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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
21/66

3-4

「つまりあなた方はアイスクリーム屋でひったくりに遭われた、ということですね」


「はい。間違いないです」


「なるほどわかりました。……少々お待ちください」


 警備隊は眉間に深い皺を寄せながら、辺りの惨状と地面で伸びたままの男性を交互に見比べた。不安げな表情を浮かべてこちらに視線を送るアイラに、僕は苦笑いを返すことしかできない。周りで円を成している興味本位の野次たちは、時間を追うにつれ増えていく一方だった。


「いやー、少しやりすぎたっすかねー」


「……少しじゃないと思うよ」


 僕の隣に座るヒナタはぶらぶらと足を揺らしながら青色のアイスクリームを舐めた。ため息をついた僕もしかし、左手に持った白色に口をつける。ミルクをベースにして作られたバニラ味のそれは、非常に濃厚で馬鹿らしいほどの甘みを誇っていた。


 ヒナタが犯人を取り押さえて数分後、アイスクリーム屋の店員と数人の大陸警備隊(警察と呼ぶこともある)を引きつれてやってきたアイラは、どちらが何の犯人かさえわからないこの状況を説明するという大役を任されていた。


 僕が引き受けた方が早いと思うのだが、警察は破壊された道路の真ん中で笑っている二人組を信用するに値しないと判断したらしい。店員が持ってきたアイスを渡された僕たちは、聴取が終わるまで大人しく座っているよう指示された。まるで子供の喧嘩に親が割り込んできた時のような装いである。


「それより、どうだったっすか?」


「どうって?」


「私の華麗な魔法さばきっすよ」


 そんな言い回し聞いたこともないが、言わんとしていることは伝わった。言葉とは不思議なものである。


「さすがだと思ったよ。また一段と速くなったんじゃない?」


「えへへー。もっと褒めてくれてもいいんっすよ!」


 体をこちらに寄せてきたヒナタは喜色に満ちた笑顔を見せる。僕はその頭を複雑な心境で撫でた。機嫌良さそうに喉を鳴らす彼女の姿は、やはり肉食獣を思わせる。


 ヒナタが人ごみの中で使った二つの魔法『迅速の風』『豪力の炎』は「身体強化」魔法の中でも最上位に当たるものだ。その効果はそれぞれの名が表す通り「速度強化」と「力の強化」というシンプルなものだが、これを使いこなすには相当な訓練と精神力を必要とする。


 「身体強化」魔法は珍しくも適性の有無を問わない魔法であり誰でも使うことはできるのだが、極めるとなると話は別だ。特に先ほどヒナタが使った二つは「最も複雑な魔力操作が必要な魔法」だとさえ言われている。それを呪文の詠唱もなしに六重までかけるという妙技は、生まれ持った圧倒的な才能と不断の努力を何よりも物語っていた。


 ……まあ、使う場面はもっと選んでほしいけどね。


 地面に走る地割れのような罅を眺めながら、ため息をつく。


 「身体強化」で人ごみを抜け出し、犯人をピンポイントで確保する。


 それはどんな作戦よりも確実で明快だが、同時に複数のデメリットも孕んでいた。場合によっては死人が出ることもあるだろう。僕だったら絶対に採用しなかったはずだ。


 それを躊躇いもなく実行したことは彼女の短所であるが、時と場合によっては揺るぎない長所ともなり得る。実際あのままぐずぐずしていたら僕たちの留学資金は人ごみの中に埋もれていただろう。手放しに褒めることはできないが、一方的に怒ることができないのもまた事実だった。しかしだからと言って、このまま有耶無耶に終わらせるわけにはいかない。


「……まあでも、今度こういう場面に出くわしたら、」


 たまには先輩らしく説教しようとした僕の肩に、僅かな重みがかかる。


「ヒナタ?」


 突然寄りかかってきた赤いポニーテールに困惑してしまう。位置的に表情は見えないが、その四肢は力を失っているように見えた。


「……え、あれ? どうしたんっすかね、私」


 少しの沈黙の後、ヒナタは首を傾げながら元の姿勢に戻った。力ないその笑みは、自分でも何が起きたかわからないといった様子だ。


「体調悪かったっけ?」


「いや、そーいうわけでもないんっすけど……」


 目を左右に泳がせている彼女の額に手をやる。特に熱があるというわけでもなく、寧ろ僕の体温より少し低いように感じられた。


 力が抜けて、体温が下がる、か……。


「魔力欠乏、かな?」


「そうなんっすかね? なったことないんでわかんないっすけど」


 ヒナタの魔力量は学生の平均を遥かに凌駕している。もう長い付き合いになるが、彼女の魔力欠乏には一度たりとも遭遇したことがなかった。


 でも、この症状だとそれしか考えられないよな……。


「昨日の疲れもあるんっすかね?」


「そう、なのかな?」


 確かに昨日は三人全員が多量の魔力を使った。疲労が抜けきっていないのは間違いないが、だからと言って今の一瞬で魔力欠乏になるだろうか。魔法医学に詳しくない二人は、首を縦に振ることができない。


「んー……。とりあえず魔力もらってもいいっすか?」


「そうだね、試してみようか」


 こちらに体を向けたヒナタは何故か目を瞑っていた。両掌を体の前に組んで、顔を前に突き出している。その姿は何かに祈りを捧げているようにも見えた。


「何してるの?」


「ん? 魔力放出って口からするもんじゃないんっすか?」


 ……この後輩は一体どこでそんな知識を学んだのだろう。


 一瞬唖然としてしまったが、すぐに首を横に振る。


「同じ場所ならどこからでもいいんだよ。ほら、手を出して」


「そうなんっすか? じゃあ」


 目を開いたヒナタは手の代わりに額をこちらに差し出した。本当に話を聞いていたのかと疑問に思うが、まあ口よりはマシだろう。一度ため息を吐き出してから、彼女の額に自分の額を合わせる。すぐ目の前で金色が煌めいた。


「いくよ」


「いつでもどうぞっす」


 額からの魔力放出なんて試したこともないが、要領は同じだろう。一定量に調整した魔力を額に集め、体外へ放出する。目の前にヒナタの顔があるとさすがに集中力を切らしてしまいそうだったので、途中から眼を瞑った。


「それは唇を奪っていいという合図っすか?」


「どんな合図だよ……。ほら、終わった」


 本当に奪おうとしていた頭を掴み、距離を離す。しばらく口を尖らせていたヒナタだったが、腕を何度か大きく回し、満足そうに頷いた。


「調子、戻ったみたいっす! やっぱ魔力欠乏だったんっすかねー」


「かな? またおかしなことがあったらすぐに言うんだよ」


「りょーかいっす!」


 元気よく敬礼する姿を見て、僕もようやく胸を撫で下ろす。魔力を与えて症状が和らぐということは魔力欠乏と見てほぼ間違いないだろう。納得した僕は姿勢を戻し、溶けかけのアイスクリームを口に運んだ。


「ん? そういえば私のアイスはどうしたんっすか?」


 自分の手を見つめたヒナタが、不思議そうな声を上げる。


 何だ、気づいていなかったのか。


 現実を突きつけるのも残酷かと思われたが、誤解されても困る。僕は空いている右手をゆっくりと上げて、ある一点を指した。


「……え?」


 その方向を見たヒナタの顔色が引いていく。


 僕が指しているのは、誰かのせいで罅が走っている、地面。


 青色のアイスクリームはそこで、儚い命を散らしていた。


「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 解散しかけていた野次の視線が再びヒナタの元に集まる。しかし悲しみに打ちひしがれている彼女にはそんなことを気にする余裕もない。地面に両膝を突き、変わり果てたアイスクリームににじり寄っていく。


「何故……、何故こんなことに……」


 体から力が抜けたのだから、その手に持っていたものは落ちてしまうのが道理だろう。寧ろ今まで気づいていなかったことには驚くが、一部始終を見ていた身としては受け止められなかった申し訳なさもある。


「……ほら、僕の分あげるから。そんなに落ち込まないで」


「あ、まじっすか」


 差し出された手を見て、ヒナタはあっさりと顔を上げた。さっとアイスクリームを抜き取った彼女は明るい笑みを浮かべながら元の位置に座る。あまりにもあっけらかんとしたその様子は、今までの落胆が嘘だったかのようにさえ思わせた。


「おいしいっす!」


 ……まあでも、これだけ喜んでくれるなら悪い気はしないか。


 そう思ってしまうのだから、僕もヒナタに甘い。

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