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19-9  月面での邂逅

”バイオメカノイド”の”直角貝オルソセラス級”主砲による月面攻撃から、

十数分ほど前に遡る。




『アルファ』基地を30分ほど前に出発した、ウィリアムスン中佐率いる特別調査チームを乗せた月面用短距離宇宙艇が”E-2275A遺跡”へと到着していた。

普通ならムーンローバーで数時間掛けて行くところだが、今回は緊急事態という事もあり、ロケット燃料を浪費する宇宙艇の使用が許可された。




「何だかあっちこっちが凄え発光してんなぁ」


宇宙艇を降りたリックが、

完全に外へ露出した”E-2275A遺跡”を見回して呟いた。


そこは以前、明日香と共にこの遺跡を発見した時は小山の斜面に開いたクレバスをくぐり抜けた先の洞窟内にあったのだが、

洞窟内に半ば埋もれるようにして”休眠”していた『須佐ノ男』号が、地球へ行った明日香の元へ飛び立ったあとは小山が完全に崩れ、『須佐ノ男』号を固定していた基礎部分だけが露出して残っているだけの筈だった。


当然そこには、固定用の巨大な治具とか、高重量を支える為の碁盤目状になった土台だとか、そういった抜け殻のような遺構しか無かった。

それでも”機関”の調査チームはここに調査用臨時ベースを置き、様々な観測用機器を設置して何か変化が生じていないかを常時チェックされている状態ではあった。


従って、この数時間で急に異常振動や発光現象が生じた時に

『アルファ』基地の方ですぐに状況を把握する事が出来たのである。




「おいマクウォーリー二等技術士!

 何をぼさっとしている!早くこっちへ来て機器の確認作業を行え!!」


ウィリアムスン中佐に注意されて、

リックは渋々と調査隊員が集まっている所へ歩いていった。


「あらリック、見学時間はもうおしまい?」

ニナが宇宙服のヘルメット越しに、皮肉そうな目を向けた。


「ふん、ちょっと物思いにふけってただけさ」

「貴方が物思いだなんて、全く笑っちゃうわね」

「お前こそ、この遺跡に到着した時に艇内で少し呆けてたんじゃねぇか」

「単に考え事をしてただけよ!」


「おい!お前ら静かに仕事をしろ!!

 通信機で全部聞こえてんだぞ!!」

リックとニナの応酬が、ウィリアムスン中佐の一言で中断した。

確かに、宇宙服の通信機で会話すれば周りに筒抜けではある。


しかし、二人のわだかまりはこの遺跡に来てから強くなる一方だった。

先ほどの応酬にしても、

二人ともここに居ない人物の事を念頭においての話である。

それ程までに、明日香は二人の記憶に深く刻まれた存在ではあったのだ。




「チッ…

 ん?この数値は一体なんだ?」

リックが、”魔力子マギクス”メーターを覗き込んで呟いた。


そもそもこの”魔力子マギクス”メーターという代物が、

実際には一体何を測定しているのかリックには全然理解出来ないでいた。

だいたい”魔力マギカ”なる不可視のエネルギーが実在するのかどうかも知らない。

そんなファンタジー小説に出て来そうなエネルギーがあるなら、

人類は中世からそんなちからに慣れ親しんでるはずだろうとリックは思う。


しかし”機関”に所属して以来、科学者たちによる簡単な講義の中で、

唐突にその”魔力マギカ”というワードが出て来たので

リックは大変面食らったものだ。

どうやら物理学で言うところの、

”4つの力”以外に存在する未解明のエネルギーだと言うのだが…


そんな得体の知れない代物が実用的どころか、

安全なのか危険なのかも知れたものではない。

従ってリックは、”魔力マギカ”というワードが話に出た途端に、

眉に唾を付けて聞き流すようにしていた。


だが、遺跡の基礎部に据え付けられてあるその”魔力子マギクス”メーターのゲージが振り切れており、

過去履歴をチェックすると、その異常数値はちょうど”月震”が始まった時刻あたりから記録されていたので、

仕方なくリックはウィリアムスン中佐に報告する事にした。


「なに?

 ”魔力子マギクス”メーターだと?」

「はい」




ウィリアムスン中佐は、物理学者のアントノフ教授を呼んで

その”魔力子マギクス”メーターのところまでやって来た。


「ほうほう…”魔力子マギクス”の数値がこんなにとはねぇ…」


アントノフ教授が、メーターの記録をためつすがめつしながら調べた。

「何か分かりましたか、教授?」

ウィリアムスン中佐がアントノフ教授に尋ねる。

傍にいるリックも、アントノフ教授の手元を覗き込んだ。


このアントノフ教授は、元々はロシア科学アカデミー出身で

ロシアでの超能力研究の第一人者とされてきた人物である。

学生時代は量子物理学を専攻していたのだが、博士号取得後は

旧ソ連の超能力研究の権威とされるセルゲイエフ教授に師事し、

物理学のアプローチで超心理学・超能力研究を行なっていた。

著名な超能力者であるニーナ・クラギーナとも共同研究を行った事がある。


その後に彼は、ロシアの近世において突如出現した偉大なる人物である

ヘレナ・ブラヴァッキーとその神智学に深く傾倒し、

彼女が再編・体系化した魔術を研究するうちに、

この世界に”魔力マギカ”が本当に実在するのだと深い確信を得るに至った。


そして、”機関”の招聘を受けた彼は

秘密都市や宇宙基地などで様々な魔術関連技術の研究開発を推し進め、

完成した装置の一つがこの”魔力子マギクス”メーターというわけだった。




「なんと!これは極めて大変な事が

 この月面に起こりつつあるのかも知れんぞ!!」

アントノフ教授が突然叫んだ。


「な、何ですって!?

 教授、それはどういう事ですか!?」

咳き込んだようにしてウィリアムスン中佐が訊いた。


「いや、ワシはこの”月震”が起こり始めた時から

 『アルファ』基地内にある各種”魔力マギカ”測定装置の数値を

 注意深く見ておったのじゃ。

 異常に気づいたワシは、”エイトケン盆地”基地や”モスクワの海”基地などに

 設置しておいた同種の測定装置からのデータとも

 付き合わせて調べておったのじゃが…

 今、ようやく全体像が見えて来たわい!」


「いや、だから何がこの月に起こっているというのですか…!?」

「ええい分からんのかこのバカモンが!!」

急に怒鳴り始めたアントノフ教授に、さしものウィリアムスン中佐も怯んだ。


「つまりじゃ!

 この月面全体を使って、

 ”何者か”が何らかの巨大な”魔法陣”を発動させようとしておるのじゃ!!」


「な、何者かが!?」

「ま、魔法陣んん!?」

中佐もリックも、教授が一体何を言っているのか全く理解が追いつかない。

リックは半ば呆れながら天を仰いだ。


しかしその時、リックが空の彼方に何かが見えたような気がした。




「…ん、何だ…?

 何かが…接近してくる…!?」


真空であるが故の真っ暗な空の一点で、何か光る星のようなものが

見る見る間に急激に大きくなっていくのが分かった。


「あ…ああ!!

 危ない!!!」


その何かが、真っ直ぐにこの地点へと落ちてくるのを直感したリックは

すぐに隣にいたアントノフ教授をかばいながら地面へと伏せた。




一瞬で大轟音と共に、岩石混じりの大爆風が

リック達を包み込んだ。




- - - - - - - - - -




それから更に十数分後。

明日香の搭乗する『須佐ノ男』号が

”E-2275A遺跡”だった爆心地へと急行していた。




「な、なんて酷い事…!!」


現場にたどり着いた明日香が見たのは、

爆心地の巨大なクレーターと、その周囲に散乱する遺跡の残骸と

”機関”が持ち込んでいた様々な観測機械の成れの果て、

そして積もった岩石に半ば埋もれるようにして積み重なりながら倒れている

宇宙服姿の人々だった。


「ねえ『須佐ノ男』号、この中で生きている人を探し出せる!?」

「はい、問題ありません」

「じゃあ今すぐやって!!早く!!」

激しく動揺していた明日香は『須佐ノ男』号を急かす。


「了解しました。

 サーチ開始」




一分と掛からず、『須佐ノ男』号は

生存者と思しき位置を割り出し、

それをコックピットの3Dスクリーンに映し出した。


「ここと、あそこね!!

 大変!虫の息じゃないの!!」


生命反応の状態ステータス表示を一瞥した明日香は、

慌てて『須佐ノ男』号の巨大なロボット腕を使って土砂を掘り出そうとした。


「司令官、だめです。

 この『須佐ノ男』号の巨大な腕では、

 生存者を掘り出すような細かい作業は難しいのです」


『須佐ノ男』号に否定され、

明日香はコックピットのコンソールを思い切り叩いた。


「なんて役に立たないのよ!!」

そう言ってからハッとした明日香は、すぐに前言を撤回する。

「ご、ごめんなさい『須佐ノ男』号、貴方が悪いんじゃないわ」

「いいえ、気にしないで下さい」


「そ、そうだ!!

 こうなったら私自身が掘れば良いんだわ!!」

そう言って明日香は、いきなりコックピットのハッチを開ける。


「司令官!!大変危ないですので…」

と『須佐ノ男』号が制止するのも聞かず、

彼女は『須佐ノ男』号の胸部にあるコックピットから

月面へと思い切り飛び降りた。


「はぁあああああ!!」

幸い月面は低重力であり、また宇宙服の非常用重力=慣性制御機構も働いたので

彼女は地面に激突するような事もなく、ふわりと地面に降り立った。




「も、もしかして…

 まさかここにリックが、ニナが居るの!?

 ねぇ!!返事して!!お願い!!

 今から貴方達を掘り出すから!!」


もし、ここにあの二人が居たのならば。

何度も見たあの予知夢が、

今までの努力によって回避されたものだと思っていたのに

結局は運命の修正力によって予知が成就してしまうのだろうか。


明日香は、絶望的な思いを抱きながらも

宇宙服のグローブ越しではあるが手をそのまま使って、

慌てて大量に積もった土砂を掻き出そうとした。


「司令官、いけません!

 宇宙服が破けてしまいます!」

『須佐ノ男』号が滅多にない激しい口調で明日香を押し止めようとした。


「じゃ、じゃあどうすれば良いのよ!?

 ここには、掘る道具なんか無いじゃない…」

泣きそうになりながらも懸命に手で掘ろうとする明日香に、

『須佐ノ男』号の腕が動いた。


「司令官、これを」

「え!?」

「只今、私の腕のパーツを一部取り出して形状を改修したものです」

そう言って、『須佐ノ男』号は自らの右腕から一本のシャベルを取り出して、

明日香の元に置いた。


「あ…ありがとう!!」

シャベルを受け取った明日香は、

猛然と生存者が埋まっている辺りを掘り始めた。


そして、シャベルの切っ先が何かに当たるのを感じた明日香は、

恐る恐る細かい土砂を取り除いていく。




「い、居た!!

 ねぇ!!大丈夫!?目を覚まして…!!」

「う…うう」


明日香は、掘り出した生存者の肩を叩いて意識を確認した。

透明なヘルメットは一部にヒビが入っているものの、

今のところ空気は漏れていないようだ。

しかし明日香は、その宇宙服が

昔に使用した事のある6号屋外服である事を確認してから

腰のところにあるポケットを探り、そこから応急用テープを取り出した。

それをヒビ割れた部分に貼りつけ、気密を確保する。


「違う…別の隊員だわ」

ヘルメットの奥にある顔を見て、それが見知った顔でないのを確認した。


「『須佐ノ男』号!!

 他の生存者はどこにいるの!?

 案内してちょうだい!!」


彼女は『須佐ノ男』号に命じて、土砂に埋もれている生存者の位置を

光学表示投影で示させ、そして示された場所を急いで掘り進めた。




「えっ…もしかして、ニナなの!?」


土砂から掘り出した小柄な宇宙服に明日香は、

急いでヘルメットの透過部分を拭った。

「ニナ!ニナ!!大丈夫!?」


「ん…んんん…んぅ…」

どうやら、気絶しているだけらしい。

ヘルメットにもヒビは入っておらず、

背中のバックパックを確認しても生命維持装置に問題は無さそうだ。


「ニナ…とりあえず、ちょっとここに横になっててね。

 今、他の人達も助けなきゃいけないから…」

明日香は、安全そうな平たい場所に、他の生存者達と共にニナを横たわらせた。

そして再び、ひときわうず高く積もった土砂の山に向かっていった。




「はぁ、はぁ、はぁ」

流石に、大量の土砂を一人で掘り進めるのはかなり困難だった。

しかしそれでも、何とかして生存者の息があるうちに掘り出さないとならない。


そしてようやく、3体の宇宙服が少しづつ露出するようになった。

「こ、この大きさの宇宙服は…まさかリック!?」


残った力を振り絞り、何とかして全て露出するように掘り進めた。

その時、その宇宙服の下にもう一人居るのを確認した。

「これは…まさか、アントノフ教授!?

 という事は、リックはアントノフ教授を庇って…」


流石にリックの巨体は明日香が運ぶにはあまりにも重いので、

どうにかその場で巨体を転がし、下にいたアントノフ教授を外に出した。

「リック!アントノフ教授!

 大丈夫ですか!?目を覚まして下さい!!」


リックとアントノフ教授の肩を交互に叩いて、二人の容体を確認しようとする。

すると、二人ともうめき声を上げたので、

明日香もようやくほっと胸を撫で下ろした。




「そうだ…あと一人この近くに埋もれていたはずだわね」

彼女はふらふらになりながら、何とか最後の一人を掘り出そうとした。


「あっ…」

ようやく掘り出した最後の一人を見た瞬間、明日香は思わず顔を逸らした。

その宇宙服のヘルメットに、大人の頭ほどもある岩が直撃していたのだ。

ヘルメットは完全に潰れ、中から大量の血が噴き出していた。

血の一部は、月面の真空環境下で早くも乾燥しかけている。


「これは…ウィリアムスン中佐だわ」

胸に付けられたネームタグを見て中佐の死を確認した明日香は、

岩をそっと退けた後にその場で彼の手を組ませた。


その時、気絶していたはずの一人が上体を起こしているのに気づいた。




「だ…だれ?」


宇宙服の通信機を通じて、誰何する声に明日香は思わず体を硬くした。


「基地の…救助隊なの…?」

目覚めた人物がいる場所は、明日香がいる所から左斜め後ろの方向だったので

ヘルメット越しの明日香の顔は見えていないようだ。


明日香の宇宙服に備わっている通信機は、

”機関”の宇宙服用通信機からの電波も受信出来るようにはなっている。

しかし明日香は、この時にマイクをわざとオフにし、

自らの声を聞こえなくした。


「ねぇ…みんな、大丈夫なの?助かるの?」

その声の主がニナである事に気づいた明日香は、

ゆっくりと立ち上がってニナに背中を向けて顔を見られないようにしつつ、

その場を去ろうとした。


「…まさか」

ニナが何かに気づいたような声色になった。

「ねぇ、貴方…もしかして」


ここで明日香は、一度だけ通信機のマイクをオンにした。

「…間も無く、基地の救助隊がやってくるでしょう。

 今ここで見た事は…誰にも言わないで下さい」


その声に、ニナがハッとした。

「まさか…まさか!?

 貴方、もしかしてアスカ!?

 やっぱり生きてた、無事だったのよね!?

 ねぇ、そうでしょうアスカ!!返事して!!」


明日香は、そのまま顔を見られないようにしつつ、前に歩き出した。




「アスカ!!アスカぁ!!

 待って、待って頂戴!!」

「…」


「私、貴方にずっと謝らなきゃいけないと思ってたの!!

 私は貴方を助けられなかった、貴方を裏切ったの…!!

 怒ってるでしょう?責めたいでしょう?

 だったら思い切り私を責めてよ!

 そのために、せめて少しでもいいからこっちを向いて頂戴…お願いだから」


ニナの嘆願するような、泣き荒ぶような声に心を動かされ、

明日香は一度歩みを止めた。

そして、ゆっくりと振り返った。


「ニナ、さようなら」




明日香は、暗闇の向こうにいた『須佐ノ男』号の

月面上に差し出された掌の上に乗り、

そして『須佐ノ男』号はそのまま明日香を乗せて

ゆっくりと上空に向かって浮上していった。


「アスカぁあああ!!」


ニナの叫び声が、通信機を通じて遠く月を離れるまで、

ずっと明日香の耳に響いていた。

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