アゼルの傲慢 1
※タグ注意。
女の子は誰でも、自分だけの王子様が迎えに来てくれるって信じる時期があると思うの。
絵本の中でも大変な思いをして困難を乗り越えようとするお姫様は、絶対王子様が助けに来てくれるもの。
だから、だからね、私にも来てくれるかなあって。
じゃないと、辛くて苦しくてしんどくて。
小さな女の子が見るような夢物語で自分自身を慰めなければ、今すぐにでも死んじゃいたい気持ちだったの。
「アゼル!!ちょっと何やってんだい?!もたもたするんじゃないよ!!」
「はい!叔母様今行きます!」
母の末の妹の家に引き取られて早7年。
私の両親は死んだわけでもなかったけれど、とっくに私の家族なんてものは崩壊していた。
お母さんが貴族の……それも、私より大きな子供のいる男の人に見初められて愛人になったとお父さんは悔しそうに言っていた。
お母さんは子供の私から見てもとても可愛らしく、私という子供がいないくらいの若々しさがあった。それと同時に、何処か手折られそうな儚い雰囲気とキラキラと透き通るようなアメジストの瞳を持った人だった。
お父さんが言うには、お母さんは結婚適齢期前から幾つもの縁談が舞い込んでいたらしい。そこそこ立派な商家のお坊ちゃんから、王都に住む貴族に仕える執事の人など様々な人達から求愛されていたんだと。
それでも王都の隅の方にパン屋を構えるお父さんの元に嫁いだのは、お父さんとお母さんが幼馴染で、将来を誓い合った恋人だったからだと聞いた。
大して裕福でもないが、貧乏でもない。
平民の仲の良い両親を持った私は幸せに暮らしていた。
暗雲が立ち込めたのはまだ私が10にもいかない年の時。
何やらいきなり私達のパン屋に一目見て分かる位とても高級な服を着て、宝石のついた指輪やブローチを身に付けた人が来た時、お父さんが慌てて私の事を隠した。
そこで何が起きたのかは、私はよく知らない。
知らないまま、私は父が様々な所に頼み込んだ末、母の末の妹が嫁いだ酒場に預けられる事になった。
そこでの日々は今までとは一転して地獄だった。
少しでもミスすればご飯抜き。時々物で打たれる。そして、寝る場所は暑さも寒さも凌げない屋根裏部屋。
従姉妹である2つ下の女の子が他の同世代の女の子と遊びに行ったり、王都にある平民が通う学校に行っている間も私は酒場の厨房の手伝いをして明け方に眠る。
働かない者に食わせる飯はないって、叔母様は私を召使いのように扱った。
最初それを見ていた叔父さんは、姪に対してその扱いはどうなのかと叔母様を諌めていたが、元々身体の弱かった叔父さんが病で亡くなってしまってからは止める人はいない。
怒鳴り声が聞こえて、お酒のビンを抱えて慌てて叔母様の元に向かう。
すっかり眉間に皺を寄せた叔母様が私を見るなり、さらに目を吊り上げた。
「全く……とろい子だね!」
「ご、ごめんなさい……っ!」
「あんたも母親と同じでとろいわね!!この家に使えない奴はいらないよ!」
お母さんとあまり似ていない叔母様は、お母さんの事を嫌っていたらしい。お母さんへの悪口を平気で私にぶつけられるのは、もう毎日の事だった。特にお母さんと同じ色の瞳は、とてもよく詰られる。
時々お父さんから便りは来るけれど、叔母様が私がお父さんに書く返事を考えるから大体は従姉妹が体験した出来事をそのまま書いていた。
全く迎えに来る気配の見せないお父さんを待つのも疲れてしまったし、そろそろ結婚適齢期に差し掛かるのに縁談の1つもない。
このまま行き遅れて、この酒場にずっと縛り付けられるのかな……と考えたら、どうしようもなく逃げたくなった。
だからね、考えるの。別のことを。
お母さんが昔読んでくれた絵本みたいに、私だけの王子様が現れてここから助け出してくれるの。
私だけの王子様は、きっと優しいわ。
私に花をプレゼントしてくれて、一緒に王都で有名なお店にお茶しに行くの。従姉妹が言っていた、今流行っている綺麗な湖の畔で散歩するの。
まだ見ぬ私だけの王子様は、靴屋の息子さんかな、それとも果物屋の息子さんかな。酒場だけれど給仕はのは叔母様と従業員と時々従姉妹だから、同世代の男の人とはほとんど接する機会が無い。だから、色んな王子様を想像するの。
そうしたらね、ほら、心が少し軽くなるの。
私、もうちょっとだけ頑張ろうって。
お母さんもお父さんも私に恋愛をして、幸せな結婚をしてくれって言ってたもの。
そしてね、王子様に会ったら料理が得意なんですって、腕によりをかけて振る舞うの。
だから、私はまだ頑張れるわ。