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この世界に愛されなかった僕たちは  作者: 春秋 一五
「黒と白のプロローグ」
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1-10

 けたたましいサイレンの音が部屋に鳴り響いたのは、日付が変わって少し経ったころだった。


「ユーリ、どうかしたの?」


 意識がまだ表層にあったため、抵抗なく目が覚める。サイレンはすぐに収まったが決して夢の中の出来事ではないだろう。上半身だけを起こして、恐らく元凶であるユーリに問いかける。


「…………少しまずいことになってるみたいだね」


 僕が帰ってきた時と同じ体勢で座っているユーリが顔だけをこちらに向けた。その言葉は重々しい響きを持っていたが、何故か他人事のようでもある。ベッドから静かに降りてその隣に歩み寄った。


「……第二級緊急招集命令、か」


 モニターに映し出されている文字を読み上げ、ようやく理解した。


 なるほど、確かにこれは他人事だ。


「しかし第二級が出るのも久しぶりだね。大型が出たと見たよ」


 ユーリの操作でモニターの画面が忙しなく移り変わる。何らかの事象について調べているようだったが、機械に詳しくない僕にはほとんど理解できなかった。


 緊急招集命令とは、現在警備に当たっている警備隊の手には負えない事態に直面した時に発令される命令のことであり、場所と段階に分けて七つの階級がある。


 第四級から七級は外縁警備隊に発令されるものであり、数が若いほど多くの増援を必要とするという意味だ。外縁警備の中で最上級の危機を示す第四級が発令されることはほとんどないが、第六、七級であれば毎日と言っていいほど発令されるためさほど珍しいものではない。


 第一級、第二級、第三級は内縁警備隊に発令されるものであるが、その階級が示すのは必要とする増援の数ではなく「対象」だ。第三級は非番の内縁警備隊、第二級は選抜騎士団、そして第一級は「魔法に心得のある全ての国民」をそれぞれ招集する内容になっている。第一級が発令されたことは歴史上一度もないとされているが、もしこれが発令されれば魔法騎士学園に通う僕たちも「狭間の繭」に向かわなければならなくなるのだ。


 今回発令されたのは「第二級緊急招集命令」。珍しいものではあるが、通常では発令されたことすら僕たちの耳に入らない。ユーリが国に関係した仕事を引き受けているためついでにサイレンが鳴っただけの話だ。


 つまりこれは僕には全く関係のない、他人事なのである。


「おや、どこか行くのかい?」


 モニターを見つめていたユーリが不意に振り返った。寝巻にしているジャージを脱いだ僕は、洗濯したばかりの制服に腕を通す。


「目が覚めちゃったからね、コーヒーでも飲みに行こうと思って」


「ふうん、そうかい」


 興味なさげに呟いたユーリは再び机の方に体を戻す。根っからの甘党である彼女は昔からコーヒーが苦手だ。大抵の好みは一致するのだが、そこだけは相容れないところである。


 何やら机をがさがさと漁り始めたユーリを尻目に、洗面台に置かれたコンタクトを着ける。ちゃんと入ったか鏡で確認した後、薄暗い廊下の方へと歩みを進めた。


「ああ、ちょっと待っておくれ」


 扉に手が触れた瞬間、ユーリの声が僕を引き留めた。何だろうと振り返った眼前に、拳大ほどの何かが抛られる。反射的に目を守った左手が、運よくそれを掴んだ。


「それを持っていくがいい」


「……何これ?」


 真っ黒な三角形の、機械。


 見た目は至極単純なものであるが、だからこそ何かわからなかった。重みからして機械であることは間違いないのだが、まさか新型のコーヒーミルとは言うまい。


「キミ用に作った、新型の反重力装置さ」


「何で、今それを?」


 専門でないユーリが何故こんなものを作っていたかも謎だ。しかしそれよりも今のタイミングで渡してきたことの方が気になった。足元に寄ってきたティアを撫でながら、僕はユーリの方へと視線を移す。


「別に? 理由なんてないさ」


 傍らの箱からチョコレートを一つ取り出した彼女は、真っ白な歯でそれを噛み砕く。


「ただ必要かなと思った、それだけの話だよ」


 人工的な光を背にした青紫が、愉快そうに歪んだ。


「……受け取っておくよ」


 喉元まできていた言葉を無理やり呑みこんで、上着のポケットに反重力装置をしまう。その様子を見ていたユーリは小さく鼻を鳴らし、僕の足元を指した。その先では起きたばかりのティアが不思議そうに首を傾げている。


「黒猫は? 連れて行くかい?」


「……いや、今日は冷えるからね。おいてくよ」


 ティアに部屋へ戻るよう促し、その後ろ姿を見送る。寂しげに一度鳴いたティアだったが、素直に自分の寝床へと歩いて行った。それを確認し、再び扉に手をかける。


「それじゃあ、行ってくるよ」


「ああ。今度は土産、いらないからね」


 皮肉交じりの笑みを見せたユーリが、ひらひらと力なく手を振った。


 ……幼馴染には、全部お見通しってことか。


 苦笑いを零しながら、静かに扉を閉める。


 ユーリが普通に起きているので失念してしまいそうだが、時刻は深夜一時を回っている。勤勉な魔法騎士学園の生徒ならもう眠ってしまっているはずだ。他の生徒を起こしてしまわないよう、できるだけ足音を殺して廊下を進む。木製の床が軋む音だけがいやに大きく聞こえた。


 幼馴染だけなら、まだいいけど……。


 真っ暗な階段を慎重に降りながら、ふと思い当たった予感に頭を抱える。


 先ほど部屋の中に鳴り響いたサイレンの音。


 眠ったばかりだったとはいえ、疲れ切った僕を起こすほどには大きな音だった。さすがに寮中とまではいかないが、隣室には聞こえてしまっていたかもしれない。


 片方の隣はユーリが工房にしている部屋だからいいけど、もう片方は……。


「おっ、奇遇っすね」


 ……嫌な予感というものは、どうにも当たる傾向があるようだ。


 短時間で二回も的中したら、さすがにそう思わざるを得ない。


「先輩」


 窓から差し込んだ月光に、赤いポニーテールが照らし出される。


 金色の瞳は夜空を連想させるように、


 青い光の中で、煌々と輝いていた。


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