19-8 月軌道上の死闘
「おいおい、オクウミさんよ!
こいつぁ一体どういう事なんだ!?」
新議員会館の片隅にある議員事務室にて、
新條衆議院議員が密かに持って来た通信機でオクウミと連絡を取っていた。
傍らには菅原秘書官も座っている。
部屋の外では、混乱した議員達や秘書官達が右往左往しており、
その喧騒が事務室の中にまで響いていた。
事務室内に置かれたTVでは、緊張した面持ちのアナウンサーが
急激に悪化していく世界情勢下における各国の最新状況を伝えていたが
今は音声をミュート状態にしてある。
「何かいきなりアメリカ軍がデフコン3だかを発令したおかげで
さっきから日本政府内もてんやわんやなんだよ!
こりゃ一体、これから何がおっぱじまろうとしてるんだ?
もしオクウミさんが何か知ってるってぇなら、説明してくれねぇか!?」
新條は、先日まで自らの信頼する議員や官僚数名を非公式代表団として引き連れ、”帝国”領内…『イヴァゥト-86』やアラマキ-7115市まで視察旅行に出掛けていた。
しかしそれから一週間以上経った今はもう日本側に引き上げ、そして日本国内で本格的な政治工作を行おうかと準備をしていた矢先の事だった。
菅原秘書官が新條の後を継いで話し掛けた。
「オクウミさん、こちらでは自衛隊も在日米軍に連動してデフコンを上昇させました。
それに伴い、内閣は臨時閣議を招集して米政府からの情報入手と分析に当たっていますが得られる情報が乏しく、はかばかしくないようです。
当然、政府が国民に発表できる内容にも限りがあり、国内社会には動揺が広がっています」
『あら、新條さん達には詳しくご説明はしておりませんでしたね』
と、テーブルの上に置かれた懐中時計型通信機からポップアップされた
3D画面の向こうでオクウミが涼しい顔で微笑んだ。
「おいおい、勘弁してくれよ。
こちらとしてもお互い信頼関係で成り立ってんだぜ?
情報は速やかに共有するって言ってたじゃねぇか」
『申し訳ありません。
こちらとしても、事態が刻一刻と常に移り変わるような状況でしたので』
オクウミがぺこりと頭を下げた。
「ううむ、何やら緊急事態だってぇのは分かるんだがなぁ。
それじゃあザックリで構わないから、何が起こってるか教えてくれねぇか?」
オクウミは、明日香が予知を行ってから”バイオメカノイド”が地球圏に押し寄せつつある現在までの状況を、新條達にかいつまんで伝えた。
「ふぅむ…”バイオメカノイド”ねぇ…」
新條は腕を組んで深く考え込むようにし、椅子の背もたれにグッと背中を押し付けて天井を仰いだ。
「まさか、そんな恐ろしい宇宙生物が存在しているとは、全く思いも寄りませんでしたが…」
菅原も、眼鏡を一度外して目の周りの汗を拭いながら言った。
『地球側での動きは、どちらかと言うと
赤羽さんの方が詳しいかも知れませんね』
竜司の父親である赤羽正樹の事を言っていた。
彼は、内閣情報調査室に出向した事もある情報収集活動の専門職員であり、
現在では古巣の公安調査庁に戻っている。
彼のところなら、米政府及び”機関”の動きをある程度捉えているかも知れない。
「あぁ、そういやそうだったな」
「では早速、赤羽とコンタクトを取ってみましょう」
菅原が、懐にあるスマホを取り出したところで新條が遮った。
「いや…ちょっと待て」
「?」
「赤羽とは、先日も”帝国”領内に行った時に俺らと同行しただろう?
しかし、彼は赤羽一家ともども”機関”にマークされてた筈だ。
こんな時期に、あまり頻繁にコンタクトを取るのはまずい」
「なるほど、確かにそうですね」
と頷いた菅原は、再び懐にスマホをしまった。
新條が、腕を組み直して瞑目しながら言った。
「ま、どのみち今のところは、俺らもまともに動けねぇって訳だ。
月面の魔法陣とやらが無事に起動して地球圏に”結界”が張られ、
”バイオメカノイド”連中を赤羽の息子達が駆逐してくれるのを
信じながら見守っていようじゃねぇか」
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「ぶぇっくしょい!!」
竜司がクシャミを一回して、それから身をぶるっと震わせた。
「竜司様=如何致しましたか=」
「あ、いやなんつーか、急に薄ら寒くなったような気がしてさ」
「お風邪でしょうか=もし具合がお悪いようでしたら=
コックピットに備えられた=緊急医療診断パックを起動させますが=」
「あーいやいや!そんな大した事じゃねーって。
多分誰かが俺の事を噂したんじゃねーかな」
「了解しました=噂になるとクシャミが出るというのは=有名な迷信ですね=」
「へぇ、『ゼロ2』…いや、この場合は『ラライ・システム』なのかな?
そんな事まで知識として蓄えてるんだな」
「はい=私は『ラライ5-7-2』及び=時空探査局の情報ライブラリとリンクしていますので=地球日本社会の=情報と知識を=73.24%ほど=網羅しています」
「へ、へー、そうなんだ」
その微妙な数字を聞いて、竜司は思わず頬を掻いて苦笑いを浮かべた。
「ところで竜司様=地球圏の方角より=
アメリカ宇宙軍と思しき=宇宙艦隊が接近してきています=」
「えっマジで!?」
竜司はスクリーンを操作して、こちらの方へやって来つつあるという
宇宙艦隊の映像をクローズアップして確認してみた。
「へぇ、わりと艦隊っぽいじゃん」
竜司は地球製の宇宙艦隊に感心した。
何しろ、ぱっと見にはしっかりしたデザインの宇宙艦のように思える。
これらが技術水準的にはスペースシャトルに毛が生えたレベルのようには中々見えない。
「竜司様=如何致しましょう=」
「あー、良いよ別に。放っておこうぜ。
まぁ向こうもこっちが見えてるだろうし
適当に手でも振っておけば?」
竜司が言うと、『ゼロ2』は素直に
そのロボットの手を宇宙艦隊の方角に向けて1回だけ振った。
「それでは竜司様=あと5分で=会敵予想ポイントに到達します=」
スクリーンの映像が切り替わり、今進んでいる軌道の未来位置が表示される。
「よっし、じゃあ念動力ブースターの用意はいいか?」
「全システム=オールグリーンです=」
「それじゃ、行くぜ!」
竜司は手汗をかいた掌を一度拭ってから再び操縦桿を握り直した。
そして操縦桿の操作により、
超高速で”バイオメカノイド”群へと接近しつつある『ゼロ2』の両碗を大きく広げさせた。
「10…9…8…7…6…」
竜司はスクリーンの先を真っ直ぐ見据えながら、
自分の口でカウントダウンを行う。
「5…4…3、2、1!」
『ゼロ2』の両腕から、エネルギーの奔流がヴァッと湧き出してくる。
「0!!」
と叫んだ瞬間、
竜司はその両腕から湧き出したエネルギーの奔流を塊にして
真正面に迫る”バイオメカノイド”群へと撃ち放った。
その塊は、竜司の念動力によって周辺の空間から掻き集めた星間物質に
凄まじい運動エネルギーを付加したものだ。
それはさながら超高速で回転させながら投じられた砲丸のように
当たっていった先の物体を文字通り粉砕してしまう。
それは1日ほど前に、氷の準惑星上で竜司が試していた技の一つなのだが
今回も”バイオメカノイド”群に対して十分な威力を発揮した。
「よし!!やった!!」
密集陣形を取る”バイオメカノイド”群に大きな穴が空いた事を確認した竜司は
思わずガッツポーズをとった。
そこに、明日香から通信が入った。
『竜司!油断しないで!
私の予知では、そちらの群れもすぐに左右に分裂して
竜司を攪乱しようとするはずよ!!』
「何だって!?マジかよ!!」
くっ、と竜司は群れの方を睨みつける。
すると確かに、竜司が念動力のボールで開けた穴がさらに大きくなり
縦に開けた裂け目のようになりつつあるのが分かった。
「ねーちゃん!!
じゃあどーすれば良いんだ!?」
竜司が叫ぶと、明日香が通信画面の向こうで頷いた。
『大丈夫よ竜司。
貴方の『ゼロ2』にも、お供の部下ロボット達にも、
サーミアさんが作ってくれた魔法装具を纏わせているでしょう?』
「ああ、そういやそうだった」
『なら竜司、”魔法システム”を起動させなさい』
「ま、魔法システム??」
「竜司様=こちらに”魔法システム”用コンソールが=ございます=」
そう言って『ゼロ2』がコックピット内の一部を照らした。
「へぇ、これか!?」
「そうです竜司様=適当なコマンドを選択して頂ければ=
後は私が全自動にて行います=」
「ええっ、そんなんで良いのか?
ってかさ、部下ロボットの方はどうすんだ?」
「はい=私の動きに追随するように=設定しておりますので=
問題ありません=」
「おぉー、そうか。
よーし、それじゃあやるか!!」
竜司はコンソールにある”魔法システム”コマンドを入力し始めた。
「まずは…結界を貼らなきゃな!!」
「了解=」
竜司がコンソールでコマンドを送ると、
『ゼロ2』の目前に、まるでアニメで表現されるような魔法陣のエフェクトが
空中に現れ、見る見る間に『ゼロ2』を完全に覆い尽くすサイズとなった。
「オォオオ!!カッケーじゃん!!」
「はい=本来なら=このようなエフェクト無しでも=結界は発動可能ですが=
サーミア様のアイデアで=このようなビジュアルを設定しました=」
「あー…」
そう言えば以前も、サーミアは日本のサブカルチャーに無茶苦茶詳しくて
その話になるたびに長広舌になっていた事を思い出した。
これも、そのサーミアの好みをそのままつぎ込んだケレン味たっぷりの演出というわけだ。
「まぁ、使えりゃいいか」
首をすくめる竜司に、『ゼロ2』が問いかけた。
「竜司様=攻勢兵器も使用可能ですが=如何致しましょう=」
「攻勢兵器!?」
竜司はコンソールを確認する。
「あーっ、そうかこの大剣があったよな!!」
「はい=その大剣を振り回す毎に=魔力プラズマのジェットが=
剣先から迸り=そのジェットにより敵を破壊します=」
「マジでか!?
よっしゃ、やってみっか!!」
竜司は操縦桿を操作して『ゼロ2』の右手に握られた、
全長300mもありそうな大剣を思い切り振り回した。
そもそも『ゼロ2』自体が高さ400mもある超巨大なロボットなので、
その体から比較すれば剣道の竹刀のような感じがある。
「だぁっっ!!」
竜司は、上段の構えから思い切り大剣を真正面へと振り下ろすと、
その剣先から、鋭く強い光が剣先の動きに追随して物凄い勢いで放たれていき、
光の直撃を受けた”バイオメカノイド”が次々に爆発飛散していく。
竜司達の巨大ロボット編隊は、左右に分かれた”バイオメカノイド”群の、
左側の群れに向かって真正面から突っ込み、
そのまま前面に展開した結界で押しつぶしていった。
「むっ!?逃げようとする奴は…こうだ!!」
竜司は、結界の圧迫から逃れようとする”バイオメカノイド”に対して
右側の大剣を振り回して魔力プラズマジェットを放ち、
左手側で生成した念動力のブローをそのままぶつけた。
「左側群=撃破成功です=」
「よし!!
それじゃあ今度は右側の群れだ!
”バイオメカノイド”のケツに回れ!!」
「了解です=竜司様=」
今度は右側に分かれた群れを背後から追い回し、
竜司達の方に向かって転回しようとする個体を各個撃破したり
竜司達に追いつかれた個体を結界で押しつぶした。
「よーしよし、ざっとこんなもんよ!!」
竜司は、破壊され尽くして散り散りになった右側の群れを見回して頷いた。
だが、何かが足りないような感じがする。
『竜司!!』
そこに明日香から通信が入った。
「どうしたねーちゃん?」
『”大王烏賊級”よ!ソイツを逃してはダメよ!!
”大王烏賊級”の腹の中にナノマシンが再生成されてるわ!!』
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『どういう事だよ、ねーちゃん!?』
「ええ、そもそも”大王烏賊級”は”
バイオメカノイド”の宇宙母艦みたいなものなの。
元々は地上戦用”バイオメカノイド”を
その腹の中に大量に潜ませていたようだけど、
戦術を切り替えた連中は、腹の中の地上戦用部隊を一度溶かして、
ナノマシンへと再構成させているみたいだわ!!」
『うぇえええ!?マジかよ!?』
「だから、絶対に”大王烏賊級”を逃してはダメよ!
多分そいつはステルスを使って、群とは別行動を取りながら
単独でも月面へ突入を図るつもりよ!」
明日香は畳み掛けるように言った。
『じゃ、じゃあどうすれば良いんだ!?』
「簡単だわ、そもそもステルスと言っても容易に見破れるレベルのものだし
単に、混戦状態になった時に紛れて見えにくくするだけの話だから。
一旦戦場を離れて、冷静に周りをサーチすれば探知可能よ」
『わ、分かった!探してみるぜ!!』
明日香は竜司へと交信をしながらも、
自身の『須佐ノ男』号を巨大な”大王烏賊級”の胴体に突っ込ませていた。
「くっ、刃が通らない…!!」
明日香は一度『須佐ノ男』号を”大王烏賊級”から退かせ、
体勢を立て直した。
「あの胴体、なんて硬さなのかしら。
いや硬いというよりも、まるでイカみたいにぐにゃりと変形して刃を躱してくるわね」
「司令官、この”大王烏賊級”の胴体は、
どうやらハイペリウム・ボヌヴィリウム・ジェネヴィウムの超合金で構成されていると思われます。
このオリハルコン合金製大剣だけで貫こうとするのは困難です」
「何て事かしら…オリハルコンよりも強靭だなんて。
でも、それはやはり”大王烏賊級”が
この群れの中でも最重要個体という事を意味しているわけね」
額に汗を掻きながらも、明日香は不敵な笑みを浮かべた。
「他の個体は逃したとしても、
貴方だけはこの宙域から先に行かせるわけにはいかないわよ!」
明日香は、コンソールのコマンド群を急いで検索し始めた。
「あの分厚い装甲をぶち抜ける手段…何か無いかしら?」
「それでしたら司令官、私からご提案があります」
「あら、貴方から提案なんて面白そうね。何かしら?」
『須佐ノ男』号は、その巨大な両手の掌を合わせて
それからゆっくりと掌を引き離し、
両方の掌の間に水晶玉でも収まりそうな空間を作った。
「はっっっ!!」
明日香が気合を入れながらコマンドを操作すると、
その空間の中に、一点の青白く光る玉が生まれた。
そしてその玉がどんどん大きくなり、
ついには本当に水晶玉のようなボールが生成された。
「これがいわゆる、マジックアシッドカプセルとか言う奴ね」
「その通りです司令官。
これをあの”大王烏賊級”の胴体に思い切りぶつけて下さい」
「よーし、それじゃあ行くわよ!!」
カプセルを『須佐ノ男』号の右手に持ち替えた明日香は、
そのまま大きく振りかぶって『須佐ノ男』号の右手をブンッ!と回し、
まるで大リーグ選手が直球を投げるようにして
そのカプセルを”大王烏賊級”へ向かって投げつけた。
「行けっ!!」
明日香によって投げつけられたカプセルは、
見事に”大王烏賊級”の胴体に衝突し
そこからたちまちにして胴体がバターのように溶けて行くのが見えた。
「よし!上手くいったわ!!」
「司令官、あれを」
「あっ、そうね」
明日香は、”大王烏賊級”の溶け始めた胴体の周りに結界を張った。
その時、どんどん溶けて行く胴体の隙間から、
何か煙かチリのようなものが漏れ出すのが分かった。
「あれがナノマシンね…」
明日香が額に汗を流しながら、結界に魔力エネルギーを流し続ける。
”大王烏賊級”の胴体で生成され、溜め込んでいたナノマシンが
溶けた胴体の穴から漏洩しているのだ。
しかし、明日香と『須佐ノ男』号の機転により、
結界を”大王烏賊級”の周囲に張ったお陰で
ナノマシンがそれ以上外に漏れ出すのを防げていた。
「あとは、この結界の中の”大王烏賊級”ごと、
魔力プラズマで燃やし尽くしてしまいましょう」
「はい司令官」
明日香の命令で『須佐ノ男』号が結界の壁に大剣の切っ先を押し付けると、
そこから高温の奔流が吹き出し、結界内に封じ込められた全てを包み込んだ。
「よし、いっちょ上がりね」
大剣を鞘に収めさせた明日香は、周囲を見回した。
「司令官、まだ”大王烏賊級”の数体が飛行中です」
「あそこね、それじゃあ次もどんどん倒していきましょう」
「了解です」
明日香が次の標的がいる方向へと『須佐ノ男』号を飛ばし始めた時、
東雲から通信が入った。
『明日香さん!大変です!!』
「どうしたの?東雲くん」
『こっちの群れの中に、ステルス状態で潜んでいた”直角貝級”数体が、
いきなり主砲を月面に向けてぶっ放しました!!』
「何ですって!?」
珍しく動揺している東雲による報告に、
明日香も激しく動揺した。
「それで、どこかに命中したの!?」
『はい、数発が月面の裏側にある魔法遺跡付近に、
もう数発は月面の表側、ティコクレーター付近に着弾したらしいです!!』
「ティコクレーター…
あっ…何てこと!!あそこには『アルファ』基地があるのよ!!」




