アゼルの傲慢 3
それから私は警備隊に引き渡されて手当を受けた。改めて鏡を見ると、頬は腫れ上がっていてちょっと血が出ていたからガーゼを貼られる。
そして自宅に返されそうになったけれど、叔母がお金を積んであの男達に依頼したと男達が言っていたと証言したせいか、2週間程警備隊預かりになる事になった。
警備隊の宿舎にある客室らしい一室が貸し与えられ、そこで快適な生活を送った。何もやる事がなかったので、宿舎で働く従業員に頼んで一緒に掃除をしたりとそれなりに充実していた日々だった。
何より叔母様の怒鳴り声が聞こえない事が、お母さんの悪口を言われない事がとても楽だった。
頬の腫れが引く頃、私に来客があった。
最初、聞き覚えのない名前で訝しんだのだが、その人を見るなりそんな気持ちは吹き飛んだ。
「やあ、元気にしてたかい?」
警備隊の面会室に姿を現したのは青空のような瞳がとても印象的だった、私を助けてくれた人。その人の後ろには、体格の良い人が付き従っていた。
「貴方はあの時の……!」
「そう。覚えててくれたんだね。私はレーヴ、こっちの男はヒュブリスだよ。あの場に一緒にいたんだ」
体格の良い男は、無愛想にも私を見て一礼しただけで口を開かない。レーヴ様には劣るが、整った顔立ちの青年だった。
だけどその鉛色の切れ長の瞳には私に対する見下したような感情が滲み出ていて、叔母様と従姉妹と同じだった。
この人、苦手だ。
直感的に思ったけれど恩人だ。失礼な事を思ってしまったと、即座に心の中で反省しながらレーヴ様に向き合う。
レーヴ様はにこにこと穏やかに微笑みながら、調子はどうだい?と切り出した。
「はい、お陰様ですっかり良くなりました。助けて頂き、本当にありがとうございます」
「いいよいいよ。私達も貴女を助けられてよかった」
「はい……。本当にあの時来てくださらなければどうなったか……」
思わず当時の事を思い出し、身震いをする。
彼は眉根を寄せて首を振った。
「辛い事を無理に思い出させてしまってすまないね。忘れた方がいいことは忘れるべきだよ」
「ええ……。ですが、私実は家に帰れなくなってしまって……」
「聞いたよ。叔母さんが仕組んだってね」
証言したけれど、裏付けが取れなかった。
そんな理由で叔母と従姉妹はお咎めを受けてはいないけれど、いつまでも警備隊預かりになる訳にはいかない。
警備隊の人がお父さんにも連絡を取ろうとしたらしいが、取れなかったそうだ。
「私から提案がある。私が関わっている店で働かないかい?危ない店じゃない。ただの定食屋での給仕だ」
「え……そんな……」
「その店で住み込みで働いている人は他にもいる。きっと君と仲良くなれると思う。それに給料もちゃんと出るよ」
「ほ、本当ですか?!」
「ああ。それにお客も給仕が美人だったら嬉しいだろう?」
茶目っ気たっぷりに微笑んでみせたレーヴ様は救世主そのものだった。
そう、私の未来は明るいって信じてた。
この人の為に、頑張って働こうって。
「やあ、アゼル。元気にしてたかい?」
「レーヴ様!!こんにちは!」
レーヴ様から紹介されたお店で働くこと半年。王都でもそれなりに大きな定食屋で、住み込みの同僚達はみんな私に良くしてくれるまさに天国のような場所だった。
沢山の人と関わるうちに、何人かの男の人から告白されたりプレゼントを何回か貰ったりした。それでもレーヴ様が1番で、レーヴ様は私の王子様だと確信していたから、プレゼントはありがたく頂いていたけれど告白はお断りした。
そして、レーヴ様は時々顔を見せに来てくれている。鉛色の瞳をした男の人を連れて。
同僚達はたまに来るレーヴ様の事をどこぞの大きな商家の息子だと思っていて、私もそれに納得していた。
レーヴ様が私を見てくれないかもしれない。そんな不安を抱えながら、3ヶ月前に彼に告白した。好きですって。
レーヴ様は穏やかに微笑んで、じゃあ、付き合おうかと快諾して下さったのだ。
彼は相当忙しいらしく、あまり会えないけれど私は幸せだった。私だけの王子様が現れて、私を叔母様から救い出して下さったのだ。これ以上望むことなんてなかった。
ただレーヴ様といる時は、いつも鉛色の瞳の男の人がいる。蔑んだ瞳で私を見つめて。
それがとても居心地が悪くて、ずっと訳が分からなかったのだ。