アゼルの傲慢 6
それからずっと、月のない夜だけ恐怖の時間が訪れる事になる。
ヒュブリス様は夜中に私の寝所を訪れ、わざわざ私を詰りに来る。
レーヴ様にそれとなく相談しても、後宮の警備は厳重だからとまともに取り合ってくれない。
それどころか悪夢をよく見るんだね、と医者に見せられる始末。
そんなある時、1つの知らせが舞い込んだ。王太子妃様がずっと臥せっているのだという。
呼ばれてヘレン様の部屋に向かうと、一足早くレーヴ様がベッドに横になっているヘレン様の元で心配そうな顔をしていた。
「アゼル。ごめんなさいね、急に呼び出してしまって……。でもみんなに聞いて欲しいの」
「いえ。王太子妃様大丈夫なのですか……?」
「ええ、問題ないわ」
少し疲れたように顔色が悪かったが、ヘレン様は心底嬉しそうに微笑んで自身のお腹に手を当てた。
「ここにね、ヴィルクリヒカイト様との子供がいます」
レーヴ様のファーストネームを呼んだヘレン様はゆっくりとまだ膨らんでいないお腹を愛おしげに撫でる。
「何?!それは本当か?!」
喜びに顔を輝かせたレーヴ様に次いで、私もおめでとうございますと祝福する。
「ええ、今から楽しみですわ。男の子かしら?女の子かしら?」
「私はどちらでも嬉しいな。世継ぎだったら君の肩の荷も降りるだろうが、君に似た可愛らしい姫もいいな」
レーヴ様の子供だ。さぞかし可愛い事だろうと、機嫌の良いレーヴ様の顔を見ながら思う。ヘレン様も同じ事を思ったらしくクスクスとおかしそうに笑った。
「あら、貴方似の女の子でも美しい姫になると思うわ。男の子なら……そうね、将軍みたいに強い子に育って欲しいわ」
ーー将軍。
急にその人の事が上がって、ドキリとする。
「ははっ、あいつのような男になったら頼もしいな」
軽やかに笑ったレーヴ様にもヘレン様にもバレないように私も微笑もうとしたが、失敗した。
「あら、貴女どうしたの?顔が強張ってるわよ?」
首を傾げたヘレン様を見たレーヴ様が私の方を振り向く。
「どうかしたのか?」
「い、いえ……、なんでもありません」
言えない。将軍が一月に一度、私の元を訪れるなんて。
ぎこちない微笑みを浮かべた私を見て何を思ったのか、レーヴ様はヘレン様の子供が男の子だったら、次の子供は私に産んでもらうと堂々と宣言する。
それはとても私にとって残酷な宣言だった。立場も何もかもヘレン様の方が上だ。
だけれど、女として愛してくれているとレーヴ様は言った。
子供って、愛する人としか作らないのよね?
それなら、なんで、私にはまだいないの?
レーヴ様の愛妾になってから早1年。
私は未だに、ヘレン様に優れていると思い込みたかった。
ヘレン様は私に一緒に子育てしましょうねと無邪気に笑いかけてくる。
私だけの王子様は、私だけを女として愛してくれるのではなかったの?
ーーそれを聞いたのは偶然だった。
レーヴ様が付けてくれた侍女に、今日は天気が良いと誘われて後宮の庭を散策している時だった。
幾分か年のいった女の人とヘレン様の話し声が私達の所まで届いてきた。
「王太子妃様はご存知ですか?あの身分の卑しい愛妾様について流れている噂を」
「あら、身分の卑しいなんて言ってはいけないわ。私と彼女は王太子様の妻ですのよ?」
「王太子妃様とはご身分が違われます。あの方は身分差をしっかり弁えるべきです」
「私は気にしてませんわ。それで、彼女がどうかしたんですの?」
駄目なことは分かっているが、私の事だ。思わず聞き耳をたててそちらの方へと向かう。
どうやら何人かの夫人と令嬢が集まってお茶会を開いているらしかった。
「その、後宮の愛妾様の元へ将軍様が足繁く通われていると……」
「まあ!」
全身から血の気が引くかと思った。バレていないと思っていた。
レーヴ様にもそれとなく後宮の警備をもっと強くしてくれと話していたけれど、本気にされなかったので、真正面から私の元に来る将軍を追い返す方法が見つからなかったのである。
驚いたように声を上げたヘレン様は、私を擁護してくれる。将軍が私の元に来ているのは事実なので、後ろめたさを感じた。
本当に、聖母みたいな完璧な人だ。
「何かの間違いではなくて?私達が将軍を呼び寄せるのならともかく、将軍が私達のいる後宮には入れない筈よ」
「そう……ですね。ただの噂です。お気になさらないで下さい」
「ええ、どこまで流れているか知らないけれど、否定しておいてね」
ねぇ、なんで?
なんで、私は怖くてレーヴ様にヒュブリス様をどうにかしてくれと言えないの?
呪いのように酷い男の言葉が喉元に貼り付いて、助けを呼べたい。
ーー「殿下はお前を助けるのか?」
ねぇ、レーヴ様。
貴方は私の、私だけの、王子様ですよね?