表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/138

19-3  月への到着

「デフコン3発令、デフコン3発令。

 本日月面標準時15:30より

 合衆国戦略宇宙軍全部隊に対してデフコン3が発令された。

 月面駐留部隊及び、その隷下にある”機関”の月面基地全てについても

 デフコン3の状況下に組み込まれる。

 基地の全将兵は直ちに高度防衛準備体制への移行に掛かれ。

 他の所属職員は全作業を中止し、その場で待機せよ。

 繰り返す…」




「うるさいわね…一体、何が始まったのよ…!?」

ニナ・クルツカヤが耳を塞ぎながら形の良い眉をしかめて呟いた。


「そんなん知るか、

 だが俺達が調査している”月面遺跡”とは関係が無さそうだがな」

ニナの隣で、ムーンローバーから荷物を下ろしているリック・マクウォーリーが首を横に振りながら言った。

「でなきゃ、真っ先に俺達のところへ指令が飛んでくるはずだろうしよ」


ティコクレーターの淵に存在している『アルファ』秘密月面基地の中では

先程から警報のサイレンが鳴りっぱなしになっていた。

そして基地内のあちこちで、まるで火事でも起こったかの様に

基地職員達や軍人達が右往左往している。




「で、全作業を中止しろって通達だけど、どうする?」

ニナが月面作業用宇宙服を脱ぎながらリックに訊いた。

「あぁ?

 そんなん、とりあえずこのローバーの走行後点検が済むまでは無視だろ。

 くそっ、また粉体土壌レゴリスがサスペンションの隙間に詰まってやがる!!」


リックは既に機械修理用の薄汚れたツナギに着替えていて、

そのツナギが弾け飛びそうなくらいにパンパンに膨れた巨体を

ムーンローバーの真下に滑り込ませていた。

「おいニナ、そこにある3番のトルクレンチを取ってくれないか?」

リックはガレージの脇にある工具用のワゴンキャビネットを指差した。


「えぇ?これかしら?」

ニナは適当にワゴンの引き出しからレンチを取り出してリックに渡す。

「ん?違う違う!これは4番だろうが!!

 ちゃんと確認しろ!!」


リックがレンチを突っ返すと、ニナが眉を思い切り歪めた。

「はぁ!?そんなの知らないわよ!!

 整備点検なんか私の専門外なんだから!!」


「何だとぅ!?お前だって発電機運用担当で機械使うだろうが!

 今まで何を勉強してきたんだ!?」

「違いますー!

 私は”バイオエタノール燃料精製”担当であって発電機は関係ないの!

 それに、そもそも私は生物学者であって機械工学は専門外よ!」




二人はしばらく非難の応酬を続けていたが、

リックがここでハァッとげんなりしたように溜息をついた。

「まったく、アスカなら専門外だろうと、ちゃんと対応してくれたんだがなぁ」


リックの独り言に、ニナが冷たい目線を向ける。

「アスカはもう居ないわ。

 多分、今頃は地球のどこかの秘密地下都市で

 ”部品”にでもされてるんじゃないかしら」


素っ気ない口調で言い放つニナに、

車の下から這い出てきたリックが睨み返した。


「あの時、お前がきちんとフォローしていれば、

 彼女は地球へ召喚される事は無かっただろうにな。

 少なくとも、中佐に歯向かったカドで

 基地任務を解任される事は無かっただろうよ」


「はぁ!?何を言っているの?

 だいたいあれはアスカが暴走したのがいけないんじゃない!

 私だって自身を守るだけで精一杯だったし、

 とばっちりを受けたら溜まったものじゃないわ!!

 それを言うなら、ただ黙って見てた貴方だって同罪じゃないの!?」

ニナは物凄い剣幕とその鋭い舌鋒でリックを苛めた。


この二人は半年ほど前まで基地に在籍していた赤羽明日香と屋外調査用のバディを組んでいたのだが、

例の”遺跡”を発見した後、遺跡の独占調査を目論む月面駐留米軍に明日香が反抗した為に、彼女は地球に更迭され、バディは一度解散してしまったのだった。

その後に別の任務で二人がバディを改めて組んだ後も、二人の間に重いしこりを残していた。


「…チッ」


しばらく、二人の間を気まずい沈黙が流れたが

その時、ガレージと基地を隔てる自動ドアがシュッと開いた。


「おい、貴様ら!何をやっている!」


ウィリアムスン中佐だった。

彼はあれから一度、”機関”の”委員会”会合での査問を受けるために

地球へ召喚されて以来、なぜかピリピリした態度を基地職員へと向けていた。

元々そんなに基地内では人望が無いというか、

共産国家の政治将校のような扱いを受けてきているのだが

地球から戻ってからの彼は、まるで餓えた狼の様に

基地内のアラを見つけては吼えたてるような事を繰り返していた。


「二人とも、この警報が聞こえないのか!?

 デフコン3が発令されているのだぞ!

 直ちにガレージから出て、それぞれの所属部署で待機していろ!」

やや広くなった額に青筋を立てて、指を二人に向けて差しつけながら叫ぶ。


「は、はっ!」

「二度は無いぞ、もう一度やったら

 貴様ら二人とも地球に更迭させてやるからな」


「…」




- - - - - - - - - -




二人に対し、非常に厳しい言葉を文字通り言い捨ててから

ウィリアムスン中佐はガレージを後にした。


それから喧騒の只中にある基地内の各部署をまるで看守のように見回りつつ、

中佐にとっての”言う事を聞かない不届き千万な不良職員達”を叱責しながら

ようやく基地司令部へと戻ってきた。


「ウィリアムスン中佐、見回りご苦労だな」


ムーア司令官が、中佐に対して皮肉めいた挨拶を送った。

「はっ、これも任務の一つですので」

鋼の様な体をピンと正し、中佐は形だけの敬礼を行う。




「それで、状況は如何でしょうか?」

「うむ、相変わらずだ」


ムーア司令官は、司令部の壁に据えられた大型平面液晶スクリーンを指差した。


「今のところ、正体不明の大質量物体群は反地球クラリオンポイントに滞在して

 大きくは動いていない、が…」


画面に映し出された、まるで電波望遠鏡で撮影された星雲のような

ぼやけたシルエットの影がクローズアップされ、

そこにAIによるデジタル処理が加えられる。


「これで分かる通り、どうやら付近に浮遊していた小惑星を捕獲して

 巨大な軌道基地の様なものを建設しようとしているらしい」


ムーア司令官の言葉に、ウィリアムスン中佐が眉を顰めた。

「軌道基地…と言う事は、地球攻撃用に間違い無いでしょう」

「いいや、それはまだ分からん。

 とにかく、7日後には金星基地からの偵察機が当該宙域へ到達するだろう。

 それまで待たねばならんだろうな」


「遅すぎますね。

 我々が待っている間に、敵は総攻撃の準備を完了してしまうかもしれない。

 ここは先手を打って、当該宙域へ核攻撃を行うよう具申すべきです!」

気色ばんだ中佐が、唾を飛ばしながら司令官に詰め寄った。


「いやそう言うがな、中佐…

 まだ我々は彼らの正体も全く突き止めてはいないのだぞ」

司令官が顔に吹き出した汗をハンカチで拭いつつ、中佐をたしなめようとする。


「いいえ、正直申し上げますが司令官、これは好機です!

 敵はまだ基地の設営にリソースを振り向けている最中でしょう、

 しかしもし基地設営が完了し、敵が万全の体制を迎えたならば

 我々は攻撃の機会を逸し、防戦するより他に無くなるでしょう!

 であるならば、我々は一刻も早く、

 ”機関”並びに合衆国軍統合参謀本部を動かすべく

 深宇宙軍団月面駐留部隊の総意として意見具申すべきです!!」


「ウィリアムスン中佐!」


まくし立てる様に意見を述べる中佐に、司令官が声を荒げた。

「今の貴官の言動は、明白な越権行為と見做されてもおかしくないのだぞ。

 以後、慎むように」


「…はっ」

中佐は型通りの敬礼を取りつつ、

ムーア司令官を密かに冷たい目で見返していた。


(ふん、この能無し司令官も、もう用済みだな。

 では例によって、”機関”の査察局に密告でもするか。

 あの赤羽明日香に対して行ったようにだな…)


中佐は、司令官についての密告内容をどんなものにするかを

具体的に考えようとしたその時、

司令部のコンソールに張り付いていた通信士官からの

叫ぶような声に思考を乱された。




「司令官!深宇宙警戒防衛ネットワークから緊急警報です!!」

「む!?何だと!?

 反地球クラリオンポイントからのものか?」

ムーア司令官の疑問に、通信士官が答えた。


「ち、違います!

 正体不明機アンノウン、この月に向かって急速接近中!!

 数は凡そ10から20近く、材質組成不明、サイズは数千フィート以上!」




- - - - - - - - - -




「竜司様=もう間も無く月に到着致します=」


「ん…あ、あぁ…もう着くのか、早ぇえなぁ…ふぁあああ」


『ゼロ2』が、コックピット内で仮眠を取っていた竜司を起こした。

あの準惑星を発ってから、まだ半日くらいしか経っていない。


「みんな、付いて来てるのかな?」

「はい=『須佐ノ男』号及び=東雲様の『トランver.2.0』含め=

 全17機ともに=全てのシステムに異常は見られません=」

「おー、そうか」




竜司が、コックピットの脇にある収納ボックスから

清涼飲料水入りのペットボトルとビスケット状の携帯食糧レーションを取り出して

モグモグと食べていると、『ゼロ2』が急に声を上げた。


「竜司様=大変申し訳ありません=」

「ん?どしたん?」

「はい=私達の編隊が=

 地球の警戒防衛ネットワークに=見つかってしまいました=」


「へ?マジで!?」

素っ頓狂な声を上げた竜司に、済まなそうな声で『ゼロ2』が返答する。

「はい=只今『須佐ノ男』号とも確認を取りましたが=

 地球の原始的なミューオンレーダーに=

 一瞬ですが機影の一部が映ってしまったとの事です=」


「それってヤバイのか?」

「いえ=そこまで危機的な事象ではありません=

 直ちにミューオンステルスを全機に掛けましたので=

 現在はもう向こうのレーダーには探知出来ません=」

「そうか、それなら大丈夫かな」

竜司はほっと胸をなでおろす。


「ですが=我々の行き先が=月である事が=

 地球側に知られてしまいました=」

「えぇ…やっぱりマズくない?」

「計算によりますと=

 我々”特殊小隊”が月面で地球側の軍隊と接触する可能性は=7.3%です=」

「それって高いのか低いのか…どっち?」

「はい=大丈夫です=直ちに対策を講じますので=

 実際には=地球側と偶発的な戦闘に至る可能性は=ほぼ0に出来ます=」


「そか、それなら…」

「また=月面には既に=”ヤマトクニ”天体軍の=先発隊が到着しております=

 あと30分後に=指定ポイントにて=合流予定です=」




竜司は、コックピットの3Dスクリーン越しに

徐々に接近する月面の裏側、

コロリョフ・クレーターの辺りをズームアップして見た。


「あそこに先発隊が居るんだっけか…?」

「はい=その通りです=

 指定ポイントまであと5000kmの距離に接近=」


よく見ると、確かに”ヤマトクニ”軍の艦艇らしきものが複数、

月面に着陸したり低空を遊弋しているのが分かる。

数は少なくとも数百隻くらいは居そうだ。

それに、月面ではスケールを比較するものが無い為に分かりにくいが

一隻一隻の大きさがそれぞれ1000m前後はあるだろう。




『竜司、お疲れ様。

 待ってたわよ』


その時突然、通信用スピーカーから女性の声が飛び込んできた。


「その声は…ねーちゃん!?」




- - - - - - - - - -




「ねーちゃん!!

 こんなところに来て大丈夫なのかよ!?」

「ええ、今はもう問題ないわ」




月面にロボット編隊を着陸させた竜司達は、

そのまま宇宙服姿でロボットの中から抜け出して月面に降り立ち、

地表で他の人達と一緒に作業らしき事を行っている明日香の元へと駆け寄った。


「お疲れ様、竜司、それに東雲くんも」

宇宙服のヘルメット越しに、

ニコニコしながら話しかける明日香に対して竜司が訊いた。

「もう車イスに乗らなくても大丈夫なのかよ?」


2日前に『イヴァウト-86』の宇宙港で出会った時は

体が衰弱していたのか、自動運転の車イスに乗っていた。

しかし今、目の前にいる明日香はとても元気そうに見える。


「もう竜司ったら、そんなに心配しなくても大丈夫よ。

 あの時は、予知夢を見た時の精神的な副作用みたいなものだったから。

 でも今はもう、あの悪夢は見ていないわ」

明日香が首をすくめた。


「そうなんだ…って事は」

明日香の言葉を聞いて、竜司が何かに気づいた。

「そう、未来は不確定なものになったわ。

 つまり、私達の手で別の未来を、

 素晴らしい未来を掴める可能性が高くなったのよ」


未来というのは一般的に考えられているよりも決定的なものではなく、可能性に応じてパラレルワールドが無限に分岐していくものだと言う事を、オクウミも言っていた。

未来予知プリコグにしても、その都度都度で可能性のある未来を選択し、幻視しているに過ぎないのであろう。


「本当かよ…!?

 それは良かったぜ…」

「うむ、これぞ世界線の収束…シュタインzムググ」

「おっと東雲これ以上はダメだ」

続けて何かを言おうとした東雲の口を、竜司が無理やり手で塞いだ。

といってもヘルメット越しでしかないので、

実際には東雲が自分でムグムグ言っているだけなのだが。




「それで、と言っては何なんだけど

 私も、貴方達の”特殊小隊”に参加する事にするわ」

「え、えぇ!?

 大丈夫なのかよ、ねーちゃん!?」


衰弱から立ち直ったとはいえ、病み上がりのような華奢な体では

とても大規模な戦闘には耐えられなさそうに思える。


「心配しなくても大丈夫よ、竜司。

 『須佐ノ男』号の中に居れば頑丈で安全だし、

 それに『須佐ノ男』号達も私の司令を必要としているわ。

 何よりも、私が居ても立っても居られないから…」

「そうなんだ…

 まぁ、ねーちゃんがそう決めたんなら、しゃーないな」

竜司が頭を掻きながら、明日香の意思を渋々認めた。


「ぃようし、それなら今度は絶対に俺達の手で、

 運命を掴み取ってやろうぜ!!」

「ええ、もちろんだわ!!」

「ムググッ!!」




三人は円陣を組み、握りこぶしを作った手を互いに突き合わせて

「行くわよ!」「おう!」「ムグッ!」

と気合の一声を掛け合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ