単純に見学に来たのであれば興味深い光景であるが、主役の片棒を担がされるのだからやるせない。


 決闘制度、それはアークエディン騎士王国成立以前からある慣習だ。


 仕組みとしては至極簡単なもので、決闘を挑んだ場合それを断ってはならないというものだ。ルールから報酬に至るまでほとんどが当人たちの自由であるが、相手の命を奪ってはならないという絶対的な取り決めだけは存在する。


そのためかつては「相手を殺したに近しい状態になった時に勝利を宣言できる」という条件がほとんどだったらしいが、科学が発展した現在では「バリアを破壊した方が勝利」というルールの下で行われることが多い。例にもれず、今日もその条件下の元で決闘が行われる。


「まあでも伝統としては面白いかもね。留学の目的にも一致してる」


 昨日ララナさんが言っていた「ある伝統」。それは交換留学に来た生徒とその時の生徒会長が決闘を行うというものであった。ほとんど交流のない他地域からの留学生、その実力のほどを知るために決闘ほど適した手段はない。少々理不尽なようにも思えるが、確かに理に適った伝統ではあった。


「そうかもしれませんが……、乗り気はしません」


 珍しく不愉快を隠さないアイラが、長い髪を一つに束ねながら呟いた。ヒナタと異なり彼女は実戦が好きではない。決闘制度を無視してまで必死に断ろうとしていたアイラの姿は、この十年間でも見たことないほどに鬼気迫っていた。去年ニナ先輩(もちろん猫を被った)が参加したという話を聞いてしぶしぶ承諾した彼女であったが、心の内では全く納得できていないようである。


 まあ、僕もできれば避けたいところだったけど……。


 心の中だけで呟き、口の端から息をもらす。


 将来は革命の一端を担うことになる手前、昔から目立つことは避けてきた。承諾したはしたものの僕もアイラと同じく快諾ではない。僕まで落ち込んでいるとアイラがくじけてしまいそうなので気丈に振る舞ってはいるが、できることなら今すぐノースヘヴンに帰ってしまいたい気持ちだ。


「待たせたのぉ、留学生!」


「……お待たせ」


……待ってはないんだけれど。


 閉じていた対面の扉が勢いよく開き、アンバランスな二つの影が入場してくる。それを見た客席は歓声に包まれ、訓練室はたちまち闘技場となった。


「いやいやすまんのぉ、道に迷ってしもうた!」


「アル、本当に、馬鹿だから」


 生徒を代表する者とはとても思えない遅刻理由だが、それもまたアルグレオさんの人柄なのだろう。会場に沸き起こった笑いには決して彼を馬鹿にする響きはない。メロフェロさんも言葉では貶しているものの、その表情はとても柔らかい。


「ん? お前ら、その格好で大丈夫なんか? 着替えてきてもいいぞ?」


 学校指定の訓練着に身を包んだアルグレオさんが、制服姿の僕たちに首を傾げる。確かに訓練や決闘を行う時は訓練着を着用するよう学園から推奨されているが、推奨は推奨だ。僕もアイラも体に密着するそれが好きではなく、初等部のころからほとんど着たことがなかった。


「大丈夫です。僕たちはこっちの方が慣れているので」


「そう? 動きやすい、のに?」


 アルグレオさんの隣に並んだメロフェロさんもまたスカートタイプの訓練着に身を包んでいる。その手に人形の姿はなく、代わりに黒いハンドグローブが装着されていた。おかげで昨日と雰囲気はかなり異なるが、首の傾げ方は相変わらず特徴的で独創的だ。


『準備ができたようであれば、こちらに合図をお願いします。私も暇じゃないので早く始めて早く終わらせてください』


 スピーカー越しに響いた声はかなり割れているが、この毒の強さはララナさんだろう。予定通りに物事を進めることが何よりの最優先事項であるらしい彼女は、昨日アルグレオさんたちと出会ってから終始不機嫌なままだった。今日も設備管理のために付き合ってくれてはいるが、言葉の棘は極限まで鋭利さを増している。


「ああ、こっちは準備ええぞ! 留学生はどうじゃ?」


「はい、大丈夫です」


「だそうじゃ! 起動してくれ!」


『はあ……、わかりました。魔法騎士学園決闘システム起動します』


 全く悪びれる様子のないアルグレオさんにため息を零したララナさんだったが、彼の言葉に従って闘技場のシステムを起動する。


 ノースヘヴンの訓練室は中にいる当人たちだけにバリアが張られるが、観客席があるここでは中心を覆うようにもう一つ巨大なバリアが張られるそうだ。眩い光が一瞬だけ闘技場を包み、わざと薄い青で着色された半球状のバリアが周囲を囲む。地上ではここにしかないとてつもなく壮大な設備だが、これを開発したのは僕の幼馴染だ。それを聞いた時の驚きに比べれば、今目の前にしている光景はそう珍しいものでもないように感じる。


 ……君は情報専門だっただろう。


 なあ、ユーリ。


『起動完了しました。これよりクロア・ランサグロリア、アイラ・バレットシード対アルグレオ・ノービス、メロフェロ・ドレイクバイトの決闘を立会人ララナ・マルエンダのもとで開始いたします』


 正式な決闘であればもう少し長い前置きが必要であるが、ララナさんの不機嫌も相まってかなり省略されていた。後は開始の合図を待つのみとなる。


 さて……、どうするべきか。


「クロア君」


「ん? どうしたの?」


 未だ腹を括りかねている僕の名前を呼んだアイラは、予想外に引き締まった表情をしていた。


「どうせやるなら、勝ちましょう」


 エメラルドグリーンの瞳は、真っ直ぐ前を見つめている。


「……そうだね」


 アイラがそう言うなら、この場にいる誰よりも決闘を望んでいない君までもそう言うなら、僕はもう迷うことなんてない。


 もちろん目立たないようにはするつもりだが、


『それでは、』


 できる限り、本気をだそう。


『はじめ!』

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