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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
25/66

3-8


「こんなところだな。後は自然に返るだろう」


 師匠が指を微かに動かす。すると空中に浮かんでいた赤い槍が彼女の元に戻り、同じ色のブレスレットへと変化した。


 たしか『鮮血を喰らいし大槍』だったか。「吸い取った血を自在に操る」という師匠の魔導武具は、戦場で絶大な威力を誇ると同時にこういう時の「後片付け」にも向いていた。


「さて……、話の続きをするか。ここからは「影槍騎士団」の調査報告だ」


 師匠が懐から黒い表紙の手帳を取り出す。一度大きく息を吐いた僕は気持ちを切り替え、姿勢を正した。「狭間の繭」へ度々行っているので見慣れていないわけではないが、それにしても少しショッキングな光景だった。


 飛び散った血液は悉く吸い取られ、残った遺骸は自らの血によって粉砕される。


 死肉を啄む烏にとって、それはあまりにも屈辱的な最期だっただろう。


「さっきも言ったが、外縁騎士団の腐敗は予想以上に進んでいる。今回の烏がその代表例と言ってもいいだろう。この数か月だけで取り逃しの魔物が十体目撃されている」


 魔物の取り逃し。


 今までも居住区に魔物が侵入することは時々あったが、数年に一体のペースだったと聞いている。「数か月で十体」という数字は、腐敗の進行を何よりも証明していた。


「統轄する選抜騎士団があの調子だ、士気が下がるのも無理はないが……」


 師匠は言葉の続きを口にせず、代わりに気怠そうな息を吐いた。


 選抜騎士団の腐敗。


 それによって引き起こされたのは内縁警備隊の危機だけではない。


 そもそも内縁警備隊と外縁警備隊は選抜騎士団統轄の元で警備に当たることになっている。しかしご存知の通り今の選抜騎士団は腐りきっており、指揮どころか現場に赴くことさえほとんどない。間近に危機が迫っている分内縁警備隊の士気は寧ろ上がったと言ってもいいが、比較的余裕のある外縁警備隊の士気は年々下がる一方だった。


 それにしても……、まさかここまでとは。


 潰れた芝生に烏の幻影を見ながら、深いため息をつく。


「最短であと一年、もってくれればいいが」


 あと一年。


 少しどきりとする。


「……すみません」


 頭を下げた僕を見て師匠は首を横に振った。黒と金の長髪がその後に続き、中空を美しく舞い踊る。


「そのことはもう構わん。お前にもお前の矜持があるだろう」


 あと一年という期間。


 それは僕が学園を卒業し、選抜騎士団へ入団するまでの期間を示している。


 では、その先に待ち受けるものは何か。


「一年延びたおかげで、「影槍騎士団」の戦力が増したこともまた事実だ」


 それを説明するには僕の師匠、そして実の母である、リリーナ・ランサグロリアについてお話しなければならない。


 リリーナ・ランサグロリア。


 かつてアークエディン選抜騎士団・第二師団長を務めていた彼女は、歴代最強の「黒雷の魔女」として名を轟かせていた。その才能は先ほど見ていただいた通り、どんなに強力な魔法であっても詠唱どころか魔法名を口にする必要さえない。さらに全ての属性魔法に適性を持ち、彼女に使えない魔法はないとまで言われていた。


 しかし彼女はその齢二十の時、突然第一線を退く。


 当時まだ騎士王候補だったフレギール・アークフィールドとの間に、一人の子供を儲けたのだ。

騎士王候補と選抜騎士団エースの間に子供が生まれる。それは本来ならば国を挙げて祝福されてもおかしくない事柄だった。しかしみなさんもご存じの通り、その子供は一切の祝福を受けずに生を受ける。その原因は二人がまだ「交際中」だったことにあった。


 婚約をしていない男女の間に子供が生まれる。それはそう珍しくもない話であるが、フレギールは歴史ある騎士王家の直系子孫だ。歴史と伝統は時に現在を生きる者たちの足枷になる。騎士王を政治的な面で支える長老会の中には、この事態を快く思っていない者も多かった。


 長老会は騎士王の次に力を持つ、厳格で強大な機関だ。彼らに睨まれることは騎士王候補からの脱落を意味する。つまりこの時、フレギールには二つの選択肢が提示されていたのだ。


 リリーナと正式に婚約し、騎士王の座を兄弟に譲るか。


 リリーナと別れ、次代騎士王の座を確実なものとするか。


 彼がどちらを選んだのかは、言うまでもないだろう。


 その後のフレギールがどんな人生を歩んだのかは、現代史の教科書を読めばわかる。今回僕が話をするのは、歴史の闇に葬られた彼の元恋人についてだ。


 愛する人との未来を信じてやまなかった彼女は、他でもないフレギールからそれを否定された。叶わなかった愛の先に待っているのはそれ以上の憎しみ。絶望のままに選抜騎士団を離れた彼女は、その心に新たな決意を宿す。


 かつて愛した男が治めるこの国を、否定しようと。


 憎むべき男が腐敗させたこの国を、変えようと。


 しかしいくら強大な力を持っている彼女とはいえ、それを一人で成し得ることは不可能である。そこで彼女が立ち上げたのが「影槍騎士団」だ。


 「影槍騎士団」は師匠が旅の最中で出会った、現行の騎士王制に反発心を抱いている人たちによって構成されている。一般の国民から屈強な内縁警備隊員に至るまで大陸に住む様々な人々が参加しているが、その目的は一つ。現騎士王制を撤廃し、新政府を樹立することにある。


 しかしそれはどれだけ人数が集まろうと容易な話ではない。騎士王の周りには仮にも成績優秀者だけで構成された選抜騎士団がいる。そこで矢面に立たされたのが僕だ。


 僕の選抜騎士団入りを待ち、内部と外部から国を変える。


 一見穴だらけのような作戦にも見えるが、この国には遥か昔からそれを叶えるための制度があった。話せば長くなるので概要については省かせてもらうが、僕が選抜騎士団に入ってさえしまえば師匠の作戦はほとんど完遂される。


 僕が選抜騎士団へ入った、その先に待ち受けるもの。


 それは一人の男が犯した裏切りという罪への報復。


 復習という名の、革命だ。


「私も丸くなったものだ。「あの時」はお前のことを見限ろうとさえ思ったからな」


「はは……」


 「見限る」の本当の意味を知っている僕は、乾いた笑いを返すことしかできない。


 「あの時」とは初等部卒業時のことを指すのだが、それは「あと一年」という言葉と大きく関係している。前にも話したと思うが、初等部卒業時位階一位だった者には一年飛び級することが認められているのだ。師匠の予定でも僕は飛び級することになっており、影槍騎士団もその前提で準備を進めていた。しかしご存知の通り、僕はその制度を利用しなかったのだ。


 理由は二つある。一つは十四年間しっかり勉強と訓練を重ねたかったからだ。しかしそれだけのことなら僕は飛び級していただろう。学園で学べる知識や経験は、師匠が旅に出る以前、僕が八歳の時には既に習得していた。だからこれは建前としての理由だ。


 僕が飛び級制度を利用しなかった、本当の理由。


 それはずっと隣にいた、ある女の子を放っておけなかったからだ。


 ……まあそれが誰かは、みなさんの想像にお任せするが。


「――クロア殿、お迎えに上がりました!」


「おや、もうそんな時間か」


 辺りに響いた威勢のいい声に、師匠がふと空を見上げる。頭上で輝いていたはずの太陽は僕たちの影を徐々に伸ばしていた。


「一つ手合せでもしようと思っていたのだが……、まあいいだろう。概ね話も済んだ」


 立ち上がった師匠が黒と金の髪をフードで隠す。滅多に会うことはないので別れは惜しまれるが、手合せの予定が流れてほっとしている自分もいた。今この世界で師匠に勝てる可能性があるのは本気を出したユーリぐらいのものだろう。負けと分かっていて挑む勝負ほど馬鹿馬鹿しいものはない。


「ではな、クロア。また連絡する」


「はい師匠。お達者で」


 簡素な挨拶を済ませた後、師匠の姿は消えた。


 後にはついて行けなかった雷の残滓だけが残される。


 ……さて、僕も行くか。

 

 師匠が魔導武具である程度処理してくれたとはいえ、不自然な芝生の形と色は誤魔化しきれない。グラスさんが丘に上がって来る前に降りてしまうのが賢明だろう。制服に付着したごみを払い、木々に囲まれた細い道へと歩き出す。


「お疲れ様です、クロア殿! お待たせいたしましたか?」


「いえ、今丁度話が済んだところです。すみません、帰りまでお世話になってしまって……」


「お気になさらず!」


 グラスさんに会釈し、二人乗りの魔動車に乗り込む。ここまで良くされてしまうと申し訳なくなってしまうのが性だが、グラスさんの場合断ってしまった方がかえって悪いような気がした。ここは素直にその善意を受け取り、いつかそれにお返しをするのがお互いのためだろう。


 きっとそんな人間関係も、悪いものじゃない。


「お師匠様はどのような方なのですか?」


 しばらく進んだ後、グラスさんが興奮を含んだ声でそう言った。沈黙を嫌ったための質問かと思ったが、ちらちらとこちらを見てくる辺り本当に気になっているらしい。その様子を少し微笑ましく思った僕は、視線を道の先へと向けて口を開く。


「強い人ですよ、何もかも。どんな面においても僕は勝てる気がしません」


 皮肉気に言って見せたが、それは間違いなく真実だ。魔法の才能、目的に向かって突き進む力、咄嗟の判断力、戦略性……、何をとっても僕が勝っていることなどない。色々と語弊がありそうな表現ではあるが、ここでは「強い人」と言ってしまうのが何よりも正しいような気がした。


「とても尊敬されているんですね!」


 ……そう解釈したか。


 あまりにも真っ直ぐな捉え方に、少し面食らってしまう。


「そう、ですね」


 しかしその純粋さは決して悪いものではない。言及して汚すことは躊躇われたため、笑って頷くことにした。師匠の話になると少し卑屈になってしまうのが常だが、尊敬していることも嘘ではない。


 僕にとって、師匠が「母さん」であった期間は本当に短い。


 初等部に入る以前、僕が四歳のころにはもう師匠だった。毎日血反吐を吐くまで繰り返される地獄のような訓練と稽古の日々。それは僕が八歳になるまで、師匠が旅に出るまで続いた。あのころは師匠のことを、心から憎んでいたと思う。


 師匠が僕に稽古をつけていたのは、あくまでも彼女の革命を成功させるため。それは極論、僕のことを一つの道具として扱っていると言っても過言ではない。僕にとって目標も目的もない厳しい稽古は苦痛以外の何ものでもなかった。だから師匠が旅に出ると言った時、僕は本当に嬉しかったのだ。


 しかし年月を経ていく中で、僕は自分が住んでいる国の危うさを知った。そして師匠がやろうとしていることの壮大さと、この国を危機に追いやった元凶の息子である僕の責任に気づいた。僕は徐々に、師匠の革命を自分から手伝いたいと思い始めるようになっていったのだ。


 また師匠と距離をおいたことで、彼女がいかに不器用であるかも知った。定期的に送られてくる手紙、かけられる短い言葉、僕の話を聞く時の彼女の表情……。よく考えれば彼女は必死に愛情を注ごうとしていた、のだろう。憎い男との間に生まれた子供を、彼と同じ目を持つ子供を、彼女は精一杯愛そうとしていた。


 それに気づいた時、僕は強くて弱い「母親」のことを許そうと心に決めた。


 そしてこの国を変えようとする「師匠」を、一人の人間として尊敬し始めた。


「たくさん辛いこともありましたが……、」


 だからと言って昔受けた心の傷が全部癒えてくれるわけではない。卑屈になってしまうのはそのためだが、僕も彼女とちゃんと向き合おうと決めた。


「最強で最高の師匠、だと思ってますよ」


 そしてたった一人の母を、彼女が愛してくれた分だけ愛そうと決めた。


「クロア殿をもってそこまで言わしめるとは……! やはりいつかお会いしたいものです!」


 頬を上気させたグラスさんがこちらに身を乗り出す。ハンドル操作を蔑ろにした魔動車は右へ左へと忙しなく揺れた。優しく彼女の体を押し戻しながら、僕はどっちつかずの笑みを浮かべる。


 現役を退いているとはいえ、師匠は元選抜騎士団・第二師団長だ。その名は国中に知れ渡っている。「黒雷の魔女」であることを隠している僕にとって、知り合いと師匠が出会ってしまうことはできるだけ避けたい事象だった。「ランサグロリア」という名がそう珍しくないからいいものを、かつては別の名前を名乗ることも思案していたぐらいである。


「まあ機会があれば、ですね」


 行きについた嘘を気にしていた僕は一番頼りない答えを返してしまった。きっと叶えることができないその約束に、結局嫌な気持ちになる。


 しかし師匠が人見知りとは、我ながら笑えない冗談だ。


「是非! 楽しみにしております!」


 嬉しそうに頷いたグラスさんの横で一筋の黒い雷が走った。相変わらずの不器用さに思わず苦笑いを零してしまう。先ほどまでの会話を聞かれていたかと思うと、少し照れくさい気持ちにもなった。


 少しの間魔動車と並行して進んでいた黒い雷はやがて僕たちを追い抜き、凄まじい速度で田舎道を駆け抜けていく。日光がまだ強いせいかグラスさんには見えていないようだったが、馴染み深いそれを僕は温かい気持ちで見送った。


「……また、どこかで」


「どうかされましたか?」


 ほとんど声にもならないような呟きに、グラスさんが大声で反応した。できるだけ嘘を言いたくない僕はただ微笑んで、窓の外に目をやる。


「いえ、ただ少し」


 自然豊かな土地で生まれた僕にとって、この景色は懐かしい。


「母のことを、思い出していただけです」


 だからきっと、この言葉は嘘ではない。


「クロア殿のお母上ですか! 是非そのお話、詳しくお聞かせください!」


 嘘ではない、が。


 どうやら地雷は、踏んでしまったらしい。


「……僕はノースヘヴン第八エリア出身で――、」


 僕が撒いてしまった話の種だ、無視してしまうわけにもいかない。話せる範囲の昔話を、グラスさんは驚くほど真面目に聞いていた。


 いつの間にか降り始めた雪が視界を照らし、僕の話に彩りを添える。


 「師匠」についてヒナタ達に話すことはあっても「母」の話をすることは滅多にない。


 これまでため込んだ感情を吐き出すように、僕は口を動かし続けていた。

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