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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
13/66

1-12

 ヒナタをユーリの元に届けて、再び寮を出る。隣接する時計塔の針は午前二時前を指していた。肌を突くような寒さに、思わず身を震わせる。


 額に当てて、命令するだけだったよな……。


 先ほどユーリに言われたことを思い返しながら黒い三角を取り出す。長い間放置されていたそれだったが、ポケットの中に入れていたためかそこまで冷たくない。目線の高さまで持ち上げて、髪の上から額に押し当てる。


「反重力装置、起動」


『了解。反重力装置『流星(りゅうせい)』起動シマス』


 どこからともなく機械的な声が聞こえたと思ったら、次の瞬間には三角が消えていた。背中に生じた僅かな違和感がその行先を僕に伝える。あまりの速さに驚きながらも、僕は何の気なしに後ろを振り返った。


 ………………何だ、これ。


 その先にあったものに、思考が停止する。


 反重力装置自体は珍しいものでもない。飛行魔法を使える者が限られているため、それを科学の力で補おうというのは当然の発想だ。ヴィオレッタ一族が最初に開発してから、もう百年以上の月日が流れていた。


 だから、体が浮いたことに驚いたわけではない。


 問題なのは、その見た目だ。


 僕が知っている、実際に使ったことのある量産型の反重力装置はもっと無骨な見た目をしていた。軽い金属で作られたボディに見せかけだけの小さな翼。実用性だけを求めたその外見は、戦場以外で見れば滑稽としか言いようがない。


 それに比べて、これはどうだ。


「光の……翼?」


 戦うためのものにしては、あまりにも美しすぎる。


 背中に取り付けられた黒い三角から伸びる、四つの白い光。翼の形を模ったそれらは、僕の意志に従って優雅にはためく。主が僕であることを除けば、その光景は「天使のようだ」とでも形容したくなるほどに神秘的だ。


「ユーリらしい、な」


 呟いた僕は、苦笑いを零す。


 彼女は実用的すぎるデザインを嫌う。技術者でありながら、芸術者のような感性を持ち合わせているのがユーリ・ヴィオレッタだ。だからこの光の翼も彼女らしいと言えばその一言に尽きる。


 役に立つだけのものなんて、何の役にも立たないよ。


 どこからかそんな声が聞こえてきそうだ。


「……よし」


 ユーリのおかげで、高まっていた緊張がほぐれた。多少目立つが反重力装置も問題なく動作している。夜空へ飛び立つ僕を引き留める者も、もういない。これ以上ここに留まっているのは時間の浪費であるに他ならないだろう。


 一度地面に降りて、目を瞑る。


 ……ごめんね、ヒナタ。


 でも、いってきます。


 再び目を開いて、地面を強く蹴る。


 翼が大きく上下すると共に、体が上空へと舞い上がった。


 予想を遥かに上回る速度にバランスを崩しかけたが、何度か旋回して体を順応させる。さすがユーリだ、見た目をいじるだけでは飽き足らなかったのだろう。


 自由に移動できるようになったタイミングを見計らって「狭間の繭」へと体を向ける。できるだけ空気抵抗が小さくなるよう体勢を整えて、さらに加速をかけた。風を置き去りにしていく音だけが鼓膜を震わせる。眼下に広がる静かな景色たちは、瞬きをする度にその装いを変えていった。


 これなら、すぐに着きそうだ。


 ユーリに改めて感謝しながら、深く息を吐き出す。白く染まったそれを追いかけて少しだけ後ろを振り返ると、光の翼から零れた粒子が美しい軌跡を描き出していた。

 

 その光景はまさに、『流星』の名を冠するにふさわしい。


 ……後輩の願いさえ叶えてやれない僕には荷が重い、気がするけど。


 たまにはこういうのも、悪くないか。


 戦場へ向かっていることをしばしの間忘れ、儚く舞い散る光たちを見送る。


 こんなものでも少しだけ、ほんの少しだけでも闇夜を照らせるなら、それでいい。


 その時の僕は、心の底からそう思っていた。


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