18-3 艦隊展開
「全艦、ワープ完了。
脱落艦は0です」
「うむ、まぁまぁ問題ないな」
士官の報告に、シルヴィオス提督がわずかに安堵の表情を浮かべた。
「出来れば、地球近傍空間にて艦隊展開したい所でしたが」
副官のトゥクリ=ヴァリ大佐がぼやく。
「仕方あるまい、何しろ地球の”機関”とやらがテリトリーとしているのだろう?
それに原始的とはいえ、21世紀アメリカやロシアの宇宙艦隊も活動しているというじゃないか。
彼らに見られても構わないというなら遠慮なく堂々とやるが、時空探査局の方針としては、まだ我々の存在は21世紀地球には隠しておきたいというからな」
「まぁ、”原始文明干渉規約”の適用に準じるといった所なのでしょうね」
トゥクリ=ヴァリ大佐が首をすくめ、シルヴィオス提督も頷いた。
「第55-12地表作戦部隊10個師団、及び第71-36天体工作部隊も本指定宙域に到着しました」
艦橋の大スクリーン上には、巨大な直方体や円筒形を呈した工作船の艦影が幾つも映し出される。
「うむ、それでは早速だが
仮設陣営の建造を開始するよう連絡してくれ」
「了解しました」
工作船には様々な工作機械が積載されている。
その宙域の近くに漂う小惑星を捕獲して、その場で1艦隊を収容出来るだけの要塞を一昼夜で築き上げる事も可能である。
今回も、作戦行動ルーチンに従ってほとんど自動的に建造がスタートした。
「よし、しばらくここで陣営が完成するまでの間、待機といくか」
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“ヤマトクニ”軍の宇宙艦隊がワープを終えて仮設陣地を建設し始めた頃より少し遅れて、地球の”機関”に属する深宇宙警戒防衛ネットワークが緊急警報を発した。
「どうした!?何があった!?」
「は、はい…
反地球ポイントに正体不明の大質量物体群を検出しました!!
ま、まるで、いきなり急に出現したようです!!」
「何だと!?
いったい何なんだ、それは!?敵性物体か!?」
「え、ええと…目下のところ、全く不明です…!」
北米の某地下基地内に存在する、まるでNORAD(北米防空司令部)をそのままコピーしたような、正面に大画面、フロアにずらっと並ぶコンソール群を備えた”劇場”では、蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。
ちなみにそこでは、NORADよりも更に広範囲・すなわち地球を中心として太陽系の少なくとも木星より内側における人工物体・自然物体の探知・追跡・分析をリアルタイムで行いつつ閲覧確認出来るだけの機能を備えている。
NORADの方は、地球軌道を含めた地球近傍宙域の警戒を主に行なっている。
しかし、その探知能力には当然限界があった。
もとより”機関”は太陽系の大部分の領域において極秘裏に探査機を送ったり、場合によっては有人・無人の探査基地を設置するなどして、太陽系の警戒防衛システムを整備しつつあった。
だが、そこで配備されているセンサー群は基本的に電磁波系のレーダーが主であり、例えばミューオンレーダーなどの最新の探知用システムは、地球人類の技術水準で運用するにはまだまだ未成熟で不安定なテクノロジーであるので、配備もなかなか進んではいなかった。
しかしそれでも、地球軌道の対蹠点、すなわち「反地球ポイント」と呼ばれる空間座標にいきなり出現した大質量物体群を検出するだけの能力は備わっていた。
「その座標の近くに、探査機か偵察機は居ないのか?
直ちに急派させろ!!」
「駄目です、その座標から少なくとも半径1億5千万kmの範囲に、人類の宇宙機は一切存在しません!」
「本当か!?」
「はい、当該座標より約1億7千万kmの位置に無人の小惑星基地KM-51がありますが、すぐに急行できるような宇宙船は停泊しておりません」
「他には?」
「やや離れて約2億kmの位置に金星があります。
そこにはアメリカ戦略宇宙軍深宇宙軍団第1金星派遣部隊・第1偵察機小隊が配属されています」
「その偵察機部隊が当該座標に急行したとして、どれ位掛かる?」
「もし重力制御エンジンを目一杯働かせたとしても、およそ5日間くらいは掛かるでしょう。
しかし重力制御はまだ不安定なエンジンシステムですので、核融合エンジンとの併用も必要となります。
従って、実際は10日間ほどの時間が掛かると思われます」
「よし、少々時間が掛かるのは仕方あるまい。
直ちに金星の深宇宙軍団第1金星派遣部隊へ連絡、偵察機を当該座標空間に急派しろと伝えろ」
「はっ!!」
「それと…”機関”の”委員会”にも緊急連絡だ…」
「は、はい…」
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「偵察用プローブ、散布完了」
工作部隊が陣営を建設している間、偵察活動の開始が各艦に通達されて
艦隊の標準艦から、周囲数千億kmまで網羅可能な無人偵察機が無数に放たれた。
プローブは艦隊からある程度の距離を取ると、順次小規模ワープに移行して飛び去っていく。
まるで流星が周囲に向かって飛び散っていくような光景が
艦橋の大スクリーンに映し出される。
「まぁ今回は、対”バイオメカノイド”戦を想定するだけで良いから
まだ気楽じゃの」
シルヴィオス提督は豊かなあごひげを撫で付けながら言った。
「はい、正直ここまで艦隊を繰り出さなくても良いような気もしますが」
トゥクリ=ヴァリ大佐も同意する。
「しかし、艦隊を繰り出してくれと言ってきたのは時空探査局じゃからな」
「時空探査局は、一体何を恐れているのでしょうか」
ふむ、とシルヴィオス提督が腕を組んで考えようとすると
トゥクリ=ヴァリ大佐が先じて発言した。
「そう言えば、
彼らも他部署や帝国多重議会などと色々揉めていると聞き及びます。
従って、自らの活動を誇張してでも影響力を維持しなければならないと考えると、今回のもこうして軍艦隊をも自らの要望に従わせているぞ、という示威行動なのかも知れません」
「なるほどのぅ、我々は政治の道具にされているという訳か」
提督はため息をついた。
しかし、たかがその為だけにここまでやるだろうか?と
わずかな不安がつきまとうのだ。
「ともかく今回は、対”バイオメカノイド”兵器は標準汎用グレードで充分じゃろうとは思うが」
「ええ、問題ないと思われます」
標準汎用グレードとは、”バイオメカノイド”駆除に必要な攻撃手順を過去の経験に基づいてマニュアル化し、それに沿って各種電子兵器群をパッケージ化したものである。
そもそも”帝国”というか”宇宙日本人類文明体”、さらに”星間種族連合”が存在する銀河世界において敵性存在であったはずの”バイオメカノイド”類は遥か古代に駆除されており、もはや半ば忘れ去られている考古学的な研究対象でしかない。
それでも万一という事を考えて、古代における星間戦闘の記録をサルベージしては仮想空間上でシミュレートを繰り返して一応あらゆる攻撃パターンを学習し、それに対応する兵器を”ヤマトクニ”軍兵器局が開発してパッケージングしてはいた。
しかしそれでも、それを行なったのはもう10万年ほど昔の事であり、いささか陳腐化していないとも言えないのだが、何しろ”帝国”近辺では10万年以上もの間、実体宇宙上でも人工次元世界であっても”バイオメカノイド”が出現した事が無いのだから、それを確認しようがない。
従って、この対”バイオメカノイド”用標準汎用グレードを使用するのは
今回が初めてなのだった。
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「偵察用プローブ・レハ297184-ヨ127633が地球近傍空間に到達しました」
一機のプローブが撮影した映像が、
艦橋にある大スクリーンの一部に表示される。
そこには、一つの青い惑星が映し出されていた。
「ほぉ…」
「我らが祖先の起源、全人類の揺り籠たる惑星、それがあの地球なんですね」
「さすがに美しいものだな」
「特に”起源世界線”の地球である事を思えば、感慨深いものがありますね」
環境にいた士官達の間からも、おぉっと感銘の声が上がる。
何しろ、”ヤマトクニ”のみならず”日系人類銀河帝国”の人間にとっては
この”起源世界線”の地球は、まさに憧憬の念を掻き立てる存在として
古くから一見を望まれる存在であり続けてきたのだ。
「ズームアップしてくれ給え、日本列島が見たい」
「はい」
トゥクリ=ヴァリ大佐が通信士官に指示し、
映し出された地球がどんどん拡大する。
すると、青い球体の左端近くにそれらしき島影が徐々に見えてきた。
ここから見える地球はいわゆる半月ならぬ半地球状態で、
一番照らされているところに日本があるという事は
現在の日本時間はほぼ真昼に当たるだろう。
画面一杯に日本列島が映し出されると、士官達のどよめきが一層高まった。
中には、少し涙ぐむ者もいる。
それほどに、”帝国”の人々にとっては地球日本は聖域に等しい存在なのである。
ひとしきり日本列島を眺めた後に、ややあってシルヴィオス提督が言った。
「そう言えば、例の”機関”とやらに宇宙艦隊があるというが、今はどの辺りに居るんじゃろうな」
「では、探索を指示してみます」
トゥクリ=ヴァリ大佐が再び通信士官に指示すると
プローブの画面が目まぐるしく移り変わり、
やがて虚空の一点をクローズアップし始めた。
「あれですか」
「ほほう、原始的とは言え、なかなか立派なものだな」
そこには、静止衛星軌道上を遊弋するアメリカ戦略宇宙軍の第5艦隊任務群が映し出されていた。
旗艦である宇宙戦艦マウントハドリーと宇宙空母デイヴィッド=スコット、同じく宇宙空母ジェイムス=アーウィン及びアルフレッド=ウォーデンや、それらに付き従う宇宙巡洋艦・宇宙駆逐艦数隻が整然と航行しているのが分かる。
それら宇宙艦は地球人類が建造した飛行機械の中で抜きん出て大きく、
特に宇宙戦艦マウントハドリーは全長が200m程に及ぶ巨艦と言えた。
しかし、シルヴィオス提督らの目には、彼らの宇宙船はあたかも丸木舟のように荒削りで、プラモデルのように弱々しく華奢なようなものに映って見える。
それもそのはずで、例えば提督の乗艦である戦艦ヴァラクダータは全長約2500m、実にマウントハドリーの十倍はあるのだ。
その気になれば、例えばヴァラクダータの隣を随行している空母リェクトラ51-90の格納庫にそれらアメリカ軍の宇宙艦隊を丸ごと全艦収容する事も可能なのである。
とは言え、宇宙開発黎明期の文明がこのような宇宙船を建造しているという事実は提督らの目を見張るものがあると言えた。
”ヤマトクニ”軍艦隊に作戦参謀として乗艦している歴史研究士官などはこの映像に沸き立ち、アメリカ宇宙軍の艦船を調べ回したいからぜひ捕獲してくれなどと要望する始末である。
「まぁ、しょせんは我々から見たら、玩具のようにしか見えませんね。
このような兵器で星間文明と対峙しようというのだから、無謀というか蛮勇というか…」
と、トゥクリ=ヴァリ大佐が
やや見下すかのような毒舌を吐きかけた時。
ヴィヴィヴィヴィヴィヴィ!!
と突如として艦橋内に警報が鳴った。
「む!?
どうした?」
シルヴィオス提督の問いかけに、
コンソールを操作していた士官が応えた。
「はい提督!
プローブの一つが”バイオメカノイド”らしき
群体の接近をキャッチしました!!」
「何だと!!
どこからだ!?」
「地球原点座標からの相対赤経15h 01m 56s、相対赤緯+40° 23’ 26”、
うしかい座β:恒星ネッカルの方角からです!!
距離、現在およそ150億kmですが約1億km/hの亜光速で地球方面に向かって急速接近中!!
数、およそ20万から30万!!」




