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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
15/66

2-2

 ヴァァァァァァァァ


 今まで石像のように動きを止めていたカメが突如叫び声を上げた。それを契機に、戦場の至る所に散っていた魔物が繭の近くへと集合し始める。翼を持つものはカメの顔の近く、持たないものは前足の付近に集まり、無数の魔物の群れはやがて三つの赤い塊になった。


 塊が一定の大きさになったタイミングで、歪なくちばしが大きく開かれる。

 

 そして、ぐしゃり、と。


 カメは赤い塊を、喰らった。


「魔物が魔物を……、食った?」


 そんな話今まで聞いたこともないし、それによって得られる結果も全く見当がつかない。


 何度も戦場へ来ているが、今日は初めての出来事ばかりだ。


 カメは何度か口を動かし仲間を咀嚼した後、両前足をゆっくりと上げ始めた。赤い二つの塊はそれを待っていたかのように移動を始める。


 移動先はもちろん、振り下ろされる前足の直下だ。


 ぐしゃり


 戦場に再び、死の音がこだまする。


「来るぞぉぉぉぉ!」


 呆然としていた僕を、オルゴさんの叫びが正気に引き戻す。彼が指す先では、上を向いたカメが血の滴る口を大きく開いていた。


 くちばしの内側が、熱を持ったオレンジ色に光る。


 そして、


 ヴァァァァァァァァ


 咆哮と共に、複数の炎弾が放たれた。


「上だ、全員回避しろぉぉぉ!」


 上空に向かって放たれた巨大な炎の玉が重力に従って落下を始めた。その光景はまるで隕石が降り注いでいるようにも見える。


「……そういう、ことか」


 その一部始終を見た僕は、ようやくカメが仲間を殺した意味を理解した。


 しかし……、今はそれどころじゃない。


「君も早く逃げるんだ!」


 オルゴさんの指示に頷こうとした僕の視界に、絶望が映る。


 それは僕の首を、迷わず横に振らせた。


「どうした!?」


「蒼樹の、魔女が」


 僕の視線の先、誰もいなくなった戦場の中心に、


 別の隊員に抱えられていたはずの、緑の髪の女性が倒れていた。


「何故蒼樹の魔女が!? カストルはどうした!」


 その原因はいくつか考えられる。


 でも今は、そんなことどうでもいい。


 蒼樹の魔女が倒れている、丁度その一点。


 そこを狙ったかのように、無慈悲な一つの炎弾が落下し始めていたのだ。


「くそぉ! 君は逃げてくれぇぇ!」


 叫んだオルゴさんが身を小さくして飛び出した。しかし彼女が倒れている地点は僕たちがいた場所からかなり遠く、『流星』でも間に合うかどうかといった距離だ。例え奇跡的にオルゴさんが間に合ったとしても、そこに未来はないだろう。


 ……僕も、迷ってる場合じゃないな。


 決意を固めて、息を深く吐き出す。


「……雷よ、我が身に宿れ」


 小さな声で詠唱した僕の周りを、雷たちが無邪気に駆け回る。 


「『雷鳴瞬動(らいめいしゅんどう)』」


 それらが体に集約した瞬間、僕の視界は切り替わった。


 後ろを振り返ると苦しそうに項垂れている女性。


 上を見上げるとすぐ近くまで迫っている炎弾。


 間に合うには間に合ったけど、これをどうするかだよな……。


 冷え切った体が熱で温められていくのを感じながら、しばし考える。岩が炎を纏っている仕組みから岩さえ壊してしまえばいいというのはわかるが、あれだけの質量を破壊できる魔法はそうない。幾重にも重ねて詠唱すれば不可能ではないが……、敢えてそうする必要もないか。

 

 折角「最強の矛」があるんだ、出し惜しみするいわれもない。


 それにこちらなら、あまり驚かれもしないはずだ。


 開き直って、右手を頭上にかざす。


「黒き雷よ、我に仇為す敵を討ち滅ぼせ」


 黒い光が掌に集まったことを確認した僕は、


「『黒雷の爪刃(こくらいのそうじん)』」


 それを軽く、横に薙いだ。


 どごぉぉぉぉぉん


 巨大な炎弾が、激しい音をたてながら砕け散る。


 仕事を終えた漆黒の爪は手の動きに合わせて踊った後、何事もなかったように消え去った。


「君! 怪我はないか!」


 到着したオルゴさんが蒼樹の魔女を抱えながら叫ぶ。僕はその問いに無言で頷き、飛び立った彼の後を追った。


「さっきの魔法にその紋様……、君は黒雷の魔女だったのか」


 驚きを前面に出したオルゴさんに、僕はもう一度頷いて見せる。正確に言うと魔「女」ではないが、「異色魔法」を扱う人の呼び名は他にない。その矛盾に気づかせないためにも、ここは言及しない方が良さそうだ。


 前にも言ったが、人は緊急事態におかれた時冷静さを失う。


 それで面倒な説明を避けられるなら、利用しない手はないだろう。


「オルゴさん、カメの魔物についてですが……」


「ああ、まだ途中だったな。飛びながら話そう」


 着地した炎弾から生まれた火柱の間をぬいながら、一定の場所に留まらないよう飛行を続ける。カメが放つ広範囲の攻撃にはあまり意味のない行為だが、別の魔物を避けるためには定石の手段だった。


「あの共食いは、魔力補充ですか?」


「どうやらそうらしい。私も信じたくはないが、実際やつは無尽蔵に魔法を使うからな」


 それから聞いたオルゴさんの話によると、カメ型の魔物は定期的に共食いをして魔力を補充しているらしい。現れてから二時間、防御魔法が消えない理由もそれなら説明がつく。


 僕が到着した時カメが微動だにしていなかったのは、蒼樹の魔女の魔法で捕縛していたからだそうだ。彼女はエストシオから来た増援で、自らその作戦を立案したらしい。


 そうすることによって魔力の補充と強力な攻撃魔法を妨げることには成功していたものの、防御魔法を打ち破る手段までは見つからず、カメの魔力が尽きる前に彼女の魔力が尽きてしまった。それがついさっきの話だ。


「私達にこれ以上打つ手はない。彼女が唯一の望みだったが……」


 オルゴさんは言葉の続きを口にしないまま押し黙ってしまった。その手に抱えられている蒼樹の魔女が苦しそうな呻き声を上げる。色を失ったその表情は、彼女が魔力欠乏に陥っている何よりの証拠だった。


 今までの話が本当だとすると、確かに状況は絶望的だ。「狭間の魔物」はこの八百年の間無尽蔵に産み落とされている。つまり同族を共食いすることによって補充されるカメの魔力も無尽蔵というわけだ。そうなると防御魔法を打ち砕くしか手段は残されていないが、それができるならとっくにこの戦闘は終わっている。あれだけの炎弾を無数に放つことのできる魔力量だ、黒雷魔法を全力でぶつけたところで罅が入ることさえないだろう。


 しかし、打つ手が完全に残されていないわけではない。


 「あれ」を使えば、もしくは。


「オルゴさん、僕に少し考えがあります」


「……聞かせてくれ」


 僕は限られた可能性の中で思い当たった一つの作戦を、オルゴさんに伝える。


「実は僕、役に立ちそうな魔導武具を持ってるんですよ」


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