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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
22/66

3-5

「――と、いうことで。今回は特別に見逃してくださるそうです」


 疲れ切った表情で戻ってきたアイラはため息をつきながら僕の隣に座った。その手には今もらってきたのか、薄い茶色のアイスクリームが握られている。


「運が良かったのか悪かったのか……、わからなくなってきたね」


 目を輝かせているヒナタの頭を抑えた僕は、警察に連行されていく男に苦笑いを零した。先ほど目を覚ましたばかりの男は怯えるような表情でこちらに視線を向けている。その様子は気の毒に思うが、自業自得なのでこちらとしてはかける言葉もない。


 僕たちの留学資金を奪ったあの男はこの辺りでは有名なひったくり犯で、これまでにも多くの観光客が被害に遭っていたそうだ。警察も犯人は特定していたのだが何しろこの人の多さだ、長年捕まえることができずに悔しい思いを続けてきたらしい。そこで今回ヒナタが起こした数多くの器物破損は特別に見逃されることとなったのだ。もちろんそれには僕たちが被害に遭っていたことなど多くの理由が含まれるのだが、もし仮にあの男が初犯だったとしたらこの結末には至らなかったのかもしれない。


 ひったくり犯に遭遇したことは紛れもない不運だったが、犯人が熟練であったことは僕たちにとって幸運だった。


 どうにも後味の悪い結末だが、とりあえずハッピーエンドだったとしておこう。


「ありがとね、アイラ。本当に助かったよ」


「いえいえ、元々は私が鞄を盗られたのが原因だったので……」


 照れ笑いを浮かべたアイラだったがやはり疲労の色は隠しきれていない。多くの人に取り囲まれた状態で話をすることは、人見知りの彼女にとって苦痛以外の何ものでもなかっただろう。


「何か温かいもの買ってくるよ。アイスだけじゃ寒いよね」


 こういう時は労いの言葉をかけるのが筋だが、気の利かない僕はそれをすぐに見つけることができなかった。立ち上がった僕を見て、アイラは弱々しい笑みを浮かべる。


「そうですね。じゃあ紅茶をお願いしてもいいですか?」


「うん、わかった」


 ヒナタをおいて行くことは憚られたが、人ごみの中でアイラを一人にする方が心配だ。頭を小突き、この状況下でもまだ人のアイスクリームに目を光らせる食欲の塊に釘を刺す。少しだけ口を尖らせたヒナタだったが、さすがに反省はしているのか体を小さくして僕に手を振った。


 確か、こっちだったよな……。


 宿屋で見た地図を思い返しながら人の流れを進んでいく。喫茶店自体は多いのだが、紅茶をテイクアウトできる店は案外少ない。僕の記憶が正しければ、そう遠くない場所にあるのは一軒だけだったはずだ。


 あれ……、じゃないかな?


 やや遠くに看板を見つけ、そちらの方へ歩み寄っていく。道中で思い出したのだが、確かあの店は昔ニナ先輩が紹介していたはずだ。一度も来たことはないのに、周辺の光景には見覚えがある。不意に蘇った猫なで声とハイテンションに思わず頬が緩んでしまった。


「ようやく、見つけました!」


 背後で誰かが叫ぶような声を上げた。迷子でも捜していたのだろう。見つかって何よりだと思いながら、特に振り返ることもなく進んでいく。


「お、お待ちください!」


 ……ん、でもこの声?


 数歩進んだ先で、僕は徐々に歩みを止める。


 聞いたことがある気がするのは、またニナ先輩のせいか?


「私は、貴殿にお伝えしたいことがあるのです!」


 …………いや、違うな。


 この声を、僕は聞いたことがある。


 確か前に聞いたのは、この場所とは程遠い、


「クロア・ランサグロリア殿!」


 異臭立ち込める、戦場だったはずだ。


「…………お久しぶりです、」


 どう返事をしたらいいかわからなかった僕は、とりあえずありきたりで何でもない言葉を口にする。


「グラス、さん」


「はい、お久しぶりでございます!」


 緑の髪を大きく縦に振った彼女は、いつかと違い力強い笑みを見せた。

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