17-1 故郷への到着
「全く…赤羽くんはもう少し女性への接し方について考えた方が良いと思うわ」
「なぁ、神崎は何で赤羽に対してあんなに怒ってんだ?」
「知るかよ…昨日の夜に甲板上で神崎に声を掛けてから、ずっとああなんだよな。
っていうか神崎、あの時は甲板の物陰に隠れていったい何やってたんだろ…?」
翌朝になり、船内の朝食用ビュッフェで全員が集まり朝食を摂っていた時である。
神崎の雰囲気がやたらとピリピリしていたので竜司が声を掛けたところ、冒頭のような感じで怒られたのだった。
当然竜司にとっては何が何やら全く理解できないと言った感じではあるが、どうやら昨晩の甲板上での出来事に起因しているらしい事は何となく分かった。
しかし神崎は神崎で、全員が集まる場においてあまり大っぴらにその時の事を話したくはなかった。
(全く…赤羽くんのお陰であの時は心臓が飛び出るかと思ったわ。
でも、ここで赤羽くんを叱ってしまうとアルウィオネ様に疑念を持たれてしまうかも)
「なあ、神崎さん」
「は、はい!アルウィオネ殿下、じゃなくてアルウィオネ様」
「ちょっと尋ねたいのじゃが、
21世紀地球で使われておるというインターネット?とやらは、
一体どんなものなのかのう?もしお主が知っておれば教えて欲しいのじゃが」
「あ、え、ええ、構いませんわ。殿下」
「それでは食事の後でカフェでも飲みながら話そうではないかの」
「は、はい。是非とも」
竜司は、今朝の神崎の雰囲気、特にアルウィオネに対する態度が少しばかり違うような気がしていた。
何しろアルウィオネに対する敬語の使い方が滅茶苦茶になっている。
しかしそれらは竜司の思い過ごしかもしれなかった。
だが神崎は、アルウィオネの方に何かこちらに対して隠している事柄があるのではないかと訝しんでいた。
昨晩にアルウィオネとオプレシスの間で交わされた会話の内容、その中の”例のもの”とは一体何なのか?
恐らくは地球側の、それもインターネットでも検索出来る事項にそれが含まれているらしいのだが、当然あの会話だけでは皆目見当がつかない。
しかし神崎の直感では、その”例のもの”が何かとてつもなく重要なものであり
そしてこれまで”帝国”の人達と接してきて、ずっと解消されずにある最大の疑問の
「なぜ彼らは、21世紀の地球と日本をわざわざ探し出したのか?」という謎に対する回答である気がしているのだ。
実際神崎は、オクウミを始めとして”帝国”の色々な人にこの疑問をぶつけているのだが、「先祖である日本を救うのは当然のこと」として疑問を一蹴するばかりであった。
確かにその回答でも間違いないのだろうとは思うのだが、
わざわざ時空探査局という機構を、しかも皇宮肝いりで設立し、そして無数にある時空連続体や平行宇宙の中からたった一つしかない”起源世界線”を探し出してまでやるような事なのだろうかとも思うのだ。
しかもこの事業に対しては、未だに帝国多重議会からの反発や批判も多いという。
当然議会に対しても、神崎達に話したような内容の理由で押し通しているらしい。
現に”帝国”内外では時空探査局の事業に対する支持が集まっているとの事で、確かにそういった動機が彼らの深層意識の中に含まれているのは間違いないのだろう。
ひょっとしたら、アルウィオネに直接聞いたら快く答えてくれるかも知れない。
しかし万一、その内容が地球日本側にとって大変不利益なものであったなら、神崎のみならず竜司達全員の立場は非常に危ういものになるだろう。
であるならば、ここは彼女らと慎重に接しつつ、情報を密かにかつ出来るだけ多く集めて推理出来る状況に持っていかねばならない。
(私の態度一つ、対応一つで私達の運命、いや日本や地球の運命すら決まってしまうのかも知れないのね…)
そう思うと、だんだん自身の責任に押しつぶされそうな錯覚すら覚える。
しかし一度その疑念が生まれてしまったのなら、放っておくわけにもいけない。
神崎はその天才的な頭脳を必死でフル回転させつつ、
アルウィオネとのカフェの場においてなるべく情報収集に徹する事を決心した。
「神崎ちゃん、どーしたん?」
「い、いいえ…少々疲れただけだわ」
ラウンジのソファに深々と体を預けつつ、頭を抱えてうなだれる神崎を山科が心配そうに覗き込んだ。
神崎はアルウィオネと地球のインターネット事情について話し込んでいただけなのだが、神崎にとっては今までの人生の中で最も緊張した時間だった。
当然それが終わると、まるで糸が切れたように全身が弛緩し、どっと疲労が神崎の心身にのし掛かって来たのである。
「だいじょーぶ?
なんか飲む?それとも横になる?」
「あ、いいえ…大丈夫よ」
「何があったか分からないけど、まー少し自室で休んだら?
とはいっても、下船ポイントまでもう間も無くだってシアラちゃんが言ってたけどさ」
「そうなの?」
「うん。と言っても、あと3、4時間位っつってたし
やっぱり自室で少し寝てくれば?」
「ありがとう。やはりそうさせてもらうわ」
神崎がよろよろと船内の個室に戻っていくのを、山科が心配そうに見つめていた。
「なーにがあったのかにゃー。
まー神崎ちゃんがもう少し落ち着いてから聞く事にして、
私はもうちょっと船内でもぶらついてよっと」
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それから3時間が経過した頃、
竜司達は各々の荷物を持ってラウンジに集合していた。
「さて、あと10標準分ほどで下船ポイントに着くとの事だ。
そうしたら、甲板に出て接舷しているシャトルに乗り込むぞ」
シアラの言葉に、竜司達が頷く。
と、そこでまた竜司がきょろきょろと周りを見回した。
「あれ?神崎はまだ来てないのか?」
「ありゃー、まだ自室にこもったきりなのかなー」
少し心配そうな面持ちで山科が首を捻った。
「…あ、神崎ちゃんがやっと来た」
山科の目線を追うと、その先の廊下の向こうから神崎がやってくるのが見えた。
しかし、何だか少し足元が覚束ないように感じられる。
「なぁ、神崎どうした?」
「え?あ、ええ、何ともないわ。大丈夫よ。
荷物の整理に少しもたついてしまったの。遅れてしまってごめんなさい」
珍しく頭を下げる神崎に、竜司が慌てたように手を横に振った。
「おいおい、神崎らしくねぇ事すんな、そんな気にすんなよ」
「そう言ってくれると嬉しいわね」
「ははは…」
しかし今だに蒼白そうな顔色の神崎を見たシアラはアルウィオネの方をジト目で振り返り、こそこそと少し離れたところで、周りに聞かれないようにしてアルウィオネに訊いた。
「アルウィオネ様、もしかして神崎さんに何かしたんですか?」
「ぬ、何じゃと?そんな事する筈もなかろうが」
「でも神崎さん、朝食後にアルウィオネ様とカフェを共にしてからずっとあんな感じじゃないですか。
絶対アルウィオネ様が何かやらかしたに決まってます」
「なぬぅ!?余が一体何をしたって言うんじゃ!
余はな、神崎さんと地球のインターネットとやらについて普通に語らっていただけじゃぞ!!」
「じゃーもしかして、神崎さんのトラウマか何かがインターネットの話題の中にあったんじゃないですかね。
それをアルウィオネ様が引き出してしまったとか?」
「そんなん余には分かるものか」
「そーですかね。
何しろアルウィオネ様も神崎さんの事をしきりに怖がってたじゃないですか。
仕返しとか考えてませんでしたか?
ってか地球のインターネットの事なら私だってもう知ってますし、それこそ赤羽や他の誰かでも良かったでしょうに」
「それは神崎さんがあのグループの中で一番賢そうで物知りそうだったからじゃろうが!
それに仕返しというならお主にだって充分動機は満たされとろーが!!」
「何を小声でこそこそと口論してるんですか…」
困った顔の竜司が二人に話しかけた。
「ん!?あ、ああ、ちと細々した話題での、ははは」
「まあ後で神崎さんに直接伺いますし」
「??」
「まあそれはそれとして、そろそろ時間になりますんで
皆さん、荷物を持って甲板に出ましょう」
甲板に出ると、すでに貨客船は微速前進状態となっていて
甲板の真上近くまで大きな銀色の円盤が接近して来ているのが見えた。
「うぉおおお!!UFO!!ゆーふぉー!!」
東雲と山科がほぼ同時に叫んだ。
確かに、その見た目はまるで古典的な空飛ぶ円盤にそっくりだ。
「ははは…お前ら、前にエリア51でも似たようなの見たじゃねーか」
竜司が苦笑する。
しかしその時は、円盤の中身は米軍が異星人と共同で開発した戦闘機で
竜司達を攻撃して来ていたので、じっくり観察する間も無く能力で撃墜させなければならなかった。
「やっぱり未来人や宇宙人の乗り物っつったら、UFOだよねー」
「そんなわけないでしょう…」
ここでいつもならUFOや宇宙人に関して異常なまでの情報量のウンチクを披露する神崎だが、今は妙に言葉少なめなので若干心配になる。
「さ、それではコイツに乗り込むぞ」
シアラの先導で、甲板上に着陸したそのUFO型シャトルの出入り口から中に入った。
「おー、外は銀色だったけど
中だと外側の景色が完全に丸見えだねー」
「丸見えどころか、俺たちが宙に浮いてるみてえだな」
船内は全くの1フロア1室になっているようで、しかも内壁全てが外側の景色を完全に投影しているのか、それとも透ける技術を使っているのか分からないが全くの透明だ。
『皆様、お乗り込みが済みましたでしょうか。
それでは発進いたします』
船内放送が電子音のように響き渡る。
竜司達には、その言葉が”眷属”の翻訳機能を使わずにナチュラルな日本語に聞こえた。
「おおっ!?日本語!?」
「うむ、余たちが21世紀地球日本語の話者…いや、純粋な地球日本人を連れているのに配慮したのじゃな」
アルウィオネが頷く。
UFO型シャトルは、そのままスィーッと音もなく貨客船の甲板から浮き上がり
そして一切揺れる事なく、人工次元世界の地表の1地点に向かって急速に降下し始めた。
「うっわわわわわ!すげー!」
「もう雲の下に入っちゃった!」
貨客船が滞空していたのは人工次元世界トンネルのちょうど中心、地表から50kmほどの空域だったが、そこから地表までものの数分で一気に降りていった。
「凄いわね…揺れもしないどころか、気圧の変化すら全く感じさせないわ」
「ほんと!私なんかいっつも飛行機乗った時に耳の中が痛くなるんだけどさ」
「山科お前ちゃんと耳抜きしてないだろ」
東雲が両耳の穴をぐりぐり掘る振りをしながら言った。
「え?耳抜きって何それ?」
「おいおい知らんのか…そりゃ痛くなるわな」
東雲達がそんな事を言っている間に、すでに降下は最終段階に入っていた。
「おい何だありゃ!?
地表がびっしり泡だらけじゃねーか!」
竜司の叫びで全員が真下を見ると、地表が見渡す限りの石鹸の泡のようなもので埋め尽くされていた。
「ああ、あれは時空情報連絡泡だ」
シアラが何でもないという風に言った。
「へ!?じ、じくう…何!?」
「時空情報連絡泡だ」
「いや、だからそれって何?」
「ふむ、時空工学の基礎を履修していない赤羽達に説明するのはちと難しいが…
まあ誤解を承知で思い切り平たく言うなら、あの泡の一つ一つが
実体宇宙へと行ける一種の宇宙船みたいなものだ」
「はぁ…」
「それはまあ、実際に乗り込めば分かる」
UFO型シャトルがふわりと着地したポイントは、
泡の草原の上に建てられた一種のヘリポートのようになっていた。
『皆様、298×45.22×1.59×71.33ポイントへと到着いたしました。
皆様の旅が幸運なものでありますようお祈りいたします』
船内放送とともに、出入り口が再び開いたので
竜司達は恐る恐ると言った感じで外に出た。
「さあ、こっちだ」
シアラの先導で竜司達は、まるでアヒルの子の行列のように何となく不安そうな足取りで半透明な泡で出来た森の中を突き進んで行った。
「うーんと…お、あったあった。ここら辺だ」
シアラは、掌の上の3D表示で地図か何かを検索するようにしてから、
とある一方を指差した。
「ここら辺って…いやさ、俺にはどこも同じような泡にしか見えねえんだけど」
竜司が不安そうに言った。
「まあそうかも知れんな。
でもここらで合ってるぞ」
シアラが自信たっぷりに言った。
どうやら、ここは何度も来た事があるらしい。
「そうさの、まあお主らが心配するのも分からんでもないのう。
でも余たちにとってはここらはちょっとした裏道みたいなもんじゃからな」
アルウィオネも竜司の肩を叩いて片目をつむりながら諭した。
シアラは、いつの間にか手にしていた小さな切符のようなものを
近くにある泡にそれぞれ6個分貼り付けると、竜司達に言った。
「それじゃあ、各自一人づつ1つの泡の中に入ってくれ」
「…は?」
シアラの言葉に、アルウィオネ以外全員の目が点になる。
「ど、どういう事かにゃああ?」
「いやまさか、これが宇宙船で、一人一つずつって事は…」
「この泡一つだけで宇宙の只中にほっぽり出されるって事か…?」
「それもたった一人で…?」
その様を想像して、全員の顔が急速に青ざめた。
「ええい!
つべこべ言わずに入れ入れ!!」
シアラに半ばどつかれるようにして、まず竜司が1つの泡の中に押し込められた。
「ぐげぇええ!!」
でんぐり返しのような体勢で無理くり入った泡の中は、人間一人とスーツケース一つがやっと入るくらいの狭さだ。
「きゃあっ!!」
「ぐげ」
「わ、分かったからそんなに押し込まないで頂戴…」
竜司に続いて、その隣に連なるそれぞれの泡に三人が押し込められる。
「それでは余も入るかの…って!こら!!余までどつかんで良いわ!!」
アルウィオネまで背中から押し込んだシアラは、自身も泡の中に入った。
「みんな、無事入ったか?」
「入ったかじゃねーよ!入らされたんじゃねーか!」
「はは、まあそう怒るな。
それじゃ、起動させるぞ」
そう言うとシアラは、先ほど泡の表面に貼り付けた切符のようなものを裏から撫でると急にその泡の表面が半透明から様々なマーブル模様に目まぐるしく変化し始めた。
それはシアラの泡だけでなく、全員の泡が同調するように変わっている。
「わわわ!?一体何が始まるんです?」
「気にせずリラックスしてくれ。
それじゃ、跳ぶぞ」
シアラがそう言った瞬間、6つの泡が一瞬にしてその場からかき消えた。
「…ここは!?」
一瞬、立ち眩んだように意識が飛んだような気がしたが
次の瞬間には元に戻っていた。
しかし、泡の中は重力が無くなり、まさに宇宙に浮かんでいるように感じられる。
「これって…本物の宇宙空間か!?」
竜司が周りを見回すと、マーブル模様から急速に元の半透明へと色褪せていく泡を通して外の光景が見え始めた。
しかし、そこからの光景はまさに信じられないものだった。
「…も、森??
まさか、宇宙空間に、森が広がってる!?」
何と、何もないはずの空間に四方八方どころか
上下左右あらゆる方向に無数の木々が漂っていた。
しかもその1本1本のサイズが小惑星ほどもある。
枝は上下関係なくあらゆる方向に伸びていて、
その枝の上で青々と茂らせた葉を、遠方に見える4重太陽の光を通して瞬かせている。
これらの巨大な木々で形作られた森の間を、竜司達の泡が数珠繋ぎになりながらすり抜けていく。
「ここは、正確には森ではない。
農園だ」
「の、農園だって!?」
全員が混乱する中、神崎がさすがにいち早く気を落ち着けたようにして質問した。
「農園というからには、何を栽培しているのかしら?」
「ああ、私達が今まさに乗っている泡の元となる種子だったり、
量子情報交換子や魔力子発生素体だったりだな」
「いや、何を言っているのかさっぱりなんだが…」
竜司が無重量状態で姿勢を安定させようと四苦八苦しながら顔をしかめた。
「とにかく、ここが目的地なのか?」
「いや、違う。
でもここは両親が経営する農場でな。
目的地の惑星はもう間も無くだ」
「へ、へぇ…シアラの実家は農場経営してんのか」
「地球での農場とは全く概念が異なったもののようね…」
数珠繋がりになった泡は、そのまま農場の森を掻い潜りながら進んでいく。
すると、いつしか森を抜けて漆黒の宇宙空間に出た。
「おおっ!?」
視界がひらけた竜司達の目の前に一つの青い惑星が現れ、
しっとりとした鮮やかな表面を竜司達に見せつけていた。
「あの惑星は…」
「そうだ。ケストラジウム星域にある、リャート63-9星系・第4惑星エレストラ。
私の実家がある故郷だ」
竜司達がしばらくその惑星を見ていると、その惑星の方向から
何か涙滴のような形の物体が接近してくるのが分かった。
『ジッ……そこにいるのは、もしかしてスレナかい?』
『うん、そう。サリサか?』
『ああ、そうだよー!
スレナ、おかえりー』
『ただいま』
シアラとその宇宙船らしき物体の乗員とで会話が交わされ、それが泡を通じて竜司達にも聞こえて来た。
どうやらシアラとは親しい間柄のようだ。
『帰りの道は混んでいたかい?』
『いや、そうでもなかったよ』
『そーか、予定通りだね。
じゃあ今から回収するよ。ちょい待ち』
『よろしく』
「今の会話は?誰かが迎えに来たのか?」
「えっ?誰々ー?」
「故郷の方かしら?」
竜司達の質問に、シアラが答えた。
「ああ、サリサだ。私の親の一人だよ」




