20-7 地球への帰宅 (第3章・完)
『さて、今晩は晴天ということもあり、
いわゆる「月軌道アノマリー」を観測できる、絶好の機会です。
皆さんもぜひ、お時間が空いた時にでも
夜空を見上げてみて下さいね!それではまた明日~!』
米軍がデフコンを4に戻したという事もあり、
それからたった2、3日ですっかりと日本国内でも日常が戻ってきていた。
TV局も今は普通のニュースやバラエティ番組を放送している。
赤羽邸では、春乃と沙結がTVを見ながら
それぞれの作業をしていた。
「うにゅ…こんな感じかな」
「どれどれ~」
沙結が描きつけている垂れ幕を春乃が覗き込んだ。
見ると、真ん中にデカデカと『優勝おめでとう!!』という文字が踊り、
その周りには竜司やシアラ達の似顔絵が散りばめられている。
「っちょっちょーっとー!優勝じゃないと思うんだなー!」
「んぅ…じゃ、何て書いたら良いかな」
「むーー…じゃーさ、無事帰還おめでとー!なんてどーかな!?」
「んむ…じゃ…そうする」
「あとあと!にーちゃんはこんなイケメンじゃないぞー!」
「お兄、割とイケ...メン?
というか…実はブサイクに描くほうが…面倒臭い」
「あー…」
可愛らしく小首を傾げて悩む沙結に、春乃も頬を掻いて苦笑した。
「はぁ、まーそろそろにーちゃん達が帰ってくる頃だぞー。
もうそれでいーから、早く飾り付けをちゃっちゃとやっちゃうぞー」
春乃に促され、沙結がペンを置いて
その垂れ幕を居間の欄間辺りに貼り始めた。
「んにゅ…飾り付け…こんな感じ」
調理中の春乃が、ダイニングキッチンの方から居間を見遣って
サムズアップサインを送る。
「おおーーっ!いーんでないかなー!」
「にゅ…料理の方は…?」
今度は沙結が春乃の方を見て言った。
「バッチグーだぞーー!
あとは、とーちゃんとかーちゃんが
ケーキとローストチキンを買ってくるのを待つだけなのだー!」
どうやら竜司達の両親も、準備の為の買い出しをしているようだ。
しかし、それ以外の料理はほどんど春乃が作っている。
今や春乃の腕は家庭料理なら大概こなしてしまえる程になっていた。
「ただいまー」
「おおーっ!丁度良いタイミングでかーちゃんが帰って来たのだ!
おかえりー!」
買い出しした荷物を抱えてリビングに入って来た由佳子は
どっこいしょっと言いながら荷物をダイニングテーブルの上へと置いた。
「あら、まだ竜司達は帰ってないのね?」
二人の顔を見回しながら由佳子が訊く。
「そうなのだー」
「うにゅ」
それから居間の欄間に掛かった垂れ幕を見て、首をひねる。
「優勝…?
竜司達、何か試合にでも出てたのかしら」
「にゅ…やっぱり…書き直すべきかも」
少しばかりしょげたような面持ちで沙結が垂れ幕を一旦下ろし、
優勝の字の上から紙を貼り直し始めた。
「それで、料理は出来たのかしら?」
母親の質問に、春乃が小さな胸を張って自信満々に答える。
「もう大体出来たのです!
かーちゃんも味見してみると良いのだ!」
「あら、そう?」
どれどれと、鍋やボウルの中を覗き込む。
「まあまあ、ビーフシチューも半熟卵入りポテトサラダもいい感じよ。
あとマカロニグラタンに、ガーリックトーストも出来上がってるわね」
一通り味見した由佳子は、
我が子の手による料理の出来にうんうんと満面の笑みで頷いた。
「どれも申し分ない出来上がりだわ。
これで春乃も免許皆伝ね、もうどこにお嫁に行っても大丈夫ねー」
「お嫁…想像がつかない世界なのだ…」
両方の頬を手でぎゅっと押しながら、うーんと目を回してみる。
「それよりもレストランを開きたいかもなのです!」
「とすれば、お店の名前は春乃亭とかかしら?」
「春乃亭…!良い響きなのです!
ゆくゆくは、”帝国”の皆さんにも食べてもらいたいのだ!」
「あら、じゃあ『イヴァゥト-86』にまず一号店を出さないとね」
「いーかもなのです!」
「うにゅ…その時は、私が店舗デザインする…」
沙結の提案に、春乃が大きく頷く。
「もちろん沙結にも手伝って欲しいのだー!!」
三人がフフッと笑ったところで、玄関の戸が再び開く音がした。
「おおっ!?ついににーちゃんが帰って来たのかーー!?」
春乃と沙結が廊下に飛び出したところに、
父親の正樹が苦笑いを浮かべて立っていた。
「いやぁ済まんな、俺で。
ただいま」
二人ともあからさまにがっかりした表情で父親を出迎える。
「なーんだーとーちゃんかーー」
「んみゅ…おかえり」
「おいおい、ケーキ買ってきたからガッカリすんなって」
正樹の手にしている、大きめの白い箱を見て
二人とも目を輝かせた。
「おおーー!ケーキなのですー!!」
「んんん…!この箱は駅前のル・ブーランルージュ…!」
沙結が何の記名もない箱を見ただけで、店舗名を言い当てた。
「おおーーー!高級店なのですーー!!」
「おぅ、折角だし奮発したからなぁ」
正樹が自慢げに白い箱を掲げた。
「置き場所はどうしましょうなのだー?」
「ああ、それならこっちにドライアイスを大量に貰ってきてるから
そいつと一緒に、居間にある床の間にでも置いておこうぜ」
「にゅ…分かった」
春乃と沙結がその白箱を慎重に持って床の間へ向かうのを見守った正樹は、
それから天井を見上げて呟いた。
「ふぅ、あとは…主賓達が地球に戻って来るのを待つだけかぁ」
- - - - - - - - - -
「あれが地球か…何もかも、みな懐かしい…」
「大ゲサだっつの」
「それ死亡フラグだぞ、東雲」
「何を言っているんだか…」
「でも、あの星を見るとホッとするのも確かね」
コックピットの正面スクリーン越しに映し出される地球を見て、
シートに座っているシアラや竜司達全員がそれぞれに
安堵の表情を浮かべ、また雑談に花を咲かせていた。
しかし、竜司達のさらに後ろ側には、
目を異常なまでにキラキラと輝かせている一団がいる。
「うっっほぉー!
あれが地球かぁーー!!
早く日本の土を踏みたくてウズウズするぅーーー!!」
「あらあら、席から急に立ち上がると危ないわよ。
でも確かに私も、本物の日本の観光地巡りが出来ると思うと
心が躍ってしまうわねぇ」
「全くもってやれやれだ…」
サリサとミアナ、つまりシアラ家の両親がはしゃいでいる様を見て
シアラは脱力せざるを得ず、頭痛すらしてきた。
しかしシアラはそれでもしっかりと操縦桿を握り
帰還ルートをしっかりと辿りつつ、
目的地である日本の多摩市、正確には赤羽邸の真上にある
『ラライ・システム』の発着ポートを目指した。
ちなみにシアラや竜司達が今、乗り込んでいるのは
シアラの愛機である『フィムカ』号だった。
あの”バイオメカノイド”群との最終決戦に勝利した竜司達は
シルヴィオス提督が指揮する銀河外縁宇宙艦隊第278任務部隊と共に
巨大ロボット『須佐ノ男』号らを引き連れて
いったんはL3ポイント(”機関”が『反地球ポイント』と呼称している宙域)に
建造されていた巨大な仮設要塞へと戻ってから、
そこで既に竜司達を待っていたオクウミと合流したのだ。
オクウミは、メンテナンスを終えた『フィムカ』号を
アラマキ-7115市からここまで持って来ていた。
要塞の宇宙港で『フィムカ』号をシアラに引き渡したオクウミは、
彼女らと別れてからシルヴィオス提督らに会い、
艦隊の幕僚会議を開催して今後について連絡協議を行った後に、
自機である『ディアマ=スィナ』号に乗り換えて別途地球へと帰還したようだ。
ちなみに、明日香もまたオクウミと共に幕僚会議へ参加した後に
疲れが重なっていた事もあって体調不良を起こしてしまい、
『イヴァゥト-86』の病院へ療養に向かったという事だった。
「それで、シアラ家の…サリサさんとミアナさんは
これからどーするんだっけ?」
竜司が訊いた。
「ああ、皆んなを船から下ろしてから、
私は二人を連れて一旦『イヴァゥト-86』まで飛ぶよ。
そこにある一時訪問者用ホテルに二人を泊めさせるつもりだ」
と、そう言ってシアラは二人の方をちらっと見た。
「えーー、日本にある本物のホテルとか旅館がいーんだけどなーー」
サリサが口を尖らせる。
「サリサ、私達はまだ21世紀地球日本での法規や所作とかは学んでないわよ。
だからスレナの言う事にも一理あるわ、仕方ないわねぇ」
ミアナの言う通り、”帝国”から地球日本へ行こうとする訪問者は
必ず一度は『イヴァゥト-86』に立ち寄り、そこで21世紀地球日本での
法規及び所作研修と訓練を受けてもらうようにしていた。
でないと、もし現地で訪問者が何かトラブルでも起こそうものなら
下手をすれば、現代の地球で”帝国”の存在が発覚してしまう事になり兼ねない。
もちろん、そうならないためにも
時空探査局傘下の『レイウァ計画司令センター』が
現地日本政府(の一部)とも連携し、地球へ旅行する訪問者を管理する体制を
整えつつあった。
そして増大する業務に対処すべく、
『レイウァ計画司令センター』自体を『レイウァ計画事業本部』に組織改編し、
その総本部を『イヴァゥト-86』に置いて、
日本本部は暫定で『レイウァ計画司令センター』のある多摩市上空の
『ラライ・システム』内に置かれる事となった。
ゆくゆくは、現地日本のどこか地上にあるテナントを借りて、
そこに日本本部を移す事も考えている。
既に『イヴァゥト-86』では、数十万人もの研修生が履修を終えていて、
対日本工作部隊の第一班〜第十班として日本各地での居住実験を開始されるのを
待ちわびている所だった。
『レイウァ計画事業本部』の稼働が本格的にスタートする9月頭には、
ようやく彼らも日本各地へと散らばる事になるだろう。
それと同時に、現地日本への観光事業もスタートを切る事になる。
サリサとミアナの日本旅行は、その典型的なテストケースになりそうだった。
「ええーー、ブツブツブツ…」
「まぁまぁ、良いじゃないの。時間もあることですし」
指をくねくねさせていじけるサリサをミアナがなだめるように言った。
「あれー、農場は大丈夫なんですか?」
山科が訊く。確かに農場を長い間放ったらかしにする訳にも行かないだろう。
「ああー農場ねーー農場なら大丈夫だよーー!
大体自動化してるし、それに君達のお陰で
アラムトリア撃退ドロイドのアップデートも順調に終わったから、
今はもう大活躍している頃さーーー!!」
「おおっ、そーでしたねー」
宇宙農場を荒しまわる宇宙生物『アラムトリア類』を撃退するために
先日シアラ邸を訪れた竜司達に宇宙艇へ乗ってもらい、
その宇宙艇の挙動パターンを解析してドロイドを再プログラミングし、
従来のドロイド挙動パターンに慣れてしまっていたアラムトリアを
驚かせて撃退する事に成功していた。
ちょうど、日本でも畑を荒らす利口なカラスを撃退しようと色々なグッズが
開発されているのと同じようなものである。
「と言うわけで、私達は研修を含めて2週間ほど
地球日本の観光に行って参りますわ」
ミアナが嬉しそうに言った。
「それで…私は2週間もの間、
コイツらの付き添いをしないといけなくなった訳だが…」
どんよりとした顔のシアラを、
サリサが後ろからチョークスリーパーを掛けた。
「なんだとー!
コイツらとは何だーー!?
親はちゃんと敬えーーー!!」
「うぐぇええギブギブギブ!!
ってか操船中にそれは止めてくれって!!」
しかし流石に、サリサが暴れても『フィムカ』号は小揺るぎもしない。
「じゃー、今日はウチで飯は食ってかないのか?」
「あぁ…非常に、非常に残念ながらな…」
多くの未練を残したまま切腹をしようとする武士のような無念そうな表情で
シアラが弱々しげに呟いた。
「残念だなぁ、今日は春乃達が料理を一杯用意してくれるって言ってたのに。
神崎と東雲と山科も、ウチで食ってくか?」
「良いのかしら?」
「ああ、もちろんだ。
両親や春乃や沙結も俺らの帰りを心待ちにしてるからさ」
「おおっ、春乃氏の手作り料理ですな!」
「はいはーい!私も参加しまーす!」
「じゃ、三人とも来るって事で、
スマホに連絡しておくぜ」
竜司は言うが早いか、スマホをポチポチして赤羽家に連絡を入れる。
「これから4人が地球に帰宅します…っと」
ちなみに『フィムカ』号内から特殊な通信システムを用いて
『ラライ・システム』経由で日本の一般的な携帯通信回線と接続している。
「くっ…久しぶりの春乃の手料理…
思う存分に堪能したかったのだが…」
竜司達がはしゃいでいるのを横目に、シアラが血涙を流さんばかりに
歯をぎりぎりと軋ませた。
「あらあら、その春乃さん?の手料理はそんなに美味しいのかしら?
スレナの心をそんなに捉えるなんて、
私としても気になるわねぇ」
ミアナが頬に手を当てて言った。
「ああ、大変素晴らしいものだ。
特に、地球日本に来て最初に食べたあの雑炊の味は
生涯忘れる事はあるまい…」
「それなら今度機会があったら、
赤羽さんのお宅にもお邪魔させて頂こうかしら?
ぜひその春乃さんにもお会いしたいわねぇ」
「ええ、もちろん大歓迎っすよ。
いつでも来て下さい!」
竜司が親指を立てて請け負った。
「赤羽、本当にいいのか?
コイツらマジで荒しまわるぞ。特にサリsグェエエ!!」
言うそばからサリサがまたシアラの首を絞め上げる。
「をぉお!鮮やかなフルネルソン!!」
東雲がまるでプロレスを観戦しているかのように説明を入れた。
「実況してないで止めないと…」
呆れたように神崎が呟く。
「げほっ…まぁとにかく、
行く時はちゃんと前もって心の準備をしてもらわないと…」
捻られた首を苦しそうにさすりながら、シアラが言った。
「ああ、大丈夫さ。
その時には、ちゃんとシアラにも一杯ご馳走するから」
「本当か?約束だぞ!」
そうこうしている内に、
『フィムカ』号は夕暮れの多摩市上空へと到着しつつあった。
見る見る間に、赤羽邸の屋根がクローズアップしてスクリーンに映し出される。
「あー、やっぱり何かほっとする景色だよねー」
「うむ、然り」
「もはやこの情景は、私達のDNAに深く刻まれていると言っても
過言ではないわね…」
「何しろ、2週間ぶり?だからな。
まぁシアラ邸から一度戻っているから、正確には1週間ぶりかな」
竜司達が夕焼けの町並みを見て、口々に想うところを言いあった。
それ程までに、久しぶりに見る晩夏の夕景は遠くの積乱雲も相まって
まるで一枚の名画のように彼らの心に映っていた。
「さぁ、到着だ。
例によって、そこのデッキへ止めるから
お前達はベランダから中に入ってくれ」
「へーい」
シアラに促されて、竜司達は側面のハッチから
ベランダへと次々に降り立った。
「それじゃ、サリサさん、ミアナさん。
ありがとうございました。お元気で」
「一緒にいれて楽しかったですよー!」
「うむ、お世話になったで御座る!」
「ご迷惑をお掛けしまして、本当に申し訳ありませんでした」
「あー、良いって良いってーー!
どうせまた数日後に東京で出会うだろうしさーーはははーーー!!」
「東京でって…まだロクに観光プランも立ててないだろうが…」
シアラのガックリしたような呟きをよそに、
サリサとミアナは竜司達への挨拶を済ませる。
「それじゃーねーーー!!」
「お疲れ様でーす!!」
『フィムカ』号が再び上昇して行くのを、
竜司達はベランダから手を振りながら見送った。
「さて、じゃー中に入るか」
竜司がベランダのガラス戸をガラッと開けると、
中から色々な料理の芳しい香りが流れ込んで来た。
「おおおっ…これは…ビーフシチューであるぞ!!」
「ガーリックの良い匂いもするじゃん!」
「ダメよ…不躾じゃないの」
竜司達がベランダから2階の廊下に入りながら
口々に言い合っていると、
階下からドタドタドタっと誰かが駆け込むような音が聞こえて来た。
そして、ダダダダッと階段を上がる二人の足音が近づいてくる。
「よっ…ただいま」
「お…お帰りなのだーーー!!」
「うにゅっ…!!」
春乃と沙結が、敬愛する兄の懐へと勢いよく抱きついた。
- - - - - - - - - -
”帝国”の実質的な中心である皇都星・イザミアの皇宮では
今日も多くの子供達が、恒星アンクヴォールの柔らかな陽光に照らされた
広大な庭園内で、自由に遊びはしゃいでいた。
しかし、庭園のそばにある巨大な皇宮宮殿の一角にある会議室では
穏やかな外とは打って変わって、重々しい雰囲気に包まれていた。
『従って、我々も全く予想出来ていなかったのですが、
どうやらこの事件には”帝国”ないし、こちら側の銀河世界に属する”何者か”が
関わっていた疑いがあるのです…』
通信用3Dスクリーンの向こうには、
オクウミの深刻そうな顔が映し出されている。
そして彼女に相対する人物も、似たような憂慮の表情を浮かべていた。
『天津風之宮殿下におかれましては、
御心を騒がせ奉るようにて大変申し訳なく存じますが
一刻も早く、全容解明を図るべく努めて参る所存にてございます』
恭しく画面の向こうで一礼するオクウミに、
天津風之宮殿下と呼ばれた女性が声を掛けた。
「オクウミ」
『はい、天津風之宮殿下』
「何度も言っているではないですか、
余のことは昔のように、リュミリアと呼んで下さい」
『はい…では、リュミリア様』
リュミリアはゆったりとした面持ちで微笑んだ。
「それで、その”何者か”についてなのですが…
実を言うと、余には幾つか、その正体について思い当たるものがあります」
『正体…ですか?』
意外な事を口にしたリュミリアに、オクウミが目を大きく開いた。
「ええ、そうですね。
まずは帝国多重議会の議員の一部…
例の、反時空探査局派の方々ですね。
彼らの手によれば、”帝国”国内のn次余剰次元空間へ
工作を行う事も容易でありましょう。
ただし余の目には、彼らがここまで大規模な反動的活動に出るとは
いささか、考えにくく思われます」
オクウミが頷いた。
当然、n次余剰次元空間に許可なく過度な工作干渉を行えば
近傍の人工次元世界の存立が危うくなる事態も有り得るので
”帝国”どころか”日本宇宙人類文明体”全体にとっても禁忌と言えた。
「しかし彼らの更なる背後に、誰かが手引きしているとすればどうでしょう?
例えば、”帝国”の外の勢力…”監察団”のような」
”監察団”…すなわち”実体星間監察事業団”というのは
”日本宇宙人類文明体”を構成する行政体の一つで、
その勢力は”日系人類銀河帝国”よりも一回り以上も大きい。
”帝国”は、長い歴史の中で常に”監察団”の政治的挑戦を受け続けて来た。
完全に敵対していると言う訳ではないが、
それでも”帝国”にとっては十分に脅威として捉えられている。
いわば、米ソの冷戦に近い状態である。
『ま、まさか…
それは真に御座いましょうか!?』
大胆な発言に動揺するオクウミに、リュミリアが再び微笑みかけた。
「これはあくまでも、余の推測に過ぎません。
ですが、最近の”監察団”内において
いささか不穏な噂を耳にした事がありますので」
『”不穏な噂”、ですか…?
差し支えなければ、その噂というのをお聞かせ賜りたく存じますが…』
「もちろんですわ。
まず、例の『テーチ』への支持を表明したホーフホーヒ卿率いる在帝大使館、
彼らは本来なら、”監察団”の全権代表と言っても差し支えないのですが
どちらかと言うと、ホーフホーヒ卿は先鋭派であって
保守的な現在のロンゴンロ総統府とは相入れなくなりつつあります」
『確かに…』
オクウミは、以前に『テーチ』とホーフホーヒ卿との会見を
セッティングした事を思い出した。
あの時、ホーフホーヒ卿は明らかに”監察団”側の機密情報を意図的に漏らし、
こちら側に向けて政治的駆け引きを持ちかけて来たのだった。
それに対して、ロンゴンロ総統府…”監察団”の実質的な行政中枢からは
ホーフホーヒ卿の行動は利敵行為と見做されている可能性がある。
そして、”監察団”内部のそうした勢力なり陣営なりが
近年において勢力拡大が著しいホーフホーヒ卿派の足を挫こうと、
このような妨害行為を起こした可能性は十分にあるだろう。
「そして、更に”監察団”内部では
何らかの政治的衝突、あるいは動乱が発生する兆候を感じるのです」
『ど、動乱ですか!?』
「もちろんこれは只の勘ですし、
余と貴方、二人の中に留めておくべき話ですわ。
でも、そのような可能性もあると言う事だけは、心に命じておいて下さい」
ゴクリと生唾を飲んで頷くオクウミへ、リュミリアは言葉を続けた。
「一つの要素として、
”監察団”内部では最近、一種の”宗教”とも言える組織あるいは概念体が
伸長しつつあるらしいのです。
しかも、彼らは”監察団”以外の政体にも勢力の枝葉を広げつつあるようです。
その正体は、今のところ余にも全く分かりませんが…
彼らが一種のトリックスターとして”監察団”内外を掻き回し、
何らかの事象いえ事件を”監察団”や更には”日本宇宙人類文明体”全体で
引き起こす可能性があります」
『どのような事象が発生するか、予知や透視は難しいのでしょうか』
「そうですね。
”監察団”にも強力な超能力対抗部門が組織されているようです。
”帝国”も遥か昔から、”監察団”に対する予知や透視を試みていますが
ことごとく失敗していますから」
『となると、後は…』
「ええ、貴方の考える通り、
とりあえず”帝国”としては、今は従来通り”監察団”側において親”帝国”勢力を
地道に増やしていくしか方法がありません。
その状況下で、くだんの事件の首謀者をあぶり出す事は
至難の技となるでしょうね。
もちろん、首謀者が”監察団”の中にいると仮定して、の話ですが」
確かに、首謀者は”監察団”とは限らないだろう。
”帝国”に対抗する政体には他にも、
”青紫-琥珀同盟”、”六一七協約体”、”宙生態環族”など数多くある。
彼らは常に、”日本宇宙人類文明体”の主導権を握ろうとして
互いに権謀術数の限りを尽くしているのが実情なのだ。
しかし、現時点では”実体星間監察事業団”に首謀者がいると考えた方が
その蓋然性が高いだろうとオクウミには思われた。
「そういう事で、オクウミには
苦労を掛けて申し訳ないと思うのだけれど、
宜しくお願いしますわね。
余も、独自に外交ルートを通じて調査をしてみます」
『殿下の御手を煩わせ奉りまして、大変恐縮に存じます』
「いえいえ、こちらも好きでやっているだけの事…
それに、余とオクウミの仲ではありませんか」
『はい…』
「それでは、またいつか。
”黎明京”にある場末の酒場で
昔のように二人で呑み明かしたいものですね」
『そっ…それは…
私も昔のように呑めるかどうか…』
「ふふっ、そう韜晦しなくても良いのですよ?」
『やれやれ、リュミリア様は相変わらずでしたね』
二人はお互いに、昔の頃を思い出してひと時の間、微笑みあった。
しかしすぐにオクウミは再び顔を引き締める。
『それでは、また何か判明致しましたら、
ご報告に参りたく存じます』
「ええ、宜しくお願いしますわね」
オクウミとの通信を終えたリュミリアは、
ゆっくりと窓辺に歩みよってから
繊細な仕立ての白いカーテンを開き、外の景色を眺めやった。
外の庭園では、子供達が鮮やかな陽光を浴びながら
思い思いの遊び道具を使ってはしゃぎ回っていた。
リュミリアは、もしこのような光景が見られなくなる事になるとしたら、
それは一体どのような事態なのだろうか、と考えてみた。
「もしそんな事になるとしたら…それは間違いなく
50万年以上前に終結した銀河大戦の、再来となるでしょうね…」
これにて第3章は終わりです。
第4章に入る前に、
簡単な人物紹介一覧と、設定&登場メカ一覧を書くかも知れません。




