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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
23/66

3-6

 エストシオは外縁を森林に囲まれているため、外側へ向かうにつれて自然豊かな風景が増えてくる。第八エリア(エリア番号は内側から順にふられている)ともなるとほとんど建造物は見えなくなり、広大な田畑や果樹園が広がるばかりとなった。観光地である第二エリアと比較すると本当に同じ地域かと驚いてしまうが、田舎出身の僕にとっては落ち着く光景でもある。


「わざわざすみません、魔動車まで出してもらって……」


「いえいえ、お気になさらないでください! 私がしたくてしているだけの話であります!」


 快活に笑うグラスさんの声が広大な平地を駆け抜けいく。百メートルほど離れていれば丁度いい声量なのだが、二人乗りの魔動車内ではどうにも鼓膜が痛い。この前は弱っていたためわからなかったが、本来の彼女は非常に豪胆な性格の持ち主であるようだ。


 「蒼樹の魔女」グラス・エンクロード。


 言わずもがな内縁警備隊に所属している彼女は、本来ならば気軽に大陸内で会えるような人ではない。そんな彼女が何故あんな何でもない観光地にいたのか。その原因は約三十日前、彼女が「狭間の繭」で大立ち回りを見せた日にまで遡る。


 彼女はカメ型の魔物の討伐に際して大きな活躍を収めたと同時に、重大な命令違反を犯していた。「狭間の魔物を大陸に侵入させないこと」が目的の内縁警備隊にとって、魔力切れ限界まで戦うことは大陸の危険にも直結する危険な行為である。そのため内縁警備隊には「自身の魔力で帰投すること」が絶対条件として課せられており、それに反した者には相応の罰が下されることになっているのだ。あの時重度の魔力欠乏状態で帰還したグラスさんは、これに違反してしまったことになる。


 とはいえあの戦場における功労者は間違いなくグラスさんだ。どんなにルールが厳格であっても、英雄に罰金や謹慎を課すわけにはいかない。そこで「六十日間、大陸警備の任に当たる」という休養も兼ねた処分が彼女に下されたのである。彼女を魔力欠乏に陥れたのは間違いなく僕の責任なので心配していたが、穏便な結末を迎えていたようで一安心だ。


「しかし、こんな田舎に何の御用事が?」


「師匠が近くに立ち寄っているそうなので、少し。自然豊かな場所が好きな人なんですよ」


 というわけで先ほどアロマシド商店街で出会ったのは「大陸警備の任務中に偶然出くわした」という結論、かと思いきやそうではない。本来は第四エリアが彼女の管轄であったが、ヒナタが起こした騒動の噂が流れる中で僕の名前を聞き、急いで駆け付けたのだそうだ。つまりあの偶然のように見える出会いは、彼女が起こした必然だったということである。


 その話を聞いた時は「白銀の忘風」が効果を発揮していなかったのかと焦った。しかし話を進めていく中で彼女を要塞に搬送する時、自分が名乗っていたことを思い出した。僕にとっては魔力を使わせてしまったことに対する償いのつもりだったが、彼女はそれをずっと恩義に感じていたらしい。


 是非私に、恩返しのチャンスを与えてください!


 そう人ごみの中で叫ばれた僕は無下に断ることもできず、師匠と落ち合う場所までの案内を頼み、今に至るわけである。


「クロア殿のお師匠様ですか! それは是非ご挨拶したいものです!」


「……人見知りなので勘弁してあげてください」


 グラスさんが自分の魔動車を持ってくると言った時には驚いたが、よくよく聞くと師匠が指定したのは第二エリアからかなり遠方の場所であるらしかった。公共の交通機関では難解な乗り換えが必要で遠回りになってしまうため、魔動車で行くのが一番早いのだと言う。最初は大げさな恩返しに引け目を感じるばかりであったが、今は素直に感謝の一言だ。次は自分が何か恩返しをしようと、雄大な景色を眺めながら決意する。


 ……しかし、師匠も意地悪なものだ。


『折角エストシオに来るなら、ここに来い』


 送られてきた手紙には簡潔な指示と時間、それと集合場所を示す座標しか記されていなかった。こんなに厄介な場所を指定するなら、何かひとこと書いてくれてもよかったようなものである。師匠の人柄がなす業だと言われたらそれまでだが、集合時間に遅れても僕が謝るいわれはない。


「もう少しで目的の座標になります! お忘れ物のないようお気を付けください!」


 白い歯を見せて笑ったグラスさんに、僕も笑って頷き返す。豪胆なだけでなく、とても気持ちのいい性格の人だ。声量には少し難があるものの、話しているとこちらまで清々しい気持ちになってくる。今日は突然の出会いだったのでどたばたしてしまったが、いつかゆっくり話をしてみたいものだ。


 一時間ほど走り続けていた魔動車は徐々にスピードを落とし、比較的起伏の激しい場所で動きを止めた。そこから狭い道を少し歩いたところにある木造の小屋、それが師匠の手紙が示す地点らしい。グラスさんは最後まで案内しようとしてくれたが、小屋はもう目視できる距離にある。さすがに迷いようもないので、何とか宥めて感謝と別れの言葉を告げた。


「それではまた後ほどお迎えにあがります! 道中お怪我なきようお気をつけください!」


 背筋の伸びた敬礼はまるで死地へ送りだされる時のそれだが、たまには堅苦しいのも悪くない。形だけだが敬礼を返して、舗装という概念のないけもの道に足を踏み入れる


 青々と茂っている植物たちは行く手を阻むが、それらを断ち切るようにして丁度人が一人入れる分の隙間が開いていた。もう先に師匠が来ているのだろうか、と空に上った太陽の位置を確認する。指定された時刻にはまだ随分と早いように感じるが、師匠の気の短さなら前入りしていることもあり得ない話ではなかった。理不尽ではあるが、心持歩幅は広くなる。染みついた上下関係はなかなか抜けきってくれないものだ。


 両脇を樹木に囲まれた道を抜けると、そこは小高い丘になっていた。元々あったのだろう樹木は綺麗に伐採され、代わりに落下防止用の柵が周囲を囲んでいる。喫茶店でも営んでいたのだろうか、一軒だけ建っている木造の小屋の近くにはいくつかの椅子と机が設置されていた。


「……さすがにまだ来てないか」


「ああ、丁度今来たところだ」


 適当な椅子にこしかけた僕の言葉に、低く張りのある声が重なる。驚いて顔を上げると、誰もいなかったはずの対面に見覚えのあるマント姿が座っていた。


 フードの奥から覗く赤黒い瞳は、生々しい血を連想させる。


「…………お久しぶりです、師匠」


「一年ぶりか? 元気そうで何よりだ」


 姿勢を正した僕の挨拶に、不遜な返事が続く。


「しかし蒼樹の魔女と連れ立って来るとはな? 良い人脈を持ったものだ」


 走り去っていく魔動車を一瞥した師匠が、蛇のように笑う。思わず頭を抱えてしまった僕は隠すことなくため息をついた。


「その言い方は失礼ですよ……。ただの知人です」


「そうか? 向こうは随分とお前を気に入っていたようだが」


 僕とグラスさんの会話を実際に聞いていたような口ぶりだ、と思うのが普通だが、師匠の場合そうではない。


 恐らく「実際に聞いていた」のだ。


 それはユーリのようにカメラを付けていた、という理由からではない。


 車中での会話を実際に、自分の耳で、聞いていたのだ。


「それより、師匠はどうやって来られたんですか?」


「飛んで来た」


 この人にとっては、そんなこと造作もない。


「そう遠い距離でもなかっただろ?」


 僕の師匠とはそういう、無茶苦茶な人だ。

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