19-2 撤退戦
「来ました!!
”バイオメカノイド”群、方位0-3-3、急速接近中!
現在は本要塞から距離10万から15万、高度は約25000、
数、およそ10万、
内訳は”卵球級”3割、”蜘蛛級”2割、”団子蟲級”2割、”兜虫級”1割5分、”巨人級”1割、その他です!!」
観測士官からの絶叫するような報告を聞き、
アラフバル少将もまた、喉が急速に乾くのを感じていた。
「ううむ、前回の攻撃のおよそ5倍以上か…
しかも要塞攻略戦に対応した兵種と比率になっておるようだ。
ついに我々のトドメを刺しにやってきたという訳だな」
しかしここで少将は、要塞司令部に据えられた立体スクリーンの
一部に投影された映像を一瞥すると、ニヤリと笑った。
「ふむ、それでは”特殊小隊”とやらの全力とやら、見せてもらおうじゃないか」
少将は後ろを振り向き、
コンソールに張り付いて細かい指示を出している副官に問いかけた。
「要塞にいる全兵員の脱出準備は、済んだか?」
「はっ!
現在既に7割が脱出用の輸送船に搭乗を完了しております!
あと3割は、要塞の自動反撃システムを設定し終え次第、
30分以内に搭乗させます!!」
「宜しい、それでは…」
少将は再び前を向き、それから砲兵隊を統率する士官へと号令する。
「要塞主砲、全力斉射用意」
「主砲、全力斉射用意!!」
士官達が緊張の面持ちで復唱する。
ここで一瞬ンンっと喉を鳴らしてから、再びその太く大きく響く声を放った。
「斉射開始!」
「斉射開始!!」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「竜司様=作戦が開始されました=」
コックピットに座って待機している竜司に『ゼロ2』が報告した。
「おっ、ついに始まったか」
竜司は生唾を飲み込み、それから操縦桿を握りっぱなしだった手を一瞬離した。
案の定、手のひらは汗まみれでベタベタになっていた。
「竜司様=手の湿度が気になるようでしたら=
乾燥致しますが如何でしょうか=」
「ん、あ、ああ、頼むよ」
コックピットのダッシュボード辺りから、
爽やかな風が手の辺りに向かって吹き込んで来た。
竜司はそちらに手を掲げると、
手のひらはすぐに乾燥してさらさらの状態になった。
「よし、もう良いよ。ありがとう」
「どういたしまして=竜司様=」
この『ゼロ2』は、竜司のために『ラライ・システム』によって生み出された人工知性の”眷属”である『ゼロ』のデータを、『須佐之男』号の部下個体である巨大ロボットの1つに移植した結果生まれた新たな人工知性である。
以前は竜司の事を「赤羽様」と呼んでいたが、今では明日香と区別するために「竜司様」と言い換えている。
ちなみに『ゼロ』自体は、その小さなフィギュア型の本体をコックピットのソケットに差し込まれてある。
それは、はたから見るとまるで車のドリンクホルダーに突っ込まれた子供用の玩具のようだ。
それもそのはず、『ゼロ』の体はもともと、『電光石火グリッドメンズ』に登場するヒーロー『グリッドゼロ』のフィギュアそのものなので、そう見えても仕方ないのだが、他に置く所も無いし『ゼロ』と『ゼロ2』との情報リンクのためにはそうせざるを得ないのである。
「よし、そろそろ頃合いかな」
竜司が全方位レーダーを注視しながらつぶやいた。
もちろんこのレーダーは、前回の艦隊戦における反省点を生かして
ナノレベルのサーチも怠りないようにしてある。
今の所、ナノサイズの”バイオメカノイド”は検出されても僅かだった。
恐らくナノサイズともなれば、マシン同士の相互通信や連携に難があるのだろう。
”グレイ・グー”と呼ばれる暴走状態が発生する可能性もあるので、
”バイオメカノイド”側としてもおいそれとナノサイズ化出来ないのではないか、
とオクウミや時空探査局の調査研究チームは推測していた。
ちなみに”グレイ・グー”というのは、
ナノマシンが無限に増殖しながら取り付いた天体の全てを食い尽くし、
文字通り灰色の塊にしてしまうので、そう名付けられた現象のことである。
これはつまり、”バイオメカノイド”側は惑星や天体をなるべく破壊せず
利用したいとの思惑があるのでは、との推測が成り立つ事になる。
艦隊戦でナノマシンを繰り出して来たのは、
宙に浮かぶ艦艇だけなら”グレイ・グー”と化しても問題ないという事だろう。
今まで”バイオメカノイド”の目的が全く読めなかった”帝国”側としては、
その目的を解明するための大きな取っ掛かりとなる情報だった。
しかしその事は、さしあたって作戦を遂行する竜司達にとっては大きな意味は持たない。
ただ以前に「エリア51」上空での戦闘で、
”バイオメカノイド”の機械虫に『須佐之男』号が侵食されたような事が
また起きなければ良いだけであるし、
その為のロボット内”免疫システム”は今回万全の体制にしてある。
「おい、東雲の方は準備いいか?」
竜司は僚機へ暗号通信を送って問い掛けた。
「おう、俺は問題ないし『トランver.2.0』も準備万端だ!!」
東雲が、コックピット画面の向こう側からサムズアップを送る。
「『須佐之男』号はどうだ?」
この17体もの巨大ロボットで構成される小隊をシステム面で統率する『須佐之男』号にも呼びかけた。
「はい=問題ありません=臨時司令殿=」
画面上に表示された『須佐之男』号の合成顔画像が頷く。
「じゃあそろそろだし、俺が合図したら一斉に飛び出すぞ」
「オーケー!」
「了解しました=」
それから竜司達は、数分の間じっとその場を動かずに息を凝らし、
レーダーで”適合ポイント”を迎えたその瞬間、
「GO!!」と叫んだ。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
要塞司令部の立体スクリーンを注視していたアラフバル少将は、
”バイオメカノイド”群が押し寄せて
要塞主砲がそれを押し止めるという様相を呈しつつ
激しく荒れ狂う戦線の、さらに向こう側で事態が動くのを確認した。
「始まったか!!」
なんと、竜司達の乗る巨大ロボット達が
地面の中から勢いよく飛び出したのである。
ボゴォオオオン!と、
大地を通じて数十キロ離れた要塞にまで響き渡る大轟音を立てて
雪煙を辺りに撒き散らしながら、
まず最初に竜司・東雲が乗っているロボットと『須佐之男』号が、
まるで極地の海氷をぶち破って原潜から弾道ミサイルが打ち上がるような形で飛び出した。
続いて他の部下個体である14体の巨大ロボットも、次々に地面から吹き出すようにして出現する。
そして、彼らは自動的に前進するだけの”バイオメカノイド”群に対し、
後背からの一斉攻撃を開始した。
それぞれの個体としては一定の行動パターンを取っている”バイオメカノイド”は
背後からいきなり現れた新たな敵に、即時の対応が出来ずに右往左往し始める。
だが、いかな”バイオメカノイド”であっても
無防備な後背から襲い掛かられては成すすべもなく見る見る間に、一方的に蹂躙されていく。
「ぃよし!!狙い通りだ!!」
少将は立体スクリーンを注視したまま、思わずガッツポーズをとった。
なぜ、そのような奇襲が可能になったのかというと
この名も無き準惑星の地殻組成にあった。
地殻の成分は主に水の氷であり、
その次にドライアイスやメタン・アンモニアの氷となっている。
しかし自転運動その他の要因により、地殻内部はかなり流動的となっており
地表を少し掘っただけで不純物混じりの水が、まるで溶岩の様に噴出するのだ。
しかし当然ながら、地球の溶岩のように熱いわけではないので
みぞれのような氷水のマントル内を泳ぐようにして潜伏する事が可能である。
従って竜司達は、要塞のすぐ脇から地面に潜り、
”バイオメカノイド”群に気づかれないようにして掘削しながら移動し、
要塞からかなり離れた目標地点の地下で待機していたのだ。
そして、”バイオメカノイド”の大群が真上を通り過ぎるのを待ってから
一気に地面から飛び出して敵の後背をついたという訳である。
”バイオメカロイド”群は、それからあっという間にその数を減らしつつあった。
「敵の数、50%以下への減少を確認!!」
「うむ、まずまず成功だな」
士官の報告に、満面の笑みで頷く少将。
それもそのはず、何しろこの作戦の要は”特殊小隊”による奇襲であったからだ。
奇襲の骨子は、「敵の裏の裏をかく」である。
すなわち、まず要塞主砲と要塞内にある無人機の残りをかき集めて
わざと敵に目立つ様な攻性防御を行う事で”バイオメカノイド”との戦線を構築し、
敵を十分に戦線へとおびき寄せるのが第一段階、
次に竜司達が敵の後背側から奇襲をかけ、
一気に畳み掛けていくのが第二段階である。
そして第三段階は、その乱戦状態となった隙をついて行われる。
「脱出組第一陣、準惑星の重力圏脱出に成功!!」
「第二陣、発進開始!!」
次々に、兵員を乗せた輸送船が要塞から脱出していく。
しかし前述した通り、兵員数はそんなに多くない為に
輸送船数隻が逃げ切れれば充分だった。
「アラフバル司令、そろそろ我々も脱出の準備を…」
副官が恭しく直言した。
「うむ、分かった。
では我々も撤退準備開始せよ」
「はっ!」
アラフバル少将の言葉で、要塞司令部の士官達もさらに慌ただしく動き始めた。
「あとは、彼らが上手く脱出できるかだが…」
少将の心配を、副官が打ち消すように言った。
「それは恐らく大丈夫でしょう、
見て下さいアラフバル司令、あの獅子奮迅の戦いぶりは…」
少将は副官とともに、立体スクリーンの拡大画面を覗き込んだ。
「ははっ、確かに。
こちらの心配なぞ不要だったかな」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「はぁあああああ!!」
竜司は、巨大ロボットの手から巨大な竜巻を発生させるようにして
こちらに押し寄せてくる”バイオメカノイド”群を次々に蹴散らしていった。
「これが編み出したばかりの新技:旋風御手だっっ!!」
なかなかに中二病的なネーミングの新技だが、
それでも”バイオメカノイド”連中にとっては充分に効果があるらしく、
特に低空を飛行する”卵球級”は、
成すすべもなく空の彼方へ吹き飛んで行ってしまう。
対して、なかなか旋風御手で吹き飛ばないのは
地面に脚を食い込ませて必死に体を固定している
”蜘蛛級”や”団子蟲級”、”兜虫級”などである。
そうした連中に対しては、
竜司がロボット内に組み込んである増幅装置で倍加した念動力を直接ぶつけ、
地面ごと吹き飛ばしていくか、
逆にプレスするように念動力で押し潰していく。
「はっはっは、赤羽よ!!
そんな事では日が暮れてしまうぞ!!」
竜司機の近くで同じように”バイオメカノイド”群を蹴散らすのは東雲機だった。
「はっ、じゃー東雲、どうすんのが良いんだよ!?」
「ほほう、それでは赤羽!
俺の新技をとくと拝見するが良い!!」
そう言って東雲は自機の両腕をくわっと高く掲げ、
ロボットの掌から火の玉を発生させてから
その腕をゆっくりと左右に広げると、
掌の火の玉が空中で扇状に数珠繋ぎに広がった。
「いでよ!!火炎創出!!」
そう叫ぶのと同時に、両腕を思い切り前方に振り回すと
その数珠繋ぎになった火の玉が、
まるで散弾のように前方へ勢いよく打ち出されて
”バイオメカノイド”に次々と命中する。
「はっはぁ!!どうだぁ!!」
「いやどうだと言われても、っつーかファイアーもフレイムも同じ意味なんだが。
”頭痛が痛い”とか”違和感を感じる”みたいな変な表現になってんぞ」
竜司の冷静なツッコミに構わず、東雲はさらに火の玉を敵の群れに向けて次々に繰り出す。
「アチョアチョアチョアチョチョチョチョーーー!!」
「っわわっ!?あっちい!あっちいってお前!!」
流れ弾が竜司の方にまで向かってくるので、
竜司は自機をホッピングさせながら叫んだ。
「アタタタタタタタ!!」
それでも調子に乗った東雲が、
ところ構わずに火の玉をあらゆる方向に繰り出していく。
その火の玉のうちの幾つかが、氷の大地に開いたクレバスの中に落ちていった。
「…おい、東雲、なんか変だぞ」
嫌な予感がした竜司が次に何か言おうとしたその時。
近くにあった氷の小山が急にググっっと盛り上がった。
「…ぁああっ!!やべえぞこれ!!逃げろぉおおお!!!」
「え?何だって!?」
東雲がラノベ主人公みたいな呆けた事を言った次の瞬間、
バッゴォオオオオオン!!!
と大轟音を響かせて、竜司達がいた付近の地面全体がいきなり大爆発を起こした。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「どうした!?何があったんだ!?」
アラフバル少将は、部下と一緒に乗り込んだ最後の脱出艇で
準惑星の重力圏を抜け出す瞬間、準惑星の表面で発生した大爆発を
艇の窓から見て叫んだ。
「わ、分かりません!
ただあの付近には、例の”特殊小隊”が居たはずですが…」
「おいおい、勘弁してくれよ全く…何をやってるんだアイツらは」
少将は深くため息をつきながらも、
気遣わしげに部下へレーダーによる捜索指示を出した。
果たせるかな、しばらくレーダーで捜索していると
もうもうと舞い上がる氷の煙や破壊された”バイオメカノイド”群の欠片に混ざって
”特殊小隊”所属ロボット達の17機全てが、
準惑星の重力圏を振り切って飛び立ってくる様が確認できた。
「全機、無事のようです」
「ほうっ…全く、心配したぞ」
少将が胸をなで下ろしている頃、
”特殊小隊”のロボット間では
竜司と東雲による通信リンクを通じた喧嘩が繰り広げられていた。
「だぁからお前は調子に乗るなっていつも言ってんだろうが!」
「いやあれは不可抗力だ!普通あんな事態になるとは予想出来ないであろう!」
「いやいやあんだけぶっ放しゃ、
誰だってヤバイ事になるのは分かりそうなもんだろ!
だいたい何のために”眷属”が居るんだよ!
”眷属”の『トラン』に助言もらえば良かったろうが!!」
「しかし=竜司様=残念ながら観測範囲内では=爆発の可能性は10%以下でしたので=」
二人の喧嘩に『トラン』が割り込んだ。
「そもそも、何であんなに勢いよく爆発なんかしたんだ!?」
竜司の疑問に、今度は『ゼロ2』が答えた。
「はい=そもそもあの準惑星の地表構成は=氷が主成分だという事はご存知だと思いますが=」
「ああそれは知ってるけど、それで?」
「水の氷は=全体の70%を占めていますが=それ以外にもドライアイスが17%=メタンやプロパンやアンモニアなどの=揮発性物質が10%ほど含まれています=」
「へぇ…って事は」
「そうです=
東雲様が=火の玉を打ち込んだクレバスの奥は=たまたまプロパンの溜まり場でした=たび重なる戦火で周辺温度が上昇し=水の氷に含まれていた酸素が=揮発するのと同時に=プロパンもまた急激に揮発し=それに東雲様の火の玉が触れて着火したのです=」
「あちゃー…」
竜司はコックピット内で頭を抱えた。
「まっ、みんな無事なら結果オーライっつー事でな!」
スクリーンの向こう側で、開き直った東雲がサムズアップを送る。
東雲の乗機であるロボット自体も
東雲のコックピット内での動きに呼応して左手をサムズアップさせた。
「何がオーライだアホゥ!!」
と、改めて東雲にツッコミを入れるも
「まったく…
まぁお互いに無事ならまぁいいか」
そう言って、肺の空気を全て吐き出すような大きな溜息をついた。
「んじゃ、とりあえず初戦の勝利を祝って…」
竜司は、ロボットの右手をグーの形にして東雲に差し出した。
「この調子で、バンバン倒していくか!」
東雲も自機の手を握りこぶしにして竜司に向け、
お互いの握りこぶしをコツンと合わせた。
「…”特殊小隊”、応答せよ。
こちら、臨時総司令部…」
反地球宙域にある仮説陣営の総司令部から通信が入った。
「はい、こちら”特殊小隊”の赤羽です」
「君達の転進先が決まった。
現時点でアラフバル少将麾下の脱出船隊に対する護衛任務を解くので
直ちに地球の月にまで向かって欲しい」
「月…ですか!?」
「ああ、現在”バイオメカノイド”の一分隊らしき影が
月に向かって猛スピードで接近しつつある事が分かった」
「な、何だって!?
いや、本当ですか!?」
「ああ、こちらのレーダーでも確認済みだ。
直ちに月面での迎撃体制を構築する必要がある。
では、任務を復唱せよ」
竜司は咳き込むようにして応じた。
「り...了解しました!
直ちに月へ向かいます!!」




