20-2 最終防衛ライン
「全艦、ワープ完了!
通常空間航行に移行」
ワープの完了を艦橋で見届けたシルヴィオス提督に
副官のトゥクリ=ヴァリ大佐が声を掛けた。
「作戦会議の準備が整いました」
「うむ」
旗艦ヴァラクダータの艦橋にある作戦会議フィールドでは、シルヴィオス提督およびに副官のトゥクリ=ヴァリ大佐、並びに主席幕僚数名が参集していた。
ここでは作戦範囲の宙域をフィールド内へ3D表示させてあり、会議の参加者達がその3D画像内へ自由に入り込んで作戦内容を討議する事が出来る。
「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。
このカイパーベルト領域を最終防衛ラインとし、
我々はここより”バイオメカノイド”共を
絶対に太陽系領域へ入れさせないようにしなければならない。
その為には、ここを会戦の地として敵を徹底的に殲滅する必要があるだろう。
どのような作戦が良いか、皆の活発な討議と有効な結論が出る事に期待する」
シルヴィオス提督が厳かに言うと、トゥクリ=ヴァリ大佐がその後を継ぐ。
「現在、敵は地球原点座標からの
相対赤経15h 01m 56s、相対赤緯+40° 23’ 26”、
うしかい座β:恒星ネッカルの方角から来寇しており、
現在は地球からおよそ60億kmほどですが、
時速およそ7000万kmという亜光速で進んでいる為
あと3日半ほどで地球圏に到達する見込みです」
トゥクリ=ヴァリ大佐は3Dフィールドの中に分け入り、敵の軌道を指差した。
「しかし、速度は時折変動させており、
我々にもなかなか正確な到達予想時刻が掴みきれません。
これは、恐らく敵の本隊から何度か
別働隊を分派させている影響ではないかと思われます」
「敵は相変わらず亜光速とは言え、通常航行をしているのか。
なぜワープ航行を行わないのだろう?」
「はい、恐らくはワープ技術を持っていないのでは無いかと思われます。
敵の時空航跡をトレーサーで確認したところ、
少なくとも30地球日程度は亜光速を維持していた事が判明しています」
「敵の数は、今どれ程いるのでしょうか?」
補給部隊指揮官のコプンドム少将が訊いた。
「はい、当初は30万体ほどが本隊にいたと思われますが、
度重なる別働隊の分派により、現在は20万体ほどに減少しております」
「その別働隊は、今どこに居るのでしょう?」
「ええ、一部は斥候部隊として地球圏へと先行し、
月にある結界用魔法陣を攻撃しておりましたが
”特殊小隊”によって全て撃破されました。
また、別の部隊はオールト雲内にある
幾つかの準惑星への攻撃をしておりましたが、
これも我が方の駐留部隊の撤収と同時に撃破されております」
フィールド内の映像が、凍った準惑星を映し出した。
「つまり、ここに来ているのが、
敵の残りの全勢力と言って良いのですね?」
「はい、間違い無いでしょう」
トゥクリ=ヴァリ大佐が頷く。
「宜しいでしょうか」
背の高い女性将官が手を挙げた。
前髪を切り揃えた長い黒髪と乏しい表情が相まって精緻な日本人形を思わせる。
「アンシュリアレー准将、どうぞ」
「私は今回の第278任務部隊にて、
レ683-1魔力戦部隊とワ5678-4超能力戦部隊を統率していますが」
とアンシュリアレー准将が前置きしてから、一度言葉を切った。
「私のところの予知技術中隊は、この”起源世界線”に来て以来
なかなか思うような予知精度を上げられておりません。
というのも、恐らくこの”世界線”に
部隊員の量子意識ダイナミクスが馴染んでいないからと思われるのです」
「現在の予知精度は?」
「はい、ドレン=ジェム計測法で平均して40%にも達しておりません。
これでは作戦域での実用的な予知を行使するのは難しいです」
「ふぅむ…」と、提督や幕僚全員からやや沈んだような溜息が漏れる。
「そこで、提案なのですが」
と、アンシュリアレー准将が掌からデータファイルを3D表示させた。
「現在、”特殊小隊”に参加している赤羽明日香という
”起源世界線”出身の民間人がおります」
データファイルから、明日香の顔写真がポップアップされた。
「実は、彼女はレベル16相当の予知能力を有しておりまして、
正直我々の超能力技術兵の中でもエース級に比肩するレベルなのです。
そこで、彼女にも本作戦に参加してもらい、
彼女の予知を活用させて頂きたいと思います」
「なんと、レベル16とな…」
シルヴィオス提督が驚く。
「しかし、所詮は民間人なのだろう?
軍事作戦に参加出来るだけの実戦スキルはあるのだろうか?」
「はい、その点については申し分ありません。
何しろ彼女は、先般の月近傍宙域での戦いにおいて、”特殊小隊”を率いつつ
先行していた3万もの数を擁する斥候部隊を全て撃破した実績を持っています」
「ほう、それは凄い!」
「それでは是非とも…」
「いや、彼女自身の意思はどうなんだ?
やはり民間人としては嫌がるのでは無いのか?」
幕僚達が次々に発言する。
「はい、その件についても問題ありません。
既に彼女と”特殊小隊”への打診を済ませており、
彼女自身の了承を頂いております」
アンシュリアレー准将が掌をひるがえすと、
今度はその掌から飛び出した小さな画面が幕僚達の前に映し出された。
『皆さん、初めまして。
私は赤羽明日香と申します。この”特殊小隊”を率いております』
明日香の声が作戦会議フィールド内に朗々と響いた。
なんと准将は、明日香とのリアルタイムの通信をこのフィールドに繋いでいた。
「これは驚いた。
赤羽明日香さん、初めまして。
私はシルヴィオス中将だ。この作戦を指揮する立場におる」
『どうも初めまして、シルヴィオス提督』
画面の中の明日香が、にこやかに挨拶した。
『先ほど、アンシュリアレー准将から説明があったと思いますが、
私達”特殊小隊”もこの作戦に参加させて頂きたいと思います。
既に現在、私達の搭乗する17機の大型ロボット編隊が
作戦予定宙域へ向けて急行しておりまして、到着はあと1時間後です』
フィールド内の3D映像が、飛行中の大型ロボット17機を映し出した。
「ははっ、これは一本取られたな」
シルヴィオス提督が笑った。
『それで、皆さんにこの作戦会議の場で
お伝えしなければならない事があります。
実は先程も予知を行いまして、その結果が出たのですが…
くだんの”バイオメカノイド”本隊は、
あと1時間以内に大きく5派に分裂します』
「何だと!?それはどういう事だ!?」
『はい、敵の目的は、上下左右の方向より宇宙艦隊を包囲し、
逃げ道を無くしてから全方位よりナノマシンを散布するつもりのようです』
- - - - - - - - - -
『ちーっす。おひさ』
通信パネルの3D画面に出て来た竜司を見て、
神崎がまるで呆れたような顔を浮かべた。
「全く赤羽くんは、一体何をしているのかしら?
こんな危険な場所にまで出張って来て…」
『おいおい、そりゃ無いぜ神崎さんよ。
危険というなら、何でお前らも宇宙艦隊と一緒にここまで来てんだよ?』
「そ、それは…!
この作戦の立案者としての、責任があるからに決まっているでしょう?」
神崎は若干どもりながら反論した。
『作戦の責任者ぁ!?』
「はいはーい、そこの神崎ちゃんに変わって説明しまーす」
と、神崎の横から山科が乱入してきた。
「実は赤羽くんと東雲くんがロボットに乗って戦いに出ちゃった時に、
ほぼ同時に私達もシアラちゃんのご実家にまた行ってたんだよねー」
『へぇ?何でまた?』
「ほら、二人も聞いてたでしょー。
サリサさんがあの宇宙農園で栽培してた
”バイオメカニカルプラント”ってやつ」
『おぉ!サリサ殿ですな!何とも美丈夫な人であった!』
東雲が、竜司とは別の画面でウンウンと頷いた。
二人とも、搭乗したロボットのコックピットから
ヴァラクダータまで通信を掛けている。
「ちょっと東雲ちゃーん。年増好きにも程が…」
「ほーー!私ってそんなに美丈夫なんだーー!?」
東雲の発言に山科がジト目を向けようとした時、山科の頭上から
今度はサリサが覆いかぶさってきた。
『ぉおおお!?サリサ殿!?』
いきなり現れたサリサに、東雲が画面からハミ出す勢いで吃驚する。
『ぇえ!?サリサさん、何で居るの!?』
竜司も目を丸くしながら彼女へ問うた。
「おおーー!赤羽くんも元気してたかなーーはははーーー!!
私はねーーやっぱりホラ、
自分で手塩に掛けて育てた”バイオメカニカルプラント”が
ちゃんと大事に使ってもらっているかを確認したくてねーーハハッ!!」
「あらあら、ごめんなさいねぇ。
サリサったら一度行くって言い出したら聞かなくてねぇ」
『み、ミアナさんまで…』
若干呆れたようになった竜司だが、そこで話の内容を元に戻そうと尋ねた。
『で、その”バイオメカニカルプラント”がどうしたんですか?』
「あーー、そうそう!!
今の所、唯一と言っていい”バイオメカノイド”への対抗兵器が
私のところの”バイオメカニカルプラント”、
正確にはその果実なんだよねーー!
それを”バイオメカノイド”へ吸着させるとねーー、
まるでバクテリオファージみたいに、吸着した奴を急激に変質させて
コロッと殺しちゃえるんだよねーー!ハハハーーー!!」
『うぇえ!?
そ、そんな便利なもんがあの宇宙農場に植わってたんだ…』
「というわけで、今回はそのファージを対”バイオメカノイド”用兵器として
宇宙艦隊に採用してもらい、
艦隊の全兵装にファージを搭載させる事になった。
その計画の大元であるアイデア立案を、
神崎さんと山科さんにしてもらったのだ」
シアラがサリサの後を継いで説明した。
「そうそう!あの時に姉御が、
”バイオメカニカルプラント”の事を言ってくれなかったら
私達もこんなアイデアを思いつかなかったよー」
山科がウンウンと頷く。
「ふふーん!!でっしょーー!!」
サリサがウインクしながら親指を立てた。
「でもねーー、そこはこんなアイデアを閃いた
山科ちゃんと神崎ちゃんのお陰でもあるんだよねーー!
でなきゃ、多分あのプラントはいずれ、ミアナにお小言言われて
処分しなきゃいけなくなったかもだしねーーハハハーーー!!」
それを聞いたミアナに一瞬ギロッと睨まれて、
サリサは冷や汗を掻きつつも誤魔化すようにして
「イェーーーイ!!」と山科にハイタッチした。
『ははは…』
「それで赤羽、そちらの”特殊小隊”にも
ファージを装備させる事は出来るのだが、要るか?」
シアラの提案に、竜司は首を横に振った。
『いいや、大丈夫だよ。
どうやら、俺らは俺らで別の作戦があるみてーだからさ。
そこんとこは今、ねーちゃんが
艦隊作戦会議の中で話し合って決めている最中みたいだし』
そこまで竜司が言ったところで、今まであまり話していなかった神崎が
意を決したように口を開いた。
「…あ、あの…赤羽くんに東雲くん…
わ、私も、貴方達の”特殊小隊”に参加しても、良いかしら!?」
『ぅ、うぇ!?
神崎、な、何で?どういう事だよ…!?』
『Oh、リアリー!?』
竜司と東雲が共に首を傾げる。
「いえ、あの…
私も、こんな安全圏で踏ん反り返って
戦いを眺めるだけじゃダメだと思ったの…
それで、もし良かったら、
私もあのロボットに乗り込んで、戦いたいなと…」
徐々に声が小さくなっていく神崎だったが、
最後にキッと顔を前に向け表情を引き締めた。
「いえ、私も戦わせて頂戴!!」
『…分かった』
竜司が頷く。
『神崎が強情なのは、今に始まった話じゃねーしな。
俺らが引き止めようとしても聞かねぇだろうし、いいぜ!!』
『ウェルカーム!!』
竜司と東雲が同時に親指を立て、歓迎のポーズを向けた。
「二人とも…ありがとう!」
そこへ山科も、横から乗り込んでくる。
「ちっちっち、私をお忘れじゃーありませんかねー!?
私だってやる時はやるよ~!
それに、より近くでバトル見れるチャンスあるなら行くっきゃないっしょ!」
『ふん、貴様はそういっておきながら俺を盾にするつもりだろう?
しかーし!盾になる俺、超カッコイイ…!!』
「いや別に東雲ちゃんを盾にしたところで
大して面白くもならなそうだからけっこーですー」
『オヴゥフ!』
「それに、私はそのファージを使って色々試してみたい事あるしねぇ。
ファージ伝いに”バイオメカノイド”を
私の能力でハッキングしてみたら面白そうじゃん?」
『ハッキングかよ…まぁ危険がない程度にやりゃいーんでねぇの』
竜司が首をすくめる。
そこで、明日香から割り込み通信が入った。
『あら、みんな揃ってるわね。
ちょうど良いわ。作戦が決まったわよ』
- - - - - - - - - -
「敵性群体、15光秒の距離に接近、間も無く射程距離に入ります」
「全艦、作戦準備完了」
スクリーン越しではあるが、
急速なスピードで接近してくる”バイオメカノイド”群に
艦隊の全将兵が固唾を飲む。
「敵性群体、5つに分裂を開始しました!
予知された時間通りです!!」
宇宙艦隊の真正面で、宇宙艦隊の接近に合わせて
前進する速度を急激に落としていた”バイオメカノイド”群は、
一塊りの白い雲のように見えていたが
突如として、その塊から上下左右方向に白い羽根のようなものが広がりだした。
それはまるで4弁の花が咲くように、
見る見る間にスクリーンの視界一杯にまで拡散しながら
群れが拡がっていく様を見て、士官達の間からオオッと声が上がる。
「よし、それではこれより作戦を開始する。
全艦、後退」
「全艦、後退開始!」
シルヴィオス提督の号令で、全艦隊が整然と後退をし始めた。
しかし、敵の射程範囲ギリギリまで接近し、
出来る限り敵を引き付けながらの後退なので
各艦の将兵達も、敵の”直角貝級”等から砲撃を受けないかと緊張しながら
艦隊機動を行なっている。
しかし、そうでもしないと
敵に事前にこちらの動きが読まれてしまう可能性もあった。
「出来るだけ、出来るだけ包囲陣を縦に引き伸ばすんだ」
シルヴィオス提督も、被っている軍帽から汗を吹き出しながら
艦橋の大スクリーンを、穴が開きそうなほど注視していた。
”バイオメカノイド”群は宇宙艦隊を前にして、
一度減速を行なって宇宙艦隊を引き付けてから
いきなり上下左右へ群れを分岐させ、
中心の群れと合わせて5つの群れがまるで大輪の花を咲かせるようにして
猛スピードで作戦宙域全体へ拡がっていく。
そして花びらが再び閉じるように、
正面の空間にいる宇宙艦隊を包囲しようとしていた。
しかしそのギリギリのタイミングで、宇宙艦隊が急速後退をし始めたので
宇宙艦隊の動きに戸惑った花びらの先がぐんぐん前方へと伸び始めて、
逃げる宇宙艦隊を捉えようとした。
真ん中の群体は花びら側に対してやや出遅れるので、
結果として包囲網の壁が自ずと薄く薄く引き伸ばされていくのである。
敵の包囲陣形状が次第にチューリップ状になり、更にフルートグラス状になり、
しまいには試験官のように細長くなった頃を見計らった観測士官が
シルヴィオス提督に報告した。
「35度の方角で、群体密度が目標数値までの減少を確認!」
それを聞いたシルヴィオス提督は即時に全艦隊に号令を発した。
「よし、今だ!!一番薄くなった方角に対して
全艦、急接近しつつ斉射開始!!」
全艦隊の砲門が開き、
敵の包囲網で一番薄く伸ばされた状態となった35度付近へ向けて
橙色や紫色、緑色など色とりどりの太い光条が無数に放たれていった。




