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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
16/66

2-3

「いけそうですか?」


「はい……! これだけ魔力を、わけていただければ……!」


 蒼樹の魔女、グラス・エンクロードさんは無理やり笑顔を作って見せた。スカイブルーの瞳は弱々しく震えているが、その光は決して失われていない。それを確認して、魔力放出を行っていた手を離す。


「クロア君、仕掛けるなら今が良さそうだ」


 岩陰に隠れていた僕たちの元にオルゴさんが降りてくる。彼が指した先では、少し前まで絶え間なく炎弾を吐き続けていたカメ型の魔物が共食いの準備を始めていた。近くまで寄って来ていた魔物達も繭の方へと後退している。オルゴさんの言うとおり、作戦を実行するにはまたとないタイミングだろう。


 ……あんまり指示をするのは好きじゃないけど、仕方ない。


「作戦を、開始しましょう」


「了解した。各員、配置に着け!」


 大きく息を吸ったオルゴさんが戦場に散っていた隊員たちに指示を出す。しばらくして一度首を縦に振った彼は、繭に向けて長銃の狙いを定めた。


「準備完了だ! いつでも始めてくれ!」


「……グラスさん、お願いします」


 オルゴさんの言葉に頷いた僕は、岩にもたれかかっているグラスさんに視線を移す。


 既に魔力欠乏に陥っている彼女にこれ以上の無理を強いることは憚られたが、この作戦にはどうしても彼女の力が必要だった。


「了解、いたしましたぁ!」


 額から流れる血を拭ったグラスさんが勢いよく立ち上がる。岩を軽々と飛び越えた彼女は、両手を力強く地面に着いた。その姿は一見回復したようにも見えるが、どう考えても自分を奮い立たせるための無理だとしか思えない。


「蒼き樹木達よ、今ここに顕現し、悪しき者たちの自由を奪え!」


 破れた隊員服から覗く細い腕に、蒼色の紋様が走る。


 それは「異色魔法」を使う時にだけ現れる、証。


「四重詠唱・『蒼樹の止縛(そうじゅのしばく)』!」


 そして偉大な先祖から受け継いだ戦装束だ。


 グラスさんが魔法を使用して数秒、カメの足元の地面が割れた。そこから伸びた蒼い木の枝がカメの体を這うようにして纏わりついていく。一本一本は細いそれらだったが、その数は夥しい。身を捩じらせていたカメだったが、たちまちその体は無数の蒼に覆い尽くされた。カメの動きを完全に止めた後木の枝たちは色を失い、やがて完全に見えなくなる。


 それが作戦の第一段階の成功を知らせる、明確なサイン。


「今だ! かかれぇぇぇぇぇぇ!」


 その瞬間を待っていたオルゴさんの声が戦場に響き渡る。


 同時に、至る所から放たれた魔法が繭の方へと向かっていった。


 しかしそれらは防御魔法の前にあえなく無力化され、カメの体に傷一つつけることさえかなわない。


 だけど、それでいい。


 カメに防御魔法を張り続けさせることが、この作戦の絶対条件なのだから。


 つまり第二段階も、成功だ。


「クロア君あとは、」


 第一段階は蒼樹魔法による攻撃の無力化。


 第二段階は内縁警備隊による防御魔法の維持。


 そして最終段階は、


「任せたぞ!」


 僕による、カメ型魔物の討伐だ。


 光の翼を大きく広げて、岩陰から飛び立つ。


「……しかし、本当に大きいね」


 カメの正面百メートル辺りまで近づいて、ぽつりと呟く。


 類を見ない巨体に、防御魔法、そして共食い。


 本当にこの魔物は、イレギュラーだらけだ。


 そのおかげで、


「本気を出さなくちゃいけなくなった」


 カメの方へと右手を伸ばし、掌を広げる。


 ちなみにオルゴさんに話した魔導武具の話、あれは嘘だ。僕の魔導武具は戦闘においてほとんど役に立たない、使い勝手の悪いもの。今日に関しては所持さえしていない。


「……いくよ」


 と言ってもこの強固な防壁を打ち破る魔法なんて僕には使えない。そもそもこんなに厄介なもの、正面から相手にすること自体面倒だ。


 だから、無視してしまえばいい。


 この世界にはそれを可能にする魔法が、一つだけ存在する。


「貫け、勇壮なる槍よ」


 それはかつてこの国を救った英雄と、その子孫だけが使える魔法。


「……アークフィールドの、名の元に!」


 「白銀魔法」と、呼ばれるものだ。


「『白銀の豪槍(はくぎんのごうそう)』!」


 掌に生まれた魔方陣から、豪奢な装飾がなされた白銀の槍が現れる。


 人が持つにはあまりにも巨大なそれはカメの方に真っ直ぐ飛んでいき、そして、


 防御魔法ごと、カメの体を貫いた。


 ヴォォォォォォォ


 断末魔が戦場に響く。


 拘束が解かれた巨体は、地響きを起こしながら地面に倒れ伏した。


 後には目的を失った赤い塊と手を伸ばしたままの僕だけが残される。


 内縁警備隊を追い詰め、甚大な被害をもたらしたカメ型の魔物討伐作戦は、


 こうしてあまりにもあっけなく、成功したのであった。


「…………さて」


 残すは、後始末だけ。


 空中で方向転換した僕は、グラスさんと隠れていた岩の方まで戻る。その上空では長銃を構えたままのオルゴさんが口を開いた状態で固まっていた。それはおよそ勝利を祝う表情には見えない。


 ……だからこの魔法を使うのは、いやだったんだ。


「クロア、君。き、君、いや、あなた、は?」


 地面に倒れていたグラスさんを抱えた僕に、支離滅裂な言葉がかけられる。先ほどまで勇敢に指示を出していた中隊長の姿はそこにない。予想通りの反応ではあったが、ここまで豹変すると少し愉快でさえあった。


「ただの学生ですよ」


 自己紹介で言ったことに嘘偽りはない。僕は間違いなくノースヘヴン魔法騎士学園高等部・内縁警備科の、クロア・ランサグロリアだ。実技も学術も二位で、雷魔法を得意としている。あの時オルゴさんに聞かれた内容には、全て真実を答えた。


「僕は、ね」


 まあ、確かに話していないことも多いけど。


 それは僕の話ではなく、僕の両親の話だ。


 だから今は、関係ない。


 グラスさんを左手に抱えなおして、空いた右腕を高らかに掲げる。


「アークフィールドの名の元に、吹き荒べ、忘却の風よ」


 僕は白銀魔法があまり好きではない。


 毎回あの人の名前を、口にしなくてはならないから。


「『白銀の忘風(はくぎんのぼうふう)』」


 一陣の風が戦場を吹き抜けていく。


 これぐらいで、いいかな。


 数秒後、僕はゆっくりと右手を下ろした。


「……私は、何を」


 一瞬だけ呆けていたオルゴさんが、長銃を繭の方へと向けたまま辺りを見渡した。その中で僕を見つけた彼は、大きく目を見開く。


「その翼……、君は一体?」


「第二級緊急招集命令を受けました、クロア・ランサグロリアです。負傷した方の救助に参りました」


「あ、ああ、頼む。無事に送り届けてやってくれ」


 両手でしっかりとグラスさんを抱えなおし、高く飛び上がる。さすがにこの状態で魔物の対処をするのは難しい、グラスさんも心配だし早めに離脱するのが得策だろう。ノースヘヴンの方へと体を向けて、全速力で飛び立つ。


「あ、あなたは……?」


 まだ顔にうっすらと紋様を残しているグラスさんが震える瞳を見開く。話せる元気が残っていたことにほっと胸を撫で下ろした。僕はできるだけ平静を装って、彼女に微笑みかける。


「救助に来ました。ノースヘヴンのクロア・ランサグロリアです」


 僕の言葉を聞いて戸惑いの表情を浮かべたグラスさんが、何かを思い出したように体を起こそうとした。しかし彼女は苦悶の表情を浮かべ、元の位置に収まる。僅かにバランスを崩してしまったが、『流星』にとっては誤差の範囲内だった。


「まも、魔物は……! カメの、魔物は!?」


 ほとんど力の入っていない手で制服の袖を握ったグラスさんが、涙声で叫ぶ。ちらっと後ろを振り返った僕の視界に、もう繭は映っていない。


「無事討伐されましたよ。遠くから見ていましたが、すごい活躍でしたね」


「討伐……、そ、そんなわけ……」


 納得していない様子だったが、その後の言葉は続かない。どうやら気絶してしまったようだ、意地だけで光り続けていた紋様が静かに消えていく。


 これでようやく僕の作戦は全行程を終了した。


 見上げた空ではいつの間にか雲が晴れており、星たちが眩い光を放っている。


 それを遮るように浮かんでいる浮遊島が、ただ静かに戦場を見下ろしていた。

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