17-2 シアラの実家
「スレナー!!おっかえりー!!」
「サリサ…ただいま」
涙滴型の宇宙船が竜司達の乗っていた泡をその胴体内のドックに格納すると、竜司達はやれやれとばかりに泡から這い出ることができた。
すると、ドックの奥から一人の女性が駆け寄って来て、シアラを猛烈な勢いで抱きしめたのだ。
「さ、サリサ…苦しい」
頭一個分ほど大きい女性に羽交い締めにされたシアラが、苦しそうに女性の腕をペチペチと叩いた。
「おっとごめんよ!なんせ2標準年ぶりだったからね!ははは!」
「いや、スキンシップも程々にしてって前も言ったと思うけど…」
「あははー!まぁまぁそう言うなって!」
「うぐぇ」
シアラをまたギュッと抱きしめた後
ようやく落ち着いたらしきその女性は、そこで初めて竜司達の方を向いた。
「おっ、君達がその、21世紀地球日本から来たっていう子達かい?」
片目を瞑って品定めをするようにして4人を次々に睨め回した。
「んー、うんうん!!いい子達そうだねー!」
と、一人で何だか嬉しそうにウンウンと頷いている。
「アルウィオネ様も!お元気そうで何よりだよ!」
朗らかに笑って手を挙げた女性に対して、アルウィオネも笑って頷いた。
「おお、サリサも相変わらずのテンションで何よりだのう」
その女性は肩まで掛かるポニーテールの黒い髪と浅黒い肌をしていて、あちこちが泥か油のようなもので汚れたツナギのようなものを着ている。
よく動く表情やキビキビした動作とも相まって、いかにも快活そうな感じだ。
ただよく見ると、顔の作りがシアラにそっくりである。
女性はそこで何かに気づいたように手をポンと打った。
「おっつ!自己紹介がまだだったね!
私はシアラ・サリサ。
そこにいるスレナの、親の一人さ!」
サリサと名乗る女性は、グッと立てた親指で自らを指して片目を瞑った。
対して竜司側もそれぞれの自己紹介を済ませる。
「サリサさんはシアラ…スレナさんのお母さん、なんですね」
「なんか凄い肝っ玉かあさんって感じっすね」
「おぉ!麗しきお母様!!」
「いや東雲ちゃんのお母さんじゃないし」
しかし、竜司達の言葉にシアラが微妙な顔をして首を横に振った。
「んん…何と言うか、正確には母親ではないのだが…」
「あーそーかそーか、古代地球から来たんだもんね。
そりゃ誤解があってもしゃーないかーハハハ!」
シアラに続いてサリサも奇妙な事を言った。
「まま、ここで立ち話もなんだしさ。
とりあえず地上に降りて、家に帰ってから話そうかね!」
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涙滴型の宇宙船が降り立った所は、大海原の只中にぽつんとある島の、ちょうど中心部にある平原だった。
島の大きさは例えるなら伊豆大島位しかなく、平原の周囲はぱらぱらと疎林がある程度だ。
平原の一角に置かれたヘリポートのような台の上に宇宙船が着陸した後に竜司達が宇宙船から外に出ると、目の前にちょっとした宮殿のような大きさの建物が見えた。
「おー!なんか大きなお屋敷みたいなのがあるぞ!」
「あれが実家だ」
シアラがなんでもないように言った。
「え!?あれが実家だって!?」
「やったー!すごい豪邸じゃん!」
「素敵なデザインのお屋敷ね」
「おぉ!ヴェルサーイユ!」
竜司達が口々に驚きの声をあげる。
「うーん、まぁあれ位の家は”帝国”ではごくごく普通の部類なのだが」
「ええっ!?あの大きさで普通なの?」
「まぁそうだな、少なくとも天体上に家を構える一般家庭はだいたいこんなもんだ」
「ふぇー、すげぇなぁ」
「考えてみれば確かに、”帝国”の規模と人口密度を考えればそうかも知れないわね」
「おーーーい!
早く早くーーー!!」
着陸台から屋敷までは1kmちかい道のりがあったが、
既にその半分くらいまで先に進んでいたサリサが竜司達に向かって手を振った。
「ははは…やれやれ」
シアラが頬をポリポリ掻きながら苦笑する。
「シアラのかーちゃん、元気だなー」
「いや、だから母親ではないと…」
「あら?どう見ても女性だけど、お母さんではないのかしら?」
「とにかく、もう一人の親に会えばわかる」
全員が屋敷の中に入ると、召使いらしきロボットが何台も次々に現れて
竜司達を出迎えた。
「皆様=ようこそいらっしゃいました=
お荷物をお持ち致します=どうぞこちらへ=」
どことなく、オクウミの『ディアマ=スィナ』号に居たラライ5-7-1を思い出させるような雰囲気の人工知性体達は丁寧な動作で竜司達の荷物を受け取ると、そのまま屋敷の中を案内し始めた。
「こちらが=皆様用の=個室となります=
まずこちらにおいで下さい=ミアナ様がお待ちです=」
「ミアナ様?」
ロボット達は竜司の疑問には応えず、荷物を個室へ置きに行ってしまった。
竜司達はさっきのロボットの言葉に従って、居間がある方へと向かった。
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居間に入ると、一人の女性が竜司達を出迎えるようにして立っていた。
「貴方達が21世紀地球日本からおいでになった、スレナのお友達ね。
それに、アルウィオネ様もお久しぶりですわ」
「ミアナ、久しぶりじゃの」
アルウィオネがその女性に向かって頷いた。
「あっ、初めまして!...えと、ミアナ…さん?」
「はい、私はミアナ。シアラ・ミアナと申しますわ」
ミアナと名乗った女性は、青い髪をひと結びにして片側の肩から前に垂らし、白く抜けるような肌やシンプルな純白のドレスとも相まってとても上品そうな雰囲気を醸している。
しかし彼女もまた顔立ちがシアラに似ていた。
「ミアナさんはさっきのサリサさんの姉妹なのかな?」
「もしくはシアラの姉さんとかじゃねーか?」
「そいやサリサさんとシアラはどこ行ったんだ?」
竜司達が自己紹介をしている最中に他の三人がこそこそと陰で喋っていると、その言葉が彼女に聞こえていたらしくクスクスと笑った。
「あらあら、スレナもサリサも何も話していないのかしら?」
「はぁ、家に着いたら話すって言ってましたけど」
「まだ何も聞いていませんわ」
「まあまあ、それでは私が貴方達を驚かせるような事を言ってしまう事になるわね。
仕方ないわね…あの二人には後でしっかりお仕置きだわ」
まとう雰囲気とは裏腹に少し物騒な事を言うミアナに竜司達は苦笑いを浮かべたが、それに続く言葉に、まさにミアナの言う通りに吃驚させられてしまった。
「実は私も、スレナの親なの。
つまりスレナは、私とサリサの間に生まれた子なのよ」
「…え!?」
「えええええ!?マジで!?」
「それってどういう事!?」
竜司達は思わず大声を上げてしまった。
「…少し、質問をして宜しいでしょうか?」
神崎が手を挙げて言った。
「ええ、どうぞ」
「あの…大変失礼な事をお聞きするようですが
サリサさんもミアナさんも、お二人とも女性、でしょうか?」
「ええ、もちろん」
「ですが、私達の常識では、子供は男女間でしか生まれないのですが
こちらではそうでは無い、と…?」
「そうですね、確かに古代地球、そして黎明期の”宇宙日本人類文明体”ではそうであったと私達は学んでいます。
もちろん歴史上の事項として、ですが」
「という事は、こちらの現代ではそうではないのですね?」
「その通りです。生体の人工生成技術が進歩した結果、私達は古典的な性差・性愛などからは解放されておりますので。
うーん、というかこんな話は私達の間では初等教育で学ぶレベルの事なのですけど、貴方達の周りの誰もこの事を口にしなかったのですか?」
ミアナが首を傾げて言った。
「あー、そういや誰も言ってなかったですね…ははは」
「まぁこっちも聞かなかったし、聞かれなければ意外にも喋るような事じゃないのかもねー」
山科がややあきれたようにして言った。
「確かに、私達にとっては性差なんてまだまだデリケートな事だし、聞きにくいのもあったかも知れないわね」
神崎もため息をつきながら首を横に振った。
「全く、どうしようもないのう」
アルウィオネも腕組みをしながらはぁっと深くため息をついた。
「なんてのぅ、実は余も割と遅くになってから知ったのじゃが。
ああもちろん初等教育の中でじゃぞ?」
「へぇ?どうしてですか?」
「そりゃもうのう、皇族は基本的に伝統を重んじる家系じゃからの。
当然ながら婚姻関係は男女の間で為されるのが常じゃったからしてな。
そうなると、巷の婚姻どころか恋愛事情を詳しく知ったのも皇宮を出られる年になってからじゃったわい」
アルウィオネは、今度は手と首を同時に横へ振った。
「まぁまぁ、色々と質問も積もる話もあるでしょうけど
そろそろ夕飯の準備をしないといけませんね。
サリサとスレナも、庭から戻って来る頃合いでしょうし」
すると、言ったそばから二人が戻ってきた。
「だだいまー!今日の分を収穫してきたぞー」
「久しぶりの菜園作業だから疲れた…」
二人とも、素朴な藤製らしきカゴに野菜のようなものを一杯載せて持って来ている。
竜司達がカゴを覗くと、地球の野菜に似た色とりどりの果実や根菜類等が入っていた。
「あらあら、新鮮なお野菜をいっぱい収穫できたわね。
それでは準備に取り掛かるから、二人とも手伝ってちょうだいね」
野菜を一瞥した後、ミアナは竜司達に向かって頭を下げた。
「皆さんは少し待ってて下さいね。
その間はドロイド達にお茶を入れさせますので、とりあえずこの居間でゆっくりしていって下さいね」
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竜司達がシアラの故郷である惑星エレストラに着陸した頃。
惑星エレストラから数千光年離れたアラマキ-7115市の、さらにそこに設置された星門を潜った先の通商結節体にある第一中央市、その一画に設置された元医療局:第一中央病院にて竜司の従兄弟である赤羽明日香が検査入院していた。
別に、彼女に今のところ何か不調があるわけでは無いのだが
その検査内容は、長期的な視点による複数の項目に渡るものとなっている。
まず第一に、以前に明日香が”機関”の地下基地に囚われの身になっていた時に機械虫”バイオメカノイド”に一時的に寄生されていたので、その長期的影響を確認するために定期的な検査が必須との事だった。
ただ明日香が思うに、恐らくもう大した影響が無いように感じられる。
もう一つの検査項目は、彼女は『キホ-壱拾八番 須佐ノ男』号と呼ばれる巨大なロボット--その正体は古代において”帝国”が地球日本に送り込んだ自動機械群--と司令官として”契約”を結んだ事による肉体的影響についてである。
もちろん自主的に彼らと”契約”を結んだ明日香としては、こちらについても特段気になるような事では無い。
しかし、明日香にはあと一つだけ気がかりなことがあった。
「う…うぅん…」
明日香は、今晩もまた夢を見ながらうなされていた。
(ここは…木星かしら?)
彼女は夢の中で、虚空に漂いながら圧倒的な存在感と威圧感を与えるその巨大なガス惑星を目前にしていた。
赤道からややずれた位置にある大赤斑が、まるで明日香を怒りの形相で睨みつけているかのように荒れ狂った赤い大気の渦を見せつけていた。
しばらく見ていると、明日香の目の前をどことなく見慣れた建造物が木星軌道上を横切って飛行していくのを見つけた。
(あれは…まさか地球人の”機関”が建造した宇宙ステーションかしら?)
恐らくは木星の科学観測用ステーションなのだろう。
ただそのサイズは、一般的に知られているISS(国際宇宙ステーション)よりもさらに大きく、一度に数十人が常駐可能な設備が整っているようだ。
その時、木星の大気のへり付近から何か無数の銀色に瞬く粒のようなものが明日香の方に向かって接近してくる事に気づいた。
(あっ…あれは?もしかして…まさか)
その飛来物がどんどんクローズアップして来て、
その姿がはっきり見えるようになると明日香は戦慄する。
(やはり…あれは”バイオメカノイド”!?)
明日香が危惧していた通り、以前彼女がネバダの地下基地で科学者達によって無理矢理取り憑かれそうになったあの不気味な機械の怪物の群が、みるみる間にその数を等比級数的に増やしていく。
しかもそれらが編隊を組んで、その宇宙ステーションに物凄い勢いで襲いかかり始めたのだ。
(ああっ!!止めて!!)
明日香は思わず虚空で顔に手をやって心の中で叫んだが、
その機械虫どもに一気に襲撃された宇宙ステーションがあちこちから火を吹き、または部品を周辺にばら撒いていく。
(きゃあっ!!)
そして無慈悲な破壊活動により核動力炉を暴走させられた結果、
たちまち強く眩く光の塊となって核爆発を起こし、
一瞬にして何もかも全て消し飛ばしてしまった。
明日香がその眩い光に襲いかかられた次の瞬間、彼女は元の病室のベッドで目を覚ました。
「……、またあの夢」
彼女はガバっと跳ね起き、それから額をぐっしょりと濡らす汗を袖で吹いた。
「はぁ…もう嫌。
一時は収まったかと思ったけど、ここ数日にまたぶり返してるなんて…」
彼女にとってはただの悪夢とは思えなかった。
余りにもリアルであり、まるでその場にいて悲劇を体感しているかのように思えたのだ。
しかも場所は木星だけでなく、火星だったり月面だったり、さらには地球軌道上であった事もある。
そして、それがここまで何度も続くという事は、何かを暗示しているとしか考えられないのだ。
「これは…ひょっとして…」
「ご主人様=大丈夫ですか=うなされておりましたが=」
ベッドの金属製パイプフレームの上にちょこんと座って待機していた、
まるでカワセミのような姿をした彼女の”眷属”である『ルリ』が明日香に話しかけた。
「ああ…『ルリ』、ちょっとお願いがあるの。
オクウミさんがどこに居るか分かるかしら?
分かったら、出来ればすぐに連絡を繋いでもらいたいのだけれど」
『ルリ』がオクウミへ通信を繋ごうと試みている間、
明日香は自身の悪夢についての推測に改めて戦慄し、背筋が凍る思いがした。
(もし、これがただの悪夢ではなくて、予知夢だったとしたら…)
「オクウミ支部長の所在が分かりました=
本日は=第一中央市の市庁舎別館にて=地球日本の非公式代表団と会議を行う予定となっているようです=」
「今も会議中?」
「いいえ=現在は休憩中のようです=」
「じゃあ、オクウミさんに電話を繋いでもらえるかしら」
「了解しました=」
普通の電話のようなコール音が何度か響いたのち、オクウミのよく通る綺麗なアルトの声が聞こえてきた。
「明日香さんか?どうした?」
「はい、明日香です。忙しいところ、申し訳ありません」
「ああ気にするな。それで、要件は何かな?」
明日香は、少し逡巡したのちに意を決して再び口を開いた。
「実は、さっき…」




