3-3 再訪
『こ、これが......21世紀日本の伝統的朝食と言うものなのか......!』
シアラはよだれを垂らさんばかりの勢いで前のめりになり、食卓に並べられた料理に目を輝かせていた。
「そんなに大げさな物ではないのですよー!
大して手間を掛けず簡単に出来る料理ばかりなのですー!」
春乃は少し照れながら頭を掻いた。
「そうそうシアラ、そんなに大したもんじゃねーよ。
つい最近まで卵焼きの中に卵の殻が入っtバコーン!!」
「にーちゃん?後でお・し・お・き・ね♡」
「ムグッ、フガッフッフ」
頭をおたまで思い切り引っ叩かれたあげく、口にも茹で卵を突っ込まれた竜司は頷くしか無かった。
「さあさ、シアラさんもここに座って下さいなー。
にーちゃんは沙結を起こしてきて!!もう時間だしー!」
「モグモグ、おっとそうだったな」
口の中の茹で卵を慌てて咀嚼しつつ、竜司は二階に上がった。
「おーい、沙結?朝だぞーっとっと!?」
竜司が沙結の部屋にそっと入ろうとすると、部屋の床に散らばった紙束に思わず後ずさった。
「何だこりゃ......あーまた夜通し描いてたのか」
紙を何枚か拾い上げると、色々なスケッチが描きかけてある。
机の方を見やると、パソコンとタブレットの画面が点いたままになっていた。
「おい、沙結。朝飯が冷めちまうし学校に遅刻するぞ」
ベッドの上でこんもりとしたオムライスのような状態になった毛布を思い切り引っ張ってめくると、沙結がウサギのマスコット着ぐるみを着て丸くなって寝ていた。
「むにゅ……お兄ぃ。おはよ……」
「はぁ、また投稿サイトのコンテストに応募しようとしてたのか?」
「んー……本格的に?」
「まぁ良いけど、体壊すなよ。それより早く起きな、春乃に叱られるぞ。
それにシアラさんも既に起きてるからな」
「んん……!シアラさん」
言うなり沙結はむっくりと起き上がり、
着ぐるみを着たまま、のそのそと下に降りていった。
支度を終えた竜司が家を出ると、玄関先に神崎が待っていた。
「あら、おはよう。赤羽くん」
「おう、おはよう」
「シアラさんの様子はどう?」
「ああ、日本の朝食も食べてくれたし、元気そうだったよ」
「それで、今日はどうするのかしら?」
「とりあえず今日は、春乃に学校を休んでもらって
シアラの世話をする予定だよ」
「そう、今後は私達が交代で彼女の付き添いをするようにしたら良いと思うわ。
後で順番などを決めましょう」
二人はそう話しながら通学路を通り、学校に向かって行く。
しかし、その途中で街中の違和感に気付いた。
「何か、監視されているような気がするわね…」
「ああ、そうだな」
竜司が空を仰ぐと、かすかに何かが空に浮かんでいるというか、
色々なものが網状に被さって見えるような気がする。
とは言っても、竜司にとっては昔からちょくちょく見えていたものではある。
しかし今日においては、神崎にも感じられるほどその存在感が強まっているという事だ。
「まあ、あれじゃね。シアラが言っていた例の"防衛免疫システム"とか言う奴だろ」
「なるほどね。確かに言われてみれば、何か安心感がある気もするものね」
神崎も空を見上げた。
「だけど、シアラさんの話だと、古代からあると言っていたわね。
あの古墳とリンクしていた事からも、少なくとも1400年以上前から存在していた事になるわ。それにもう一つ疑問なのは、なぜ貴方だけが以前からああ言うのが見えていたのかしら。
血筋…とすると赤羽くんのご家族にも見えてないとおかしいわね。まあ隔世遺伝というのもあるから一概には言えないけど。でなければ…突然変異?バグ?」
「まるで運営に消されるNPCみたいに言わないで頂けませんかねぇ…」
「あら、実際この世界は巨大なコンピュータシミュレーションだと考える科学者や哲学者も居るわ。事実、シアラさんのような宇宙人も居た訳だし、何があっても不思議じゃないわね」
「とは言っても、シアラが宇宙人だとはっきり言明した訳でも無いからなぁ。なんか他にも色々と隠している事が多そうだし」
「確かにそうね。まあそれは今後じっくり腰を据えて訊いてみるとしましょう。
あと貴方も後で解剖して調べて見ましょうか」
「俺はアメリカ軍に捕まった宇宙人とかじゃないし!勘弁して!?」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
放課後になり、竜司がオカルト研の部室に赴くと
東雲・山科といういつものメンツ以外に、なぜか神崎も来ていて
まるで部員であるかのように堂々と部室の椅子に座り、ペットボトルの紅茶をすすりながら、部室の棚にあるオカルト雑誌月刊ムムーを取り出し、静かに読んでいた。
お陰で東雲も山科も、萎縮しているのか部屋の隅で黙り込んでしまっている。
「お、おい東雲…何でここに副生徒会長がいるんだよ」竜司は小声で訊いてみると
「知らねーよ。さっきからいきなり部屋に入ってきて勝手に雑誌を漁り始めたんだ。お前こそ神崎さんをここに呼んだんじゃねーの?」
「いや俺も知らん、今朝だって俺を解剖するだの何だのって脅しt」
バタン!と雑誌を閉じる音で二人ともビクッとして振り向くと、神崎がにっこりと微笑みながら
「この部室は全然整理できていないみたいね。以前ここを査察した時から半年は経つけれど、その頃から何も変わらないどころか、いっそ悪化しているように思えるのだけれど。
更には部活動の内容とは関係ないように思われるゲーム機類やその他機械、雑誌にコミック、果てはフィギュアに至るまでおよそ数十点の私物はどこからやってきたのかしら?
あと、他の部員はどこに居るのでしょうね?幽霊部員は部員としてカウントしない事にすれば、この部活動はすぐにでも同好会に格下げできるのだけれど如何?
それに赤羽くん、貴方はなぜこんな遅くにやってきたのかしらね?部活動開始時間からもう45分も経過しているのだけれど」
立て板に水といった感じで彼女は次々に質問を連発し、竜司達は気圧されてしまった。
「…え、ええと、俺は今日掃除当番でさ、溜まったゴミを外の廃棄ボックスまで捨てにいったんで時間くっただけだし。
それに、ここに持ち込んでる物に関しては見逃してくれよ。ホラ、み、みんなSFっつーかオカルトの調査に関係あるものばっかりだしさ…ハハハ」
神崎はなおも胡散臭そうに竜司を睨みつけてくる。
「っていうか、神崎さんこそ何でココにいるのさ?
生徒会は今新入生歓迎イベントだとか補正予算審議とかで超忙しいんじゃないの?」
山科が助け舟を出してくれた。それもそうだ、何せこの4月は生徒会にとって一番忙しい時期で
本来なら下校時刻ギリギリまで学校に残って作業してなければならない筈だ。
そういう流れで言えば、昨日竜司の家にまで押しかけてきたけど大丈夫だったのだろうか。
「あら、その点なら心配いらないわ。私の担当業務は30分で終わらせてきたもの」
「…そ、そうですか…」
そう言えば聞いた事がある。神崎は副生徒会長でありながら、生徒会全委員を籠絡しただの、生徒会長を使いっ走りにしているだのといった噂があるのだ。
まあ籠絡の類は違うだろうが、神崎の有能っぷりからすれば他の委員を圧倒する事など容易そうだ。
「それよりも、オカルト研の今日の活動は何をするのかしら?」
どことなく期待するような様子で神崎が問いかけてくる。
神崎はやっぱりオカルト研に入りたかったんじゃないだろうかと竜司は訝しむ。
「そりゃもちろん、今日もシアラの話を聞きに行くんだよ。
ってか神崎、もしかしなくてもその事を待ってたのかよ…」
「当たり前でしょう。昨日あれ程の事態に巻き込まれたのだもの。
当事者として今後も参加するのは当然の事ね」
「あー、はいはい…」
「じゃあ神崎さん、いっそオカルト研に入れば?
そうすれば常時シアラさんの情報に接する事が出来ると思うよー?」
山科が訊いてみるも「それはあり得ないわね」とバッサリ断わられた。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
オカルト研2人+1人を引き連れて家に帰ると
居間で春乃とシアラが直座りしながら、TVゲームの対戦ソフトをやっていた。
テーブルでは、学校から帰ってきていた沙結がお茶を飲みながら絵を描いている。
画面を見ると、意外にもシアラの操作するキャラが上手く立ち回り
対する春乃のキャラを圧倒しつつある。
「うぉっ!!うわわ!!うわー!!やばいやばい!オイオイオイ私死ぬわーー!!」
シアラのキャラが繰り出す大技で春乃のキャラが派手にやられると同時に春乃も絶叫した。
「ほう、ウルトラスト4ですか、たいしたものですね」
誰かの真似なのか、東雲がメガネをクイッと上げながら呟く。
「いやいやゲームの話はいいから。っつーか何でゲームしてんだよお前ら…シアラも馴染むの早いし」
春乃のキャラをKOさせたシアラが竜司の方を振り向く。
「うむ、こういう対戦式ゲームは我々の中でも、兵士の嗜みとしてごくありふれているし、私自身も自らが所属するグループの中でもかなりやり込んだ方だからな。
もっとも我々の場合は完全感覚結合型なのだが、こういった原始的な間接操作型も慣れると面白いものだ」
「か、完全感覚結合型?間接操作型?」
「完全感覚結合型というのは、つまりVRということね」感心したような表情で神崎が言った。
「なるほど、そちらではそういう言い方が一般的か」シアラも納得したように頷く。
と、竜司はある事に気付いた。
今朝までのシアラは、例のチョーカーみたいな翻訳機を通して自分の言葉を現地語、
すなわち日本語に翻訳して発声していたので、ややボーカロイドっぽい機械的な音声だったが
今のシアラは、ごく自然な人間の言葉に聞こえる。
「…あれ?シアラ、翻訳機を外してるのか?」
「そう!そーなんだよ!良い点に気づいたな、にーちゃん!」春乃が指をピッと立てた。
「午前中はシアラさんとTVを見てたんだけど、最初はワイドショー、それから昼ドラを見てて、その時にシアラさんはTVで喋ってる言葉をずっとオウム返しに呟いていたのだ。
そうするうちに、シアラさんの日本語がどんどん流暢になっていって、午後には、ウチにある日本語の辞書や事典や図鑑なんかをペラペラめくり始めたのだ。
つまりは、そうやってシアラさんはどんどん日本の言葉を習得して言ったのだー!それでさっきチョーカーを外したら、何とびっくり普通に日本語を喋れるようになったんだー!」
「うにぅ、シアラさん…すごいの」沙結も頷く。
「うむ、もう21世紀の地球日本語はほぼ完全にマスターした」
シアラも何となく胸を張るように言った。
「たった半日でかよ…」
「すげー!じゃあ英語やフランス語なんかも速攻でマスター出来るって事じゃん?
何だよ私なんかじゃ勝てるわけねー!」
山科が目を丸くしている。実は山科は小学生の頃、家族でカナダのケベックに住んでいた事があり、言葉の壁に子供の頃から苦しんだ経験があった。そのお陰で現在では英語はクラス上位であるが。
「ううっ、そのノウハウを俺にも分けてくれ…」
英語の成績がビリッケツの東雲がうなだれていた。
「ともかく、今日はどうするの?せっかくシアラさんが直接話が出来るようになったわけだし、このままシアラさんの話を聞くのかしら?」
神崎の質問に、シアラが首を横に振った。
「その前に、君達にある作業の手伝いをしてもらいたいのだが、良いだろうか?」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
昨日ぶりの稲荷山古墳は、どことなくあちこちが踏み荒らされたような雰囲気があった。
「お…おい、また昨日みたいな連中が現れたらどうすんだよ」
東雲が少し怯えるように周囲に目をやった。
古墳と神社の周囲には、とりあえず異常は見当たらないようだ。
「大丈夫だろ、例の防衛免疫システムとやらが頑張ってくれるみたいだし
シアラのハイテクレーダー?も効いてるからな」
「ああ、現在システムの反応には、この辺り一帯には異常な人物や機器は存在しない」
「異常な人物ね、そのシステムに赤羽くんが引っかからないのは謎ね」神崎が眉をひそめる。
「そのうち俺は神崎に人間扱いすらしてもらえなさそうな気がするな…」
「実は朝からこの一帯を遠隔監視していたのだが、例の連中がこの古墳の周りをうろちょろしていてな。
なので防衛免疫システムの"幻惑"機能を使って、しばらく迷子になってもらった。
だからしばらくは、そういった連中はやって来ない」
「なんか魔術とか魔法みてぇだな…」東雲が空を仰ぐ。
「まあとりあえずは平和っぽいね。
でも何かあったらヤバイから、いつでも全力で逃げられる用意だけはしとかないとねー」
山科が赤羽家から借りてきたチャリンコに乗って神社の境内をぐるぐる周りながら言う。
東雲も竜司のチャリを借りている。神崎は自前のものを持って来ていた。
ちなみに春乃と沙結は安全のため、家に残している。
「さあ、じゃ中に入りますか」
各々はチャリンコを神社空き地の脇に停め、それからシアラが妙なチップのようなものを、チャリンコのフレームに貼り付けた。
「こうすると、登録している人間以外にはこの物体が不可視となる」
「おお、すげ!って、登録っていつやったんだ?」
「さっき各人の指でチップを持ってもらった。それで生体情報が記録されて完了だ」
「ほえー」
神社社殿の床にある扉を開いて、古墳の石室に通じるトンネルに入って行く。
古墳の中はひんやりしていて真っ暗だったが、シアラが何かを操作すると、トンネルの天井付近にある石がぼうっと白く光りだした。
光る石は、だいたい1mおきに点々と存在していてトンネルの奥の方までを照らし出していた。
しばらく歩くと、10m程度で石室に到着した。
ほぼ六畳間くらいの空間で、竜司達5人が入れば一杯になってしまう。
「んでシアラさん、ここで何すんの?」
山科がチュッパチャプスを舐めながら訊く。
「ああ、君達はもう私にとっては信用できると考えるのである程度は明かす事にするが
ここはこの地域の防衛免疫システムの要であり、同時に地球古代の宇宙港施設でもあるのだ。
そして、ここから私の宇宙船を操作して、亜空間にて座礁した私の宇宙船を召喚する」
「うぇっ!?マジで?宇宙船を召喚だって?」東雲が興奮する。
竜司も宇宙船と聞いて、俄かにワクワクして来た。
「どんな宇宙船なんだ?やっぱ一人乗りなのか?」
「うむ。ただし時空を超越するので、それなりに大きいがね」
「少し疑問なのだけれど、古代というのは恐らく紀元前後のことよね。
その当時から古代の日本と直接交流があったという事かしら?
それにしては、日本の歴史書や記紀にはそんな記述はないのだけれども」
神崎が、石室の壁をさすりながら疑問を投げかける。
「む、私もあまり詳しくはここで話せないのだが…
そうだな、簡単に言えば、我々は神々のように振る舞った、と言えば良いだろうか」
「へぇ、とすると日本の神話や伝説に出てくる八百万の神々ってシアラさん達の事なのか。
って事はさ、他の国の神々ってやつもシアラさん達と同じ宇宙人なのか?」
竜司もペンライトを弄りながら訊いてみた。
「…そうとは言い切れんな」
なぜかシアラは、言葉を濁した。
「すまん、これ以上は詳しく話せない。
全ては私の宇宙船に乗り込んで通信が出来るか確認し、そして私の無事と目的地到着を
私の上司に報告し、さらに情報を現地人に開示して良いか裁断を仰いでからだ」
シアラはまず、石組みの壁面に埋め込まれてある飾り石を取り外すように指示した。
飾り石といっても普通の組み石と比べて突起が出ている程度の違いしかない。
それを10個程度外すと、今度は外された後の穴に異なる場所から外した飾り石を
入れ直すように指示した。
「何だかパズルみたいだね」
「いいえ山科さん。よく見ると、この石組みはまるで電気回路のようにも見えるわ」
確かに神崎の言う通り、石組みは複雑な構造をしていてそう見えない事もない。
何もない真ん中を囲むようにして等間隔に立つようシアラが指示する。
シアラは、各人に妙な金属の棒を持たせ、それを地面に突き立てるように言った。
それぞれが棒を突き立てると、今度は棒を突き立てたまま引きずるようにして歩き、石室の中心を軸にして一周回るように指示した。
シアラは、一本の棒を持って皆と同じようにしながら、反対の手に持った別の棒で、円の中心近くの地面に素早く記号のような図形や、幾何学模様を記していく。
「ほう、魔法陣のようじゃないか!ハハハ!」
何を興奮したのか東雲が笑い出した。
「怪しい中二病の集会みたいだよねー」
と言いながらも山科も満更じゃないようだ。
やがて一周した時、描いていた地面の円や模様や文字が俄かに光り始めた。
「これは…本当に魔法陣なのかしら!?」神崎も驚きに目を見張る。
「魔法陣…というと厳密には誤解があるが
空間に回路を形成して、一種のワープゲートを発生させるという現象の捉え方次第では、確かに君達の言う魔法陣に近いものがあるかな」
そう言いながらもシエラは、手元の空間にホログラムを表示させ
何かコンピュータプログラムのようなものを打ち込んでいるようだ。
「君たちがいてくれて助かった。この作業を一人で行うのはいささか手間だからな」
「よし…起動開始!」と叫びつつキーを押す動作をすると、
円の中がさらに強く瞬き始め、その直後にまるで爆発したかのように、完全に真っ白な光に包まれた。
「きゃっ!!」「うわっ!!」
しかし一瞬で強い瞬きは収まり、石室全体が昼間のような明るさのまま落ち着いた。
それでも全員、急に外に出たかのように目をしばしばさせている。
と、目が慣れた竜司は、ふと石室の真ん中を見て驚いた。
何と円の中に大きな穴が空いていて、その向こう側に
眩いばかりの航空機か宇宙船のコックピットのようなものがあったからだ。
「よし、成功だ!!」
と言うが早いか、シアラは穴に飛び込んでそのコックピットらしき部屋に入った。
「ファーー!!すげえええ!!」
竜司も東雲も興奮して叫んだ。
山科や神崎ですら、穴の中に目が釘付けになった。
シアラはコックピットの中で手を振った。
「みんな、紹介しよう!
これが私の相棒たる探査艇『フィムカ』号だ!」




